第13話 女子しか知らない、学校の七不思議
『イベントは積極的に利用する』これがオレの尊敬する
というわけで、何か会うための理由を作れるイベントを探してみたが、成績優秀な星宮は夏期講習に出るという事はないだろうし、部活にも所属していないから合宿に行くというパターンもないだろう。かといって毎日市民プールに通うようなスポーツ少女でもないだろうし……毎日、図書館ならありそうだ。
早速、電話したら近所の図書館はすでに制覇し尽くしているらしい、残念。
他に行きたいとこがあるか聞いてみたら、太陽のフレア爆発のアーチの中とか木星の大赤班の嵐とか言い出した……うーん、ちょっと日帰りではムリかなぁ。そういえば天文部がなんとか流星群の観測をやるから来ないかとか言っていたな。星宮に言うと『前田君が行くなら……』と応えてくれた。ありがたい! さっそく天文部のヤツに連絡をとる。
「夏っていったら『ペルセウス座流星群』だろうけど、うちは前哨戦で『みずがめ座δ』もやるよ。まあ半分以上練習の意味が大きいけど」
というわけで、スケジュールの近い『みずがめ座δ』の方に参加したいと伝えると、
「いいけど、ちゃんと観測に付き合えよ。カップルで来るやつは大抵、観測時間にふたりでどっか行っちゃうからなぁ」
げっ、読まれている……。
自分専用の
とはいえ、いくら宇宙の話を覚えたところで
『ほう、日本の神話で
オレはこの話を星宮に話してやろうと決めた。あいつ、科学的な情報は強いから日本の民話的なものは新鮮に感じるんじゃないかな、うん。
約束の日、午後6時に学校に集合した。まだ明るいし気温も高い。特に屋上は真夏の太陽に照らされているので灼熱地獄だ、夜になるまでは出ないほうがいい。最上階にある物理教室で天文部の先生から一通りの注意事項が言い渡される。オレと星宮も『天文部の見学者』という立場なので、ちゃんと興味があるように振舞う。まあ、先生もこの時期、見学に来る生徒はほとんどひやかしだというのは知っていると思うけど。
機材を屋上まで運ぶと後は星が出るまでやることはない。とりあえず8時までは、だべりタイム。
天文部の友人に『星宮の知り合いの女子で、天文に興味がありそうな子はいないか聞いてくれ』と言われたが、まず無理だろう。だって星宮自身あんまり知り合いが多そうには見えない。他の奴もネットで天気の具合や星の情報を見たりして時間を潰している。オレもやることがないので星宮を誘って校内探索に出発する。
部活は6時過ぎには終わり7時前には生徒も帰ってしまうので本当に人気がない。もちろん天文部の部室や物理教室、それに職員室には人がいるが、そこを避けるようにして歩く。
図書室は鍵がかかっていて入れなかった。まあ、入れたからといって某魔法学校のように禁書エリアがあるわけではないから面白くないだろうけど、という話をしたら、
「生徒には公開していない書架もある」
と星宮が言った。
「へぇ、すごいな。どんな本が置いてあるんだろう」
「昔の郷土資料とか、勉強にはあまり関係のなさそうな本。でも先生たちは普通に見ることができる」
「ふーん。あんまりおもしろそうじゃないな」
「面白そうなものは生徒会資料室」
「えっ、そうなんだ……どんなものがあるの?」
「学生運動で校長先生と
「すごいな」
そう言いながらも、オレはなんで星宮はそんなことを知っているのだろうっていう事の方に興味があるが……
体育館を抜けようとした時、星宮が『そういえば』と言って隣のプールの方に向かい始めた。
「おい、どうしたんだ?」
「中に調べたいことがある」
そう言って、プールの前の大きなフェンスをよじ登って向う側に飛び降りた。どうしようかと迷ったが、ここで待っているのも手もち無沙汰なので星宮に続いてフェンスをよじ登る。
「調べたいことって?」
追い付いて、聞いてみると小さな声でこう言った。
「学校の七不思議……」
ほぉ、なかなかタイムリーな話だ。『夏、学校、夜』ときたら怖い話は定番だよな……けっこう星宮って
「そんな話があるんだ? オレは聞いたことないけど」
「男子は知らない、女子しか知らない学校の七不思議……」
お、なんかさらに聞きたい感が増した気がする! やっぱりこういうのを知ってる男って
「ど、どんな話?」
「夜、誰もいないプールで……泳ぐ音が聞こえるらしい」
「なんで誰もいないのに、そんな音が……」
「昔、練習熱心な水泳部の新入部員が……」
「練習熱心な新入部員が?」
「一年生で大会出場メンバーに選ばれて……」
おお、そりゃあすごい。一年なのに先輩を差し置いて大会に出るくらいだからずいぶん練習したんだろうな……
「それで?」
「大会本番の
「失敗して……」
「自殺してしまった」
げっ、なんで大会で失敗したぐらいで自殺するんだっ……いや、その後、すごいイジメを受けたとかあるのかな、きっと。
「それ以来、毎晩水泳部の練習が終わった後、ひとりで夜中に飛び込みスタートの練習しているらしい……」
なんか、空気が重くなってしまった…………。
「でも、なんでこれが女子しか知らない七不思議なんだ?」
「続きがある」
「……どんな?」
「練習が終わると、彼は女子更衣室に来る」
えっ、なんで!? オレが理解できないのを無視して星宮は話を続ける。
「だから、夜遅く女子更衣室にいると……誰もいないのに物音がする」
「いや……でも。なんで男子なのに女子更衣室で?」
「それは……彼は男の娘だったらしい」
なんだそのオチはっ!!
