ロリコンストーカー九城判人

有刺鉄線

ロリコンストーカー九城判人

 雪が降りしきる季節。

 私は公園のベンチで途方に暮れていた。

 所属していた弁護士事務所をクビにされてから半年がたっていた。

 早く新しいところへ就職しようにも、私がやらかしたヘマは全部の法律系事務所に知れ渡っているせいか、なかなか雇ってもらえない。

 それでも、めげずに頑張れたのは、妻と子供がいたからだ。

 しかし愛想を尽かされ、二人は私の元へ去っていった。

 貯金も底がつきそうになり、持ち家も手放した。

 家も家族も金さえも失った。

 もう私は死ぬしかないのかもしれない。

「おじさん」

 そう持っていた矢先、小学生らしき女の子が私に話しかけてきた。

「どうしたの、元気ないよ」

 私は相手にする余裕も気力もなかった。

「おじさん、お仕事は?」

 痛いところ突かれる。

 きっと女の子は私をからかって楽しんでいるのだろう。

「おじさん、お仕事したくないの?」

 うるさい。

「あたしといっしょだね」

 いっしょにするな。

「あたしも学校いかなきゃいけないのに、いきたくないの」

 心なしか、女の子は悲しそうだった。

「どうしてだい?」

「あ、やっとしゃべってくれた」

 女の子は悲しみながらもニカッと無理して笑う。

「あたしね、ここにきてから勉強も運動もできないの、だからみんなに置いてかれるの、だからね、いばしょがないんだ」

「そうか、おじさんといっしょだね」

「おじさんも」

「そうさ」

 私は自分の身に起こったことを女の子にわかりやすく説明した。

「じゃあおじさんはひとりぼっちなの?」

「そうだね、ひとりぼっちだ」

「あたしも」

 女の子はまた笑った。

「ねえ、べんごしって、どんなお仕事なの」

「うーん、困ってる人を助けるお仕事かな」

「かっこいいね」

「ありがとう」

「おじさん、あたしが困ってることがあったら、助けてくれる」

 返答に苦戦するが、私は「もちろん」と答えた。

「やった」

「そのかわり」

「そのかわり?」

 女の子は首をかしげた。

「おじさんと、ともだちになってくれないか?」

 我ながら、何を言っているのだろうと思う。

 でも女の子は。

「いいよ」

 と満面の笑みで返事してくれた。

「おじさん、ゆびきりげんまんしよう」

「え?」

「はい」

 女の子は小指を出す。

 私もつられて出す。

 女の子は強引に渡しの小指を絡ませ、揺らす。

「ゆびきりげんまんうそついたらはりせんぼんのーます、ゆびきった」

 小指を勢い良く離すと、女の子は笑う。

「おじさん約束だからね」

「ああ」

「じゃあ、あたしそろっと帰るね、じゃあねまたね」

 バイバイと手を振って去っていく。

「またねか・・・」

 あの女の子と会話して思い出した。

 かつて弁護士を目指し躍起になっていた頃を。

 困っている人を助けたい。

 それが弁護士を志した理由だ。

 ありがとう名も知らぬ女の子。

 私はここで死ぬわけにはいかない。

 困っている人を助けなければならない。

 それに女の子と約束したからね。

 私は重い腰を上げ、歩き出した。


 ◇


「思い出に浸っているところ悪いが、コーヒー淹れてくれ」

「思い出に浸ってた?」

「いいから、コーヒー」

「了解」

 私は今佐々木啓示という男の顧問弁護士をしている。

 とはいってもほとんどは雑用と話し相手で弁護士の仕事は皆無だ。

