第6話 地上の風邪には愛が効く

「は、は、は、くちゅん。」

ラフィエスがベッドの上でくしゃみをしている。

彼女のくしゃみはいつもの事だが今日は少し違う。

「うー、お母さん。頭が痛くて体がだるいです。」

「軽い風邪ひいたみたいね。」

母親が彼女の熱を測った体温計を見ている。もちろんベッドの結界は切られた状態だ。

「37度5分か、まぁまぁあるわね。ラフィちゃんは今日は学校お休みね。」

「じゃあ、僕も休んでラフィの看病するよ。」

「あんたは何バカな事言ってるのよ。ラフィちゃんは母さんが診ててあげるからさっさと学校行って来なさい。」

せっかく二人の距離を縮めるチャンスなのに非情な母親の言葉が二人の間を引き裂く。

「なんか言った?」

「いや、何も。」

危なかった。母親はエスパーだろうか。

「バカな事考えてないで早く行かないと遅れるわよ。」

「わかったよ、じゃあ、行って来るよ。」

「行ってらっしゃい。今日はここでお見送りするわね。」

「行っ、くしゅん、てらっ、くしゅん、しゃい。」

ラフィエスがかろうじて、行ってらっしゃいを言ってくれた。


玄関を出て学校に向かって急ぐ。

ラフィエスが来てからはいつも一緒だったので、一人で行くのは久しぶりだが何だか寂しい感じがする。


***


バタン


玄関のドアが閉まる音が二階まで聞こえてくる。

「行った様ね。どお?具合は。」

「鼻の奥が詰まって息が苦しいです。それに喉も痛くなって来ました。」

「ラフィちゃんは地上の病気にはまだほとんど耐性がないのね。ご飯食べたらお薬飲もうね。普通のご飯食べられそう?」

お腹は空いているが、喉が痛いので普通のご飯を食べられる自信がない。

「ちょっと無理かもです。」

「じゃあ、今朝はお粥作って来てあげるね。」

そう言って母親が一階に下りていく。

しばらく一人きりで天井をみながら考える。

元気が取り柄だったつもりだが、地上には慣れていなかったので疲れがたまっていたのかも知れない。

しかし、こんな心細い時にちゃんと診てくれる人がいるというのはありがたい。もしあの時この家に入れて貰えなかったら今頃どうなっていたかわからない。

天界に帰る前にはちゃんとお礼をしなければならないだろう。

そんな事を考えていると母親がお盆にお鍋とお茶碗を載せて部屋に入ってくる。

「体起こせる?」

「はい。」

「お腹は空いてる?」

「はい。」

「あ、そう。たくさん作ってきたからたくさん食べてね。病気の時は食べて栄養付けるのが一番よ。」

そう言って母親がスプーンにお粥をすくって口元に持って来てくれる。

「ちゃんと冷ましてあるから、熱くないからね。」

「はい。」

母親が口元まで持って来てくれたお粥をいただく。

まさに至れり尽くせりだ。まるで自分の母親にして貰っている様な感覚に陥る。

「美味しいです。」

「そう、良かった。塩加減は大丈夫?」

「はい。」

口を開けると母親がスプーンを持って来てくれるので、それを何度も繰り返す。

そうしながら結局、お鍋にあったお粥をすべて戴いた。

「熱があるわりには、ちゃんと食欲はあるのね。まあ、これだけ食欲があるのならすぐに良くなるわよ。」

「はぃ。。。」

「あ、これお薬だから飲んで。これお水ね。」

母親から薄い紙に包まれた粉末と水の入ったコップを渡される。

包みを開いて粉末を口に入れると何とも言えない苦みが口の中に広がる。そこで慌てて水で流し込む。

「うえっ、これものすごく苦いです。」

「私が干した薬草を混ぜて作った特製のお薬だからね。でも、よく効くわよ。」

しかし、この薬は小さい頃に自分の母親に飲まされた事があるのと似たような味だ。


「あの。。。。」

「ん?どうしたの?まだ食べ足りない?」

「あ、いえ、真斗さんのお母さんは何でこんなに私に優しくしてくれるのかと思って。。。。」

「そりゃあ、未来の真斗のお嫁さんだからね。」

「え?いえ、それは。。。」

熱で火照っている自分の顔が更に熱くなっていくのを感じる。

「冗談よ。病人に優しくしてあげるのは当然でしょ。それに今のラフィちゃんは昔の私に似てるからね。」

「私がお母さんとですか?」

「まぁね。」

ラフィエスには母親の言葉の真意は理解できない。

「ところでラフィちゃんは真斗の事どう思ってるの?」

「え?なんでそんな事。。。」

突然の母親の質問に戸惑ってしまう。

「いえ、いちおう聞いておこうかと思ってね。」

「真斗さんは優しいですし、私の事を思ってくださってるみたいですし、嫌いじゃありません。ちょっとエッチなところはありますけど。」

「ありがと。そうね、優しいところは取り柄かな。まあ、私がどうこう言う話じゃないけど、ラフィちゃんの気持ち次第ではこっちに残るっていう選択肢もありだと思うけどね。」

