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 我は図書室の主。

 中二っぽく言うがなんてことはない、僕はただの図書委員だ。

 放課後、本の貸し借りや本棚の整理するだけの存在。

 昼休みと違って、あまり利用する人がいないから、静かで落ち着く。

「おい、あんた図書委員だよな」

「は、はい」

 静寂を突然破る。

 これが、山口青矢と僕の初対面だった。


 ◇


「よう、河原君」

 あれから、山口君は放課後図書室に来るようになった。

「図書室では、静かにしてください」

「いいじゃん、俺達以外いないんだからさ」

 そういう問題じゃない。

 規則でありマナーでもある。

「それよりさ、この前進めてくれた本面白かったぜ、ありがと」

「どういたしまして」

「でさ」

「はい」

「ほかの恋愛系のやつ教えてくれ」

 頼むと言われたら、図書委員としては断れない。

「でしたら、これなんかどうでしょう」

「夜は短し歩けよ乙女」

「山口君レベルでも読みやすいと思うよ」

「じゃあ、借りてくわ」

 貸出の手続きを済ませ、本を渡す。

「ねえ」

「ん?」

「なんで、恋愛系の本ばかりなの」

 山口君は小説だけでなく、恋愛に特化した心理学本やノウハウ本をいつも借りている。

「ああ、実はさ俺振られたんだよね」

 明るく言うから、僕は少し戸惑ってしまう。

「でさ、姉ちゃんに相談したら、経験値が足りねえんだよバカって言われてさ」

「うん」

「じゃあ、どうしたいいんだって言ったらさ、本読め本って言われて、それで今こうして本読んで経験値積んでるとこ」

「へえ」

「好きな人できたら、ぜってー、成功するぜ」

「応援するね」

 そうか、じゃあもし、好きな人ができたらもうココには来ないのかな。

 そう考えると、寂しい気持ちに心がパンクしそうになった。


 ◇


 友達とそうじゃない線引はどこにあるのだろうか、もしあったとしたら僕は超えてはならない。

「あっ河原」

 山口君はいつのまにか僕のことを呼び捨てで呼んでいる。

 悪い気はしない、もしろ友達として接してくれるのが嬉しかった。

「図書室開いてないんだけど」

「今日は職員会議だから、司書の柴田先生も出席するみたい、だから今日の放課後は開いてないんだ」

「そうなんだ、知らなかった」

 まあ普通は知らないよね。

 ここの生徒は図書室に興味ないから。

「てことは、河原暇?」

「え?」

「ゲーセン行こうぜ」

 そういわれて駅近くのゲームセンターに連れて来られた。

 あまり来たことないから、未知の世界に戸惑う。

「なにする?」

「えっと……」

「もしかして、あんま来ないこういうとこ」

「うん」

「そっか、じゃあアレやろう」

 そう指差したのは。

「ユービート?」

「音ゲー、これだったら初心者でもいけるっしょ」

「そんな」

 リズム感のない僕にとっては、無理難題ともいうべきだ。

「まあ、一緒にやろうぜ、百円おごるからさ」

 二人分のプレイ料金を入れるとゲームが始まる。

「曲は適当に俺が決めるぜ」

「うん」

 曲が選択され、音楽が始まる。

「パネルの色が変わるから、それに合わせてタップすればいいから」

 簡単だろって言われても。

 実際やってみると、上手くいかなくて焦って余計に上手くいかなくなる。

「どう」

 難しいけど。

「面白い」

 それから、いろんなゲームをやって回る。

 普段からインドアでひきこもり気味だったから、友達とこうして遊ぶのが新鮮だった。

「疲れた? 少し休む」

「うん」

 とはいえ、こう遊び続けると体力が持たない。

「山口君は、いつもこういうところに来るの」

「結構来るよ、でも最近誘ってくれる友人がいなかったから、今日久しぶりに行こうかなって」

「そっか」

「河原は普段なにしてんの?」

「家で本読んだり、ゲームしたりあまり外に出ないかな」

「へえ」

 ここで話題が盛り上がるような気の利いたこと言えればいいけど。

 交友関係の皆無な僕には出来なかった。

「飲み物買ってくる、何がいい?」

「なんでもいいよ」

「りょー」

 いってしまった。

 はあ、折角友達が出来たのに。

「あれ、河原君じゃね」

 その声の方向に向けるとそこにいたのは男子三人のグループだった。

 真ん中の男子には見覚えがあった。

「庄司君?」

「うざいんですけど、俺の名前呼ばないでくれる、つーか話しかけないでくれる」

 話しかけてきたのはそっちじゃないか。

「庄司の知り合い?」

「こいつ中学の時のクラスメイトでさ」

 かつて友達だったことは言わないんだね。

「こいつさ、まじキモいんだよ、中学の時な」

