第5話 やさしさに包まれたなら

「ふーん、あんたが天使ねえ。」

「はい。」

ラフィエスをじろじろ見ているのは姉の真紀だ。

「で、そのネックレスの先に付いてる石が天使の証しのラピスってやつね。ちょっと見せて貰える?」

「あっ、これはダメです。」

彼女が急いでラピスを隠す。

「あのぅ、ところでこの方はどなたですか?真斗さん。」

「ああ、ごめんごめん。自己紹介が遅れたわね。私は真斗の姉の真紀、よろしくね。」

「あ、お姉さんでしたか。よろしくお願いします。」

ラフィエスが頭を下げる。

「ところで、姉さん、今日はなんで帰って来たんだよ。めったに帰って来ないくせに。」

「なに?週末に自分の家に帰って来るのに理由がいるの?」

「いや、そういう訳じゃないけど。」

「本当の事を言うとラフィエスちゃんを見に帰って来たんだけどね。」

「私をですか?」

彼女が不思議そうな顔をする。

「ええ、面白い娘が居候してるからたまには帰って来たら?って母さんから電話があったのよ。」

「あ、なるほどね。」

「なんでそこで納得するんですか!」

ラフィエスをからかうのは面白い。

「しかし、あんたも物好きだね~。わざわざこの家に居候に来るなんてさ。」

「あ、いえ、落ちたのが偶然この家だっただけで。。。」

「しかし、真斗なんかのどこがいいんだか。」

「どういう意味だよ。」

「だって、勉強が出来る訳でもなし、かと言って運動が出来る訳でもなし、別段男前って訳でもなし、何の取り柄もないからね。」

「ひどい言い方だね、姉さん。」

「いえ、この家に居られたのが偶然真斗さんだったわけで別に真斗さんを選んだってわけでは。。。」

確かにその通りなのかも知れないがはっきり言われると結構落ち込む。

「でも、真斗さんだって良いとこありますよ。優しいですし。。。。」

だが、ラフィエスがちゃんとフォローをしてくれているので涙が出てきそうだ。

「優しいですし。。。。。。」

そう言ったまま彼女が考え込む。

「おい、それだけかよ。」

思わず突っ込んでしまう。

「で、あの物置き部屋が今はあんたの部屋になってるって訳ね。ちょっと見せて貰ってもいい?」

「はい。特に何もありませんけど。」

姉とラフィエスが一緒にもと物置きだった彼女の部屋に入っていく。

「確かに良く片付いてて、ほんとに何も無いわね。」

姉が彼女の部屋を覗きながら呆れている。

「居候ですし、私の世界に帰るまでのしばらくの間ですから。」

「それでもねぇ。あ、あれ私が昔使ってた鏡じゃない。懐かしいわね~。」

「すみません。お母さんがいいって言われたので。。。」

「あ~、別にいいのよ。後で私の部屋に来なさいよ。欲しい物あったら貸してあげるから。」

「ありがとうございます。」

どういう心境の変化なのだろう。今まで自分は姉からティッシュ一枚すら貸して貰った事が無いのに。

「姉さん、僕は姉さんが使ってた携帯プレイヤー貸して欲しいんだけど。もう新しいの持ってるんだからいらないだろ。」

「私はラフィエスちゃんにだけ言ったのよ。」

「チェッ!」

相変わらず姉は自分には厳しい。


