第7話 愛しさとせつなさと力強さと
「真斗さん、お願いがあるんですけど。」
いつものようにパジャマ姿でやって来たラフィエスが部屋に入るなり話しかけて来る。
「お願い?避妊ならお願いされなくてもちゃんとするぞ。」
「違います!」
彼女が真っ赤な顔で否定する。
彼女も確実に自分に好意を持って来てくれている様なのだが、いま一歩踏み込んで来てくれない。
こちらはいつでもウェルカムなのだが。。。。
「じゃあ、何なんだ?」
「明日お買い物に付き合って欲しいんです。」
「デートなら喜んで付き合います。」
「違います。ただの買い物です。」
彼女がキッパリ否定してくれる。
明日は日曜日だが何も予定が入って無い。
以前ならよく啓太と遊ぶ約束をしてたのだが、最近は遠慮されているのかほとんど声がかからない。
寂しいと言えば寂しい気もするが、ラフィエスを放っておいてわざわざ男と遊びに行く気にもならないのも事実だ。
もちろん三人で仲良くなんてもっての外だ。
「買い物って、何を買いに行くんだ?」
「何を買うか決まってないんです。だから真斗さんに付いて来て欲しいんです。」
なんだかよく分からない理論だ。
「まあ、明日予定があるわけじゃないからいいけど。」
「ほんとですか?」
ラフィエスが嬉しそうな顔をする。
彼女がデートじゃないと言い張ってもかたち上はデートに違いない。もしかしたら、何か新しい展開があるかも知れないし、断る理由もない。
「ああ、ホントだよ。」
「良かった。」
彼女がほっとした顔をしている。
考えてみると彼女を一人で買い物に行かせるのはこっちが不安だ。もしかしたら高級ベッドを長期ローンで買わされて帰って来るかもしれない。
それに彼女の顔立ちは目を引く。街中で変な男に引っ掛からないようにやはり自分が付いて行ってやらなければならないだろう。
「何時に家を出る?」
「お店って何時くらいに開くんですか?」
「そうだな、だいたい朝の10時が多いけどな。」
「では、10時過ぎにお店に着くようにっていうのはどうでしょう?」
「じゃあ、9時半くらいに家出る予定にするか。」
「はい、そうしましょう。」
そう言うと彼女がベッドの上に寝転がる。
「う~ん、やっぱり次の日が休みってのはいいですね。」
「僕は毎日が休みだったらいいと思ってるんだけど。」
「それじゃメリハリがなくなっちゃいますよ。」
「ダメか?」
「いえ、それもいいですね。ずっとベッドの上でお菓子食べながらゴロゴロして過ごせたら最高です。」
「僕はベッドの上でラフィと抱き合ってゴロゴロ出来たら最高なんだけど。」
「ありません。」
自分のささやかな希望ははっきりと断られる。
「とにかく、もう寝ようか。」
「はい、じゃあ、おやすみなさい。」
「ああ、おやすみ。」
ラフィエスが真斗のベッドで寝るのも普通になってしまった。
最近は彼女もベッドで寝るのに慣れたのか、ベッドから落ちる事はあまり無くなった。
そこで今はフェンスも外してある。そもそも最初からほとんど役に立っていなかったが。
ただ、若い男女がまさに一つ同じ屋根の下、いや同じ部屋で寝ているのに何もないというのも寂しい気がする。
あの結界さえ無ければ。。。。なんて事を思いながら床につく。
***
ドスン。
久しぶりに夜中に何かが落ちる音で目が覚める。
体を起こして音がした方を見ると、思ったとおりラフィエスが床で寝ている。
「まったく。。。。」
放っておいたらまた風邪をひくかも知れないので、彼女に布団を掛けようとそっと近づく。
しかし、床に置いてあったカバンに気付かずにつまずく。
「うわっ!」
バランスを崩して彼女の上に倒れ込みそうになったので、思わずベッドの上に手をついて避ける。
「危なかった~。」
周りでこれだけ騒いでいるのに彼女は眠ったままだ。あのまま覆いかぶさるというのもありだったかも知れない。
「おっと。」
ふとベッドには結界がある事を思い出して手を縮める。
しかし、さっき何ともなかった事を思い出して、恐る恐るベッドの方に手を伸ばしてみる。
しかし、いくら手を伸ばしても、先ほどまで彼女が寝ていたシーツを触っても何ともない。シーツにはまだ彼女の温もりが残っている。
単にかけ忘れたのか、敢えてかけなかったのかはわからないが今日は結界が張られていなかった様だ。
それならと思いラフィエスを抱え上げてベッドの上に戻す。そして布団を掛けてやる。
「母さん。。。」
彼女が寝言で母親を呼んでいる。ここで自分の名前を呼んでくれないのは残念だが、まだ母親が恋しい年齢なのだろう。やはり、彼女を自分の世界に帰してあげなければならないと思う。
しかし、自分の心の中も複雑だ。彼女を帰してあげたいと思う自分と、二度と会えなくなるかも知れないから帰したくないと思う自分がいる。
自分はどうするのが一番良いのかわからない。
そんな事を考えていると目が冴えて眠れなくなってしまった。
仕方なく、カーテンを開けて空を眺める。
今日は新月の様だ。という事は初めてラフィエスに会ってからひと月が経った事になる。
最初は図々しかったところがあったものの、最近はそんな事はない。
しかし、あれから二人の関係はあまり大きく進展していない様な気がする。ただ、自分の中での彼女への想いは大きくなる一方だ。
「はぁ~。」
大きなため息をつく。
「どうしたんですか?真斗さん。」
ラフィエスの声に振り向くと彼女がベッドの上で体を起こしている。
「あ、ごめん。起こしちゃったかな。」
「いいです、お母さんに怒られる夢を見て目が覚めただけですから。。。」
という事は、母親の名前を呼んでたのは夢の中で怒られていただけだったのだ。同情して損をした。
「でもどうしたんですか?こんな夜中に外なんか見て。」
「あ、いや、ラフィが来てからもうひと月経ったんだなって思ってね。。。。」
「そっか、もうひと月ですか。みんなどうしてるかなぁ。」
「なあ、みんなって、ラフィの世界ってどんなんだ?」
これまで彼女の世界の事についてはほとんど教えて貰っていない。
「私の世界ですか?神様を中心にして上級天使から、中級、下級天使がいて、私の様な見習い天使がいるんです。私たち見習い天使はスコラに入ってちゃんとした天使になる為の勉強をするんです。」