「はい、コーヒー」

「どうも」

 佐々木君はコーヒーのはいった容器を受け取ると冷ますことなく口に含む。

 その動作がとても優雅に見える。

 まるで貴族だ。

「ところで、日課のストーキングはしなくていいのか?」

「ストーキングではない、見回りだ」

「ああ、そうだった」

 佐々木君は悪びれる様子もなくコーヒーを飲む。

「今日は日曜日だから、学校はないのさ」

「ふーん、そうか」

 私は空になった容器を受け取る。

「おかわりするかい」

「いやいい」

「了解」

 私は台所へ向かい、容器を洗う。

「佐々木君は今日どうするの?」

「適当に本でも読む」

「そうかい」

「しかし、退屈だな」

「え?」

「退屈だ、何ひとつ、面白いことがない」

「外に出て、働いてみたら?」

 私は常識的なアドバイスをしてみた。

「世の中の歯車になるのは、まっぴらごめんだ」

「そうですか」

 佐々木君は自室にこもった。

 彼は大きな屋敷の主だ。

 普段は外に出ることなく、本を読むか寝るかのどちらか。

 たまにどこで知り合ったかわからない女性が訪れて、佐々木君と大人の付き合いをする。

 時々その女性が突然いなくなることもあるが、多分佐々木君が飽きて別れたのだろうと私は察する。

 私は彼が何者なのかいまいち把握できないが、職だけでなく住むところ提供してくれたので文句はない。

 ついでに私が今住んでいるところはここだ。

 つまり私は佐々木君の屋敷で居候している。


 ◇


 月曜日、朝起きてスーツに着替える。

 今日はいい天気だ。

 私は主を起こさないように静かに外へ出る。

 道を歩くと何人かの小学生が登校している。

「あっ、おじさん」

「やあ、おはよう」

「おはようございます」

 女の子は丁寧かつ元気よくあいさつを返してくれた。

 私を救ってくれた女の子はこの近くの小学校に通っている。

「おじさん、これからお仕事?」

「ああ、そうだよ、いってくるね」

「いってらっしゃい」

 互いに手を振り合って後にする。

 あれから女の子は友達が出来たのか、数人でいることが多くなった。

 よかった。

 本当によかった。

 私は来た道を戻り、屋敷に入る。

「日課のストーキングをおえたところか」

「だから、ストーキングではなく、見守ってるだけだよ」

「まあ、いい」

 佐々木君はダルそうにソファに横たわる。

「夕方から、用事が出来た、九城お前も来い」

 夕方は下校する女の子を見守ってあげないといけないのに。

「1日ぐらい、いいだろ、これは命令だ」

「はい、分かりました」

 命令なら仕方ない。

 でも私は弁護士、召使いではない。

 そこはご了承願いたい。

「ああ、そうだ」

「なに?」

「お前をストーキングしている女の子の情報が分かったぞ」

「なんだって」

 ストーキングではないがそこはいい。

 実は佐々木君の知り合いに頼んで、女の子について調べて貰っていた。

「名前は大原夏子、八月生まれ、学年は二年生」

「ほうほう」

 頭の中でメモをする。

「得意科目は国語、苦手なのは算数、一年の三学期の途中で今の学校に転校してきたらしい」

 だからあの時友達がいないって嘆いていたのか。

「ありがとう、佐々木君」

「礼をいうなら、俺の知り合いにいってくれ」

「その人何してる人」

「空き巣と手品師」

 え、どういうこと?

