第27話 神は無慈悲で残酷な売女
とりあえず吹っ飛んだ長門の着地点と思しき場所へ行ってみたが、姿は全くなかった。無残にも崩れた壁を修復してから、目をつぶって千里眼を使い、校舎をしらみ潰しに探してみた。感覚だけが浮遊できるので、壁なんかも突き抜けて探すことが出来て非常に便利な超能力だった。
そのとき、声が聞こえた。これは実際に聞こえたのではなく、超能力の感覚の中で聞こえた。俺は声のする上方へ登っていった。
感覚的に言うと、天井をそのまま突き抜けてコンクリートの屋上からちょうど目だけ出した当たりだ。長門と朝比奈さん(大)がいた。俺は二人が向かい合う真ん中で、ちょうど頭だけ出しているという格好だ。すでに空一面は群青色に染まっていた。
「確かに、ここで戦えば被害は少なくてすみそうですね」
そう言う朝比奈さん(大)の長髪を風が薙いだ。
俺は迷っていた。このままここでこの戦いを見守るべきなのか。それとも、この千里眼を解いて今すぐ二人のもとへ駆けつけるのか。古泉なら千里眼を維持したまま移動できるだろうが、超能力を使うことに慣れてない俺には、目をつぶっている間しかこれは使えそうになかった。移動するには、いったん超能力を解除する必要がある。
だが、俺がそうして屋上へ向かったところで果たして何になるのか? 二人を止められるのか? それこそそういう超能力でも使わないと無理そうだ。
「長門さん、せめて苦しまないようにしてあげるわ。禁圧解除承認」
朝比奈さん(大)の目の輝きが変わったように見えた。いや、実際に変わっていった。銃口のように底なしの闇、それでいて妖しい輝きを放つブラックダイヤモンドみたいに。
「きっと時代さえ違えば、私たち、もう少し仲良しでいられたんでしょうね」
「仮定の話に意味はない」
「そうね。その通りだわ。それじゃあ、エネルギーのチャージも終わったから、いかせてもらうわね。本当はこうすると次の発射までに待機時間が出来てしまうのだけれど、これで終わりなら関係ないしね」
そう宣告すると、朝比奈さん(大)は今までとは少しちがうポーズを取った。通常、みくるビームはなぜだか知らんがウィンクして放つものだ。しかし、今の朝比奈さん(大)は両目を大きく見開いていた。目ヂカラマックス、てやつだな。
「すーぱーミラクルみくるびーーーーむ!!」
さっきの倍くらい、いや、倍以上は確実にありそうな光の束が、両方の瞳からそれぞれ長門へ向かって降り注いでいた。単純計算して、さっきの4倍以上の威力。
長門はそれを逃げもせず、両手を前に突き出して受け止めた。
長門の手にビームが当たった瞬間、ビームは鏡の迷宮に迷い込んだみたいに幾千もの細い光の筋となって乱反射し、群青の夜空へ吸い込まれていった。ビームの圧力のせいか、長門の髪と制服の襟が、後方に喘ぐようにして激しくなびいていた。
しかも今回のビームは一瞬だけでは終わらなかった。その時は1分近くに感じたが、たぶん十数秒ほどは放射され続けていた。その間、ずっと長門は耐え続けた。
ビームの照射が終わった。長門の肘から手先まで、湯気が立ち上っていた。
「驚いたわ、まだ立っているなんて」
確かに表情は変わらず突っ立っているように見えるが、俺が見るに明らかに苦しそうだ。
数秒間は立っていることが出来たが、すぐに膝をついた。
「本当、長門さんは最後まで頑張ったわ。安心して、残りの宇宙人の方々には危害は加えないから」
「そう」
そっちに関してはどうでもよさそうだった。
「それじゃあ、そろそろ、ね」
次の瞬間、朝比奈さん(大)は長門のすぐそばまで移動していた。
「さようなら」
振り上げられた拳が長門に叩きつけられた。
衝撃でコンクリートの床が弾け、粉塵がもうもうと立ち上がった。それが消えたときには長門の姿は跡形もなく消え去っており、床にはぽっかりと穴が空いていただけだった。