「生まれつき天使ってわけじゃないんだ。」
「素性としては天使ですけど。」
「何だかややこしいな。」
「でも、あれから一ヶ月も経ってるからきっとみんな魔法とか上達してるんだろうな。帰ったら落ちこぼれかも。」
ラフィエスが少し悲しそうな顔をする。
「ラフィはここで食っちゃ寝してるだけだもんな。」
「そんな事ありません。」
彼女が少しきつい口調で反論する。
「そういやラピスのエネルギーって少しは貯まったのか?」
「あ。。。まだ全然かな。。。」
彼女が石を見ながら答える。
まだ全然って事はまだまだ帰らないって事なので少し安心する。
「じゃあ、寝直すか。。。おやすみ。」
「うん、おやすみ。」
お互い布団に戻って目を閉じる。
***
「真斗さん、真斗さん」
ラフィエスの呼ぶ声で目を覚ます。目を開けるとパジャマ姿の彼女の顔がアップで見える。
やっとこの前の夢の続きが見れたのだろうか。。。そう思いながら、そのまま目を閉じて口を突き出す。
「何してるんですか?」
「いや、何でも。。。。」
残念ながら、夢の続きでもなければ、夢が現実になったわけでもなかった。
「それより早く起きて下さい。今日は一緒に買い物に行く約束だったでしょ。」
「ああ、そうだったな。」
そう言いながら目覚まし時計を見ると、もう9時を指している。
夜中起きてたのですっかり寝過ごしてしまった様だ。。
「気替えたらすぐに下に行くよ。」
「私も急いで着替えて来ますから早くして下さいね。」
そう言って彼女が部屋から出ていく。
しかし今日は朝から彼女のアップが見られて幸先がいい。
台所に行くとラフィエスが先に座って待っている。
「おはよう、母さん。」
「おはよう、真斗。今日はラフィちゃんと買い物行くんでしょ。ほら早く朝ごはん食べなさい。」
「うん。」
「今日は久しぶりにパンね。」
ラフィエスと一緒に食パンとベーコンエッグ、そしてサラダをいただく。
「じゃあ、行ってくるよ。」
「行って来ます。」
「行ってらっしゃい。今日は母さんも買い物に出掛けるから、お昼は二人でどこかで食べて来てね。あ、これお昼代ね。」
「うん。」
母親にお昼代を貰ってラフィエスと一緒に家を出る。
そう言えば買い物と言っても何を買うつもりなのか聞いてないので、どこに行ったらいいかわからない。
「買い物って、こないだのデパートでいいのか?」
「う~ん、もっと色んな物売ってるところがいいです。」
「そういや、ラフィってお金待ってるのか?」
「真斗さんのお母さんからお小遣いって貰いました。少しは遊ぶお金も必要でしょって。」
「あ、そうなんだ。」
とうとうラフィエスの遊戯費までウチ持ちになってしまった様だ。
「じゃあ、今日は電車乗ってちょっとだけ足を伸ばすか。あ、電車代ぐらい僕が出すからさ。」
「うん。」
ラフィエスが嬉しそうな顔をする。
先週末に隣街に大きなショッピングモールがオープンしたと聞いているので、そこに行ってみる事にする。
今週はクラスメートの女子たちがその話題で盛り上がっていた。
「私、電車って初めてです。」
「そういやそうだな。ところで天界には車とか電車ってないのか?」
「無いですね。みんな自分で空を飛ぶか、魔法の力で雲に乗ったりしますからね。」
彼女の話を聞いていると、どんなところか一度行ってみたい気がする。
駅に着いて二人分の切符を買って電車に乗る。
まだあまり混んでないので二人並んで席に座れる。
ラフィエスが窓の外や車内を興味深そうに見ている。
「電車って楽でいいですね。」
「まあね。」
急行なので一駅だけだ。
「さあ、着いたから降りるぞ。」
「はい。」
ラフィエスが急いで付いて降りてくる。
目的の場所は駅から歩いて少しのところにある。
さすがに大々的にテレビで宣伝していただけの事はある。広すぎて向こうが見えない。しかし、まだ開店して間もない時間なのにかなりの人がいる。
「わぁ、すっごいですね~。」
「そうだな。で、どの店入るんだ?」
「ちなみに、真斗さんなら今どんな物が欲しいですか?」
「いや、いきなり言われたって。。。。」
「一つくらいあるでしょ。」
「どうしても言わないと駄目なのか?」
「ダメです。」
こうなったら仕方ない。とっておきのあれを言うしかない。
「う~ん、敢えて言うなら彼女かな。」
「それは欲しくても買えないじゃないですか。無理な事は言わないで下さい。」
「ラフィがどうしてもって言うからだろ。」
実は、自分がいるじゃないかと言って欲しかったのだが、軽く無理だと言われてしまった。
「じゃあ、他には何か無いですか?」
「なんで僕の欲しい物が聞きたいんだよ。」
「参考にしたいだけです。」
男である自分の意見が聞きたいという事は誰か男にプレゼントする物を買いに来たって事だ。
なんでそんなのに自分が付き合わないといけないのかと思ってしまう。
でも、買い物に付き合うと約束してしまったからには仕方ない。
「とにかく、この中を歩いてみるぞ、そしたら何か見つかるかも知れないし。」
「はい。」
ラフィエスと一緒にモールの中を歩く。
一階は女の子用の服を売っている店がたくさんある。そして、彼女に着せたら可愛いだろうと思える服がたくさん売ってある。
「これ可愛いですね。」
ラフィエスがマネキンが着ている服を眺めている。ちなみに最近は彼女も地上の服を見事に着こなしている。
「ラフィに似合いそうだな。」
「そうですか?」
横のハンガーに吊ってあった同じ服を彼女が自分の身体に当てて鏡を見ている。
「ああ、似合ってると思うぞ。」
買ってやろうかと言おうかと思ったが、服に付いている値札を見て言葉を飲み込む。
「服なんてどうでしょう?」
「服はサイズとか好みとかあるから難しいんじゃないか?」
「そうですね。」
もう少し歩いて行くと時計店がある。
「腕時計とか男は結構喜ぶけどな。最近は持ってない奴も多いけど。」
「腕時計ですか?」
入り口のショーケースを覗き込んでラフィエスがため息をつく。
「ちょっと高すぎて買えません。目覚まし時計じゃダメでしょうか。。。」
「あ、悪い。今は母さんから貰ったお小遣いしか持ってないんだよな。」
「はい。」
彼女の予算から考えて高い物は選択肢から外す。
