Maybe Christmas.
星美里 蘭
Maybe Christmas.
「めりークリスマース!」
イエーイ!
先輩が音頭を取り、それに合わせ周りが声を上げた。
ニヤニヤと四肢に絡む目線は最早慣れた。恥ずかしく顔を朱くしてたほうが馬鹿らしい。
そんなことを考えられる位にはミニスカエロサンタだったか夜のホワイトクリスマスだったかを着熟している。
然しながら、嬉々として持ってきた先輩は地味なトナカイを着て、私の着ていたワンピースを剥ぎ取りミニスカサンタを置いていくなど……。全く、困った先輩だ。
「みゆりちゃ~ぁん、飲んでるぅ~?」
ゲラゲラと薄汚い笑みを浮かべながら近付いてくるこのク……もといゴミはこのサークルの開設者にしてサークル長だ。妙に金の羽振りが良いところから財布とも呼ばれている。
「手元にグラスがないことが分かりませんか?」
「おっ! ならこれ飲むぅ~? 俺の飲みかけ――」
だけど、と言う前の口に人参をねじ込む。買い出し
「人参は何か頭に良かった気がします。よく噛んで食べてくださいね。泥着き人参」
馬鹿が泥人参喰らった顔を流し見して部屋を軽く眺める。
中央の大テーブルには先輩や財布が買ったり取り寄せたりした料理、飲み物が並び、その周りを烏合達と先輩が囲む。まるであれね、えっと……――
「「――……掃き溜めに鶴」」
そうそれ。
(……ん?)
声がした。それもぴったり同意同音の言葉が被せられた。
何事かと先輩から目を離しそちらを見遣ると、一人の少女がいた。……本当に小さい。
私の身長自体155cm位だったはずだが、明らかに140あるかないかだ。丁度頭が撫でやすい位置。
こんな風に。
「……えっ?」
きめ細やかなオフブラックの髪を手のひらで
「あっ、あのっ! ……て」
「……て? てってってー♪?」
「そうじゃなくてっ! 手! 手! を、あの……えっと……」
「何だ早く言ってくれないか」
私は君の頭を撫でるので忙しいんだ。
口外でそんな態度をしていると不意に腕が掴まれた。
「……何だ、君は。女性の腕を勝手に取って。恥ずかしくないのかい? それともパーティーだからエスコートを――」
「――嫌がってんだろ、止めろよ」
その怒気にようやっとそちらを見る。すると私より一回り程――大きさ的には175cm位だろうか――そんな男が立っていた。
その男曰く、彼女は嫌がっていたらしい。その証言に目を丸めつつ私は少女の方を向く。
「なんだ、嫌だったのか?」
未だモジモジと顔を赤らめる少女は「あっ、いや、えっと……」と声を溢して目を伏せる。
「……いやじゃ、ない……です」
「なっ!」
先程までさも正義が体現したが如き態度で憤慨していた男がガスを抜かれて呆けている。
「おい、少年」
腕を掴んだままの手が撥ねる。
「私は喉が渇いた」
「何で俺……――」
「――喉が渇いた」
「……畏まりました」
明らか何かを勘違いしているみたいだが使える手足が出来た。放っておこう。
(そんなことより、だ)
私には目の前の少女の頭を撫でこそぐらなければならない。
思わず歪む口元を抑えつけながら再び私は少女の頭で手のひらを踊らせ始めた。う~ん……この、何と言おうか。絡まるようで絡み付かず、然も絹糸のようにしなやかなくせにしっかりと芯がある。何ともこちらの触手が犯されているようだ。
「みゆり。飲んで――……うん、なんというか、まあ……」
「……先輩」
不意に声が掛かり、どこの不届き烏合が声を掛けてきたのか――などと考えはしない。流石に烏合と先輩、スッポンと月の違いくらいは分かる。
つい先程から「ぁ……っ、あっ」と婀娜っぽい吐息を漏らし喘いでいた少女が先輩を見るやいなや
「低学年、それも中高生が大学二年の佐々木
「い、いたいっ! 痛いよっ! や、頭、割れ、割れる……っ!」
撫での姿勢からアイアンクローに形を変えた指が少女の頭を鷲摑む。たまにミシミシと聞こえ、なんていうがこれくらいでは骨は軋まぬ故それはない。
それを見て呆れ顔の先輩が不意にチョップを繰り出してきた。あう。
「何をするんですか先輩。これは私の獲物です」
「獲物て……あのね、それ先輩よ」
「……先輩は貴方でしょう」
「……頭痛い。いや最早頭痛が痛いわ……」
こめかみに指を当て苦悶する先輩にバッグからビオフェルミンとロキソニンを取り出す。
「……えっと?」
