エピローグ 世界はきっと


九月も中頃というのに、暑さは止まることを知らず、むしろ人を駆り立てるような強烈な熱風を振りまいている。


イルカは遅れたカリキュラムを取り戻そうと必死だった。七月は体調を崩してほとんど休んでおり、友人たちの助けを借りても留年の危険があった。


「うえーん、どうして私がこんな目に」


「泣く暇があったら英単語でも暗記しろ」


イルカに突き放すようなことを言う光太郎だったが、この日も一緒に図書館でレポートの手伝いをした帰りだっった。


「大体、夏に遊びすぎだ。二階堂たちはお前を甘やかしすぎる」


イルカと宇美は涼子に誘われ、コミケに参加した。涼子は夢に出てきたショタをモデルにした漫画を売り、宇美はコスプレイヤーに興味を持ち、イルカは売り子となって働いた。


「むー、そんなこと言ったら私のコスプレ姿見せてあげませんよ?」


「え? 何だそれ、聞いてないぞ。嘘だろ」


レイヤーは時に露出の高い格好をすると聞いていた、光太郎は激しく動揺する。イルカは一本とれて満足気だった。


「冗談ですよ。宇美殿はやる気にな てるみたいですけど、私はちょっと。も、もしやる気になったら、真っ先に貴殿に報告しますね」


「う、うん」


奥手な二人は、付き合い出してもそれほど進展がなかった。今も街路を歩きながら手を繋ごうとするが、空ぶってばかりだ。


路面電車の走る交差点を通り過ぎ、二人は手を繋げないままそれぞれの家の分かれ道にさしかかろうとしていた。


「これがデートという奴か。楽しいのう、主様」


イルカたちと交差点ですれ違う人の中で異彩を放つ者たちがいた。ワンピースにカーディガン、サングラスの美女が、傍らの長身男性の腕を楽しげに引く。男はスーツ姿で日本人離れした彫りの深い顔をしていた。


「暑いだけで何とも思わん。ナイトデートという選択肢もあっただろうに」


「はあ……、全くうだつのあがらん男じゃ。ほれ、見よ!」


女の指し示す先で、イルカと光太郎が手をしっかり繋いでいた。すれ違っただけのカップルを引き合いに出されてやる気になったのか、男は気取った様子で女と腕を組み、雑踏へ消えた。


積年の水の流れが、石の角を取って丸くするように、人は変わる。世界もきっと、新しい光を見い出すだろう。


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贋作竹取物語〜輝夜の姫は直角を愛でる〜 濱野乱 @h2o

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