さて、一階を一通り歩いてみたが特にこれと言った物がなかったので、エスカレーターで二階に上がる。
二階を歩いていると突然ラフィエスが立ち止まる。
「真斗さん、ベッドがあります。」
「こら、そんな物見に来たんじゃないだろ。」
「そうですけど、ちょっとだけ見てもいいですか?」
「ちょっとだけだぞ。」
ラフィエスと一緒に寝具の専門店に入って行く。
店の中央に置いてあったベッドを眺めていると、すぐに店員がやって来て、ぜひ一度寝てみるようにと勧められる。
「うわぁ、このベッド何だか凄いですよ。真斗さんも横に寝てみて下さい。」
店員に勧められると同時に仰向けに寝転がったラフィエスが真斗を呼ぶ。
家のベッドの上で呼んでくれたらものすごく嬉しいのだが仕方ない。とりあえず自分も横になっている。
「寝心地はいかがですか?」
店員が寝心地を聞いてくるが、彼女の横に寝ているという状況の方が勝っていて、実際のところベッドの寝心地なんてどうでもいい。
「あ、ああ、いいと思います。」
「ふわぁ、このままここで寝てしまいたいです。」
ラフィエスがあくびをし始めたので、急いでベッドから降ろす。
「何で降ろすんですか!」
「今日はこれを買いに来たんじゃないだろ。」
「そうでした。」
店員にお礼を言ってその店を後にする。
結局、三階まで行ってもこれと言って目についた物がなかったので、再び一階下りてくる。
「どうでした?何かありました?」
「いや、これと言って特に。。。。」
「あ、あそこ何でしょう?人がいっぱいいますよ。」
ラフィエスが指差す方を見ると人が大勢集まっているエリアがある。
「何かやってるみたいだな。」
ところどころにあるノボリを見ると『大海産物展』と書いてあるのが見える。
「どうも海産物を売ってるみたいだな。」
「海産物って何ですか?」
「海で取れたなら何でも海産物だけど。」
「あっ、真斗さん。私いいもの思いつきました。ここで待っててください。」
そう言うとラフィエスが走って行ってしまった。
待ってろと言われた以上、動くとはぐれてしまう。
近くにソファーがあったのでそこに座ってスマホを見ながら待つ事にする。
しばらく待っているとラフィエスが何やらリボンの付いた紙包みを抱えて帰って来た。
「えへへへー、やっと買えました。」
紙包みを見せながらラフィエスが嬉しそうに笑う。
「そっか、良かったな。」
申し訳ないが真斗としては素直に喜べない。いったい何を買ったのか、誰に渡すつもりなのかそればかり気になる。
「あの。。。。ところで真斗さん。お腹空きました。」
そう言えば自分もお腹が空いた。時計を見るともう一時近くになっている。
「母さんが食べて来いって言ってたから、ここで何か食べるか?」
「はい。」
ラフィエスと一緒にモール内のレストラン街に行く。
「さて、何を食べようか?」
「すっご~い、食べ物屋さんがいっぱい並んでますよ。」
「もう一時なのにまだどこも結構混んでるな。」
「お腹空いたから早く食べたいです。」
「どんなものが食べたいんだ?」
「う~ん、食べてみたいものばかりで目移りします。」
いろいろな店の前のショーケースを眺めながらラフィエスが迷っている。
「どこでもいいぞ。」
「あそこに人がいっぱい並んでますけど、あそこは何の店ですか?」
「ああ、あそこはバイキングのお店だな。」
「バイキングって何ですか?」
「簡単に言うと色んな物が食べ放題のお店だよ。」
「それがいいです。それにしましょう。」
「いいけど、結構待たないと入れそうにないぞ。」
「待ちます。」
「じゃあ、順番取って来るな。」
順番待ちの紙に名前を書いて彼女の元に戻って来る。
「10番目だからまだまだ先だな。どうする?今のうちにその辺見てくるか?」
「いえ、もう買い物も終わりましたし、歩き疲れたのでここで待ってます。」
彼女と一緒に順番待ちの椅子に座って待つ。
彼女は5分おきくらいに順番を書いた紙を見に行っては戻って来るを繰り返している。
もうさすがに入れ替わりの時間なのか比較的順番は早く回って来そうだ。しかし、次は自分たちの番というところでピタリと止まる。
「真斗さん、お腹が空いて目の前がくらくらして来ました。」
椅子に座ったラフィエスの上半身がふらふら揺れている。
店の中を覗いてみるとレジの前で二人連れの客が支払いをしているのが見える。
「ほら、もうすぐだからもうちょっと頑張れ。」
すると、しばらくして店の中から店員が出てくる。
「お二人でお待ちの加神さま。」
「あっ、呼ばれましたよ。」
急いで彼女が立ち上がる。。
店員に窓際の席を案内される。そして、システムの説明をした後、頭を下げて席を離れる。
その間、ラフィエスは向こうの料理が並んでいる方ばかり見ていた。
「で、どうすればいいって言ってたんですか?」
「聞いてなかったのかよ。あそこにお皿があるだろ、あれに食べたいもの載せて来てここで食べればいいんだよ。」
「何をどれだけ食べてもいいんですか?」
「ああ、時間制限はあるけど、その時間内ならいくらでもOKだぞ。」
「じゃあ、急いで取って来ます。」
「じゃあ、僕はとりあえず水汲んで来るな。」
水をコップに汲んで来て待っていると彼女がショートケーキを皿一杯載せて席に戻ってくる。
「普通デザートは最後じゃないのか?」
「いえ、お腹がいっぱいになる前に食べたいんです。」
「まあ、僕が食べるんじゃないからいいけど。じゃあ、今度は僕が取って来るな。」
ラフィエスはケーキに夢中で聞いていない様だ。
とりあえずお寿司とかローストビーフとかサラダとか目ぼしい物を取って来て席に戻る。
「そんなんで足りるんですか?」
「また取って来るよ。」
「あ、それ美味しそうですね。」
ラフィエスが真斗の皿の上のローストビーフをフォークで取って口に持っていく。
「あ、こら、僕が取って来たんだぞ。」
「また取って来ればいいじゃないですか。」
「それはそうだけど。」
しかし、ケーキと一緒にローストビーフを食べようという感覚がわからない。
「その四角いご飯は何ですか?」
「これはお寿司だよ。」
「それも下さい。」
そう言ってラフィエスがお寿司を口に放り込んだ途端、顔をしかめて涙を流しはじめる。
「急にどうしたんだ?」
「なんか鼻の奥がツーンとして涙が止まらないんです。」