……真剣に聞いて損したっ、てか、あんまり真剣に聞いていたから自分が星宮と一緒に何処に入ってきたのか全然、気が付かなかった。けっして最初から女子更衣室に入ろうと思っていたわけじゃないからなっ!!
そこは今まで見たことのない異空間だった……構造は男子更衣室とあまり変わらないのに壁の色が薄ピンクなのと、やたらに鏡が多いせいでずいぶん印象が違う。それと夏場はプールに来る人が多いせいか、若干感じる昼間の残り香が妙に艶めかしい……と、冷静に分析してる場合じゃなかった。
「おい、ここって女子更衣室じゃないか!」
オレはうろたえ気味に文句を言ったが逆に星宮に怒られてしまった。
「しっ!」
……こんなところ、誰かに見られたら絶対マズイよなとビクビクしながら周囲を見ると、誰が忘れていったのか段ボール箱に水泳帽やタオルが入っている……てか女子ってもっと、ちゃんとしていると思ってたら段ボールに無造作に忘れ物が突っ込んであったりすることにショックを受けた。
……もう結構、時間が経つけど奇妙な物音なんてコソリともしていない。
「本当に物音なんてするのか?」
「さあ?……明かりがついているのがダメなのかも」
そう言うと星宮はあっさりと壁のスイッチを押した。
急に真っ暗になり窓からのわずかな光が、中にあるものの輪郭だけ浮かび上がらせている……しーんとした中、何かがオレの背中にぶつかる。
「(わっ!)」
「静かに……」
星宮が手探りで戻ってきてオレにぶつかっただけだった。
相変わらずの静寂……時々、遠くの道を走る車の音が聞こえる。もういい加減しびれを切らした頃、頭の上で何か『ゴトッ』という音がした。
「(!)」
「(!!)」
オレと星宮はなぜかお互いの手を掴んだまま様子を見る……
今度は床の方からゴソゴソと音がする。ふたりともソワソワしながら音のする方に注意を払いつつ、小声で耳打ちする
「(おい、その男の娘って身長が高いのか?)」
「(さあ?)」
さらに奥の方に移動したそれは、ゴリゴリという何か噛み砕くような音を立て始めた……いくら幽霊でも着替えてるにしては変な音だ。目を凝らしても音のする方には人影らしきものはない。やっぱり男の娘は幽霊なのか?!
「(とにかく、一旦外に出よう!)」
オレはそう星宮に耳打ちし、そうっと手を引いてドアまで移動した、その時!
不意に星宮がパチリと明かりのスイッチを押して、室内が急に明るくなった。そしてそこには、今まで見えなかった白い小さなものの姿が……っえ!?
