第14話 浜辺の天使な?お嬢さん
ゴトン、ゴトン、ゴトン。規則的に繰り返す音と窓の外の飛び去る風景が、日常から離れたことを感じさせる。夏休みも中盤に入りすっかり自堕落な生活に浸っていたオレは、このままじゃいけない!と(主にセイシュン的意味で)一念発起し、高校一年の夏の思い出をしっかりと残すために星宮を誘った。例によって『地球では若い男はすべて、夏はかわいい女の子と海に行きたいと思っている』という話をしたが、今回のは作り話じゃないぞ、うん。『そうなんだ……』という感想と共に、一緒に海水浴に行くのをOKしてもらい、さっそく場所や日付を選んで今に至る。
白のパーカーにデニムのショートパンツの星宮は、すごくかわいい。いや星宮は常に可愛いんだけど、今日は普段見れない新鮮さが際立っている。オレもこの間みたいなデート初心者的カッコウは卒業して、髪をワックスで固めてサングラスを乗せ、アロハにハーフパンツでガンバってみた。……だけど星宮には『タカシらしくない』と評判が良くない。目的地の駅に着き、浜辺までだらだら続く坂を下り、海の家で水着に着替える。オレは手早く準備を終えるとパラソルその他を借りて、星宮が出て来るのを待つ。
星宮の水着はレモンイエローに大きなひまわりが大胆に咲いているセパレーツ。本人は
砂浜の空いている場所に慌ただしくパラソルとシートをセットして準備OK。……なんとなく巣作りをしてメスを呼び寄せる魚にでもなったような気がした。星宮をパラソルの下に誘導して産卵を……じゃなくて、座らせる。どこから出したのかビーチボールを膨らませた星宮が、
「あそぼっ!」
とボールをパスしてきた。屈託のない無邪気な笑顔に思わずドキッ! これは前の妹プレイの再現ですか? いろいろ思い出してついつい赤面してしまう。するとそれをめざとく見つけた星宮に、
「どうしたの? 顔が赤いよ」
と指摘されてしまった。
「い、いや。……日に焼けたんだよ、きっと」
「ふ~ん」
何か言いたげな表情でにやにや笑いをする星宮……なかなか地球人の
しばらくボールのパスし合いながら、星宮が即席でルールを作った『スプラッシングバレー』なるものを始めた。いや、そんな大層なものじゃないんだけど……。
ビーチバレーは砂浜でやるが、スプラッシングバレーは遠浅の海で波をバシャバシャ跳ね上げながらプレイする。コートは特に決めないでボールがどっちに近いかというアバウトな判断だけで行う。とにかくビーチボールを投げたり蹴ったりして相手に近い位置にボールを落とし、ボールに近い方が制限時間内(だいたい30秒くらい)にそれを相手に返せなければ負けというルールだ。一見単純そうだけど実は風向きとか潮の流れに左右されて結構大変だ。特に星宮はいつの間にか風上に移動したりしていて侮れない。これまでの付き合いであいつは宇宙的超能力を使ったりしないと判断しているが、この時ばかりは、実は陰でこっそり使っているんじゃないかと思ったほどだ。
結局、オレが
「オレの彼女に、何か用か?」
と思いっきり睨みつけた。
ナンパ男は一瞬ビビっっていたが、さすがに
「なぁ彼女、こんなヤツは放っといて俺と一緒に楽しいトコ行こうぜ!」
星宮は何を考えているのか男の顔をまじまじと見ている。まずい……星宮は、そういう非常識な誘いに案外、乗りそうな気がする。オレは
「……このヤロゥ、」
ところがその前に、星宮はいつの間にか持っていたソフトクリームを男の顔面にぶち込み、冷たく言った。
「
そうしてオレの方を振り返るとニッコリと微笑んで腕を絡めてきた。
さらに、ソフトクリームを顔から垂らしながら唖然としているナンパ男に、「あっかんべー」の追い討ち!
