第28話 終章
あらあら、誰かと思ったら古泉君じゃない。ということはさっきのもあなたの仕業なのね?
ええ、そうです。僕の超能力でビームを曲げて軌道をそらしたんです。念力の簡単な応用ですよ。
いいの? そんな簡単に種明かししちゃって。
大丈夫ですよ。種がないのが超能力なんですから。
ふふっ、そうね。本当、科学をいとも簡単に跳躍するずるい力を涼宮さんも与えたもんだわ。そうそう、あなたのお弟子さんもなかなか健闘してたわよ。ちょっと私も驚いちゃうくらい。
なんなら今度あなたにも超能力をお貸ししてもいいですよ。
いいえ、遠慮しとくわ。
そうですか。
ええ。それにこうなってしまったら、今日はもう帰らないといけないし。あなたは長門さんの味方なんでしょ?
それは誤解ですよ。僕は未来人、宇宙人、どちらの味方でもない。もちろん機関も同じ立場です。ただし、僕はSOS団副団長という重責ある役職についておりましてね。
ずいぶん大変そうじゃない。
お察しのとおりです。
私も今からSOS団に入れてくれないかな?
涼宮さんさえよければ、構いませんよ。
でも、やっぱりやめとく。歳もあるしね。
その方がいいでしょうね。でもあなたが入れば、とても面白くなると思いますよ。なんなら顧問というのはどうでしょう。
それ、おもしろそうね。帰ったら考えとく。
ええ、是非ともお願いします。
それじゃあ、元気でね。
そちらも、お元気で。
それからは遠ざかる足音と近づく足音の2種類が聞こえた。遠ざかる方はすぐに聞こえなくなった。俺は夢を見ているのだと思った。多分、世界が崩壊してしまう前に見た悪夢なんだろう。
誰かが俺の手を取った。不思議と痛みは全くなかった。
さあ、立ち上がってください。
俺は目を開けた。
「古泉……」
「ええ、お久しぶりです」
古泉は俺の手を取っていた。もちろん、すでに手は何事もなかったかのように元通りになっていた。
ずいぶん遅かったじゃねえか。
「ギネス級神人との戦いで少し時間を食ってしまいましてね。中々返してくれませんでした」
間に合わなかったらボロカス言ってたところだが、間に合ったのだからまあ、よしとしておいてやるか。そう言いながらあらためて手を眺める。全部嘘だったみたいだ。
「あなたに許してもらえたなら、それで来たかいもあったというものです。さあ、行きましょう。立てますか?」
俺は普通に立ち上がったが、すぐに猛烈な頭痛がやってきて倒れそうになった。古泉がすぐに肩をかしてくれたので、何とか地面とキスしないですんだ。
「おそらく、なれない超能力を使いすぎたからでしょう」
「治療してくれないのか?」
「傷は治療できても脳細胞の疲労は治療できませんよ。校門のすぐ外に車を止めてあります。まずはそこまで行きましょう」
這うようにして校門へ向かう途中、長門の姿が見えた。どうやら、すでに古泉の治療を受けた後のようだ。
「長門さん、学校の壊れた箇所の修復を頼んでいいですか?」
「もう終わった」
「仕事が早くて助かりますよ」
「私も手伝う」
今度は長門が俺のもう一方の肩を持ってくれた。それで、だいぶ楽になった。
俺はそのまま見たことあるような黒い車の後部座席に放り込まれた。俺は座席全面に横になり、後部座席と前部座席の狭い隙間に長門が、助手席に古泉が滑り込んだ。
寝転んでも、頭痛は全く楽にならなかった。やっぱり超能力なんて使えなくてよかったぜ。
「希望通り、全ての譲渡した超能力を返してもらいました――と言いたいところですが、『臭いを消す能力』だけ残しておきますね。これから先、超能力者である必要があることがあるかもしれませんから」
まあ、元はお前の力だ。そう思うなら勝手にしてくれ。
「よお、ボウズ」
運転席から、柄の悪そうな顔が俺をのぞき込んだ。
「まあ元気てわけじゃなさそうだが、まあまあ無事だったみたいだな」
「間一髪でしたよ、遠藤さん」
「とりあえず、ボウズの家に直行でいいな、古泉君?」
「ええ、そうですね」
車の低い唸りとエンジンの振動が背中に伝わってきた。
「とりあえず、彼の脳の疲労をどうにかする必要がありますね」
どうにかなるのかよ?