「えっ?」

冗談とは取れない母親の言葉に驚く。

「じゃあ、私は後片付けしてくるからちゃんと寝とくのよ。」

「はい。」

母親がドアを開けて部屋から出ていく。

何だかさっきより熱が上がった様な気がする。


***


「今日はラフィちゃんは休み?」

一人で教室に入って行くと桜井美樹が声を掛けてくる。最近は勉強面も含めラフィエスの学校での面倒をよく見てくれている様だ。

「ああ、風邪ひいたみたいだからな。」

「そっかぁ、で、大丈夫なの?」

「そんなに熱も高くないし、母さんが診てくれてるから大丈夫だよ。」

「あんたは彼女が弱ってるのをいい事に彼女に何かしたりするんじゃないわよ。」

「そんな事するわけないだろ!」

「どうだか。。。」

相変わらずひどい言われ方だ。

「今日の帰りに私のノートのコピー渡すから、帰る前に取りに来てね。」

「いいよ、ノートなら僕のがあるし。」

「あんたのノートなんか役に立つわけないでしょ。」

そう言い放って桜井が向こうに行ってしまった。

まったく失礼極まりない。


「今日は彼女は休みか。。。」

今度は橘啓太がやってくる。

「ああ、風邪ひいたみたいだから休みだけど心配はいらないぞ。」

「いつも彼女の顔を見るのを楽しみにしてるのにな。結構多いんだぞ彼女のファン。」

確かにふと横を見た時にラフィエスの横顔が見えると元気づけられる。

「そうか。。。。はい。」

啓太に向かって手を出す。

「はいって、この手はなんだよ。」

「拝観料。」

「怒るぞ!」

そういう事なら写真集でも作ったら高く売れるかもなんて事を考えてみたが、写真でも彼女を人に渡すのはもったいないので止めにする。

「ところで、今日の帰りに渡したい物があるから勝手に帰るなよ。」

「ノートのコピーなら桜井がくれるって言ってたからいらないぞ。」

「そんなんじゃないよ。」

「ラフィへのラブレターなら絶対に受け取らないからな。」

「誰がそんなもんお前に預けるかよ。」

「じゃあ何なんだ?」

「それは渡す時に言うよ。とにかく勝手に帰るなよ。」

「わかったよ。」

そう言うと啓太が自分の席に戻ってカバンの中を確認している。


***


「まだ3時か。。。。」

真斗の机の上にある目覚まし時計を見てラフィエスがつぶやく。

昼食の後、しばらくは眠っていたものの、熱が下がって来たのか今度は寝ているのも暇になって来た。

お母さんのくれた薬の効果は抜群だ。くしゃみも喉の痛みもほとんど無くなった。頭は少しぼーっとしているが、まだ完全に熱が下がってないせいだろう。

体を起こして部屋の中を見回す。この部屋にはいつも夜しか来ていなかったのでベッドから見る昼間の風景は違って見える。

外は晴れているが雲の動きが早いのかカーテンを通して入ってくる光が明暗を繰り返している。

よく見ると壁に何かが貼ってあった様な痕が残っている。はっきりは覚えていないが、その場所には水着の女性のポスターが貼ってあった様な気がする。

部屋に押入れがないので彼が寝ている布団は畳んで部屋の隅に積んである。自分がわがままを言ってベッドを占領してしまったからだ。

自分がベッドから落ちるので机の場所もベッドの横に変わった。

多少文句は言われつつも、自分が来てからこの部屋は自分中心に変わってしまっている気がする。

そう言えばさっき見た目覚まし時計もだ。

「は、は、くちゅん。」

体が少し冷えてしまったのかクシャミが出てしまった。風邪がぶり返したのでは申し訳ないので再び布団の中に入る。

しばらく天井のシミを数えていたがいつの間にか眠りにつく。


***


「はぁ~、やっと終わったか。」

終業のチャイムがなって真斗がため息をつく。

クラスメートのみんなが帰る準備をしたり、部活の用意をしたりと教室の中が喧騒としてくる。

今日は一日隣の席が空いていたので何だか授業に身が入らなかった。もちろん隣が埋まってたとしても彼女でなければ意味がない。

さて、その彼女がどうしているか気になるので、急いで教科書やノートをカバンに押し込んで教室を出る。

下駄箱で靴を履いていると啓太が走ってやって来た。

「おい、こら真斗!勝手に帰るなって言っただろ。」

「ああ、悪い悪い。急いでたから忘れてたわ。」

「まったく。。。とにかくこれ返しとくよ。」

啓太から何かが入った袋を渡される。

「何だ?これ。」

「あ、こら、今ここで出しちゃだめだぞ。」

袋を開けようとすると啓太に怒られる。

「じゃあ、何か教えろよ。」

「だいぶん前に借りてた例のやつだよ。彼女が一緒だと返しにくかったから、ずっとカバンに入ってたんだ。持ち物検査なんかされたら完全アウトだからいつもヒヤヒヤしてたんだぞ。」

