梅の追想録
朝渡 菊
第1話
「次の部長は、梅澤悠希くん。お願いします。」
「......承知いたしました。」
まばらに拍手が狭い和室に響いた。
まだ夏の日差しが残っていて、秋の気配も感じられない日だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◆◆◇◆◇◆◇◆◇
「梅ちゃん、新部長おめでとう」
「ああ、どうも。」
帰り道ふと思い出したように先輩がわらった。
「そうか、もう一年過ぎちゃうんだ」
「早いですね」
「うん。とっても早かった。まだ二年生の気分だったのに......あっという間に受験生だ。」
先輩は細くため息をついてリュックを背負いなおした。
そのバックには先輩の夢への切符を手に入れるための道具が詰まっている。
前にバックを預けられた時にその重さに驚いたものだった。
自分より小さな身体で、線の細い肩でどうやって大きい岩が入っているようなリュックを背負っているのか未だに不思議でならない。
「先輩」
「んー?どうした後輩くん」
「先輩はどこ志望してるんですか。」
ぼそりと問いかけた言葉に先輩は目を丸くして自分をみた。
「驚いたな。まさか梅ちゃんが聞いてくるなんて」
思わずといった様子でこぼした言葉に顔をしかめると先輩は慌てたように言い重ねた。
「べ、別に聞かれたくないから今の言葉を言ったんじゃないよ。ただ、梅ちゃんはあんまり人の事なんて気にしてなさそうなイメージかあったから......」
先輩は弁解するほどに余計に傷口を広げてしまっているのに気づいたのか、気まずそうに口を閉じた。
風が銀杏並木の通学路を通り抜けた。
風はまだ生ぬるくて夏の気配を感じるのに、夕日はだんだんと秋めいてきて緑の葉を橙に染めている。
「...私ね、将来日本史の先生になりたいんだ。今学校で教えてもらってる先生の授業が本当に面白くて」
楽しげに将来のこと、志望している大学を語る先輩が少し遠く感じた。
部活体験で丁寧に和ませる会話を交えながら女子達の中一人孤立していた自分を教えてくれた先輩。
初めての外部講師の本格的なお茶の点て方のとき、全然できなくて思わず悔し涙が一粒流れても見ていないふりをしてくれた先輩。
けど、そんな先輩も次の部活の時にはもうそこにはいない。
その事実を改めて感じて心にぽっかりと穴が空いた。
「でね、私の志望してる大学だとーー」
「先輩、俺頑張りますから」
「うん?がんばれ!」
突然の自分の発言に 疑問符を頭に浮かべながらも応援してくれた先輩に口を緩めた。
「だから、先輩も受験頑張ってくださいね」
いつの間にか先輩の乗るバス停の前に着いていたらしい。
立ち止まった先輩に言うと、先輩はふにゃりと笑顔で答えた。
「うん。がんばる。」
その返事を聞いて背中を向けて駅へとゆっくりと歩みを進める。
(いつか、きっと、先輩に追い付いてやる)
そうあの先輩の笑顔に誓った。
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
「う、梅ちゃんの笑った顔初めて見たっ...!」
「あんなふうに笑えるんだね、梅ちゃんは。部活卒業最後に見れてよかった。」
梅の追想録 朝渡 菊 @YamasaTarosa
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