 まあ、いいや。

「九城、コーヒー」

「了解」


 ◇


 夕方、日が沈みかけている頃、私は佐々木君と四駆の自動車で移動していた。

「佐々木君、免許持ってたんだね」

「一応な、持ってないと何かと面倒だからな」

「私も、免許取ろうかな」

「俺が運転するから、いらないだろ」

「そうはいっても」

 私は身分証らしい身分証を持っていない。

 あるのは、弁護士の資格だけだ。

 近くの山林をひと回りして、佐々木君は車を停める。

「さて、俺は山の方へ用事を済ませてくる、九城お前はここで待機だ」

「え、ちょっと」

 佐々木君は困惑する私をよそ目に車を降り、荷台からスコップと人の大きさぐらいのビニールで包まれた荷物を取り出す。

「じゃあ、いってくる」

 荷物を抱え、佐々木君は山の中へと消えた。

 一体山の中で何をするつもりなのか、いや多少は想像できるけど。

 数時間後、佐々木君は戻ってきた。

 手には、スコップしかなく、でかい荷物は無くなっていた。

「待たせたな、さて帰るか」

「ああ」

 佐々木君は車のエンジンをかけ、発車させる。

「山の中で、なにしてたの?」

「いずれ時期がきたら話す」

「どういうこと」

「今言えるのは、そうだな、いらなくなったゴミを埋めてきた、それだけだ」

 不法投棄だよね、それ。

「弁護士の立場から、言わせていい、山にゴミを捨てるのは犯罪だよ」

「そうなのか、そいつは知らなかった、まあ俺のおじのものだから問題はない」

「そういうことじゃなくて、というかおじさんは何も言わないの?」

「おじは病気で頭が回らなくなってな、今入院している」

「そんな」

「それにおじが死んだら、自動的に俺のものになるから、いたって問題はない」

「だから・・・」

 いやこれ以上言うのはやめよう、多分何言ってもこの人は聞かない。

 山林から抜け出し、住宅地にまで戻ると、街灯で視界が明るくなった。

 もうすぐ屋敷に着く。

「ん? アレはなんだ」

「え?」

 佐々木君が指さす方向に視線を向ける。

 一台の車が猛スピードで走っていた。

「なにか、悪いことでもしたか」

「単純に急いでいるだけなんじゃない」

「そうかもな」

 その一言の中にお前はつまらないなと言われたような気がする。

 屋敷に戻り、私はリビングにあるテレビを何気なくつけた。

 ローカルニュースが流れている。

 私はその内容に愕然とした。

 女子児童が車で撥ねられ死亡、車は見当たらず、ひき逃げ事故として警察が行方を追っている。

 しかも、死亡した女の子の名前は。

 大原夏子、あの子だった。


 ◇


 昨日から何もやる気がしない。

 どうしようもない虚無感と絶望感で頭が重い。

 それから、心が痛くて苦しくてとにかく辛い。

「そんなにショックなのか、大原夏子が死んで」

 まるで普通に挨拶するかのように、佐々木君は私に話しかける。

「ごめんよ、ほっといてくれ」

 たとえ、佐々木君でも誰とも話したくなかった。

「ひき逃げ犯は、まだ捕まってないようだな」

 まるでおもちゃを目の前にして興奮を抑えきれない子供のようにはしゃいでいる。

 私のことなどまるで気にも留めない。

「あの子を助けるって約束したのに、果たせなかった」

「ああ、そう・・・」

「私はダメなやつだ」

 あの時、否応なく佐々木君の用事を断っていたら、こんなことになっていなかったかもしれなかった。

「事故が起きた時間は、下校時間ではなく、夜真っ暗な時間だったらしいぞ」

「でも私が見回りをしていたら」

「うむ、だったら」

 佐々木君は、何か思いついたように、黒い笑みを浮かべる。

「警察より先にひき逃げ犯を見つければいい、俺の知り合いを使って」

 空き巣犯にひき逃げ犯を見つけられるか甚だ疑問だ。

「早速、連絡をとろう」

 佐々木君はガラケーを取り出し、電話をする。

「もしもし石川か? 俺だお前に調査してほしいことがある」

 しばらく佐々木君は電話をし、終えると意気揚々になる。

「調べてくれるそうだ、やつなら最短で一日で出来るだろうな」

「本当かい?」

 時間はすぎて、日が暮れる頃。

 佐々木君のガラケーが鳴る。

「やつからのメールだ」

 小さい画面で確認している。

「さすが仕事が速い」

「嘘だろ、ニュースじゃあ警察はまだ見つけてないって」

「メールをお前の携帯に転送した、あとは自分で見ろ」

 そう言って佐々木君は自分の部屋へと行った。

 自分で見ろか。

 スマホを取り出し、メールを確認する。

 そこには、犯人と思わしき人物と家族構成、住所、家族それぞれの職業、行動パターンなど。

 事細かに書いてあった。

 でも、決定的な証拠がない。

 記されている住所に向かい、処分していなければ車があるはず。

 確かめるだけでも、行ってみようか。

 いやでも、この情報を信じていいのか?

 私はどうすればいい?

「九城」

「うわあ」

 考えこんでいると、部屋に向かったはずの佐々木君がいた。

「なんだい、もしかしてコーヒー?」

「迷っているのか」

「何を?」

 私は首を傾げる。

「九城お前のことだから、復讐するかと思ってな」

「復讐?」

 どうして私が?

