序  「前奏曲~闇と光の輪舞~」



 世界は冷たい氷。

 ける事も無く、

 割れる事も無い、

 厚く硬く、閉ざされた氷。

 そこは閉ざされた世界。

 哀しい、と叫んでも誰も気付かず、

 苦しい、とうめいても誰もが気付かない。

 あかく光る満月みつきが夜をさらし、

 黒白こくびゃくの陰影が世界を照す。

 照され曝されあばかれて、ようやくセカイはその全容を示す。       


*     *     *


 そこは、緋い光に照された大地。

 この世界に認められた九つの大陸。

 名を「真なる廻廊」と言う。

 その最東端にある大陸。

 名を呼ばしめて〝最後の楽園エデン

 その地平の先――最西端に〝暁〟という名を持つ森林が存在する。

 そこは未だ氷の眷属けんぞくと成り下がっていない唯一の大地。

 緑の息吹がかろうじて残る、名が示す通りの楽園である。そしてその大神林の奥深くにはかつて人々にまつられていた太陽神―――ヘーリオス・テオスの大神殿が眠る。今は既にその神殿すらも荒廃の一途を辿り、廃墟寸前の有様である。

 しかし、信仰によって支えられてきた神殿は最盛期からしてみれば嗤ってしまうほどに荒廃した哀れな姿を晒しつつ、それでも「暁」を覆い尽くす結界を維持していた。感傷的な物言いをするならば、まるでそれが最後の意地と云わんばかりに儚げな、それでいて確たる幕を開け続けている。

 そんなかつての姿を失った神殿を、それでも未だに守り続けている者たちも居た。

 未だその力を残したまま雌伏の時を過ごす彼等もまた、氷の眷属と成り下がっていない数少ない生命の一つである。

 世界のほぼすべてを覆う『氷の世界』において、自殺にも等しいその志を胸に宿した、かつては英雄と呼ばれし者達の末裔。今では広く浅く、人々からは嘲笑と憐れみをもってこう語られる。〝夢の中に生きる愚か者〟と。


*     *     *


 そしてこの物語はそんな稀有けうな一族の若者が引き起こしたとある事件を発端として幕を挙げる。

 それはかつての友との約束の為。

 それは哀切を伴った運命を切り開くため。

 或いは……

 自らに助けを求めてきた少女の為に。


*     *     *


 それは〝氷の女王〟というくびきに縛られた、

 とある少女の起こした小さな反逆の狼煙のろしから始まった。

 それは小さな勇気の発露。

 かつて抱いた恋慕の情の発露。

 「私はここにいる」という意思の表明。

 或いは、世界に対して抗う意思の表明。


*     *     *


 これはココではない、何処か遠いセカイの物語。

 それはドコにでもある、小さな恋の物語。

 それは誰もが持つ、勇気と誇りの物語。

 

 それでは語り始めよう。

 〝氷の女王〟と祭り上げられた憐れで健気な少女と、

 〝化け物〟と恐れられた孤独な心優しい少年の、

 出逢いと迷走の物語を。


 脆く儚くしたたかな、それは彼と彼女の始まりの物語。

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真逆の回廊 夢幻一夜 @Mugen

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