「? 頭が痛いんでしょう? 生憎とこれしかなくて……あ、それともEveAの方が良かったですか? ごめんなさい、そっちはなくて……。後頭痛は言葉、症状なので痛くなるのは頭ですね。言い直したので分かってやったのだとは思いますが」
「この……人は
「月が綺麗って話ですよね」
また先輩が溜息を吐いた。
あの後固まる先輩と私の間にシャンパンジュースとスパークリングワインを持ってきた手足(さっきの少年だ)が私に声を掛けたことによって先輩がやっと息を吹き返して今に至る。本当はジントニックとかハイボールとかが良かったが、ビールやカシオレでなかっただけ良いだろう。
「ほら、シャンパンジュースだ。これなら君でも飲めるだろ」
「あっ、ありがとう……ござい、ます?」
「礼には及ばんが語尾を上げるな。馬鹿っぽいし品位を下げる」
「は、はぁ……」
何か言いたげな少女を放置しながらスパークリングワインを口にする。
「……ふむ、これは中々」
財布こと財布が買ってきた白のスパークリングワインだが、どうもかなり良いものらしい。口当たりは柔らかく香りが鼻に抜けても纏わり付かない。アイツにしては上出来だ。
そういえば抓める物がないことを思い出し、序でに少年の名前を聞くために少年に声を掛ける。
「……ところで少年」
「は、はいっ!」
先程少女を庇おうと格好を付けられなかった少年は飲み物を持ってきてから私の斜め後ろで直立不動で立ち竦んでいる。
「チーズか何かないかい? あぁ、後チーズケーキが食べたいな。チーズは少し甘い物を頼む」
「……りょ、了解しました」
どこかホッとしたような憑きものの取れたような顔で大テーブルに寄る少年を見て、先輩がまた溜息を吐く。
「
「下僕? 使用人だ。そんな下等生物如きに私が飯を運ばせたみたいなのはやめてくれ……あ、ありがとうね、
「栄です……」
何か言いたげに声を漏らす
「ん~……」
このキャンディ状に包装されたチーズは小さい頃から食べているがなんと美味なことか。
そこにスパークリングワインを流し入れ、一度口をクリアにする。そして小さく口を開けた。
「あ」
「あ?」
「……あ」
「……あ……?」
駄目だ、分かってないらしい。全くこれだから最近のは……。
仕方なくチーズケーキを指差し口を開く。
「あーん、だ。知らないのか? 早くチーズケーキを入れろ」
「あ、なるほ……え?」
「あー……」
あまり口の中を見せるのもはしたないので少しだけ口を開き待機する。
「……いや、いやいやいやいや! ちょ、ちょっと待ってなんでそんなこと――」
(……はぁ、あれやるか)
愚痴愚痴ぎゃーぎゃー煩い男にはこの呪文。
「――……だめ……?」
薄く瞳を濡らし顎を引き上目遣いで相手を見詰める。そしてそのまま小さく我が侭。これだ。
それから一瞬半位たっぷり固まった少年は、やがて観念したようにフォークを手に取った。
「……それでは、行きます」
「……あー」
(やっとチーズケーキが食べれる)
瞳を閉じ小さく口を開く。不意に生唾を飲む音が聞こえたがそれは無視してチーズケーキを待機する。
まず感じたのはヒンヤリとしたフォークの背。唇を撫でるように慎重に慎重にと思うせいか少し震えている。それが段々と口の中に入り、チーズケーキの甘味が広がった。
濃厚ながらも繊細な酸味と甘味が広がり、下地になっているクッキーの塩気とサクサク感がこれまた堪らない逸品だった。
「もう一口」
フォークを持って固まった少年に命じもう一口食べさせる。旨い。美味い。
そんなことを考えながらも、私の目は不機嫌そうな先輩を見逃さなかった。
シャンパングラスに注がれたワインを飲みきった後、少年に空のガラスとチーズケーキを交換させて少女に向き直る。
「君も食べると良い。ほら、あーん」
「……え? あ、は、はい。えっと……あー……」
足らない身長をきゅーと伸ばす姿を微笑みつつチーズケーキを掬い取る。わざと少し大きめに。
そしてそれをそのまま口に突っ込む。
予想外に大きな物を口にねじ込まれ、少し泣きながら少女はチーズケーキを咀嚼する。
「んあっ?! ん……っ、んー……んぐ……」
……ちょっと嘔吐いている。失敗したかもしれない。
暫くモゴモゴと口を動かした少女はゴクッといい音を鳴らしながらチーズケーキを呑み込んだ。どうやら大丈夫だったようだ。
少女が喉を詰まらせなかったことにホッと溜息を漏らし、片手で包むようにして少女の顎を取る。
「ほ、ほあ?」
「口を開け」