「ああ、それはワサビだな。僕の取るからだろ。」
真斗はワサビが効いている方が好きなので、ワサビをたっぷり付けて来ていたのだ。
それでも何だかんだと真斗が持って来た料理の半分をラフィエスに食べられてしまったので、もう一度席を立つ。
「今度は私の分も一緒にお願いします。」
「わかったよ。」
こうなったらここのメニューをひと通り食べてみる事にする。彼女がいれば余ることもないだろう。
「ほら、取って来たぞ。」
「ありがとうございます」
お皿に取って来た先から彼女が口に放り込んでいく。
「僕の分も残しとけよ。」
放っておいたら全部食べられてしまいそうな勢いなので釘を刺しておく。
一通りの料理を取って来たつもりだったが、席に戻ってみると皿の上にはほとんど残っていない。
「ふう。お腹いっぱいになりました。」
「よく食べたな。」
「満足です。」
そう言って彼女が箸を置いたので、皿の上に残っていた料理を綺麗に片付けていく。
ガサッ
彼女が椅子にもたれて手をついた時、隣に置いてあった紙包みが音を立てる。
「あ、そうです!はい。」
「はい、って何が。。。。」
突然目の前に差し出された紙包みに面食らう。
「これは真斗さんへのプレゼントです。今日お誕生日ですよね、お母さんから聞きました。」
「あ?ああ、そう言えば。」
すっかり自分の誕生日を忘れていた。
「すみません、それしか思いつかなくて。。。」
「あ、いや、ありがとう。」
まさか彼女が自分宛の誕生日プレゼントを探していたとは思ってなかった。
「開けていいか?」
「はい。」
彼女から受け取った紙包みは結構軽い。いったい何だろうと思いながら包みを丁寧に開いていく。
すると中から出て来たのは大量のみりん干しのパックだった。
「確か大好物でしたよね。」
「あぁ、まぁ。。。。」
「あの?それじゃダメでしたか?」
自分が微妙な顔をしていたのだろう、彼女が心配そうに覗き込んでくる。
「いや、大好物だから嬉しいよ。ありがとう。」
せっかく彼女が自分の為に悩んで買ってくれたプレゼントなのだからありがたく受け取らなければならない。
それに何より自分が好きな物をちゃんと覚えていてくれたのだ。
しかし、よくこれに店員がリボンを付けてくれたものだと思う。
「本当に悩みましたよ、真斗さんが何が欲しいのか桜井さんに聞いても橘さんに聞いてもわからないって言われるし、お母さんも『う~ん』って言ったきりですし。」
なるほど、この前学校で誰か男と話をしていると思ったのは啓太だったのだ。
「でも良かったです。帰る前に渡せて。。。。」
「あ?ああ、そうか。。。。。」
ラフィエスの言葉に声を失う。
「これからどうしますか?」
「せっかくここまで来たんだから、もうちょっと遊んで帰るか。」
「はい。」
さっきゲームコーナーがあったので、そこに行ってみる。
入り口付近にはいろいろなクレーンゲームが並んでいるが真斗は苦手なのでスルーする。
少し奥に入っていくと今度はコインゲームがある。
「あれやってみるか。」
お金をコインに替えて来て半分をラフィエスに渡す。
「これってどうやるんです?」
彼女がスロットマシーンの前に座っている。
「ここにこのコインを入れてレバーを引いたらそこのドラムが回って絵が揃ったらコインが出てくるんだよ。」
「へ~、やってみます。」
真斗も横に座ってコインを入れようとしていると、横からコインが大量に出てくる音と彼女の悲鳴が響き渡る。
「きゃー、真斗さん大変です。コインが止まりません。これって故障ですか?」
いきなり大当たりの様だ。彼女の目の前のスロットマシーンから大量のコインが吐き出されて来る。
その音を聞いて近くにいた客が集まって来たので、さっさとコインをドル箱に入れてその場を離れる。
彼女のおかげで一時間ほど遊び放題だった。
「あ~楽しかったです。」
「おかげで僕も楽しめたよ。じゃあ、そろそろ帰るか。」
「真斗さん。あそこにある大きい箱って何ですか?」
別の出口に向おうとした時、彼女が尋ねる。
「ああ、あれはプリクラだな。」
「プリクラって何ですか?」
「要は写真撮ってくれる機械だよ。」
「じゃあ、一緒に写真撮りましょう。」
そう言いながらラフィエスがおそるおそるプリクラの機械の中を覗いている。
そういえば彼女の写真は一枚も撮っていなかった。写真が残っていれば彼女がここにいた証にもなるし、一緒に写ってくれるのならそれに越した事はない。
「どうすればいいんですか?」
「僕がやるよ。」
お金を入れるとメニュー画面が表示される。
いろいろな加工も出来る様だが、敢えて加工の無いものを選ぶ。
「あそこがレンズでそこの画面に映ってる通りに写るからな。」
「あれですか?」
彼女が画面を覗き込む。
「じゃあ、スタートボタン押すぞ。」
スタートボタンを押すとアナウンスが流れる。
ラフィエスが近寄ってくると女の子の何とも言えない匂いがしてくる。
「真斗さん、少し画面からはみ出してます。」
「ああ。」
彼女に腕を引っ張られて近づいたところでシャッターが下りる。画面に先ほど撮った写真が表示される。
「なんか真斗さんの表情が変です。」
「急に引っ張るからだろ。もう一回あるから、今度はちゃんとするよ。」
「じゃあ今度はもっと自然に近づいてみましょう。」
ラフィエスがぎゅっと腕に掻きついてくる。今日は彼女が積極的なので期待してしまう。
彼女が間近に近づいたところでシャッターが下りる。
今回は完璧だ。これなら恋人同士と言っても誰も疑わない出来栄えだ。
「じゃあ、後の方にするな。」
しばらくして写真のシールがプリントアウトされてくる。
「良かったです。これで思い出の品も出来ました。」
ラフィエスが印刷された写真を見ながらつぶやく。
「え、あ、そうか。。。。。じゃあ、帰るか。」
何だか急に現実に引き戻された感じだ。
ショッピングモールを出て駅から電車に乗る。
帰りは普通電車だったので一つ手前の駅で降りる。急行は止まらないがこちらの駅の方が少し家に近い。
傾いた太陽の光で影が長く伸びた道路を一緒に歩く。
「今日は楽しかったです。」
「ああ、僕も楽しかったよ。プレゼントも貰ったしな。」
そう言って紙包みを見せる。
「良かったです。」
