第19話 模擬戦

 カロンは欠伸を噛み殺した。

 眠いというよりも、退屈だったからだ。

 入寮してから一ヶ月強。ようやく四月になって授業が始まり、新入生代表として最高点数を叩きだしたユウが入学式で挨拶をして、授業がようやく本格的に始まって数日。

 試験の成績によって三つのクラスに分けられたうちの一つ、魔法専攻のクラスでカロンは授業を受けていた。

「カロン。暇なのはわかるけど、欠伸ばっかしないでよ」

 ユウが小声で文句を言い、肘で左脇を突いてくる。彼女のノートには教壇にある黒板の内容が丸っこい字で写され、真面目に授業を受けているのがわかる。

「真面目だな……」

「そりゃそうよ……というか、授業受けてるんだから、静かにする」

「はいはい」

 まあ、それはそうか。カロンとユウじゃ絶対的な知識の量に差があるし、そもそも、ここにいる意味が根本的に違う。

 今受けている授業の内容は魔法陣に関するもの。どれもこれも知ってる知識で、しかも、目新しいものもない。正直、書籍で読めばわかるような知識ばかりで、この辺の内容に至ってはユウも知っている筈なのだが。

 やはり、目標があればやる気も出るものらしい。

「カロンさん」

 そう声を掛けてきたのはカロンの右に座るカエデ。

「なんだ?」

「後で少し教えていただきたいことがあるのですが……」

「まあ、いいけど。今じゃ駄目なのか?」

「一応授業中ですし、なにより、一番前の席ですから」

「……だな」

 彼女の言う通り、座っているのは扇状に並べられ、奥に行くほど高くなっているすり鉢状の教室の底とも言える最前列。ユウの希望でこうなった。

 授業はつつがなく進み、鐘が鳴って終わりを告げる。

 教師は一度カロンの方を見てから教室を去り、生徒も次の授業へ向けて移動を開始した。

「次、実技だよ、実技!」

 浮かれはしゃぐユウの頭をはたき、カロンは憂鬱なため息をつく。

「大丈夫ですか? やはり、カロンさんにとっては退屈なものばかりなんでしょうけど……」

 気遣うようなカエデの声にカロンはかぶりを振り、

「今のため息はそうじゃなくてだな」

 視線を前方から駆け寄ってくる人物に向ける。

「カロン。随分不機嫌そうな顔じゃない」

 来るのがわかっていて、しかし来てほしくなかった人物、鏑木月乃。カエデと同じ東方、桜花出身で、魔法武技(アルティアム)に精通した女性。切れ長の黒瞳に艶やかな黒髪は高い位置で結ってあり、余った髪は無造作に背中に流している。