「あ~、あれな。」

あれとは半年程前に啓太に貸したエッチなDVDだ。確かにこんな物をラフィエスに見られたらマズい。

今はこんな物を部屋で見るタイミングもないし、興味もないので貸してあった事すら忘れていた。

いや、間違った。興味は今でも大ありだがこんな物より興味のあるものが今は家の中にあるだけだ。

その彼女の様子が気になるので、受け取った袋をカバンに押し込んで下駄箱を出る。

「じゃあな、啓太。」

「ああ、ちゃんと返したからな。」

啓太と別れて急ぎ足で家に帰る。

まだ何か忘れてる様な気がするが、気のせいという事にしておく。


***


「ただいま~。」

「おかえりなさい。」

「ラフィの具合はどう?」

「今は部屋で寝てるみたいよ。残念ながら熱はまだ完全には下がってないみたいね。でも、朝もお昼もちゃんと食べてたから大丈夫だと思うわよ。」

「そうなんだ。」

二階に上がってそっとドアを開けて自分の部屋に入る。

「おかえりなさいです。」

ベッドからラフィエスの声がする。

「あ、ごめん。起こしちゃったかな。」

「いえ、起きてたから大丈夫です。」

「どうだ?具合は。」

「お薬飲んだらくしゃみと喉の痛みは無くなりましたけど、まだ頭がぼーっとしてる感じです。」

「どれ?」

彼女の額に手を当ててみる。

「熱はそんなにある様には感じないけど、顔が赤いな。」

「え。。。そうですか?」

「なんか朝より顔が赤い気がするぞ。大丈夫か?」

「体はずいぶん楽になりましたから大丈夫です。」

「そうか?とりあえず氷枕取り替えて来てやるよ。」

彼女の頭の下に敷いてあった氷枕を持って部屋を出る。


「ふう。」

真斗が部屋から出て行くとラフィエスがため息をつく。午前中の母親との会話を思い出してどうしても意識してしまう。

自分でも自分の気持ちに気付いているが、それを否定しようとする自分がいるのも事実だ。


「ラフィちゃんどうだった?」

台所に行くと夕食の準備をしながら母親が尋ねてくる。

「起きてたよ。顔が赤いから熱はまだあるみたいだね。」

「そう。。。」


ピンポーン


その時、玄関のチャイムが鳴る。

「あら誰か来たみたいね。真斗出てくれる?」

「うん。」


玄関のドアを開けると立っていたのは桜井美樹だ。

「どうしたんだ?桜井。」

「ど~したもこ~したもないわよ。帰る前に私のノートのコピーを取りに来いって言ってあったでしょ。」

「あ、悪い。忘れてた。それでわざわざ持って来てくれたのか?」

「そうよ。ついでにラフィちゃんのお見舞いもしようと思ってね。上がっていいかしら?」

小さい頃は彼女も時々遊びに。。。もとい自分をいじめに来てたのでこの家に上がるのにさほど抵抗がない。

「ちょ、ちょっと待て、ラフィは今寝てるから。」

彼女が自分の部屋のベッドで寝ているところなんか間違っても見せられない。

「誰なの?真斗。」

ちょうどそこに母親が出て来てくれる。

「あ、ご無沙汰してます、真斗さんのお母さん。」

「あら、美樹ちゃん?」

「はい。」

「少し見ないうちに美人になったわね。」

「いえ、そんな事は。。。。」

珍しく彼女が照れた様な顔をしている。

「ラフィちゃんのお見舞いに来てくれたの?」

「ええ、まぁ。」

「わざわざ来てくれたのにごめんね。今は寝てるようなのよ。明日には学校行けると思うから心配しないで。」

「いえ、大丈夫です。じゃあ、これだけ預けておきます。」

桜井からノートのコピーを渡される。確かに自分が取った黒板のノートとは雲泥の差だ。

「わかったわ。ありがとね。じゃあ、彼女にも伝えておくわね。」

「はい。じゃあ、失礼します。」

彼女がドアを開けて帰って行ったのでホッとする。


「ありがとう、母さん。」

「お礼は明日彼女に言っておきなさいな。わざわざ持って来てくれたんだから。」

「うん。。。。」

そうは返事したものの、その際に何を言われるかわからないので気は進まない。


「ところで、ラフィちゃんに雑炊作ってあげたから持って行ってあげてくれる?母さんは真斗の夕飯の準備してるからさ。」

「うん、わかったよ。」

母親がお盆の上に雑炊の入った鍋と水が入ったコップを載せる。

「あと、これお薬ね。食べた後、飲ませてね。」

「口移しで?」

「それは真斗に任せるわよ。」

自分が風邪をひいた時に飲まされるのと同じ薬の様なのでどんな味なのかは良く知っている。

確かによく効くのだが、とてもしばらく口に含んでいられる様な物ではない。

従って、そんな事をする気もないしそんな事をさせて貰えるはずもない。

「ついでにパジャマも持って行っておいて。結構寝汗かいてたから後で母さんが身体拭いて着替えさせてあげるから。」

「相変わらず人使いが荒いね。」

「嫌なの?」

「いえ、喜んで。」

パジャマとお盆とコピーを持ってこぼさないように階段を上がっていく。

ドアノブを回した後、おしりで部屋のドアを開けて中に入る。

「ラフィ、ご飯だぞ。」

そう言うと彼女がガバッとベッドの上で起きあがる。

「大丈夫なのか?起きて。」

「大丈夫です。お腹空きました。」

「相変わらずだな。で、自分で食べられるか?」

「う~ん、まだちょっと自信ないです。」

「じゃあ、食べさせてやろうか?」

「はい。」

「あ、パジャマはここに置いとくな。後で母さんが体拭きに来てくれるらしいから。」

「うん。」

パジャマを彼女の枕元に置く。

「それとこれ、桜井が持って来てくれた今日の授業のノートのコピー。」

「桜井さんがですか?」

「ああ、だから学校でお礼言っといてくれよな。」

「はい。」

「じゃあ、まずはご飯だな。」

今はベッドのすぐ横に机があるのでちょうどいい。

お盆を机の上に置いて椅子に座る。

お椀に装った雑炊を、スプーンですくって彼女の口元に持っていく。

「熱っ!そのまま食べるには熱いですよ真斗さん。」

確かにさっき出来たばっかりなのを持って来たので湯気が立っている。

「僕が冷ましたので、いいのか?」

「何か問題ありますか?」

「いや、別に。。。。」

彼女が気にならないのなら何も問題はない。

今度はスプーンの中の雑炊を自分の息で冷ましてから彼女の口元に持っていく。

「うん、今度はちょうどいいです。」

「そっか。」

しかし、彼女の食べるスピードに冷ますスピードがついていかない。

「もうちょっとゆっくり食べてくれ。」

「だってお腹空いてますから。」

結局彼女はお鍋に入っていた雑炊を全て平らげてしまった。

「ふう。美味しかったです。」

ラフィエスが一息ついている。

「そんだけ食べられるんなら大丈夫だな。ほら、これ薬。」

母親から預かった薬を見せると彼女がものすごく嫌そうな顔をする。

「僕もこの味はよく知ってるけど嫌でも飲まないと治んないぞ。母さんの薬は良く効くだろ?お医者さんで貰うやつより早く治るからな。」

「はぃ。。。。。」

薬と水を受け取ると、彼女が仕方なさそうに飲んでいる。そして、再びベッドの上に横になる。

「じゃあ、これ片付けて来るな。」

「あのぅ、真斗さん。」

お盆を持って部屋を出ようとすると彼女に呼び止められる。

「どした?パジャマの着替えなら喜んで手伝ってやるぞ。」

「違います。なんですぐそっちに行くんですか!」

「なんだ違うのか?」

「当たり前です。」

「そうか、じゃあ、着替えは自分でするから僕に身体拭いて欲しいとか?」

「もっと違います。」

「じゃあ、何なんだ?」

「もういいです。」

いつものやり取りと変わらないのに何故か彼女に怒られてしまう。やはり今日は熱で機嫌が悪いのだろうか?