「ご飯よ~。」

一階から母親が呼ぶ声が聞こえたので、みんなで台所に下りて行く。

姉が自分の隣の席に座ったので、今日はラフィエスが目の前に座っている。彼女が食べる時の嬉しそうな顔が見えるので、向かい合って食べるのも悪くない。

ちなみに今日は焼き肉らしく、テーブルの真ん中にホットプレートが置いてある。

「ねえ、母さん。最近やけに食事が豪華だけど、大丈夫なの?」

「今日はせっかく久しぶりにお姉ちゃんが帰って来てるんだもの、少しくらい贅沢してもいいでしょ。それに今月は父さんが海外出張で稼いでくれてるしね。ダメかしら?」

「全然いいです。」

ラフィエスが答える。

「そりゃ、ラフィは食べるだけだもんな。」

「ちゃんとお母様のお手伝いもしてますよ。」

「そうよね。いつも夕食の片付け手伝ってくれてるし、部屋のお掃除だってしてくれてるし、お風呂掃除だってしてくれてるもんね。それに較べて。。。」

母親がこちらを見る。

「なんだよ。」

「なんでもないわよ。」

「それより母さん早くお肉焼こうよ。ほら、ラフィだって待ちかねてるし。」

「そうね。」

話の矛先が自分の方を向いている様なので、話題を変える。


母親がホットプレートの上に牛肉を並べていく。

ジューという音と共にいい匂いがして来る。

「う~ん。いい匂いです。」

ラフィエスが鼻から大きく息を吸い込んでいる。

「牛肉なんか食べるの久しぶりだわ。」

「真紀ったら普段何食べてんのよ。ちゃんと仕送りしてあげてるでしょ。」

姉の不用意な発言を母親は聞き逃さない。

「あ、いや、ちゃんと食べてるよ。」

「ほんとにぃ~。」

母親が疑いの眼差しを姉に向ける。完全に話の矛先は自分から外れた。

「あ、母さん、そろそろ裏返さないとマズイよ。」

「あっ、そうね。」

姉も話を逸らすのは上手い。

「さあ、そろそろ焼けたわよ。好きにお皿に取ってってね。どんどん焼くからね。」

「は~い。」

「やった~。」

「うん。」

みんなで思い思いに焼けた肉を皿に取る。

「この前のすき焼きってのも良かったですけど、これも美味しいです。これならご飯何杯でも食べられそうです。」

ラフィエスがいつものようにかなりのスピードで食べていく。

「母さんから聞いてたけどほんとに良く食べるわね。」

姉が感心しながら見ている。

「ねえ、ラフィエスちゃん。ちょっと教えて欲しいんだけどいい?」

「はんでふか(なんですか)?」

彼女が口をいっぱいにしながら返事をする。

「いや、天使って普段なに食べてんのかなって思ってさ。」

そう言われてみたらそうだ。ラフィエスが天界では包丁なんか使わなくていいって言っていた。それに彼女も彼女の姉であるサフィエスも地上の食べ物の方が美味しいと言っていた。

「普段ですか?普段は雲です。」

「雲?雲ってただの水蒸気だろ。」

「ああ、雲って言ったらちょっと語弊がありますけど、雲みたいな物です。いろんな味の雲があって、それを組み合わせて食べるんですけど、地上の食べ物の方がずっと美味しいです。そもそも天界ではこんなにお腹空かないんですけど。」