「大丈夫です。こういう超能力使用による脳の疲れには、ニコチンかアルコールが抜群に効果があるんですよ。人によってどちらが効くか個人差はありますが。とりあえず」
ライターの音がした。
「では長門さん、こちらを彼に」
長門はこくりと頷くと、火のついたタバコを俺に差し出した。さっそく吸ってみる――が、煙でむせただけだった。
全然ダメだよ。
「そうですか」
「やっぱり言っただろ、ボウズはアルコール派だって。こりゃあ、俺が買ってきたのが役に立つな」
「遠藤さんは常日頃からアルコールを常駐させてますからねえ」
「まあ、役に立ったんだからいいじゃねえか。そらよ」
「運転中は運転に集中してください、危ないですよ」
「それを未成年喫煙者に言われたくはねえなあ。どうせ車も少ないんだから大丈夫だよ」
その酒瓶も長門が受け取った。どうやら、ワインのようだった。
「あ、そういや栓抜き買うの忘れてた」
「その点ならご心配なく」
「アホか、あれは栓抜きで抜かないと美味しくねえんだよ」
とにかく、栓は長門が情報操作で摩擦力をゼロにしたのか、指でつまんで軽く引っ張っただけで空いた。
「まあどちらにせよ、これでずいぶん楽になるはずです」
そうか。長門、その瓶を俺に渡してくれ。
「でも、その体勢だと中身をほとんどこぼしてしまう」
今起き上がるから。
「そんなことしなくても大丈夫」
そういうと、何を思ったのか長門が酒瓶に口をつけ、中身を飲んだ――のではなく、どうやら口に含んだようだ。
そしてそのまま唇を重ね、口から口へと中身を移し始めた。どうしてこんな無意味なことをするのか分からなかったが、とにかくワインは俺の中へ染み込んでいった。と同時に頭痛も少しマシになっていった。
「どう?」
長門の問いかけに俺は何も答えずワインをひったくると、瓶を垂直に傾けて全部飲み干した。
「おいおい、やるねえ。まだまだあるから遠慮なくいってくれ」
もう一本頼む。
空になったビンと新品を交換した。栓はまた長門が開けてくれた。
それも一瞬で空になった。まだまだ飲めそうだったが、これだけ飲むとワインだけで胃がパンパンで破裂しそうだ。
「どうやらだいぶ良くなったみたいですね」
「ああ。おかげさんでな」
「もうあと5分くらいで到着だ。一晩寝ればスッキリするだろうよ」
遠藤さんが言った通り、それくらいの時間で俺の家が見えてきた。
「もう歩けますか?」
古泉が心配そうに聞いてきた。
それには心配いらないよ。もうだいぶ楽になったし、むしろ気分良くなってきたくらいだ。
「それはよかったです。今日はあなたに無理をさせてしまって申し訳ない」
「いや、いいんだ。俺たちはSOS団員だ。互いに助け合うのは当たり前だろ? それにお前にばかり活躍させとくのも悔しいからな」
「調子が戻ってきたみたいじゃないですか。とにかく、今日は安静にしておくのが一番です」
ああ、そうするよ。
3人に見送られながら、俺は車を降りた。
車が去ってから、玄関をくぐって自室への階段を登ろうとしたが、頭痛はなくなっていたものの短時間で2本空けたのはやっぱりきつかった、どうやら階段の板が綿飴に変わってしまったようだぜ。それでも、なんとか手すりを掴んで一歩ずつ慎重に登っていった。
あと3分の1。
気合を入れ直して一歩踏み出した時だった。
「あー! キョン君おかえりーー!」
妹だ、妹か妹のような生物がちょうど足を上げた俺の横を通り過ぎた。広い階段ならいざしらず、我が家の狭い階段ではぶつからずに通り過ぎるなど不可能だ。俺はバランスを崩した。最後に手すりを掴もうと手を伸ばしたが、それは数センチ手前の宙を引っ掻いただけに終わった。妹が驚愕に目を見開いていた。天と地が逆転し、俺は奈落の底へ沈み込んでいった。
目が覚めると、見慣れた顔がすぐそばにあった。
「近すぎんぞ」ついでにキモすぎる。
「それは失礼しました」
「それで、ここは一体どこなんだ?」
「病院ですよ。機関の息のかかったね」
病院内はほどよく空調が効いていた。窓の外は夏らしく雲一つない晴れだった。
「どれくらい、俺はここにいたんだ?」
「そうですね。丸一日くらいです」
そういう割には、体には何一つ傷などないように見える。普通、階段からあれだけ勢い良く落ちれば軽傷でも宝くじが当たったくらい運がよかったと喜ぶべきところだ。
「重傷じゃなかったのか?」
「いえいえ、何をおっしゃいますやら。重症の食中毒だったんですよ?」
微妙に話がかみ合ってないようだな。狂ってるのは俺か世界か。
「5時間目の授業が終わって急激にお腹が痛くなって、それから救急車で運び込まれたんですよ。学校中、ちょっとした騒ぎになりましたが、覚えてないんですか?」
「いや~、よく覚えてないな~」
と人畜無害を装いながら、俺は真実を確かめる準備をしていた。ちょうど腸内にパワーが満ちてきたので、それを下腹部に貯めるようにした。
「それより古泉、ちょっとすまないんだがそこのリンゴ取ってくれないか?」
「ええ、お安いごようです」
