【短編集】ラストダンスはあなたの為に

監獄ツアーなんて、聞いてない

　ミステリー小説において、冒頭に死体を転がすのは珍しい手法ではない。既に飽きられている手法であること自体は、ここに明記できるレベルではあるが、やはりお約束というものは大切なのだ。読者に対して、これはミステリー小説ですよーと、ラブコメをしているように見えるのは、犯人達の密会ですよーと、お知らせするためにも非常に分かりやすい手法として、今なお好まれている。

　ところでだ、こういったくだりを話すと、みんな身構えるよね。したいが転がるんじゃないかって、勝手に期待してくれるよね。まぁ、本来であればその期待に応えて、ここに死体があります、犯人を捜す必要性がありますよといきたいところなんですが、それはちょっと無理でしょ？

　みなさんは、この旅行に参加していただいた、ほとんどがただの一般人と呼べる方々です。いえいえ、べつに見下しているとか、差別的な意味合いがあるとか、そういったものではないんです。この評価は、皆様が今までの暮らしの中で、特に目立ったトラブルも起こさず、警察機関や探偵のお世話になったこともなく、犯罪履歴がないことを示しているものですから、みなさんは、本当にただの一般人なんです。善良な市民というやつですね。これは大変に誇らしいことですよ？　みなさんは、道を外れることもなく、ちょっとやんちゃな時代もあったかもしれませんが、ここに至るまで大きな問題を起こしたことのない方々だと、我々が証明できますから。

　おっと、申し訳ありません。前置きが長くなってしまいましたね。

　私は、本日よりのバスガイドを勤めさせていただきます、田口と申します。運転手は野村。至らないところもあるかとは思いますが、ごゆるりと旅をお楽しみ下さい。

　こちらのツアーは、行政のバックアップにより実施されている、国民への税金返還業務の一貫となっておりますので、このように要所要所にて、少々長めの説明を入れさせていただくことが御座います。聞き流していただいて結構ですので、お時間のみいただければと思います。

　さて、みなさん。このバスツアーで御座いますが、開催されるたびに１つのテーマを設け、そちらに取り組んでいただくことが参加条件となっておりますのは、申し込み段階でご確認、同意していただいておりますね？　ええ、大丈夫ですよ。何も大仰なことをするわけではございません。ミニゲーム的な、旅のアクセントとなる程度のもので御座いますので、申し訳御座いませんがみなさん強制参加となります。

　詳しいことは、後に宿泊施設に到着したところで、再度説明させていただきますが、このツアーは４泊５日で、全日程が消化されるまで途中での離脱は不可能なものとなっております。既にお勤め先には、私どものほうから書面とお電話で説明させていただいておりますので、そちらはご安心ください。この５日間は、普段の喧騒は忘れ、テーマに取り組んでいただければと思います。　

　もちろん、テーマの消化が早急に終わってしまえば、残りの時間はみなさんのご自由に過ごしていただいて、問題ありませんので、自由時間の確保はみなさんの頑張り次第となってしまいますこと、この場でご了承ください。

　さて、それでは今回のツアー、肝心のテーマで御座いますが――おや、既にお気づきの方もいらっしゃるようですね。これは早期解決に向けて、期待が持てるというものです。

　『ミステリー小説の登場人物』が今回のテーマとなります。

　ふふふ、みなさん素人がどの程度対応できるのか、明日の朝、死体役が決定するところからスタートいたしますので、お楽しみください。