18話 時を超えた交戦
たまにこういう言葉を耳にする事がある。
放課後の部活動ダリィ~……と。そんなぼやく輩が。
うん。わかるよ。
その気持ちとっ~~~~てもわかるよ?
ましてや無理やり強制入部? そんなの溜まったもんじゃないよね、部室燃やそうかな?
そんな部活に恨みはあるか?
当然YES――と、答えてただろう。
だが……今の私はNOと答える。
いや修正。今この祝福の瞬間はNOと堂々と答えられる。
いや、誰だってそぅ答えてしまう。
同じチェス部の?
しかも全国の人気者の?
国民的アイドルがだよ?
そんな……最押しのアイドルが面と向かい合い対局できると思えばこぅ答えてしまう。
On YES!! ――と。
「……ねぇ。あのさ? その鼻血
「大丈夫ですっ! このティッシュ箱から最後の一枚が消えるまでは平気です」
「そぅ、なの? ……凄い食い気味だけどさ。私いつもダンスとかボーカルのレッスンばっかりだから、白子ちゃんが期待してる様な対局できないと思うけど……大丈夫それで?」
「問題ないですぅぅぅぅ~~っっあぁ~~!」
「鼻血の次は涙っ!? ……ねぇ本当めっちゃ心配なんだけど」
いや――『ちゃん』付けだよ?
最押しの。しかも日本一のトップアイドルに名を呼ばれだけでも奇跡レベル。。
更にダメ押しの『ちゃん』付け呼びなんてもぅそれはもはや……あ。涙腺が切れたわ。
「ねぇ無理しないでね? 鼻血が止まらなかったら強引でも対局中止。そうしたら今度また対局してあげるから今日は帰る事……それでいい?」
「鼻血が枯れたらでいいですか?」
「 枯 れ る ま で い な い で 。 いいわね!?」
「あっ。はい」
流石アイドル。圧がすごい。
普通の一般人ならいしゅくして体縮こまるんじゃないか? と、それぐらいの勢い。
でも何故か『推しのアイドルに心配されてる』と言う神ワードで鼻を通り越し口から血が出そうだった。
さて、そんな私の心情なんてお構いなく。
ミカンちゃんはパッパと話を進め。
「制限時間は顧問が来るまで。それを踏まえて各持ち時間は1分の早指しルールで行くわよ」
軽い説明を受け。
ウンっウンっ……と、軽く頷きを確認した美香は。
軽く笑みを浮かべ。そして宣言する。
さて。
「じゃあ始めましょうか――私達の【
☆ ★ ☆ ★
まるで合図を示すかの様に。
その一言でこの戦争を始めるには十分の掛け声。
今ここで。夕暮れの日差し照らす盤上にて始まってしまう。
『日本一のアイドル』対『最強の白旗少女』の
(先手は私だよね……じゃあ、最初は……これがいいかな?)
まず。白子はその駒を握りしめ。
一歩。それを進め置く。そぅ……。
何も考えずに置いた。思い付きで選んだその駒を。
「ポーンをa1……へ」
「…………なるほど、これは初心者相当の動きね」
はい?
一瞬だったが、軽く苦笑いを浮かべ様子を伺った様に見えた直後。
美香は一つ。
こんな質問を彼女へ問いかける。
「白子ちゃんさ、オープニングって聞いた事ある?」
「もちろん聞いてますよ。毎朝6時半のおは○タでやってるプリティアのオープニングテーマ『あなたのティアラ』は最高の一言です! ミカンちゃんの力強い魂と熱意が歌詞と合わさってサビところはもぅ全身アドレナリン出まくりで」「わかったわかった、7月にCD渡すから椅子に座って」
どうやら我を忘れ白子は身を乗り出し興奮していたらしい。
反射的に「ごめんなさい!」と連呼する白子を落ち着かせ。
軽く、「ごほんっ」と美香は咳で改める。
「チェスにはね? 【オープニング】って言う戦術があるの。それを『やる』か『やらない』かで後に勝敗を大きく分ける事になるとても重要な戦術の一つよ」
「重要……でも、最初の一手ですよ? 最初の一手が役立つなんてあまり後半には影響がない気が……」
チェスにおいて、対局は言わば長期戦。
脳内で何手何十手先を考え思考をぶつけ切り争う『マラソン・チャンバラ』とも言えるだろうか。
そんな気が遠くなる思考戦。
長く続けと考えれば、別に最初の一手ぐらい大した役など果たさないはずだ。
『重要なのは後半戦』。
チェックメイトまでの道のりを導き出せるかが戦争において最優先。
そんなたかが最初の一手に時間を割くならば、後半戦の為に力も時間を残す方が重要なはずだ。
「そうねー。確かに、たかが一手よね? 最初の一手で勝負が決まるなんて普通じゃありえない話……白子ちゃんの言い分は正しいわ」
「そっ、そうですか? いやぁ~~♪ まさかミカンちゃんに褒めてもらうって超激レアな対体験を」「ただね?」
――しかし。
浮かれる白子とは対象的に、その少女……美香に笑顔はない。
冷たく籠った声で『待ったをかけた』。
瞳に映る白旗少女の、その愚かな失言する者へ言い放つ。
大人気アイドルの。
そんな彼女が届ける。
たった一人の。
この戦場を甘く見下した愚者に向け、その覚悟する瞳を浮かばせ。
彼女は告げた――殺意を込めたかの様な宣告を。
「 そのたかが一手に、敗北する覚悟はしときなさい 」
……なんだ。この震え?