彼女が嬉しそうな表情を見せたので思い切って手を握ってみる。
少し驚いた素振りを見せたがちゃんと握り返してくれた。
「あ、この公園って。。。。」
駅から帰る途中にある小さな公園に差し掛かった時、ラフィエスが握っていた手を離して入って行く。
日が暮れかかっている時間帯なのでもう誰もいない。
彼女がベンチに座ったので、自分も隣に座る。
デートの帰りに二人きりで立ち寄った公園なんて、何だかもの凄く良いシチュエーションの様な気がする。
「懐かしいです。。。。」
赤くなった西の空を眺めながら彼女がつぶやく。
「何が?」
「ここは私が地上に落ちて来た日に野宿した公園なんです。」
「ああ、ここが。。。。」
そういえば自分の家を出ていった日は公園で野宿したと言っていた。
「もし私が真斗さんの家に入れて貰えなかったら今頃どうしていたか。。。。」
「まあ、あの格好じゃ不審者扱いだよな。」
「短い間でしたけど、真斗さんと一緒に居られて良かったです。」
さっきまで上を向いていた彼女が下を向く。こころなしか声も沈んでいる。
「おい、何言ってるんだ?ラフィ。」
「実は今日、私のラピスのエネルギーがいっぱいになりました。」
「え?昨日の夜聞いた時はまだまだだって。。。。」
「それは真斗さんを心配させたくなかったから。。。」
「待てよラフィ、まさか今日帰るって言うんじゃ。。。そうだよ、エネルギーが貯まったからって帰らなくてもいいだろ、探してた石だってまだ見つかってないんだし。」
「いえ、今日ではありませんけど、近いうちに。。。」
「近いうちっていつなんだよ!」
ラフィエスはうつむいたまま答えない。
「くそう。」
何かに当たりでもしないとやり切れない気持ちなので、足元に落ちていた黒く丸い石を拾い上げる。
「いてっ!」
腕に電流が走った様な感触があり、石を落としてしまう。
「何だ?今のは。。。。」
何だったかわからないが、おそるおそるもう一度石を触ってみる。
今度は何ともなかったので、その石をもう一度拾って公園の横を流れる小さい川に向かって投げようと構える
「真斗さん、ちょっと待ってください。」
その時、彼女が真斗に抱きついて来たので、思わず投げる腕が止まる。
「ど、どうしたんだ?ラフィ。」
「その石を見せてください。」
「え?これ?」
「はい。」
さっき拾った石をラフィエスに見せる。
「真斗さん、見つけました。これです、これが私が探していた石、マルスです。間違いありません、この独特な感覚は忘れません。」
「えっ?」
「きっと私が最初にここに来た時からここにあったんですね。」
「おい、こないだの苦労は何だったんだよ。」
「でも、見つかって良かったです。」
「そうだな。」
そうは返事したものの、本当に良かったのかどうか自分にはわからない。それこそ彼女がここに留まる理由が無くなってしまったのだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
しばらくお互い何も喋らない時間が続く。しかし、その静寂を何者かが破る。
「やっと見つけてくれたか。助かったよ、私たちには見つけられない物だからな。」
どこからか低い男の声が聞こえて来る。
その声を聞いたラフィエスが急いで腰に手を持っていく。
「しまった、剣がないです。」
「戦士たるもの、剣は離さず持っておくべきだよな。」
その時、周りの空間が黒く塗りつぶされていく。
「真斗さん、結界です。気をつけて下さい!」
「うわっ!」
次の瞬間、彼女に体を押されて尻もちをつく。
彼女の手から落ちたのか、さきほどの石が目の前に転がったので急いで拾い上げる。
「チッ、しまった。」
舌打ちする男の声が聞こえてくる。
「真斗さん!絶対にその石を離さないで下さい。」
「わかった。」
体を起こしながら彼女の方を見ると黒いコートを着た大柄の男が彼女を後ろから羽交い締めにしている。
年齢的には40代後半ぐらいだろうか、渋い顔をしているが男前という程ではない。
それにしても腕が彼女の胸に当たっているのではっきり言って羨ましい。替わって貰えないだろうか。
「どこを見てるんですか!」
男の腕で押し上げられた胸元をじっと見ているとラフィエスに怒られる。
「人間の男がなぜこの結界の中に居られるのだ?」
男が真斗に質問してくる。
「僕も知らないけど、僕は特別みたいなんだよ。」
「まぁいいか。人間の男が一人居ても何も出来まい。」
かなり痛いところを突かれる。
「それより、既にお前のラピスのエネルギーはいっぱいになってる様だな。良かったよ、それを持って帰られたのでは面倒な事になるところだったからな。」
男が彼女のネックレスの先に付いているラピスを背中越しに覗き込みながらつぶやく。
あの角度だと自分なら胸の谷間の方に目が行くのだが、そちらには目もくれていない様だ。
「お前のラピスのエネルギーの源はあの男か。。。。」
男がこちらを見ながらラフィエスに話しかけるが、彼女は答えない。しかし、自分がエネルギーの源だと男が言っている意味がわからない。
「それってどういう意味だよ。」
「お前は教えて貰ってない様だな。まあ、それは当たり前か。」
「何をだよ。」
「ラピスのエネルギーの源の事さ。」
「そんな事どうでも良いんだよ。早くラフィエスを離せ!」
「どうでもは良くないさ。お前に一番関係ある事だからな。教えてやるよ、ラピスのエネルギーの源を。」
「ダメです!」
ラフィエスが大きな声で叫ぶ。しかし、男はそのまま言葉を続ける。
「ラピスのエネルギーは愛なんだよ。」
「はぁ?よくその顔でそんな歯の浮くようなセリフが言えるな。」
「事実なんだから仕方ないだろうが。それに顔は関係ないだろ。とにかくこいつは自分が帰る為のエネルギーを得る為にお前の近くに居てお前に好意を持って貰う様に振舞ってたって事だよ。」
「そうなのか?ラフィ!」
「ち、違います。。。。」
そう言いながらも彼女はこちらを見ようとしない。
そういえばサフィエスが来た時にラフィエスが自分を選んだと言っていた。それは彼女が天界に帰る為のエネルギーを得る為の相手として自分を選んだという事だったのだろうか?そしてさっきの誕生日プレゼントはその最後の一手だったのだろうか?