突然何を言うのかと言った風で一向に口を開かないので少し指先に力を込め、無理矢理開けるように諭す。
やっと意味を理解したのか少女はそっと口を開き、涙目を浮かべたままに怯えている。私は魔女か何かに見えるのだろうか。
恥ずかしげに開く薄唇に少しだけ心を奪われながらもチーズケーキ、チーズと一緒に持ってきたチーズボールを口に落とす。
「美味しいか?」
ニッコリと微笑みかけると少女はクルクルと目の色を掛けながら暴れ始めた。
「んぐうっぅ?! ん! んあ、あふあっ!?」
「何だ? 何言ってるんだが分からないのだが」
どうも揚げたてらしい熱々のチーズボールを半分だけ囓りつつ、私はワインの到着を待った。
* * *
あれから白ワイン(今度のは普通の高級白ワインだそうだ)とサークルメンバー特製というジントニックを持ってきた少年が慌てて少女の介抱をし、それと先輩の笑顔を肴に白ワインとジントニックを楽しんで私のクリスマスパーティーは終わった。
「……もう。何でさゆりはプレゼント交換参加しないのよ」
すぐ横で腕を絡める先……祥子がぷくぅと可愛らしく愛らしく頬を膨らませる。ぷにっと潰してぷっ! とか可愛らしく噴かせたい衝動を抑えながら頭を撫でる。
「祥子以外にあげるプレゼントなんて持ち合わせてないよ」
「……狡い。卑怯者」
「それはどうも。……後そろそろ歩きづらい」
だーめ。なんて、子供っぽく呟かれ、諦める。こうなった祥子は説得ない。
暫く進み、そろそろ私の家に近付いた頃、不意に祥子が腕を引き寄せた。
「……祥子?」
もうすぐ分かれ道だというのにこれでは帰れない。
「……はぁ。もう分かれ道だぞ? 終電もすぐだろうに」
トクトクと腕を伝い伝わる心音に音が跳ねる。体温とは違う熱さが、そっと私の胸を灼く。
一刻を争う事態に顔を覗こうと身を屈めると、真っ赤に腫れた瞳と目があった。
「どうした……?」
掴まれたままの腕を腰に回し、包むように祥子を抱く。少しの間小さく揺れた後、小さな声が私に響く。
「……今日。栄君と仲良さそうだった」
「そうか? 便利だったからな」
少しぶっきらぼうだったかもしれない。そう考えつつ話を聴く。
「あーんされてたもん」
「楽だったからな」
「……私にはさせてくれないじゃん」
「恥ずかしいからな」
声のない悲鳴と抗議がポカポカと音を立てて胸を叩く。
「美月ちゃ、先輩とも仲良さそうだったもん」
「あの子の髪の毛は素晴らしかった……また触りたい」
不意に横っ腹をちねられた。流石にちょっと痛い。
「あーんまでしちゃってイチャイチャして。どーせ私よりあの子が良いんでしょーだ」
「ははは、また分かったことを」
「む~っ!」
またポカポカと胸が鳴る。
こんな時でも考えるのは、今日の服装は男性寄りの物で良かった、と言うことだ。黒のワンピースにフード付きロングコートだからフードを被った今なら、こんなやり取りもごく自然だ。
例えば、大学からの帰り道、それも駅近くでも。
「……まるから」
「ん?」
少し周りに祥子の知り合いがいないかと確認していたせいで話を聞いていなかった。もう一度意識を祥子に戻す。
「……今日泊まるから。分かった?」
「親には?」
「言った。良いって言ってた」
「…………」
泊まる、というのは私の家に、ということだろう。別段親と暮らしているわけでもない私からすれば、親の許可を取った祥子を拒否する理由はなかった。
「……はぁ、全く……少しは家長の私に話をしてくれないと。七面鳥とビーフストロガノフ、後ローストビーフ位しか作ってないよ? それに家にはシャンパンしかない」
つらつらと数日前から仕込んでおいたものらを思い出し伝えると、不意に横っ腹に圧が掛かり、祥子が顔を上げる。
「…………ばか。嘘吐き。送り狼」
その目は真っ赤で麗しく潤みきって、だらしなく弛んだ口元と共に甘い香りを私に運んだ。
「心外な。酔ったらいつも泊まるくせに何言ってるんだか。さあ、ケーキを取りに行こう。財布が良いケーキ屋を教えてくれたから取り寄せておいたんだ。それに飲み物も買わないと」
腰に回した手はそのままにエスコートするように駅へと向かう。
「…………今夜はぜっっったい寝かせないから」
そんな宣言が不意に聞こえた。
Maybe Christmas. 星美里 蘭 @Ran_Y_1218
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