「へ~。私も一回食べてみたいな。」

それは真斗も同感だ。

「多分食べた気がしないと思いますよ。」

「ほらほら、喋ってるとお肉焦げちゃってるわよ。」

「きゃー、もったいないです。」

ラフィエスが急いでお肉をお皿に取っていく。

「ラフィちゃん、ちゃんと野菜も食べてね。」

「はい。」


***


「ふぅ、あんたに釣られて久しぶりにお腹いっぱい食べたよ。」

姉が満足げな顔をしている。

「真紀、今日は泊まってくんでしょ?」

「うん、もちろんよ。」

「じゃあ、今日はお風呂、真紀から入る?」

「ラフィエスちゃん一緒に入ろうよ。」

姉が彼女をお風呂に誘っている。普通に誘えるところがはっきり言って羨ましい。

「あ、でも、私はお母さんの片付けのお手伝いをしないと。。。」

ラフィエスが母親の方を見る。

「今日はそんなにお皿無いからいいわよ。それに、お風呂入らないと服も髪の毛も焼き肉の匂いが染み付いちゃってるでしょ。」

「そうですね。」

ラフィエスが服の袖の匂いを嗅ぎながら答える。

「じゃあ、決まりね。」

「はい。」


夕食後しばらくして姉とラフィエスが一緒に脱衣所に入って行く。

覗いたりしたら姉に殺されかねないので、今日は覗きに行く気はさらさら無い。


しばらくして二人がお風呂場に入った様だ。


***


「へ~綺麗な身体してるわね。」

真斗の姉がまじまじと見ながら感心している。

「いえ、そんな事ないです。戦士ですから生傷が絶えないですし。」

「どこにそんな傷があるの?」

そう言われて自分の身体を見てみると、今はどこにも傷ひとつない。

「あ、地上に来てからは至って平和ですので全部治っちゃいました。」

「そう言う真斗さんのお姉さんも綺麗な身体だと思います。スタイルもいいですし。」

お世辞ではなく、本当にそう思う。

「真斗さんのお姉さんってのは回りくどいから、真紀でいいわよ。」

「それはさすがに。。。じゃあ、真紀さんでいいですか?」

「いいわよ。そうね、スタイルは母さん譲りかな。」

お母さんの身体を生で見た事はないが、服の上からでもそれはわかる。

「真斗さんもですけど、真紀さんも髪の色がお母さんと違うんですね。」

「ああ、みんなに言われるけど今は気にしてないわよ。たぶんラフィエスちゃんと真斗の子供なら、もうちょっと金色に近い髪になるんだろうね。」

「ばっ、馬鹿なこと言わないで下さい。」

自分の顔が真っ赤になっているのがわかる。

「冗談よ。しかし、そのラピスってのはお風呂入る時も外さないのね。」

「命の次に大切な物ですから。」

「それが無くなるとどうなるの?死んじゃわけじゃないでしょ。」

「死にはしませんけど、二度と天界には戻れなくなります。」

「天界に戻りたい?」

「それはもちろんです。こっちの世界の方が平和で、ご飯も美味しいですけど、生まれ育った所ですから。」

「そりゃそうよね。」

「そうです。」

「早く帰れるといいわね。」

「はい。」

「じゃあ、今日は私が背中流してあげるわ。天使の背中なんてそう滅多に流せないもんね。あ、そんな事もないか。」

「あ、いえ、そんなもったいないです。」

「いいからいいから、ほら、あっち向いて座って。」

彼女に両肩を押さえられて椅子に座らされる。

「先に頭も洗っといてあげるわね。」

「あ、どうもです。」

彼女が頭を洗ってくれる。人に頭を洗って貰うのは本当に気持ちいい。

「ほんとに綺麗な髪よね。リンスとかどれ使ってんの?」

「リンスって何ですか?」

「いや、わかんないんならいいけど。じゃあ、ついでにリンスもしといてあげる。いったんシャンプー流すわよ。」

彼女がラフィエスの頭の上からシャワーをかけてくれる。

「オーケー。やっぱ、短いと洗うの楽でいいわね、私も短くしようかなぁ。」

彼女が背中付近まで伸ばした髪を触りながらつぶやいている。

「そんな、もったいないです。綺麗な髪ですのに。」

「そうだよね。じゃあ、次はリンスしてあげるね。」

今度は自分が使った事のないボトルから液体を手に取って丁寧に髪に馴染ませていく。

「それがリンスですか?」

「ええ、そうよ。じゃあ、もう一回流すわよ。」

「はい。」

再び彼女が丁寧に髪を撫でながらシャワーをしてくれる。

「なんか髪がさらさらになった感じがします。」

自分の髪を触りながら感想を述べる。

「いいでしょ。」

「はい。」

「よし、次は背中流してあげるわね。」

「は、はぃ、は、は、くちゅん。」

少し身体が冷えたのかくしゃみが出てしまう。