「じゃあ、着替え手伝って欲しかったらいつでも呼んでくれよな。」

「絶対に呼びません!」

部屋を出た後、彼女の投げた枕がドアの内側に当たった音がする。


「はぁ~、なんで真斗さんっていつもああなんでしょう。」

ラフィエスが深いため息をつく。


***


母親と二人で夕食を済ませた後、自分の部屋に入って学校の宿題を始める。

ラフィエスがすぐ横で寝ているので気になるがそこは仕方ない。カバンを開けて教科書とノートを取り出す。

「真斗さんて宿題だけはちゃんとやって行かれるんですね。」

「まぁな、頭悪いから宿題くらいはちゃんとしないとダメだろ。」

「そうですね。」

「そうですね、って肯定されると傷つくんだけど。」

「あ、ごめんなさい。そう言う意味じゃないですから。」

「まあ、いいけどな。」

ちなみにラフィエスは明らかに自分より頭がいい。

最初はどうなるかと思ったけど、もしかしたら今は負けているかも知れない。

とにかく宿題を済ませなくてはならないので机に向かう。

しかし彼女がずっとこちらを見ているので気になる。

「どうかしたのか?」

「いえ、真剣な顔の真斗さんって素敵だなと思いまして。」

彼女にそんな事を言って貰うのは初めてだ。

「そ、そうか?」

「はい。」

思わず頬が熱くなってくる。こっちが熱が出そうだ。


とりあえず宿題が終わったので、明日の準備のためにカバンに入っている物を全て机の上に出す。

その時、何かが教科書の間からベッドの上に落ちる。

「真斗さん、何か落ちましたよ。」

「あ、悪い悪い。当たらなかったか?」

「ええ。で、何ですか、これ?」

彼女が持っているのは今日啓太から受け取った袋だ。

そして彼女が袋の中を覗こうとしている。

「あ、ちょっと待て。」

しかし、真斗が止めるより早く彼女が袋の中を覗く。

そしてそのまま黙って封を戻して返される。

「あ、これは借りたもんだからな。」

「今からベッドに結界を掛けますからね。」

「いいだろこれくらい。」

「結界を掛けるだけですから気にしないで下さい。」

そう言って結界を掛けてから、ラフィエスは反対側を向いてしまった。

とりあえず彼女から返された袋をそのまま引き出しにしまう。そして黙って明日の学校の準備を済ませる。

「じゃあ、僕はお風呂入って来るな。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

彼女から返事は無いが、お風呂に入るために一階に下りていく。


***


さて、何だか気まずい雰囲気になってしまったので、ラフィエスも困っていた。

自分が勝手に覗いたのが悪いと言えばそうなのだが、かと言って自分から謝るのも変な気がする。

どうしようかと思っていると母親が湯気の出ている洗面器を持って部屋に入って来た。

「どう?具合は。」

「あ、すぐ結界を解除しますから待って下さい。」

母親がベッドに近づいて来たので急いで結界を解除する。

「どうかしたの?」

「いえ、何でもありません。」

「そう?じゃあ、これ体温計。」

母親から渡された体温計を脇に挟む。

「真斗と何かあったの?」

ベッドの端に座った母親に尋ねられる。

「い、いえ、何もありません。」

「そう?何かあったって顔に書いてあるわよ。」

「えっ。。。。。」


ごまかせそうにないので、諦めて事の成り行きを母親に話す。

「あはは、そんな事があったのね。でも、年頃の男の子なんだからそれくらいは普通でしょ。それに心配しなくても真斗にはあなたに何かしようなんて根性は無いからね。」

「それはわかってます。」

「じゃあ、問題ないじゃない。」

「それはそうなんですけど。」

「そんな事で悩んでても仕方ないでしょ。」

もちろん、それは自分でもわかっている。

「でも、仲直りするきっかけがなくて。」

「心配しなくても真斗は気にしてないと思うけどね。」


ピピピピッ


体温計が鳴ったので取り出して母親に渡す。

「37度か。。。だいたい下がったわね。明日には学校行けそうね。じゃあ、体拭いてあげるからパジャマ着替えましょ。」

「はい。」

母親がお湯を絞ったタオルで背中を拭いてくれる。寝ている間にかなり汗をかいていたので気持ちいい。

「前は自分で拭けるかしら?」

「はい。」

身体を拭いた後、洗いたてのパジャマに着替えさせて貰う。

「なんだかスッキリしました。」

「そう、良かった。そうだ、お腹空いてない?暇だったからクッキー焼いたんだけど食べる?」