「大原夏子がいなければ、九城は今ここにはいない」

 ああ、そうだ。

「お前にとって大原夏子は命の恩人だ、それを殺された、しかも殺したやつはのうのうと生きている、何か感じないか」

 感じていること。

 その瞬間あらゆる感情が沸いてくる。

 悲しみから怒りそして憎しみ。

「私は、許せない、ヤツに鉄槌を下したい」

「いい顔になったじゃないか」


 ◇


 私は、やつの住んでいるとこに来た。

 同じような、家ばかりで迷ったが、ここで調査内容が役に立つ。

 夜は1人を除いて家族全員外出している。

 まあ家族全員といっても、両親だけだがな。

 ということは、明かりは点いていない。

 幸い点いていないのは、1軒しかなかった。

 私はついている。

 私はその家のチャイムを鳴らす、しかし誰も応答しない。

 おかしいな、1人で留守番しているはずだろう。

 調査内容によれば、ほぼ家に出ないで引き篭もっているらしい。

 20歳もすぎて親のすねをかじって、ニート生活しているくせに。

 試しに、ドアノブを回す。

 鍵が空いていた。

 不法侵入だが、気にはしない。

 気付かれないように、音を立てずにやつを探す。

 リビング、キッチン、トイレなど。

 いない、ならば二階の方はどうだ。

 階段を上がり、一室ずつ調べる。

 ひとつだけ開かない部屋があった。

 耳をドアに近づけ、確かめる。

 わずかだが、音が聞こえた。

 やつがここにいる。

 見つけた。

 さて、どうしようか。

 ああそうだ。

 私はノックがてらドアを思いっ切り、何度も蹴り上げる。

 意外と脆くあっさりとあっけなく開いた。

 私はゆっくりと部屋に入る。

 部屋の主と目が合う。

 パソコンのディスプレイにはやつが見ていただろう、アニメの映像が流れていた。

「お前誰だよ」

 震え気味に私に問いかける。

「君に鉄槌を下しに来た」

「はあ!?」

 意味がわからないという感じの反応。

 とぼけるつもりか、この殺人者が。

「君は、昨夜大原夏子を車で撥ね、そのまま逃げたんだろう」

「何言ってんだよ」

 やつは尚も震え続ける。

 私はゆっくりとじわじわと近づき寄る。

「何をするつもりだ」

 簡単な事さ。

「君も大原夏子と同じ苦しみを味あわせるのさ」

 私は用意していた包丁を振りかざし、やつに突き刺した。

「いって、おいふざけんなよ」

 肩のあたりおさえ、床に這いつくばる。

 チッ、動けるのか。

 もう一度やつを刺す。

「うぐっ」

 三度目に刺そうとしたら、やつは突如立ち上がり、手にはバットを持っていた。

 二回刺しても動けるのか。

「うわあ」

 私はやつの反撃で、頭を殴られた。

 よろめきながらも、なんとか体制を崩さないように踏ん張る。

 痛みは徐々にくるが、大したことはない。

 大原夏子の痛みに比べたら、軽い。

「嘘だろ、正気じゃねえよ、あんた・・・」

 ああ、その通り私は正気じゃない。

 分かってるじゃないか。

 逃げようとするやつを無理矢理押さえ、メッタ刺しする。

 何度も、何度も。

 最初は呻いていたが、そのうちやつは何も言わないくなった。

 もうどれぐらい刺したか分からない。

 気がついたら、私のスーツは血まみれになっていた。

 やつもうとっくに死んでいた。

 脈を測らなくとも分かる。

 もはや、人の原型を留めていなかった。

 私は、壁に寄りかかり、腰を下ろす。

 終わった。

 いつしか目から涙がこぼれていた。

 段々と興奮が冷めていき、自分の行いを振り返る。

 こんなことをしたところで、大原夏子が戻ってくるわけじゃない。

 それにきっとあの子が喜ぶはずがない。

 ただ、行き場のない怒りと憎しみをぶつけただけだ。

 振り返れば振り返るほど、涙が止まらない。

 そして私は叫んだ。

 ありったけの声で叫んだ。

 しかし、咆哮は虚しく響くだけ、やがて私は意識を失った。


 ◇


 目覚めると、私はソファで横たわっていた。

「ここは」

「俺の家だ」

 佐々木君が優雅にコーヒーを飲んでいた。

「あのあと、どうやってここへ」

「俺が運んだ、身長高いわりに女よりも軽かったから、運びやすかったぜ」

 得意気に佐々木君は話す。

「そういえば、頭を殴られたんだけど」

「生きているんだから、大丈夫だろ」

「そうかな」

 ふとテーブルの上の新聞に目が止まった。

 この家は新聞を取っていないはず、どうして。

「俺がコンビニで買ったんだ、見てみろこの記事」

 言われて新聞に目を通す。

 強盗が押し入り一家は殺され、おまけに放火され全焼。

 しかも、この家は。

「私が入ったところだよね」

「ああ、そうだ」

「どういうこと?」

「俺が後処理した、だからお前に警察の目は向けられない、良かったじゃないか」

「良くないよ、私は自首するよ」

「罪を犯した、殺人だ」

「なぜ、好き好んで警察に行くんだ、お前は悪いやつを懲らしめた、立派なことだぜ」

 だが、人を殺したことには変わりない。

「それに、悪い奴は他にものうのうと生きている、お前がムショへ入ったら好き放題やられるぞ」

「そんな・・・」

「いいか、第二の大原夏子が増えるぞ、子供たちが危険な目に遭う、さっき主婦たちが噂してたぜ、学校の登下校中に怪しい奴がいるって」

 たしかに、子供たち特に女の子がひどい目に遭うのは見たくない。

「困っているやつを助けるのがお前の仕事だろ、九城、ムショに入っちゃ意味がねえ」

「そうだね、私の仕事は助けるのが仕事だ」

 私は立ち上がる。

「どこへ行く?」

「日課の見回りさ、子供たちを守ってくる」

「ああ、行ってらっしゃい」


 ◇


 私は学校への道のりを子供を見守りながら歩く。

 子供たちは、楽しそうに学校へ向かう。

 私は守らなければならない、助けなければならない。

 そう思いながら、見守る。

「あの、ちょっといいですか」

「はい」

 お巡りさんに突然話しかけられる。

「いくつか、質問よろしいでしょうか」

「ええ、いいですよ」

「お名前とご職業は?」

 私ははっきりと答えた。

「九城判人、職業は弁護士です」

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