呆然と、その言葉を聞いていた白子。
だが――突然、全身に異常な震えが。恐怖が襲う。
憧れのアイドルだからとか、芸能人特有のプレッシャーだからか?
いや違う。
そんな生ぬるいプレッシャーとは桁違いだ。
まるでこの顔に。
この瞳に。
揺らぐこの心奥底に向けられた。
まるで――そぅ。
それはもぅ決まってしまったかと。
一人の王様は既に『勝敗は決した』と……そぅ告げ剣を突き付ける。
美香はその駒に手を伸ばす。
なんの躊躇なく選ぶその駒を素早く掴み取り。
「ポーンd5」
コトン!
静まる空間に、たった一つの駒音が響き走る。
だが、決してそれはただデタラメで置き放った駒じゃない。
魂を宿らせ。
その確信なる『勝利』への自信。
たかがポーンに、空っぽの駒にその力を託すかの様に。
そして。
瞳に浮かぶ、そのオレンジの炎を灯らし――覚悟の眼差しを向ける!
「――オープニング――【Ce
【オープニング】
これはチェスをやる上で決して欠かせない重大戦術の一つだ。
別に後手限定の戦術では決してない。
無論、先手にもオープニングは存在し後手よりも優位に立てられるオープニングは数多く存在する。
言ってしまえば、そぅ。
『先手必勝』――そのチャンスを白子は既に手にしていた。
誰よりも先に。黒番よりも先に。そんな優位を作れる権利を所持していた。
――しかし、にも関わらず。
それすら権利を放棄し。
ただ適当な所へと駒を置き進めてしまった。そんな浅はかな少女へ。
その報いが……今、訪れようと知らずに。
「る、ルークを……ルークをa3に!」
「ビショップa3へ」
「っ!?」
まさに、それは秒速。
その指し放つ一手が置き放たれた時。ふとっ、白子は自らの右腕に目を向ける。
……異常な光景だった。
……尋常じゃない程の、真っ赤に染まった腕が……そこにある。
(なんで……どうしてこんなに赤く……しかもっ、痛い……痛いっ!?)
ただの暑さだけではない。
ヒリヒリと全身が一気に熱を走らせ。痺れを起こし。
「っ……はぁっ……はぁっ……」
息をも切らす悪化状態。
それは――誰が見ても異常な光景だった。
「どうしたの、白子ちゃん? 目も赤くしちゃって苦しそうね。鼻血の件もあるし一応保健室に行ってきたら? そっ――こんな戦争なんて降参しちゃってさ」
「はぁっ……はぁっ……ご、ごめんなさいっ。別に、ただちょっと息が切れただけです」
だから。
「大丈夫です……続けてください」
「――そ? じゃあ早く駒を置いて欲しいんだけど、そろそろ持ち時間も終わる頃だしさっさとして」
「……はいっ、ごめんなさい」
淡々と。時と駒が進む音だけが耳に響く。
ただの『練習対局』だと言うことはわかっている。
しかし、それでも簡単に勝敗が決まって欲しくない。
憧れのアイドルに。
憧れの人の前で……こんな見るに堪えない。
そんな――愚かな戦術だけ見せて終わるなんて嫌だ!
「ビショップa5へ」
「はぁ……はぁ……っはぁ……」
一旦、ここで白子は俯く。
息をなんとか整えつつ考えられる限りの思考を巡らせ答えを探る。
まだ見せていない。
この人に、この憧れの人に。
きっと。私はまだ『いい所』なんて見せていない。
ここでもし終わったら。もぅミカンちゃんは私を見てくれない……そんな気がする。
だから。
それを見せる為の、その場しのぎの一手でも構わない。
――して。
「クイーンをa5へっ!」
「…………」
その数分の時を経て、導き出した白子の答えが今現れた。
(この手ならまだ大丈夫。次に そして、そのあとに!)
「――その程度なのね」
っ!?
…………ふとっ、その人へ。
思わず顔を上げ、ただ……呆然と。
――瞳に覚悟を灯らす――そんな彼女を見ていた。
「貴方の熱さって――それっぽっちの熱で根を上げるのね?」
たった一つのクイーン。それに触れたと思った途端。
一気に――後進し中央へと戻す。
散らばった駒達の間を、上手くすり抜けていく……それはまるで。
――観客達の中を駆け抜けてゆく――『
気づいた頃には遅かった。
無防備にも、守る駒も逃げ道もない白駒のキング。
その真正面にその駒は存在する。
――『クイーン《アイドル》』の駒が。
冷徹に響き渡るその声色が……目の前の白旗少女に。
今、宣告する。
「――【 最高の幕引き《ボルテージ・イン・メイト》 】――」
その勝者から今告げられ。
呆然と。ただ俯く白子の耳に響き渡る。
それは酷く冷たい声だった。
広かったこの部室でも収まらない程の。力が。魂が。
呆然と呆気を取られる――白子の耳元へ。
それは届いていた。
溜息を一つ吐いた、そんな捨て台詞を。
「――期待外れだったよ、白子ちゃん」
【 敗 北 確 定 】
「すごいっ……」
ぼそっとこぼす声。
俯くまま、そぅ微かに聞こえた。
その声に耳を傾け。美香は息を飲んでいた。
「見たこともなかった……ミカンちゃんの戦術、これがミカンちゃんの本気、思えば思う程凄い……ミカンちゃんのチェックメイトは凄いね」
「――?」
けれど。その発言に……美香は首を傾げていた。
この子は何を言っている?