「はい、いただきます。」

実はさっきからお腹が空いていた。熱が下がって来ると同時にお腹が空くスピードも早くなって来たのだ。

「じゃあ、真斗もお風呂出てるみたいだから、真斗に持ってこさせるわね。」

そう言うとドアを開けてクッキーを持って来るように言っている。

「ラフィちゃんももうちょっと自分に素直でもいいと思うけどな。」

「はい。」

そう答える。


しばらくして真斗がクッキーの入った皿を持って部屋に入って来た。

「ほら、持って来たよ。」

「ありがと。真斗も一緒に食べましょ。」

「いや、さっき歯磨いたとこだし。」

「もう一回磨けばいいじゃない。」

「だって面倒だし。」

「あら、母さんの作ったクッキーは食べられないって?」

「わかったよ。じゃあ、ちょっとだけ。」

そう言って真斗が椅子に座る。

「はい、ラフィちゃんもどうぞ。」

「ありがとうございます。」

母親からクッキーを受け取って口に頬張る。

「うん、美味しいです。」

「真斗も小さい頃はよく一緒に作ったわね。覚えてる?」

「そりゃあ覚えてるよ。おかげでクッキーなら一人ででも作れるよ。」

「へ~、真斗さんてクッキー作れるんですか。」

「まぁな。でも男がクッキーなんて変だろ?」

「いえ、そんな事ないです。私は作れませんから。」

「じゃあ、今度教えてやるよ。」

「本当ですか?」

「ああ。」

「喉乾いて来たから母さんお茶入れて来るわね。」

そう言って母親が持ってきた洗面器と着替えたパジャマを持って部屋を出て行ったので、再び二人きりになる。


ガリッ、むしゃむしゃ。

ガリッ、むしゃむしゃ。


しばらく、クッキーを食べる音だけが部屋の中に響く。


ゴホッ、ゴホ、ゴホ、ゲホッ。

少し緊張してクッキーの粉が変な方に入ってしまった。

「大丈夫か?ラフィ。」

慌てて真斗が背中をさすってくれる。

「ゴホッ、だ、大丈夫です。ゴホッ、ゴホ。」

「すぐに水持って来るな」

慌てて彼が階段を駆け降りていく、そしてすぐに階段を駆け上がって部屋に入って来る。

「ほら、水持って来たぞ。」

「ありがとうございます。ゴホッ、ゴホ。」

受け取ったコップの水を急いで飲む。

「ふう、おかげで落ち着きました。ゴホン。」

「いや、別にこれくらいいいけど。」

これは謝るのなら今がチャンスかも知れない。

「あの、さっきはすみませんでした。」

「何が?」

「あ、いえ、私が勝手に見て勝手に怒ってしまって。」

「いや、まあ、あんなの僕が持ってたんだからだから仕方ないけどな。あ、でもラフィ来てからはああいうの一度も見てないぞ。」

「どうしてですか?」

「だって家じゃほとんど一緒にいるから見られないだろ。一緒に見てくれるのなら喜んで見るけど。」

「お断りです。」

ここははっきり断っておく。

「冗談だよ。本当は最近は見ようなんて気がしないだけだけだよ。」

「何でですか?それって病気ですか?」

「病気と言えば病気だよな。今はラフィばかり気になってるんだからな。」

「え??????」

そう言われて自分の顔が熱くなっていくのを感じる。

「でも、私は。。。。」

その先の言葉が出なくなる。

「いいよ、無理しなくても。やっぱり自分の生まれた世界が一番だもんな。両親だってお姉さんだって友達だってそっちにいるんだもんな。」

「はぃ。。。。。あ、でもこっちの世界も好きです。」

そう言うのが精一杯だった。


コンコン

母親が部屋のドアをノックする。


「はい、お茶入れて来てわよ。ポット空っぽだったからお湯が沸くまで時間かかっちゃた。」

母親がお盆に湯のみと急須を載せて入ってくる。

そして机の上にお盆を置いて、湯のみにお茶を入れて渡してくれる。

「はい、熱いから気をつけてね。」

「うん。」

「はい、真斗もね。」

「ああ。」

三人でお茶をいただく。

「で、仲直りは済んだの?」

「熱っ!」

思わず熱いお茶をぐっと飲み込んでしまう。

「ラフィ大丈夫か?」

「は、はい、大丈夫です。」

「母さんが変なこと言うからだろ。」

「あら、ごめんなさいね。でも、その様子なら大丈夫みたいね。」

「仲直りもなにも喧嘩なんかしてないからね。」

「わかってるわよ。じゃあ、そろそろ今日は寝ましょうか。」

そう言って母親がお盆を持って部屋を出ていく。


「そうだな、もう寝ようか。電気消すぞ。」

「はい。」

電気を消した後の小さなあかりの中で天井をみながら考える。今日は昼間たくさん寝たので、さすがにすぐには寝付けない。