「そう、こいつはお前を自分が帰る為の手段としか考えてないんだよ。」
「そんな事ありません!」
ラフィエスが強く男の言葉を否定する。
「では、お前はこいつの事をどう思っていると言うのだ?」
「そ、それは。。。。」
「ラフィちゃん、言っちゃダメよ。」
その時、背後から母親の声が聞こえる。後ろを振り向くと甲冑を身にまとった母親の姿がある。ただしラフィエスが身につけていた物ほどの露出はない。そして、何故か母親の髪の色がラフィエスと同じ金色になっている。
「か、母さん。。。なに?その格好。。。それに、その髪の色。。。」
「え????真斗さんのお母さん、あなたは一体。。。。」
ラフィエスが不思議な物を見るような顔で母親を見ている。
「あはは、さすがにちょっと恥ずかしいわね。あ、髪の毛はこれが本当の色ね。だから真斗の髪が栗色になっちゃたんだけどね。」
「その姿、その顔、まさかお前は。。。。。」
男の顔色が変わる。
「あら、私の事知ってるの?それは光栄ね。」
「母さんいったいどういう事だよ。」
いったい何が起きているのか真斗には全く理解できない。
「ごめんね真斗。ラフィちゃんが家にいたらいずれこうなる事はわかってたんだけど、彼女の境遇があまりに私と似てたからどうしても追い出せなくてね。」
「どういう意味だよ。」
「20年前に地上に落ちた上級天使がいたって言うのはもう知ってるんでしょ?」
「うん、それはサフィエスから聞いた。」
「そして、彼女はそのまま天界に帰って来なかった。」
「え????ま、まさか、それが。。。。」
「そう、それが母さんだったのよ。私も落ちた時に、ある家に転がり込んだのね。そこに居たのがあなたの父さんなの。」
なんてこった、まさかこんな展開になるとは思ってもいなかった。どおりで母親も父親(出張中)も何も言わずにラフィエスを受け入れたわけだ。
しかし、母親の話からすると自分は天使と人間とのハーフという事になる。それならこの結界の中に居られるのも理解出来る。あまりに突然の事に信じられないが、これで全ての辻褄が合う。
「最初は母さんもすぐに帰るつもりだったんだけど、父さんの事が好きになっちゃったからね。」
「それで帰らなかったんだ。」
「う~ん、正確に言うと帰れなくなっちゃったのよね。」
「なんで?」
「人間を好きになった天使は天界に帰る事を許されてないのよ。だから、相手に好きだという気持ちを伝えた時点で自分が持っているラピスの能力は完全に失われるの。すなわち二度と天界には帰れなくなるのよ。」
そう言う事だったのか。どうも彼女の態度が煮えきらない理由がわかった。
「真斗が18歳になったらちゃんと話そうとは思ってたんだけど。あ、そういう意味では来年のちょうど今日よね。」
「じゃあ、姉さんは?」
「お姉ちゃんはもう知ってるわよ。」
なんてこった、知らなかったのは自分だけだったのだ。
「さて、そろそろ、マルスをこちらに渡して貰っていいかな。」
男はこちらの話が終わるまで律儀に待っていてくれた様だ。もしかしたら、それだけ自信があるのかも知れない。
「渡せるわけないだろ。」
「じゃあ、こいつがどうなってもいいのかな。」
男がラフィエスの体をさらに締め付ける。
「真斗さん、私はどうなってもいいですから、それだけは渡さないで下さい。」
「人質を取るなんて卑怯だぞ、欲しかったら力づくで取ればいいだろ。それとも人間の僕が怖いのか?」
「いい度胸だ。じゃあ、力づくでいただこう。」
男がラフィエスを開放してこちらを向く。
「真斗さん、気をつけて下さい。」
「真斗。早くそのマルスをこっちへ。」
「うん。」
「そうはさせない。」
母親に石を渡そうとした瞬間、男が目の前に現れる。
「ぐはっ!」
「真斗!」
「真斗さん!」
男の手が真斗の体を貫く。そして真斗が握っていたマルスと呼ばれる石を男が奪い取る。
「では遠慮なくいただいて行くぞ。」
男が手を引き抜くと真斗はそのまま地面に崩れ落ちる。
「貴様!」
母親が剣を振り抜く前に男が大きく間を取る。
「治癒魔法!」
母親が急いでしゃがんで真斗の傷口に手を当てる。
慌ててラフィエスも駆け寄ってくる。
「ダメ、傷口が大き過ぎて今の私じゃ治しきれない。このままじゃ。。。。」
「じゃあ、どうすればいいんですか?私は治癒魔法はまだ。。。。」
「あなたのラピスの力を全て開放すれば。。。。でも、そんな事したらあなたはもう天界に帰れなくなる。」
「いいんです。真斗さんのいない世界なんて必要ないんです。だから真斗さんを助けたい。。。。」
そう言いながらラフィエスが涙を流し始める。彼女の頬を伝った暖かい涙が自分の頬に落ちてくるのを僅かに残った意識の中で感じる。
「ラフィ。。。。」
声を出そうとするが、声らしい声が出ない。
「早くラピスの力を開放する方法を教えて下さい!」
彼女が強い口調で母親に懇願する。
「あなたの本当の気持ちをあなたのラピスに伝えればいいのよ。」
母親が優しくそう言ってラフィエスに彼女のラピスを握らせる。
彼女が左手で石を握りしめたまま、右手を真斗の傷口に当てる。
「私は真斗さんの事が好きです。だから、だから真斗さんを助けて下さい!」
彼女がそう言うと彼女の手の中のラピスが光り始める。
暖かい光がラフィエスと真斗の体を包み込む。
『あなたの事が好きです。だから生きていて欲しい。』
ラフィエスの心の声が聞こえてくる。
彼女の手が触れた部分が暖かくなっていく。
そして、しばらくすると不思議と傷口の痛みが消えていく。
「ラフィ。母さん。」
痛みが全く無くなったので、自分で体を起こす。立ち上がって自分の体をみると、服に穴が開いて血が付いているものの、体には傷痕すら残ってない。
「真斗さん。良かった。」
ラフィエスがぎゅっと抱きついて来る。
母親もホッとした表情でこちらを見ている。
「ほほう、これは感動的だな。自分の未来を犠牲にしてその男を救ったのか。」
男の声にラフィエスが振り向く。
「違います。これが私の望んだ未来です。そして私はあなたを許しません。」
「ラフィちゃん、この剣を使って。今のあなたなら使いこなせるはずよ。」
母親が持っていた一本の剣をラフィエスに渡す。
「これは私の剣。。。。でも何か違います。なんだかこれなら勝てる様な気がします。」
「預かってる間に鍛え直しておいたからね。」
母親から受け取った剣をラフィエスが構える。
「一ヶ月前まったく私に刃が立たなかったのをもう忘れたのか?剣が変わったくらいで私に勝てると思うなよ。」
「そんなのやってみなけりゃわかんないです。」
「ちょっと待って、ラフィちゃん。」
母親が何かを唱えるとラフィエスの体が光に包まれる。そしてその光が消えた時、前とは違った甲冑に見を包んだラフィエスの姿が現れる。ただ残念ながら以前より僅かに露出度が下がっている。
「こ、これは。。。。」
「ラフィちゃんの防御レベルが一つ上がったのよ。」
「よし、じゃあ、行くわよ。」
「防御レベルが一つ上がったくらいじゃ意味ないな。」
「それは、私と戦ってから言いなさい。」
ラフィエスがもの凄いスピードで男に向かっていく。
男が自分の持っていた剣でラフィエスの攻撃をかろうじて受ける。
「くっ、速い。こないだとは全く違う。。。。」
「長い間地上にいたもの、天界と同じ重力の結界の中なら羽が生えたみたいに軽いわよ。この剣だって何も持ってないみたいに軽いもの。」
ラフィエスが男に向かって剣を繰り出していく、男は防戦一方だ。
「確かにこの前とは違う様だな。では、こちらもパワーアップさせて貰おう。神をも超えると言われる力を試させて貰う。」
そう言うと男は持っていた例の石を飲み込む。
ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおぉ
その途端、男が大きな声をあげて苦しみ始める。もしかしたら今がチャンスなのではないだろうか。
「おい、ラフィ、今がチャンスっぽいぞ。行け!」
「はい!」
彼女が男に突っ込んでいくと、男は苦しみながらも何とか彼女の攻撃を受け止める。
「こ、こら卑怯だぞ。」
「戦いに卑怯も何もないだろ。別にこっちが飲ませた訳でもないし。」
ぐわぁ~!
