Dragon Rider

「もう! 一人で大丈夫だってば」


 言いながらも、兄貴に支えられて病院の中を歩いてる。


「いや、やっぱ心配だろ」


 夏休みになって最初の頃、一週間ほど入院してたあたしは、しばらく通院することになってしまった。大学生でよかったよ。長い夏休み、ありがとう。


「しっかし階段でコケて頭打ったとかアホだな、お前も」


 心配って言いながら、言うことがそれはどうよ。


「やかましいわ! バカ兄貴!」


 病院で最初に目が覚めて視界に入ったのが、兄貴二人とお父さんの暑苦しい顔だったのは勘弁してほしかった。いや、心配かけてごめん、なんだけど。


「で? あれからどうよ」

「どうって……順調に、回復に向かってます」

「カーーッ! 違うわ! あいつだよ!」


 倒れたあたしを病院に運んでくれて、あちこち連絡取ってくれて、すごい大変だったと思う。もう感謝しかない。そしてずーっと傍にいてくれた。


「仲良くしてんのか?」

「……うん」


 兄貴とも意気投合してるの? やるわね。


「後は親父だけだな、拗ねてんの。まあ父親の感傷ってやつだから文句くらい言われてやりな」

「わかってる」


 病院を出ると話題の主がそこにいた。


「つかさ、こっち!」

「蓮! 迎えに来てくれたの?」


 あの撮影会の後、つき合うことになったんだ。

 ちょっと妄想癖あるとこもわかってくれるし、優しいし、細かい変化にも気がついてくれるし。なんかもうねえ、すごく甘やかしてくれるの。もう堕落してしまいそうなくらい。

 なんで好きになってくれたの? って聞いてみた。


「ひとめ惚れ」


 そう言ってにっこり笑う。眩しい……常にエスコートするような物腰は優雅すぎて、さすがにまだ慣れないけど悪い気はしない。


「おにいさん、お久しぶりです」

「まだだぞ、お義兄さんはまだだ」


 微妙なニュアンスの差を感じ取ったのか、兄貴の笑顔がメリメリ張り裂けそうなんだけど。し、知らんぷりしとこっと。


「じゃあ、あたし蓮に乗せてってもらうから」

「気をつけてな」


 兄貴に手を振って蓮と手を繋ぐ。いつもはあったかい手が今日はちょっと冷たい。


「はあ、緊張した」

「兄貴に? 蓮でも緊張すんの?」

「そりゃそうだろ」


 いつか本当にお義兄さんって呼びたいから。

 その呟きはホントに小さかったけど、聞こえちゃった。どうしよ、嬉しい。

 けど、あたし蓮のお家の人に会ったことないんだよね。はぐらかされてしまうの。ちょっと寂しいな。


 それより、さっきから気になってるのは手乗りマスコットみたいなドラゴンなんだよ! すんごいよくできてて動き出しそうなくらい。触ってみたいなあ。


「あ……ちょっと待って」


 スマホの画面を見つめて顔を顰める。なんか急用かな。


「つかさ、体調どうだ?」

「え? 検査終わったばっかりだし、もう全然大丈夫だって言われたよ」

「そうか……お前空飛んだりするの平気なほうだよな?」

「なにそれ、まあ平気だと思うけど」


 いきなりだなあ……なんか前に同じことがあったような気がするけど気のせいだよね。パラセーリングとかもやったことないし、ってかやってみたいね。そういうお誘いなら受けるわ。


「つかさ、黙って俺についてきてほしい」

「は?」


 ちょっと市川蓮君、いきなりこんなとこでプロポーズみたいなこと言われても! な、なんて言っていいか……


「えっと、ちょっと早いと思うのよ」

「すまない、けど今しかないんだ。一緒に来てくれ。ラウール!」


 目の前に空間が開いた。

 ごめん、なに言ってるか、なにが起こってるかわかんない。

 その空間の向こうで長い銀髪の人が振り向いた。


「つかさ様、お久しぶり……ではなくて、はじめましてですか。ラウール・フランと申します」

「あ、はじめまして。荻野つかさです」


 あれえ? このやりとり、初めてだっけ?


「急ぐんだろう! 頼む」

「はい、すみません」


 ラウールさんがこちらへ杖を向ける。


「私も魔法も日々進化しているんですよ」


 なに言ってんの? ってか、この空間はどうなってんの? 蓮はなんで平然としてんのよ! 誰か説明してよお!


「すまない、もろもろ説明は後だ。今行かないと時間的にアウトなんだ」

「なに? なんのこと?」

「お前を両親に紹介しとこうと思って」


 待って、なんで急がなきゃなんないの? せめてもう少しお洒落したい。


「後、二十四時間で開いてる次元の穴が閉じるらしいんだ。今度いつ開くかわからないから」

「では、魔法陣を展開します」


 すみませーん、展開が急でーす、ついていけてないんですけどー!

