第14話

エピローグ そして プロローグ



 イクタラは、その夜、久しぶりに父や友達と歌って踊って騒いだ。母も、イクタラにだけ聞こえる声で歌っていた。修行に出る前は、こんなふうな笑顔で笑っていたんだ。両親や友達の笑顔を見ながら、イクタラは、そう思った。

「どうしたの?」

 一瞬、イクタラの笑顔が動かなくなったのに気づいて、友達の一人が訊いてきた。

「ううん。何でもない」

 誰かが、小屋の外からのぞいていた気がしたのだ。でも、その誰かは、もういない。逃げるように行ってしまった。


 ピリカは、家族だけの団欒だった。

「他の二人は大活躍だったけど、おまえは何をやってたんだ?」

 兄の口の悪さは相変わらずだった。

「うるさいな。外では私の方が活躍してたの」

 ピリカは、ムッとして言い返した。

「へえ~、どんな活躍だよ?」

「それは……教えてやんな~い」

 自分が死にかけた話なんて家族には知らせない方がいい。ピリカは、そう思った。あのとき、もし生きて帰れたら兄とはもう二度と喧嘩しない、と誓ったことも、絶対に言うもんか。


 ノンノの家は、家族に加え、親戚や近所のひとではち切れそうになっていた。両親は、ノンノのせいで小屋を飛ばされた村人に平あやまりしていた。幸い、あやまられた方は「そんなこと、どうでもいいよ」と怒っていないようだった。逆にノンノの体をうれしそうにべたべた触っていた。

「ノンノは、我が一族の誉れだ」

 見たこともないオジさんが、酔っ払って高らかに宣言して帰っていった。

「誰、あのひと?」

 ノンノは母に尋ねると、二人とも「さあ」と首を捻った。

「ところで、おまえ、あの鬼とは、どういう関係なんだ?」

 たぶんずっと気になっていたのだろう。客が帰って、しばらくしてから、ようやく父が訊いてきた。

「何でもないよ。ただの友達」

 その答えに、父は、少しは安心したらしかった。

「あの鬼さんも家に呼べば良かったのに。お友達なら」

 本当にそう思っているかどうかは分からないが、母は、そう言った。

「でも、もう帰っちゃったんだ。鬼の国に。鬼の国、もう女子供しかいなくなっちゃったから、あのひとが建て直さないと、だって」

「そう言えば河童さんの方は?」

「オワツも帰ったよ。あの石を長老に返さないといけないから」

 そう。帰っていくところのあるよそ者は、帰っていった。そして、帰っていくところのないよそ者も……。


 月明かりに照らされた村はずれを一人と一匹は急いでいた。見送るのは、自分の影以外に誰もいない……はずだった。

「また、こそこそ行っちゃうの?」

 ホモイは立ち止まったが、振り向くことはなかった。

「この村は私の村だから。近道も知ってるの」

 イクタラは、少し息が乱れていた。

「人里には近づかない、って言ったろう」

「いい加減、それやめない?」

「村に戻った。もう、俺の役目は終わった」

「それがそうじゃないの。私たちの修行は一年って決まりなの。まだ半年以上も残ってる。明日になれば、また修行の旅に出ないと」

「でも、君らは十分強い。俺は必要ない」

「あるわよ」

「いや、ない」

「ある」

「ない」

「あるの! 私が、あるって言ってるんだから。それに、あなたにだって私たちが必要……だと思うけど」

 二人の会話を、ホモイの足下に腰を下ろしたウバシが聞いていた。双方の顔を交互に見上げながら。

「そういう生活に慣れていない。ひとりの方が気楽だ」

 少なくとも、必要ない、とは言わなかった。イクタラは、ホッとした。

「それに、あなたは、自分で考えてるほど、ひとりじゃないと思うけど」

 イクタラはウバシの方を見た。ウバシと目があったような気がした。

「初めて逢った日のこと憶えてる?」

 ホモイは、まだ振り向かない。黒々とした背中が見えるだけだ。

「あのとき約束したよね。あなたの行きたくないところには行かない。あなたの行くところについていく。そのかわり私たちに何かあったら助けてくれる、って」

 ホモイの肩が微かに動いた気がした。でも、何も言わない。考えているのだろうか?

イクタラは待った。ウバシは、待ちくたびれて腰を上げた。

「約束か……」

 ようやくホモイが口を開いた。

「じゃあ、しょうがない」

 ホモイが振り向いたとき、ウバシは、もうイクタラの隣に腰を下ろしていた。

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縄文戦記 星の涙を持つ男 竹田康一郎 @tahtaunwa

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