オレは毒気を抜かれたように中途半端な姿勢で立ち尽くしながらナンパ野郎と星宮を見比べていた。
一方ナンパ野郎の方も、星宮にやられたままの状態で立ち尽くしていたが、さすがにここまでやられては言葉もなく、男はすごすごと引きさがっていった。
「タカシって、結構
「いや、あれは焦ってナンパをやめさせようとして……そう言う有希だって顔面アイス食らわせてたろうっ(笑)」
「ナンパなんてしてくる人が、ほんとにいるなんてびっくりした」
「いや、かわいい女の子が一人でいたら、そういう奴も来るって」
「かわいい女の子って……ワタシ?」
「(これは天然なのか、それともワザと言わせたいのか?)……さ~てな?』
パラソルの下、ナンパされた件を話題にワイワイ話ながらお昼を食べて、
遠くに崖のような岩山。その手前にも海に突き出た岩場が見えたので、その辺りまで行ってみることにする。途中に小さな川がとうせんぼするように海に流れ込んでいるので(こういう所は海流が複雑だから、間違っても海の中を渡ろうなんて思ってはいけない)、そこだけは車道を歩かなければならない。
「気をつけろよ」
と星宮に声をかけると小さな声で、
「うん」
という返事が返って来てどちらとも無く手をつないだ。こういうのっていいよな……なんとなく。
ようやく岩場に降りられる場所があり、星宮の手を取りながら岩伝いに海の間近まで行く。
”ざっばーん”と、波が向こう側の岩にぶつかって大きな音をたてて砕ける。まるで映画の始まりの画面みたいだ……こちら側は岩が盾のようになって、外から見えない隠れ家のようになっている。ふたりで岩に寄り掛って波の音を聞いている……。
「すごい、大きな音……だねぇ」
「ああ。でもこっちには波は来ないから大丈夫」
まるで、ふたりっきりしかいない世界に来たようだ……でもオレは、そんな会話もうわの空だった。何故かというと、さっきから目の前の星宮の水着姿が気になって仕方がなかったからだ。いくらスレンダーだといっても、ちゃんと出ているところは出ているし、水着だとそれが直接的にわかる……
ついつい胸の丘の
「えいっ(笑)」
「やんっ!」
びっくりした星宮が胸を両手で隠しながら身体をくねらせる……
なんて妄想が頭の中に浮かんでくる。
「どうしたの?」
さっきからだまってしまっていたオレに星宮が声をかけてきた。
「……なんでもない」
頭の中は妄想が爆発寸前で、そう返すのがやっと。顔が熱くなっているのが自分でもわかる。だけど星宮は、朝の時は『顔が赤い』と突っ込んできたのに、今はそれを指摘してこない。空気を読んだのか、それとも他に理由があったのか……
オレは星宮から無理やり目線を引きはがして周りの風景を見上げた……。近くの岩の上に、松のような木の枝が見えている。そういえば昔話の天女は、木の枝に羽衣を掛けて水遊びしていたんだよな……なんとなく星宮って天女っていう雰囲気がある気がする……いや、天女でなく天使かな? 夏休みの初めの頃に聞いた神社の話からか? ま、いっか……。
もし、星宮も
「ねぇ、どうしたの?」
相変わらず黙り込んでいるオレに星宮が微笑みかける。
「あ、あのさ?」
星宮を天に返したくないオレは、何とかして羽衣を隠す手段を手に入れたいと思う。どうしたら星宮と
「……って、いいかな」
ようやく擦れたような小さな声を絞り出す。
何を言ったのか聞き取れなかったのか星宮はオレの方に身体を向けて、小首を傾げながら
「なぁに?」
と、もう一度繰り返した。
目の前の水着の胸元が、半分乾いて肌に貼り付いていている様子が妙に艶めかしい。また心臓がドキリとしてしまう。
「ふふっ、お兄ちゃんどうしたの?」
なにか企んだ表情で星宮はオレの肩に手をのせて顔を近づけてくる。
えっ、この体勢は……でも、出てきた言葉は何故か、
「お兄ちゃんは、もう止めろ」
呻くようにそう呟くと、オレも星宮の肩に手を回し、ゆっくり押し倒すように唇を奪った。
ただ、唇を重ねるだけのキス……。
でも、心は動転し何時間そうしていたのか、或いはごく短い間だったのか全然覚えていない。ただ有希とキスができたと思うだけで胸が爆発しそうなほどの幸せを感じる。
やがて目を開け、唇を離して有希を見つめると、有希も眩しそうに細目を開け幸せそうに微笑んだ。
「キスって海の味だね」
帰ってから有希からメールで衝撃の事実を教えられた。
『私、天使になっちゃった……』
意味不明なタイトルのメールには星宮の背中の写真……たしかに肩甲骨の辺りにふわふわとした小さな羽のような白い影が?? これって日焼け?! オレはすべてを理解した……つまり、背中に手をまわして抱きしめていたオレの指の跡が日に焼けずに白く残って……オレって何時間キスしてたんだっ!?
実は、写真は加工したものだと後でネタばらしがあった……そうだよな。どうりで帰りの電車の時間と計算が合わないはずだ。てっきりタイムワープでもしてしまったのかと焦ったぜ。でも、ぼんやりと手の形に背中に日に焼けてなかった部分ができてたのは事実だそうだ(ゴメン、有希♡)
対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイスとの付き合い方 一文字 空 @Dash
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