そこまで見れば十分だった。俺は目を開いた。
すぐに、穴の先に続いている場所へ向かった。今、長門は相当の深手を追っているだろうが俺がすぐに行って治してやれれば何とか助かるはずだ。該当する近くの教室を徹底的に探して回った。だがすぐに、直感で長門のいそうな場所が分かった。
この近くには、確か図書館があったはずだ。学校の図書館なんて全く利用することがないから存在すら忘れかけていた。
図書館へ続く扉は開かれていた。これじゃあ、朝比奈さん(大)にもすぐにバレてしまうだろう。中へ足を踏み入れた。長門はすぐに見つかった。本棚にぐったりともたれかかっていた。最後は好きな場所で死にたいと、死期のせまった象が群れからはぐれて自分だけの墓場へ向かったような目をしていた。
「長門」俺がそう呼びかけると長門は首だけ俺の方へ向けて、
「あなたは逃げて」
と命令した。
「長門を残して逃げるわけないだろ」
きっと俺も、このときは格好つけたい年頃だったんだろう。
「すぐに治療してやるよ」
手首付近に、朝比奈さん(大)の攻撃を受け止めたアザがあったので、そこに触れてみたが、あまりの熱さにすぐに手を引っ込めた。
ビームを受け止め続けた熱が、今だ腕に留まったままになっているのか。それも無理はない。俺は科学に詳しくないので『みくるビーム』なるものが具体的にどういうシロモノか知らないが、日焼けサロンの光線より強いことはよく分かっているつもりだ。なんせ半分の威力で人間が通り抜けられるくらいの穴をコンクリート壁に空けてしまうのだから。
だが、今は長門の命がかかっている時だ。
覚悟を決めろよ。
ああ、決めてやるさ。
「やめて。あなたが犠牲になることはない。朝比奈ミクルの狙いは私だけだから」
「だからやるんだよ、長門」
長門の手を、両手でぐっと握りしめた。嫌な匂いのする蒸気が立ち上ったが、それを無視して治療にだけ専念した。
「やめて。離して」
どじゅううう。
「早くしないとあなたの手が」
「どうだ、ちゃんと治ってるか?」
「ええ、でも………」
「だったらそれでいいんだ。泣くなよ、長門」
「あなたが死ぬかもしれないと思ったから」
「せっかくカッコつけてやったんだ、笑ってくれよ」
俺はそのとき、初めて長門の笑う顔を見た。たまには格好つけたかいがあったもんだ。
「すごく似合ってるぞ」
笑っているのに、長門の顔にもうひと筋涙が流れた。
そのとき、背後からコツコツと靴底が床を叩く音が聞こえた。
「キョン君、何度も言うようだけど、長門さんから離れてくれない?」
「朝比奈さんも、今日のところはお引き取り願えませんか?」
「それは願えないわね」
「そうですか」
「それよりどうしたの、その手。酷いことになってるじゃない」
「ちょっと長門のケガを治療したときに」
「でもそこを早く離れないと、もっと酷いことになりそうよ?」
俺はビームの射線上に自分の体を動かした。こうすれば、長門を撃つときに俺を同時に攻撃してしまう。さすがの未来でも、宇宙人は殺すように命令してあるだろうが、一般人、それも涼宮ハルヒに影響を与えるような人物を殺すなとは命令されないはずだ。
「さあ、早く行くんだ!」
俺の不完全な超能力では、長門のケガは完治していないだろう。表面上は治ったようにみえるが、中身は宇宙人であり俺の知っている普通の人間ではない。今まで使っていて分かったことだが、超能力はあくまで使用者の能力、熟練度といったところか――によるところが大きい。俺程度が施した処置では不十分だろう。頼みの綱は古泉しかいなかった。あいつは絶対に生きている。あいつが来るまで粘るしかない。
俺は長門をもう一つの出口までかばいながら走った。
朝比奈さん(大)が、大して急いでいるわけでもないのにすぐそこまで来ていた。