カーテンの隙間から僅かに空が見える。あの向こうには自分が生まれ育った世界がある。帰りたい、でもこのままここにいたい気もする。

もし、帰れる状態になった時に自分はどうすればいいのか。

「あの、真斗さん。」

「ん?珍しいなラフィがまだ起きてるなんて。」

彼の名前を呼ぶとすぐに返事が帰ってくる。

「あ、いえ、何でもありません。」

自分が帰ると言った時どうするか聞いてみようと思ったが、返事を聞くのが恐くてやめる。

なかなか寝付けなかったが、天井を見つめているといつの間にか眠りに着く。


***


「おはよう、ラフィ、具合はどうだ?」

次の日の朝、ベッドの上で寝ているラフィエスに真斗が声をかける。

「おはようございます、真斗さん。たぶんもう大丈夫です。」

珍しく今日は彼女が先に目を覚ましていた様だ。

「じゃあ、熱なかったら朝ごはん食べて学校行くぞ。じゃあ、廊下で待ってるから、熱測り終わったら呼んでくれよな。」

「向こう向いててくれたら、そこに居てもいいですけど。」

「そうか?」

「でも、絶対にこっち見ないで下さいね。」

「わかってるよ。」

ラフィエスが熱を測り終わるまで反対側を向いて待つ。気にはなるがここは我慢の子だ。


ピピピッ


電子音が聞こえたので、彼女に尋ねてみる。

「もう、そっち向いていいか?」

「はい。」

「で、どうだった?」

「平熱に戻ってるみたいです。」

「そうか、良かったな。じゃあ、先に下に行っとくぞ。」

そう言って部屋を出る。

「ラフィちゃん、どうだった?」

台所に行くと母親に尋ねられる。

「ああ、もう熱も下がってるみたいだから大丈夫だよ。」

「そう、良かったわね。じゃあ、朝ごはんもお弁当もたくさん用意しとかないとね。」

「そうだね。」

しばらくするとラフィエスがパジャマ姿のまま、台所に入ってくる。

「あら?部屋に着替えなかった?」

「いえ、身体が気持ち悪いですからシャワーを浴びようかと思うんですけどいいですか?」

「それはいいけど、風邪ぶり返さない?」

「大丈夫です。」

「入るんなら、早くしないと朝ごはん食べる時間なくなるぞ。」

「すぐ入って来ます。」

彼女が着替えを抱えて脱衣所の方に走っていく。

「大丈夫そうね。」

「あ、僕も顔洗っとかないと。」

「はい、蒸しタオル。」

「アチっ!何これ?」

母親から熱々のタオルを渡される。

「それで顔拭いて済ませなさい。」

「あ、うん。」

彼女がシャワーを浴びて来ると言うと同時に電子レンジで何かを温めていたようだったが、まさかここまで読まれているとは思わなかった。


「やっとスッキリしました。」

20分ほどで制服に着替えたラフィエスが台所に入って来る。

「思ったより早かったな。」

「だってご飯食べられないのは困りますから、速攻で洗って来ました。」

「じゃあ、早く食べなさいな。」

「はいっ。お風呂入ったら余計お腹空きました。」

隣に座った彼女からシャンプーと石鹸のいい匂いがしてくる。

「はい、これラフィちゃんの分ね。お味噌汁もあるから待ってね。」

「ありがとうございます。」

母親が彼女の茶碗に山盛りのご飯を装って渡す。

「はい、真斗。」

「あ、どうも。」

母親からお茶碗に山盛りのご飯を渡される。

「やっぱり健康が一番ですね。」

「そうね。」

「そうだな。」

そう、彼女の元気は自分も元気にしてくれる。


玄関を出て急いで学校に向かう。

「ほら、早くしないと遅れるぞ。」

「ちょっと待って下さい。」

ラフィエスが急いで追いかけてくる。

「シャワーしたのに、ご飯三杯も食べたりしてるから遅くなるんだろ。」

「どっちも我慢できなかったんですから仕方ないじゃないですか。」

「もしかして最近太って来てないか?」

「ちゃんと毎日体重測ってますけど変わってません。」

「単に筋肉が脂肪に変わって来てるとか。」

「失礼なこと言わないで下さい。」

彼女はそう言っているが、少なくともウチに来てからは食っちゃ寝している様にしか見えない。

「それよりマジで時間やばいから走るぞ。」

「あぁもぅ、待ってください。」

真斗が走ると彼女が急いで追いかけてくる。

何とかぎりぎり間に合って校門に飛び込む。

「ふぅ、ぎりぎりセーフだったな。」

「はぁはぁはぁはぁ、もう心臓止まりそうです。」

彼女が胸を押さえながら大きく息をしている。

「やっぱラフィは運動不足じゃないのか?そんなんじゃ敵と戦えないぞ。」

「今日は病み上がりだからです。」