盤面を見て考えたとしよう。
最低で見積もってチェックメイトまでには、まだ13手はある。
テレビで数回見た程度。だが、確かに白子の指す手は初心者レベルではない。
しかし。決して初心者の肩書が消えている訳がない。
駒を持ち始めた初心者ならば二手先の駒。いや、目の前の駒を動かすだけで息切れするぐらいの体力と精神力を消費する。大抵の人はここでチェス盤を投げ出す人がいてもおかしくない。
少なかれ。今の白子に。
始めて二、三か月の子に二桁先の手を読むことは理論上無理だ。
余程の天才か。鬼才か。それとも……。
……いや、最短で出せる答えならばある。
【
だが。それを読む方が最も不可能だ。
初心者だからか? いや違う。
そんな安易な理由ではない。
この決め手はテレビでも。
いや、それ以前に人前で披露した覚えなど決してない。
正真正銘。私にとって切り札として存在するチェックメイト。
まして。今日この場で初対局を交わす、始めて数か月の初心者が知りえるわけがない。
そぅ……知りえるわけが、
「カッコよかった――【
……顔を上げた。
全ての思考が停止する程の。
時が止まる程の、その耳を疑う発言に目を丸くしていた。
この世の者とは思えない……そんな目線を向け。
今、何を言った?
今、彼女はなんと言ったんだ?
全身の鳥肌が立つ様な……いや、寒気が。
この全身に襲い掛かる――未知の恐怖心が。
体を纏う。
「もっと。もっともっと……見たことない所まで行きたい」
「ミカンちゃんと遊びたくなった」
ただの笑みだ。
ただ楽しんでいる様な、普通の笑みだ。
……なのに。
……何故だろう。
その笑みは、とても普通の人間が作る笑みなんかじゃない。
全身が。
この私の。熱を凍らせる程の冷たさが襲い来る。
例えるならば……それは……。
――怪物だ。
――未知なる――そんな怪物が――笑っていた。
「戦おう。ミカンちゃん」
その者は言う。
その少女は言う。
そのバケモノは。笑いながら無邪気に……声を弾ませて言う。
狂った瞳を――私に向けて。
「――ここでは決して、私の白旗はあ……げ……」
――と。言いかけ……そこで言葉は止まり。
「?」と、白子を見ていたら。
瞬間、ぐらっ! っと。
そのまま床へとダイブしちゃって……よく見れば。
白子は、床でぐったりと気絶している様にしか見えない。
「なぁーにお前は勝手に許可なく対局してんだよー。部員同士で戦うなら私にアポ取れアポを」
「ちょっ、先生! いくら何でもガチで叩きすぎです、白子ちゃん死んじゃったらどう責任とる気ですかっ?」
「おーい起きろ白子、いいからほらっ早く、責任とかめんどいから起きろこの寝坊助娘が」
パンっパンっパンっッ!
「急に往復ビンタして覚まそうとするのやめてください!」
どうしようツッコミが追い付けない。
軽く息を整えていると。
……スっ、と束花の手は止まり。
「まぁいいや。後でバケツ水叩きつければ起きるしほっとくとして……」
この人教師どころか人間の自覚持ってるのかな?
バレたら報道人に囲まれる事平然とやろうとしてるし……。
「あと美香、明日は予定空けとけよー。8時に校門前に集合なー」
「明日は土曜日ですけど……チェス部に土日練習はなかったはずですけど?」
「あるわけねーだろー? チェスやる為に何貴重な土日をたかがボードゲームで潰すんだぁー? どーせ潰すなら両手に酒とポテチでPS11の10K画質でYouTubeをぐーたらっぐーたらっして見ながら風呂で寝ながら潰すわー」
……何でこの人顧問してるんだろう?
普通言う? ∞ドル目指してる部員の前で。しかも『たかが』ってアンタ……まぁ、こんな人だって事は一年前から知ってるけど未だに中々理解し辛い部分が目立つ。
あんまり理解しない様にはしてるけど……ほんと、この黒服先生には慣れないわ。
「う~~っん。じゃ、土曜日何しに学校来るんですか?」
「情報収集だ」
当たり前だろ? と、当然の様な表情浮かばせ。
相変わらずだが、心読めない発言に首を傾げてしまった。
♔ ♚ ♔ ♚
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しろあげないっ! 帝ちゃん王子 @89zero
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