男が更に大きな声を上げる。傍から見ていると、ただの危ないオッサンにしか見えない。
さすがにラフィエスも飛び込んで行くのをためらっている。
しばらくすると徐々に男の体が大きくなっていく。
「おお、なんだか体の中から力がみなぎってくる様だ。」
男が嬉しそうな声をあげる。
もともと大きな体の男ではあったが今は三メートルくらいはあるだろうか。
「これはラフィちゃん一人じゃ厳しそうね。私も加勢するわね。」
母親が自分の腰に付けていた剣を鞘から抜く。
母親の持つ剣の周りに電気の様な光が走っている。
さすがはもと上級天使というのだろうか、母親から受ける威圧感が半端じゃない。もしあんな状態で怒られたら何も反抗できないだろう。
「お前がもと上級天使であろうと、神を超えたこの私には勝てない事を思い知らせてやる。」
「あら、そうかしら?私から見たらそんなに変わった様には見えないけど?」
母親が思い切り男を挑発している。
「そこまで言うのなら、今度は私から攻撃させて貰おう。」
「ラフィちゃん、真斗、気をつけて。何か仕掛けて来るわよ。」
「真斗さんは私が守ります。」
ラフィエスと母親が自分の前に立つ。
女性陣に守って貰うというのも情けないが、ここは仕方ない。
男が手のひらを向かい合わせて力を込めている。
すると男の手のひらの間に黒い光の玉が現れて次第に大きくなっていく。
黒い光というのも変だが実際にそう見えるのだから仕方ない。
「う~ん、あれを直接受けるのはマズいわね。ラフィちゃん、防御結界を張るわよ。」
「私には防御結界なんてまだ無理です。」
「私が力を貸すから大丈夫よ、手を貸して!」
「はい。」
母親がラフィエスの手を取る。
「じゃあ、いくわよ。力の差が大きいからちょっとしびれるかも知れないけど我慢してね。」
「大丈夫です。」
「
母親がそう叫ぶと、二人の前に幾重にもなった光の網が現れたかと思うと自分を含めた周囲を完全に取り囲む。
「す、すごい。。。これがもと上級天使の力。。。。」
「その、“もと”って言うのを強調されるのはどうも嫌なんだけど。」
「ご、ごめんなさい。」
ラフィエスが謝っている。
「まあ、事実は事実なんだけどね。」
「これってレベルいくつになったら使えるんですか?」
「確かレベル3だったと思うけど。」
「はぁ、そうですか。。。。」
彼女が深いため息をつく。
「いい加減私を無視するのは止めて貰おうか。今の私にそんな物は無駄だという事を教えてやろう。」
「じゃあ、そいつを撃ってご覧なさいな。」
「望みどおりにしてやるよ。」
母親の挑発に応えて男が黒い光の玉を放つ。その玉はまっすぐこちらに向かって飛んでくる。
「来たわね。受け止めるわよ!」
「はいっ!」
二人が両手を前に出して受け止める様な動作をする。
黒い光の玉が徐々にめり込んで来て防御結界の網が大きく歪んでいく。この結界が破られると終わりなのは自分でもわかる。
「ほらほら、もう少しでその結界が破れるぞ。」
男が余裕綽々の体制でこちらを見ている。
対する二人が苦しそうな表情をしているので心配になってくる。
「母さん大丈夫なの!?」
「気が散るから外野は黙ってて!!」
「はい。」
思いっ切り怒られた。
「ラフィちゃん、弾き返すわよ。」
「はいっ。」
二人が同時に両手を前に突き出すと、結界で受けとめられていた黒い光の玉が男に向かって弾き返される。
「ば、バカな。」
男が慌てて避けたものの片腕を失った様だ。
「何故だ。。。。。あの石は偽物だったというのか?。。。。。。」
「いいえ、あれは間違いなく本物でした。私たちラピスを持つ者にはわかります。」
男の質問にラフィエスが答える。
「では、なぜ私がお前たちなんかに。。。。」
「そうね、あなたの体が大きくなった分は確かに力も強くなってた様よ。でも、それだけだったようね。いえ、逆にスピードは落ちたのかしら?」
今度は母親が答える。
「では、神を超える力というのは嘘だと言うのか。。。」
その時、真斗の頭の中にある考えが浮かぶ。しかし、ありきたりのくだらない結論すぎて言うのをためらう。
「なあ、ラフィ、神様の身長ってどのくらいだ?」
「私は実際に会った事がありませんから何とも。。。」
「そうねえ、あの男が大きくなる前より少し大きいくらいだったかしら。」
代わりに横から母親が答えてくれる。そして、それを聞いて確信する。
「なあ、もしかしたらって思う事があるんだけど言っていいか?」
「よし、言ってみろ。」
男はいまだに上から目線だ。
「もしかして、神を超えるって。。。。単に神様より背が高くなるって意味じゃないのか?」
「そんなバカな。。。。」
「確かにその可能性は高いわね。」
母親が同意してくれる。
「こういう場合の巨大化って必ず死亡フラグだよな。」
「え?」
男の顔色が変わる。
「ラフィちゃん、私がこのまま力を貸してあげるからあなたが最後の攻撃をしなさいな。私もあなたと同じ雷属性の天使だから私の力を合わせれば威力は数十倍になるからね。」
「はいっ!では、行かせて貰います。」
ラフィエスの体がもの凄く強い光に包まれていく。まるで目の前に小さな太陽でも現れたかの様な明るさで、真っ黒なはずの世界が灰色に照らし出されている。
「ま、待て、私が悪かった。」
男が謝っているが、時既に遅しだ。
「サンダーバースト!!」