何がなんでも認めないつもりの様だ。


教室に入ると、ラフィエスに桜井が声を掛けてくる。

「ラフィちゃん大丈夫だった?」

「はい、おかげさまで。」

「いや、こいつに何かされてない?」

「あ、そっちの意味ですか。。。大丈夫です。」

「いい加減、人を狼みたいに言うのは止めてくれないかな。」

「あら、狼なんてそんなにいいものだとは思ってないって言ってるでしょ。せいぜい野良犬くらいね。」

こいつは僕に何か恨みでもあるのだろうか?

「本当に何もなかったですよ。あ、それより昨日はノートのコピーありがとうございました。」

「いいのよ、あれくらい。」

そう言うと桜井は別の女子のところに行ってしまった。

そう確かに何もなかった。でも、二人の間はずいぶん縮まった気がする。


すると今度は啓太がやってくる。

「おはよう、ラフィエスちゃん。」

「おはようございます、橘さん。」

「今日はなんかいつもよりすっきりした顔してるね。」

「そうですか?朝シャワーして来たからでしょうか。」

ゴツン

突然、啓太に頭を小突かれる。

「おい、なんでそこで僕を殴るんだよ。」

「なんで彼女が朝シャワーなんかしてるんだよ。」

「昨日熱があってお風呂に入れなかったからに決まってるだろ。それ以外に何があるんだよ。」

「あ、ああ、そうか。」

「私が朝シャワーしたら何か問題があるんですか?」

彼女が不思議そうな顔をしている。

「いや、何でもないよ。じゃあ、また後でね。」

そう言って啓太が自分の席に戻って行く。

いきなり朝からうっとうしい。


***


今日の授業も無事終わり、帰ろうとするとラフィエスの姿がない。いつも傍にいるのにどこに行ったのかと思って捜していると廊下の角で誰かと話している姿を見つける。

声を掛けようと思って近づいて行くと誰か他の男と話しているようなので思わず柱の陰に隠れる。

相手の男は廊下の角を曲がった先にいるので姿が見えない。でも、廊下に写っている影から間違いなく男だとわかる。

彼女が自分以外の男と楽しそうに話をしているのを見るのは初めてなのでかなりショックだ。

聞き耳をたててみるが放課後の喧騒にかき消されてしまって何を話しているか全く聞こえてこない。

そうこうしているうちに話が終わったのか彼女が相手の男に頭を下げているので慌てて先に教室に戻る。


しばらくしてラフィエスが教室に入ってくる。

「すみません、真斗さん。ちょっと桜井さんと話をしてて。。。。」

「あ、ああ、そうか。。。」

彼女が本当の事を言って来ないので余計疑ってしまう。

「ん?どうかしましたか?」

「い、いや、なんでもない。じゃあ、帰るか。」

「はい。」

そう答える彼女の様子に変わったところはない。

そうだ、きっと桜井と話をした後で廊下で偶然会った誰かと話してだけに違いない。もしかしたら、先生だったのかも知れない。そう考えて気を取り直す。


***


「ラフィちゃん、ちょっといい?」

「はい。」

食事の後、ラフィエスと一緒にリビングでテレビを見ていると母親が彼女を呼ぶ。

「あ、真斗はお風呂一番に入ってね。」

「うん。」

彼女が台所に行く。

「え、そうなんですか?」

お風呂に入る準備をしていると、彼女の声が聞こえてくる。

「いったい何がそうなんだ?」

脱衣所に行く途中で台所を覗いてみると彼女と母親が何やら話をしている様だ。

「あ、いえ、なんでも。。。。」

「なんでもないから、真斗は早くお風呂入って来なさい。」

「わかったよ。」

どうも自分は邪魔者の様なのでさっさとお風呂に入る。

それにしてもさっき母親と彼女が何を話していたのか気になる。


***


夜、いつもの様にラフィエスが部屋にやって来た。

「あの。。。。真斗さん。」

彼女が妙に赤い顔をしている。もしかしてまた熱が上がって来ているのだろうか。

「なんだ?」

「男の人ってああいうビデオって好きなんですか?」

「な、なんでいきなりそんな事を。。。」

思わず自分の顔も赤くなる。

「いえ、さっきお母さんと話してた時に真斗さんの机の引き出しにいっぱい入ってるって言っておられたので。。。」

まさかさっきそんな話をしていたとは思っていなかった。母親はいったい彼女に何を話したのだろうか。

「い、いや、いっぱいなんかないぞ。」

自分の保身の為に言っておくがこれは事実だ。先輩から代々引き継がれて来た物が回って来たりとかしていくつかは入っているが、いっぱいって事はない。それに自分が買った物は一つもない。