「もうあきらめて。動いたら撃つわ」
俺は、ここで言われたとおりに足を止めた。考えていることがあったからだ。
「そう、それでいいの。今度は長門さんから離れて」
俺はイメージした。本棚が倒れる様子を。後ろからちょっと押せば、倒れそうな本棚を。
「早く離れて。私も禁則事項は破りたく――
かわりのピリオドは、後ろから崩れ落ちる本の雪崩が打ってくれた。朝比奈さん(大)が何事かと後ろを振り返った瞬間、俺のイメージ通り倒れた本棚の下敷きになった。
「よし、早く逃げるぞ!」
今の朝比奈さん(大)なら、あれくらいどうということはないだろう。ちょっと気の毒な気もしたが。
とにかく、俺と長門は校門へ急いだ。さすがに普通の住宅街に出れば、あれだけ人がいる場所でみくるビームを撃ってくることはないだろうと思っていたからだ。
長門が俺を引っぱっているのか、俺が長門を引っ張っているのか分からない状態だったが、とにかく俺たちは何とか校舎を出た。出てから校庭を横切った。いつもはここでつまらない校長の話やらなんやら行われ生徒がぎっしり詰まっていたし、例えば昼休みなんかも生徒の一段が玉蹴り遊びをして常に人影の絶えない場所であったのだが、夏の陽が一番長い時期に太陽が完全に沈むような時間では誰もいなくてどこか全く別の荒野でも走っているように感じた。校門まであと数メートル、というところまで来た。
その校門から、人影がひょっこり現れた。
「朝比奈さん……」
「もう終わりにしましょ」
いつの間にか分からない。俺の体は一人宙に浮き、それから数メートル吹っ飛んで地面に着地した。着地したときいつも通り地面に手をついたが、火傷で皮膚も溶けてグシャグシャになった手では、激痛で思わず気絶しかけたほどだ。結局、そのまましりもちをついた格好で長門が処刑されるのを眺めるしかなった。
「キョン君には悪いけど、これはさっきのお返し。じゃあ長門さん、覚悟はいい? まあよくても悪くても結果は同じだけど」
朝比奈さん(大)が瞬きをした。その瞬間、長門の方へ光の筋が伸びていったが、その光を長門は手で弾き返した。
「それもいつまでもつのかしら?」
何度も瞬きした。そのたびに閃光が長門を襲う。最初のうちは長門も目にもとまらぬ速さで全て弾き返していたが、やがて対応しきれなくなって、一つの光に貫かれた。
ビームは長門の左肩付近を貫くと、そのまま飛んでいって初代校長かなんか知らんが偉そうな顔をしたオッサンかジジイかもよく分からない微妙な年齢をした男の銅像へ命中し、首から上を粉々に吹っ飛ばした。
長門はそのまま後ろに仰向けに倒れた。
朝比奈さん(大)が一瞬で長門の傍へ近づいた。いや、近づいた、というより出現した、という方が正確かもしれない。多分、朝比奈さん(大)も時を止められるのではないだろうか。時間の本質を理解している未来人だ、不可能ではあるまい。俺も時を止めてやりたいところだが、俺程度ではいくら頑張っても無理だった。だいたい、時間を止めるということが俺の想像の範疇を超えていた。
「やめてくれ! 朝比奈さん!」
俺はただ、そう懇願することしかできなかった。
朝比奈さん(大)は首を軽く横に振るだけ。それから視線を地面の長門へ落とした。
「さよなら、長門さん」
そのとき長門は首だけこっちに動かして、俺の方を眺め、無音で口を動かした。何か策でもあるのかと思ったが、こう言っているだけだった。
泣かないで。
ビームのきらめきが幾筋にも見えた。
俺はもうそれ以上の光景を見たくなかったので、静かに目を閉じた。
あとは神に祈るしかない。とっとと仕事をしないとぶち殺すぞ、てな。
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