 呆然と立ち尽くすあたしと蓮を囲むように光の模様が広がった。うわあ! これマンガとかで見たことある! 魔法……魔法!?


「つかさ、行くぞ」

「はい?」


 目の前に真っ黒なドラゴンがいた。


「乗って」

「はい?」


 ねえ、あたしホントにこれ初めてかなあ。

 蓮の前に横座りして、構図的にはお姫様抱っこ。


「大丈夫、俺につかまってればいいし、ニーズヘッグも守ってくれるから」

「ニーズヘッグ?」

「ああ、この騎竜の名前。こっちの世界でも同じ名前の幻獣種がいるよな」


 こっちの、世界?


「上空に出現ポイントを置きました。転移先はそちらになります」

「わかった、そのまま例の地点へ向かう」


 動揺してる間に体がふわりと浮いた。そのままトンネルみたいな空間を通って向こう側へ飛ぶ。


「了解しました」


 真っ青な空、頬をなぶる風と光。眼下の緑、燦めく小川の流れ、広がる農園。


「ねえ、蓮。あたし、ここ知ってると思う」


 ドラゴンに乗って空の上にいる感動よりも、蓮の腕の力強さ、胸の鼓動の確かさ。口づけの優しさ、ぬくもりを嬉しく思う。


「つかさ、俺はこの世界で……」

「勇者やってる、のよね」

「お前、記憶戻ったのか⁉」


 ああ、そうなんだ。

 あたし前に同じこと経験したんだね。

 ううん、とあたしは首を振った。


「記憶、喪失したんだね、意識不明だったからじゃないんだ」

「……ああ」

「なんとなくね、そんな気がしたの。だってさ、あたしドラゴンに初めて乗るっていうならもっと興奮して大変だったと思わない?」


 蓮は笑いながら、確かにとうなずいた。

 病院で目が覚めた時、すごく長い夢を見てたような気がしてた。それが多分、経験、だったんだろうなあ。


「あたしね、なくなった記憶の中で蓮のことすごく好きだったんだと思うの。でも忘れても、あたしは蓮を好きになったよ。同じことが起こっても、また絶対好きになる」

「今度こそ絶対そんなことにはさせない」


 ぎゅって抱きしめられるのが好き。すごく安心するから。

 やだな、蓮ってば泣いてんの?


「ふふっ、蓮が忘れたらぶん殴ってでも思い出させてあげるからね」


 こええよ、って呟いて溢れそうになった涙を拭う。

 キスがひとつ降ってきた。

 幸せ。ずっとこうしていたい。


「前方に敵影発見。迎撃準備」


 スマホのスピーカーが大声を出す。

 なに? 何事?


「つかさ」

「うん?」

「悪い、ちょっと手伝ってほしい」


 なにこれ? スリングショット?

 前方の陽炎のように歪む風景から、なにか黒っぽいものが飛び出してくる。

 目の前に魔法陣が光る。そこから長い刀が出てきた。


「前方の異空間から魔物が溢れてくるんだ。向こう側は親父達が討伐してるから、こっちに出てきたやつを叩けばいい」

「へ? あたしが? ってかお父さん⁉」

「夫婦で勇者やってる。向こうの世界に飛ばされたんだ」

「そうなの? ええ? そうなの⁉」


 と、とにかくここは協力しないといけないわね。


「ごめんな、ここを切り抜ければ親父達に会えるから」


 ふつふつと怒りが込み上げる。

 そうか、あたしと蓮の幸せな時間を奪ったのはあんた達か。ただで済むとは思わないことね。魔物め、殲滅されるがいい!


「撹乱できればいい。ぶっ放せ!」

「あたしの、大事な、蓮との時間を返せえええ!」


 to be continued……?


「んなわけないだろ! この後、親父達に会って結納して結婚式だ!」

「は? ちょっと! あたしの都合はどうなってるのよ!」

「嫌なのか?」


 ああ、その顔は反則。そんな顔されたら断れない、っていうか嫌なわけないじゃない!


「昔から物語の最後はハッピーエンドって決まってるのよ!」


 あたしが叫ぶと同時に蓮の顔が薔薇色に染まる。ああ、これはお姫様に対する言葉だったっけ? でもホントに嬉しそうで泣きそうで、そんな顔されたら……


「力がわくってもんよ! 行くわよ、蓮! 目指せ、結婚式よ!」


 continueなんてしてやらない。冗談じゃないわ、もう絶対忘れてなんかやらないんだから!

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Dragon Rider〜ツーリング時々異世界〜 kiri @kirisyu

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