奥の壁際で身を固くしてこちらを見つめているそれは……男の娘の幽霊? ではなく、かわいい小猫だった。
「あれ!?」
拍子抜けしたようにそれを見つめるオレ。警戒するように身構える小猫……無造作に近づいていく星宮。よく見れば、奥の壁際にはペットフードを載せた小皿が隠したあった。
「なんだ、そういうことか」
小さな後ろ頭を撫ぜている星宮と警戒を解いた小猫の姿を少し離れた位置から見ながらオレは納得した。
つまりは、ノラの小猫がたまたまプールの更衣室の天井に棲みつき、それを見つけた女子が更衣室の中にペットフードを置いた。あまり人が近づかないように怪談風のウワサを広めたっていう事か……それにしても、この小猫、
名残惜しそうに猫を見ている星宮を急がせて、校舎の屋上に戻る。もう天体観測の準備は始まっているはずだ。
陽は落ちたとはいえ、まだ昼間の輻射熱の残る屋上に望遠鏡と高感度CCDのビデオカメラをセットし、後は漫然と夜空を見上げる。準備のいい奴はレジャーシートやら段ボールやらを持ってきて寝っ転がっている。まあ、いつ流れるかなんて全然わからないから仕方ないんだけど。オレもキャンプでシェラフの下に敷く断熱シートを広げると隣を星宮に勧めて座り込む。
「はぁ、まだ結構暑いなぁ」
「しかたがない。今日の最高気温は37℃。コンクリートの輻射熱で50度近くになるところもある」
「これ、飲むか?」
オレはカバンの中から保冷剤で冷やしていた缶ジュースを渡す。星宮はそれを頬に近づけて
「冷くて気持ちいい。ありがとう」
と言った。
「さっきの七不思議……」
「??」
「残りの六つは何なんだ?」
「他は、音楽室のピアノで『乙女の祈り』という曲を引くと必ず音がずれる」
「なんだそりゃ? 単に弾いたやつが下手なだけじゃないのか」
「知らない」
「次は?」
「三年生のある男子用の靴箱に『さよなら』と書いた手紙を置くと、嫌いになった彼と別れられる」
「……別に、普通に彼氏に『別れよう』って言えばいいんじゃないか?」
「……文芸部のパソコンで彼氏募集中と検索すると画面に吸い込まれてしまう」
「へぇ。それってパソコン部のじゃだめなの?」
「ダメらしい」
「あとは?」
「保健室には秘密の部屋があり、妊娠した女生徒の水子の霊を供養している」
「……恐いけど、なにも学校で水子供養しなくても神社とかお寺ですれば」
「水子供養しないと女子の大学への合格率が落ちるらしい」
「変に現実的だな」
「一階の女子トイレに合わせ鏡がある」
「ふーん」
「それを夜中の4:44:44に見ると悪魔に異世界に連れ去られる」
「なんかありがちだな。てか夜中の4時になんて学校にいないだろう」
「今晩やってみる?」
「……いや、やらなくていい」
「最後の一つは……」
「最後の一つは?」
「家庭科教室にあるトルソーから」
「トルソーから?」
「血が滲んでくる」
「げっ、怖そう……で?」
「それだけ」
「それだけって、『それを見た生徒は針を刺されたように血を流して死ぬとか』そういう話はないの?」
「面白そう。今度、付け加えておく」
「
「聞いた話……時々、話を付け加えるけど」
腹の減ってきたやつから三々五々、下に降りて夜食を食べ始める……オレはまだ減ってないのと、せっかく星宮とふたりっきりになれそうなので、屋上に残った。
「お前、まだお腹すいてないか?」
「ユキ」
そう言われて気が付いた。もう屋上に残っているのはオレたち、ふたりきりだった。
「有希は、お腹すいてない?」
「大丈夫。普段、食べない日もあるし」
「有希ってやっぱり変わってるよな」
「そんなことはない……と思う」
「こうして、星を見てるといっぱいあるよなぁ」
「……肉眼で観測できる星は、極々一部。この銀河にある星の数だけでも2000億は下らない。見える星の数はせいぜい4000個」
「ふーん。日本の神話では、星の神様は征服されちゃったんだってな。本当は今の神様より前の国の神様だったのかな……」
隣で星宮が何か考えているように黙っていたが、しばらくするとまた話し始めた。
「私の名字『星宮』は、星宮神社からとったもの」
「星宮神社は、天地開闢に関わった五柱のうちの天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)、あるいは天津甕星(あまつみかぼし)を祀っている」
「だから、星の神様も日本神話の天津神と同族ともいえる」
「いずれにしても天孫降臨以前の古い神々……」
「…………」
オレが話そうとした内容は、すでに星宮も知っていたようだ。というかオレより詳しそうだ。そしてさらに別の話もしてくれた。
「他の故事もある。昔、ある村に隕石が落ちてきた。それは外宇宙からの長い旅をしてきたもの。特別な意志が込められていた。村の人々も、その隕石を特別なものと崇め社に祀った。これも星宮神社の云われ」
「星宮って、その隕石の……」
オレはびっくりしてそう、訊ねようとした。でも、星宮はオレを見つめたまま首を横に動かして、
「わからない」
とだけ答えた。
考えていたのとはちょっと違ったけど、星宮の新しい面を知って関係が深くなった気がした。
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