ラフィエスが右手を男の方に向けると、直径2メートルはありそうな巨大な光の玉が男に向かって飛んでいく。
男が片手で防御しようとするがそのまま光に飲み込まれていく。
「うぎゃ~!!!!」
男の断末魔が聞こえたと思うと、世界を真っ黒に変えていた結界が徐々に消えていく。そして西の空にさきほどまでと同じ真っ赤な夕焼けが見えてくる。
そして、いつの間にか母親とラフィエスも元の姿に戻っている。
「やったようね。」
「はい。」
「そういや、あいつの名前って聞いてなかったけど、ラフィ知ってるか?」
「いいえ。」
「母さんは?」
「私も知らないわよ。あいつは私の事知ってたみたいだけどね。」
「まっ、いいか。」
「そうですね。」
「ところで、ラフィ。本当に良かったのか?もう、帰れないんだぞ。」
「いいんです。かえってスッキリしました。」
ラフィエスが迷いの無い顔をしている。
「そうか。。。。」
「もう、これもだだの石なのね。」
そう言って彼女がラピスの付いたネックレスを首から外して見せる。
「ラフィちゃん、ちょっとラピス見せて!」
母親が驚いた顔で彼女のラピスを見ている。
「どうしたの?母さん。」
「これは。。。。エネルギーが空になっているけどラピスの力は消えてないわ。でも、なんで。。。。。」
「え?そうなんですか?じゃあ、まだ帰れるんですね。」
「ええ、またエネルギーさえいっぱいになればね。」
「じゃあ、真斗さん、もう一度協力して下さい。」
「おい、諦めたんじゃなかったのかよ。」
「帰っても、すぐにここに戻って来ますよ。それより動いたらお腹空きました。早く晩ごはんが食べたいです。」
「昼あれだけ食べたのにもうお腹空いたのか?」
「空いたんですから仕方ないじゃ無いですか。」
「今日は真斗のお誕生日パーティだからご馳走よ。ケーキもあるしね。」
「やった!」
***
今年の誕生日は父親と姉は留守だったがラフィエスが一緒に祝ってくれた。そして今日は彼女が自分の事が好きだと言ってくれた。これに勝るプレゼントはない。
今日は今までの人生で最高の誕生日だったかも知れない。
ちなみに彼女がプレゼントしてくれたイワシのみりん干しもちゃんと夕飯の一品になっていた。
母親がお酒を飲んでソファーで寝てしまったので、ラフィエスと一緒に二階の屋根に上がる。
今日も良く晴れていて星が良く見える。
少し肌寒いので、二人でぴったりくっついて座り、一緒に空を見上げる。
「なあ、ラフィはどの辺から落ちて来たんだっけ?」
「たぶんあの辺だと思います。」
彼女が指差す天空にアンドロメダ座が見える。
「アンドロメダ銀河が君の故郷なのか?」
「違います!私は宇宙人じゃありません。あの方向の天界です。」
「じゃあ、成層圏辺りって事か?」
「う~ん、よくわかんないですけど空の上です。」
「次またエネルギーが貯まったら帰っちゃうのか?」
「そうですね、みんな心配してると思いますので一度帰ります。でも、すぐに戻って来ますよ、だって真斗さんがいるのはこちらの世界ですから。」
そう言ってラフィエスがこちらに顔を向けて微笑む。
「ラフィ。。。」
「真斗さん。。。。」
彼女がそっと目を閉じる。
真斗も目をとじて、彼女の唇に自分の唇を重ねる。
しかし、次の瞬間、閉じたまぶたの中に強い光が飛び込んで来る。
「な、なんだ?」
思わず唇を離して目を開ける。
真斗が見回すと再び街が真っ暗になっている。
彼女も何が起きたかわからないといった顔で周りを見回している。
「真斗さん、あれ。。。。」
ラフィエスが空を指差す。
彼女の指差す方を見ると空から光る何かが落ちて来ているのが見える。
その光は家からかなり離れたところに落ちた様だ。
「落ちましたね。」
「落ちたな。。。。。で、どうする?」
「今日はもう遅いですから、明日探しに行きましょう。」
「そうだな。」
街の灯りが少しずつ戻っていく中でもう一度ラフィエスと唇を重ねる。
***
次の日、学校の帰りに光が落ちたと思われる付近を探しに行ったが何も見つけられなかった。
ところで、母親が調べたところによると、ラフィエスのラピスが力を失わなかったのは真斗がハーフだったからという事らしい。つまりグレーゾーンというわけだ。
なんだかいい加減な設定だがおかげで全てOKだ。
それからあのマルスと呼ばれる石がどうなったかというと、男に全ての力を与えたらしくただの石に変わっていたので、母親が念のため粉砕した。
これで元に戻る事は無いだろうという事だ。
そして最後にもう一つ報告しておくべき事がある。
実は彼女のお腹に新しい命が宿っているのだ。
そう自分と彼女の愛の結晶が。。。。
「自分の妄想を勝手に追加しないで下さい!みんなが勘違いするじゃないですか!」
ラフィエスに横から怒られる。
「なんで僕が考えてる事がわかったんだ?」
「そんな気がしたんです。」
「じゃあ、今日の夜そうなるって事で。。。。」
「当分なりませんから!」
当分はならないって事はいずれはそうなるって事だ。
これから時間はたっぷりあるのだからゆっくり愛を育んで行けばいい。
空から落ちて来た天使にベッドを取られました。 京乃KIO @kio_kyouno
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