今度は貯まったパワーを音が出ないよう、蚊が血を吸うときみたいに細心の注意を払って放出した。
「どうぞ、めしあが――うっ」
古泉の余裕ぶっこきまくりの微笑がジグソーパズルを傾けたみたいに崩れていくのを見るのは、正直に言わせてもらうと少し滑稽で面白かった。悪く思わないでくれ。今までさんざん振り回されてきた、俺からのちょっとした返礼だということにしといてくれや。
古泉はリンゴの皿も放り出すようにそこらへんに置くと、すぐさま窓に走っていった。焦っていたせいで窓の鍵を開けるのを2回ほどミスっていたが、ようやく新鮮な空気にありついた。
窓から風が流れ込み、カーテンを揺らした。少々暑かったが、病院の不自然な空調よりよほど気持ちよかった。
「どうやら、ご健在のようですね」
「不可抗力だ。すまん、古泉」
「まあ、そういうことにしときましょうか」
そういえば、ほかのメンバーの姿が見えないな。
「もうすぐ戻ってくるはず――ほら、噂をすればなんとやら、です」
ぞろぞろと入ってきた。ハルヒと長門、朝比奈さん。さらにその後ろには鶴屋さんもいた。
「キョン君、もう大丈夫なのかいっ?!」
ええ、まあ、だいたい。
「意外と元気そうでよかったわ」
ハルヒがそういうのを聞いて、母親が優しい声で通知表をちらつかせながら呼ぶ時を思い出していた。
「早速キョンにもやってもらうことがわんさかあるんだから。貴重な労働力が抜けてもう大変よ」
ハルヒがカバンの中から何やら取りだした。
新聞だった。おやおや、これは読むとIQが下がると言われているダイスポではないか。
「ここを見てみなさい!」
ハルヒが指さした当たりを見てみると、『ガーネル・サンダーストーム、25年ぶり道端堀から救出!』と書かれてあった。
「違う! その下!」
その下に目をやると、『人妻専用デリヘル、プラス2万で中○しし放題!!』と書かれてあった。
「だから違うって!! みくるちゃん、こいつ殴ってもいいわよ。どうやら頭にまで毒が回っちゃったみたいね」
いや、待ってくれ、俺はただ指示されたとおりの場所を見ただけなんだ。
「だからここよ!」
なになに? 『K高校で謎の発光現象、近隣住民集団で目撃UFOの可能性も!?』
「そう、それよ」
それがどうしたんだ?
「なんて鈍いの。まず眼科に入院すべきだわ」
あ~、そういうことか。アングルがちょっと違うから分からなかったぜ。記事の写真に写っているのは、どう見ても我らが北高の姿だった。写真はいつもの通学路からではなく、裏の山から撮られたものだった。それで一瞬分からなかったのだ。
「えらーーーく長い一瞬だと思うけど、まあ、そういうことにしといてあげるわ」
「まあまあ、はるにゃん。キョン君も目が覚めたばかりだし、いきなりはキツイよっ! それに山に行くって言っても、今は草ぼうぼうでかなりしんどいと思うよっ?」
「だからこそ、この前人未到の好機、逃すべからず、なのよ!」
こいつの頭の中ではこの時すでに俺をどうやって酷使するかの計画がなされていたに違いない。いつもなら面倒臭いだけだが、まあ、今回だけ特別サービスということにしといてやるか。それでもこのクソ暑い時期に草ボウボウの山で掘ったり返したりするのは嫌なことにかわりないんだが――それでもいいように思えるようになっちまったんだ。
「涼宮さん、そろそろアレ、渡してもいいんじゃないですか?」
そう言うと朝比奈さんはちょっとワクワクしたそぶりで何やら取り出した。俺からはよく見えない。
「そうね。じゃあ、ユキもいくわよ。3人一緒に――
「「「誕生日おめでとう!!!」」」
白い箱の中には、それそれは美味しそうなよくある誕生日ケーキが入っていた。
「あんたもうこんなの食べても平気? あ、でも食べれなくても全然問題ないから、あんた以外全員で食べるから大丈夫よ」
「多分食べれるとは思うが、まあ、今日はやめとこう。祝ってくれる気持ちだけで十分だ。みんなで存分に食ってくれ。もし残ったら明日食うことにするよ」
「それはだめ!」
「なんでだよ」
「それでまた食中毒になったらどうすんのよ? あんたは休んでても、不思議の方は休んでてくれないのよ? いい、SOS団に休みはないの、分かった?」
まあ、何となくよく分かったよ。
「というわけで、みんな、じゃんじゃん頂くわよ!」
俺が思うに、こういうことにかこつけて最初から自分がケーキを食いたいだけだったのだろう。この勢いだと俺の分は到底残りそうにない。でもまあ、それでいいのかもしれない。ハルヒが口にクリームをつけながらケーキを頬張る姿を見るだけで、俺は十分だ。見てみろよ、こいつの顔。まるで顔面に透明な太陽が張り付いたみたいになってるじゃないか。
「ちょっとキョン、一体なにジロジロ見てんのよ。それもニヤニヤしながら。そんなにわたしの顔おかしいことになってんの?」
いいや、全然おかしくなんかないさ。
涼宮ハルヒの絶望――完
涼宮ハルヒの絶望 セルコア @basyaumapony
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