しかし、引き出しはいつも鍵を掛けてたはずなのにいつの間に母親に見られたのか。

「そ、それに昨日も言った様に最近は見てないからな。」

「あ、別に持っておられる事をどうこう言うつもりはないんです。。。。お母さんも持ってて当たり前だって言っておられましたし。」

「そ、そうか。。。」

「単に、男の人ってそういうのプレゼントされたら嬉しいのかなと思っただけです。」

「もし女の子からそんな事されたらかえって引くぞ。」

「そういうもんなんですか?」

「そういうもんだよ。」

「そうですか。結構男の人って難しいんですね。」

「そうか?かなり単純だぞ。私をプレゼントします、なんて女の子に言われたら男は大喜びだからな。」

「な。。。。女の子からそんな事言えるわけないじゃないですか!」

彼女の顔が真っ赤になる。

「冗談だよ。ところで、ラフィが今一番欲しい物って何なんだ?」

「ベッドです。」

速攻で返事が帰って来た。

「あ、悪い。そうだったな。ところでさっきから何でそんな事聞くんだ?」

「いえ、単に気になっただけです。さあ、もう寝ましょう。」

「あ、ああ。」


部屋の電気を消して、布団の中でふと考える。

さっきの彼女の話は誰か男に何かプレゼントをしようと考えていると言う話に聞こえる。

もしかして自分に何かプレゼントしてくれるつもりだろうか?そんな事を考えているうちに眠りに着く。


***


「真斗さん。真斗さん。」

夜中にラフィエスの声で目を覚ます。

目を開けると布団の横で彼女が自分の顔を覗き込んでいる。

「どうかしたのか?ラフィ。」

何かあったのかと思って体を起こす。

「あの。。。さっき寝る前に真斗さん言っておられましたよね。」

「何を?」

「その。。。女の子が自分をプレゼントしたら喜ぶって。。。」

「あ?ああ、まぁ。」

「ですから真斗さんに私をプレゼントしようと思って。」

彼女の言葉に耳を疑う。

「意味わかって言ってるのか?」

「はい。私だってもう大人ですから。」

「いや、でも、もっと自分を大切にしないと。」

「真斗さんは、私の事が嫌いなんですか?」

彼女が少し目を伏せる。

「い、いや、好きだけど、あんまり急だから。。。。」

「ずっと真斗さんに何かお礼しないといけないと思ってたんです。だから。。。。。」

「いや、お礼なんかいらないし、そういうのは好きな人の為に取っとかないと。」

「好きでもない人にこんな事言いません。」

そう言って彼女が軽く微笑む。

「ラフィ。。。。ほんとにいいのか?」

「はい。」

彼女が軽くうなずいて目を閉じる。

彼女が勇気を出して伝えてくれた事に対して自分は応えなければならないだろう。

彼女の体を優しく引き寄せて自分の顔を近づけていく。


「は、は、くちゅん。」

しかし、途中で彼女がくしゃみをしようとして顔をそむける。

「あ、すみません。」

「いや、いいけど。」

改めてもう一度顔を近づける。

「くちゅん。」

再び彼女がくしゃみをする。

「あ、ごめんなさい。」

「大丈夫か?」

「はい。」

もう一度顔を近づける。


ドサッ

「あぃたたたた。」


何故か今度は遠くから何かが落ちる音と同時に彼女の声が聞こえてくる。

「ん?」

気がつくと何故かさっきまで目の前にいた彼女がベッドの傍らで腰を押さえながら立っている。

そして自分は布団の上でまくらを抱えている。

「ラフィ、いつの間にそこに。。。。変わり身の術か?」

「何わけのわからない事言ってるんですか?布団がベッドから落ちて寒かったので、引っ張り上げようとしてたら自分も落ちちゃったんです。」」

そこでようやく夢だった事に気づく。

寝る前にあんな話をしたせいかも知れないが、やはり欲求不満なのだろうか?

「真斗さん、なんか寝言言っておられましたよ。」

「な、なんて言ってた?」

変な事を言ってると困るのでドキリとする。

「いえ、何言ってるかはよく分からなかったんですが。」

「そ、そうか。」

そう聞いてホッとする。

彼女が布団をベッドの上に戻して横になる。

「また風邪ひくなよ。」

「はい。」


まあ、当たり前だよな。そう思いながら目を閉じる。

残念ながらその日夢の続きを見る事はなかった。


***


「ようやく見つけたぞ。」

暗闇の中、上空から黒い影がゆっくりと降りてくる。

しかし、闇夜に紛れてその姿に誰も気づかない。

「まだあれは見つかっていない様だな。もうしばらく監視させて貰うか。。。。」

男がそう言うと、男の姿は暗闇に消えていく。

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