「庄司君」

 もしかして、やめてくれそれは言わないでくれ。

「こいつ俺に告ってきたんよ」

「うわあ」

「なんだそれ」

「いや、最初さなんかの罰ゲームって思うじゃん、そしたらマジの告白でさ、いや男に告られても、キモいだけじゃん、マジ」

 もうやめて。

「つーか、ホモってガチでいるんだ」

「なあ、だからフッたし」

 そうだ僕はあの頃から男の子にしか興味がなかった。

 いっぱい悩んで苦しんで、それでもあの時彼に告白した。

 好きだったから。

 けど彼は、拒否した。

 罵声を浴びせながら。

 それだけじゃない、彼はクラス全員に言いふらた。

 僕の中学生時代は、周囲の静かな偏見で三年間を終えた。

「お前ら何してんの?」

 最悪のタイミングで山口君が戻ってくる。

「何お前、まさかこいつのアレ?」

「友達だけど」

 三人はクスクス笑う。

「もしかして、知らないの」

「庄司君、やめて!」

「こいつホモなんだぜ」

 僕を指さして、あざ笑う。

 ああ、もうダメだ。

 また、友達を失う。

「だから?」

「キモくね」

「別に、好きなるのが男ってことだろ、今じゃ普通にそういう人テレビに結構出ててんじゃん、河原だけじゃねえだろ」

「でもさ、女好きなるのが普通じゃん」

「おまえ、残念な頭してんだな」

「はあ?」

 山口君の言葉に頭が来たのか、拳を握る。

「話になんないから、もう行っていい? 行こう河原」

「あ、うん」

 腕を掴みその場を立ち去った。

 ゲーセンから出ると、あたりは夕焼け色に染まっていた。

「河原今日は楽しかったな、また今度行こうぜ」

 山口君は無駄に明るく振る舞う。

「あの、気持ち悪くないの」

「なにが?」

「あの人がいった事本当なんだ、僕は男子が好きなんだ」

「だから、それで俺がお前のこと差別すると思った?」

「けど、あの人達の言う通り、やっぱり男子は女子を好きなるのが普通なんだよ、山口君だってそうでしょ」

「それこれとは、話は別だろ、人間いろんな人がいるんだから、違って当然じゃん、あれこれ否定してたらひとりぼっちなるぜ」

「でも……」

「はい、もう引きずるのやめやめ、じゃあ俺バス来るから、ここでまた明日」

「うん、じゃあね」

 僕の心はほんの少しだけ軽くなった。


 ◇


「山口いるー」

 図書室に二人組の女子が来た。

 一人はギャルっぽい女の子で、もう一人は手袋に顔はメガネとマスクで覆われた女の子だった。

「いないけど」

「マジ、あいつスマホ教室に忘れてたんだけど、あいつ毎週ココ来てたからさ、今日もいると思ったんだけど」

 そういうことか。

「だったら、僕が預かっておくよ、もしかしたら図書室に来るかもしれないから」

「りょーかい、同じクラスの佐藤が届けたって言っておいて」

「わかった」

 山口君のスマホを受け取る。

「千香、帰ろう」

「うん」

 彼女たちがいなくなって、僕は本に目を移す。

 ん?

 そういえば、毎週ココ来てたって彼女言ってたよね。

 どうしてだろう、そもそもわざわざ図書室に来なくても、探してる目当ての本は別に書店でも探せる。

 それに、書店のほうが量が多いし、最新のものが手に入る。

 しかも、本が目当てなら、毎週こなくてもいいじゃないか。

「よう、河原」

「山口君」

「いやあ、先生に教務室に来いって言われてさ、もう先生の説教聞いてたら、頭痛くなったわ」

「そうだ、山口君さっき佐藤さんからスマホ預かってたんだ、はい」

「おう、サンキュー」

 スマホを渡す。

「ところでさ?」

「ん?」

「どうして、毎週図書室に来るの?」

「本借りるために決まってんじゃん」

「でも、毎週来る必要ないよね、それに学校の図書室よりも本屋さんの方がいいのいっぱいあるし」

 山口君はすこし黙る。

 聞いちゃいけなかったかな。

「なんかさ、初めて見た時、寂しそうだなって思ったんだ」

「へ?」

「それで、ほっとけなくてさ、それで本借りるのを口実に話しかけてみたんだ」

「そうだったんだ」

 照れくさそうな顔をする山口君に少しキュンとしてしまった。

「ああ、女子に振られたってのはガチ、さっきの佐藤ってやつにさ、あれは忘れられねーよ、除菌スプレーはやべー」

 そっか。

「除菌スプレーって、どういうこと?」

 僕は。

「いやあ、田中さんっていう人に除菌スプレー目にかけれてさ」

 山口君のことが。

「嘘でしょ」

 好きだ。

「まじまじ」

 でもこれは友達のラインを超える勇気が出来たら、言おう。

「痛くなかった」

「すげー痛かったぜ」

 それまで友達でいよう。


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