「どうせ面倒を押し付けられるんだ。不機嫌な顔にもなろう?」

「まあまあ。あんたの力を見せつけるチャンスだと思えばいいじゃない」

「そんな単純な話じゃないし、下手すれば反感を買うだけだ」

「あら? 今更他人の評判なんか気にすんの?」

「…………」

 言ってることが矛盾しているが、言うだけ無駄だ。カロンは諦めのため息をつき、

「で、今日は何をさせたいんだ?」

 放っておくと全く進む気配のない話を進める。

「ん? そうね……とりあえずは野外競技場の防壁でなんとか堪えられるぐらいの大魔法放ってくれない?」

「いくらなんでも、そんな無茶なことをさせるのはどうかと思いますよ、鏑木先生」

「あら。あなたは無茶だと思ってるの? カロンなら防壁破壊ぐらい序の口よ」

「いえ、疑っているのではなく。ただ単純にそうする理由が見当たりませんし……」

「意味ならあるわよ。防壁の安全性がわかるでしょ。こんな魔法使っても大丈夫、ということが」

「……はぁ。わかりました。生徒のわたしがとやかく言うことじゃありませんし」

「うむ、納得してくれて嬉しい」

 誇らしげに胸を張るが、全くもって意味が分からない。

「急いだ方がいいよ。そろそろ鐘が鳴る」

 ユウの促しに頷き返し、カロンたちは野外演習場へと歩を進めた。

「…………」

 演習場に辿り着いたカロンはそこにいる人物を見て無言で踵を返した。

「待てい。わしの顔を見て帰ろうとするとは無礼千万」

 軽い足音で追いすがり、カロンの顔を見上げるのはアリス。学園の制服に身を包み、腕にはカロンの造った腕輪。その効果のおかげで背中の枝は見えない。

「まったく、授業なんだから帰ろうとしないでよ。私の面目まで潰す気?」

「いや、そういう訳ではないが……どうすればこういう状況になる?」

「だって、アリスちゃんが授業に参加したいって言うから。どうせなら、思いっ切り体動かせるほうが健康にいいでしょ」

「何時から学園は託児所になったんだか」

 カロンの嘆息にアリスは頬を膨らませる。

「まあまあ、いいじゃん。知ってる人がいる方が盛り上がるし」

 そう諭すユウだが、言ってる意味が全く理解できない。これは宴ではなく、れっきとした授業で、その上、部外者立ち入り禁止が原則の学園内だ。

 思い悩むカロンを他所に授業開始の鐘が鳴った。

「はい、みんな集まって!」

 手を叩き、三々五々に散らばっていた生徒たちを一か所に集める。この辺の切り替えの良さは流石に教官というだけはある。まあ、それ以前に歴戦の傭兵でもあるのだが。

「今日は実技に入る前に、少しデモンストレーションを見せたいと思う。私の専門教科が魔法武技でもあることだし、これからとある二人に模擬戦やってもらおうと思ってね」

 生徒たちがざわつく。それはそうだ。いきなり戦闘を見せられるとあっては、戸惑いと興味を感じない者はいないだろう。案の定、こらえきれなくなった生徒の一人が手を挙げ、

「実際に模擬戦をするのは誰ですか? はっきり言って、まだ戦闘を行えるほど魔法に精通した生徒はまだいないと思うのですが」

「あら? そんなこと言っていいのかしら……あなたの目が節穴じゃないなら、ここに居るカロンがかなりの使い手だってわかるでしょう?」

 生徒たちの視線が集まり、カロンは目を逸らす。

「まあ、彼の相手が務まるのは生徒の中にはいないと思って、助っ人を呼んであるの。それがこの子、アリスよ」

 紹介を受けたアリスがスカートを小さく摘み、一礼する。男子生徒たちは彼女の可愛らしさに釘付けになり、女生徒も羨望の混じった眼差しを向けた。

「あの……いくら特別枠で入学と言っても、優遇しすぎでは?」

 そう懸念を示したのは一人の女生徒だが、ツキノはその質問に笑みを浮かべ、

「じゃあ、あなたが私と戦ってみる? それでもいいけど」

「え、あ、いや……あたしはそういう意味で言ったんじゃ――」

 女生徒は尻すぼみになり、それきり黙り込んだ。

「異論のある人、いる?」

 見回すツキノから生徒が視線を逸らす。

「じゃあ、いいわね。カロン、アリス、お願いするわ」

「よかろう。お願いされた」

「わかったよ」

 カロンとアリスは競技場の内部へ。それ以外の人物は外へと移動した。

「二人とも、いい?」

 カロンたちは頷きを返し、ツキノは競技場の防護魔法を起動させた。境界にあたる空気が一瞬揺らめき、そして、元の透明へと戻る。

「大丈夫そうね。じゃあ、適当に火力全開で行って」

「無茶な注文じゃの」

「だよな」

 カロンとアリスはそうぼやきつつも、すでに目に闘志は宿っている。両者すでに臨戦態勢に移行し、

“――Flamma”

“――炎化!”

 互いに結語だけを唱えて魔法の行使をする。カロンが撃ち放ったのは一抱えはある炎弾の乱打。対し、アリスがとった手段は己の身に炎の属性を付加すること。

 炎の乱舞を身軽な動作でかわし、打ち払い、そしてアリスは前に出る。身にまとった炎は未だに燃え盛り、動きに合わせてたなびく。

「乙女の柔肌に火傷が残ったら、どうしてくれるつもりかの?」

 冗談めかして言いながら、低い姿勢でカロンを捉えられる位置までたどり着くと、高低差を利用した打ち上げの掌底が放たれる。

「笑止。自ら炎を纏ってその台詞を吐くか」

 カロンは右足を半歩後ろに。ぎりぎりのところで攻撃を避け、前髪を焦がす炎にも構わず、左の膝をアリスへと叩き込んだ。が、その攻撃は空振りに終わった。

 アリスは纏っていた炎を爆発させ、それを推進力に不自然な姿勢ながらも距離を取ったのだ。着地。そして、さらに捻りを入れながらの側転でさらに距離を稼ぐ。

「おい、ツキノ。これは魔法主体で行った方がいいのか?」

 腰に手を当てて問うカロンは視線をアリスに向けたまま。

「魔法だけで行けるなら、それに越したことはないわよ」

「そうか……」

「では、わしもそうするかの」

 視線が交錯する。カロンは一度指環の位置を確かめ、アリスは腕を浅く広げた。

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