「寒くなった?一回お湯に浸かって温まろうか。」

「あ、はい。」

二人で一緒にお湯に浸かる。自分の姉と一緒に入った時も思ったが、やはりこの湯舟に二人はきつい。

「今度は私が洗って差し上げます。」

「いいよいいよ、自分で洗うから。ラフィエスちゃんはゆっくり温まってなさいよ。」

そう言うと彼女が先にお風呂から出て頭を洗い始める。

お湯に浸かりながら、改めて彼女の方を見るがほんとにスタイルが良い。

彼女が頭と身体を洗い終わったので、入れ替わりでラフィエスが出る。さすがに申し訳ないので身体は自分で洗う事にさせて貰った。


***


真斗がリビングでテレビを見ているとラフィエスがお風呂から出て来る。お風呂上がりは普段より彼女が色っぽく見えるので、いつも楽しみだ。

「ふう、すっきりしました。」

「ラフィ、なんか今日はいつもより髪がつやつやしてないか。」

「お姉さんにリンスってのをして貰ったんですけど。」

「あ~、それでいい匂いもしてるんだな。」

「そうですか?」

彼女が自分の髪を鼻に持って来て匂いを確認している。

「ふぅ~、いいお湯だった。」

しばらくして姉もお風呂から出てくる。

「ラフィエスちゃん、今日は私の部屋で一緒に寝ようか。」

姉がラフィエスを自分の部屋に誘っている。

「あ。。。。でも。。。。」

彼女がこちらを見る。

「私と一緒に寝るのはイヤ?」

「いえ、別にそういう訳ではないんですが。。。」

「じゃあ、私の部屋にお布団持って来なさいよ。いろいろあんたの世界の事について教えて欲しいからさ。」

「それが。。。。」

再びラフィエスがこちらを見る。

「ん?なんで真斗の方を見る必要があるの?」

「それが、私の布団は真斗さんの部屋にあるので。。。」

「はぁ?」

「あ、いえ、私が真斗さんのベッドを使わして貰ってるだけで、一緒に寝てるって訳じゃありませんから。」

彼女が自分でフォローしている。

「それでも、危険過ぎるでしょ。じゃあ、真斗はどこで寝てるの?」

「僕が床で寝てるんだよ。どうしてもラフィがベッドで寝たいって言うからさ。」

「それでも、若い男女が同じ部屋で寝てるってのは危険過ぎるでしょ。」

「大丈夫です。ちゃんとベッドの周りに結界を張ってありますから。」

「こいつはそんなの平気で破ってくるわよ。」

「姉さんはいったい僕をなんだと思ってるんだよ。」

「年中欲求不満な弟。」

「なんだよ、それ。」

そうかも知れないが正面切って言われると腹が立つ。

「真斗さんは今まで一度も私に襲い掛かって来たりしてませんよ。あ、一回ありましたけど。。。。」

「それはラフィが試しに襲って来いって言ったからだろ!おかげで僕はひどい目にあったけどな。」

「まあ、ラフィエスちゃんがいいんなら私はいいんだけど、そん時はちゃんと避妊させなさいよ。」

「姉さん、言われなくたってそのくらいするよ。」

「ちゃんと使い方わかってる?」

「大丈夫だよ。」

「あのぅ、なんか論点がズレている気がするんですけど。。。。」

ラフィエスがぼそりとつぶやく。

「それはそうと、今日は私の部屋で寝るのはOKなのかな。今日は私が床で寝てあげるからラフィエスちゃんは私のベッドで寝てもいいわよ。言っとくけど真斗のより高級品だからね。」

「はい、是非お邪魔します。」

ラフィエスがふたつ返事でOKする。もしかしたら、ベッドと食べ物さえあれば彼女は誰にでも付いて行くのではないだろうか。


「じゃあ、真斗。今日は寂しく一人で寝てね。」

「はい、はい。」

今日は久しぶりにベッドで寝られる様だ。


***


「わぁ、確かに真斗さんのとは違いますね。」

ラフィエスがベッドに寝転んではしゃいでいる。

「真斗には内緒だけど、真斗のベッドの倍以上の値段してるからね。」

「今日からここで寝ていいですか?」

「それはダメ。今日だけ特別ね。」

「え~。」

そう言うと彼女が不満そうな顔をする。

「ベッドなら真斗の部屋にあるからいいでしょ。あ、それより欲しい物があったら貸してあげるって言うのは本当よ。何かある?」

「欲しい物ですかぁ?このベッドです。」

「いえ、これ以外でね。」

「これ以外ですか?」

彼女が部屋の中をキョロキョロ見回している。

「う~ん、特には無いですけど。。。。。あ、これって真斗さんとお姉さんですか?」

彼女が机の上に置いてあった写真立てに飾ってある写真を覗き込む。

「あ~、それ真斗が幼稚園の頃の写真だね。」

「へ~、真斗さんって小さい時こんなかったんですね。」

「おや、ラフィエスちゃんは真斗に興味あるの?」

「あっ、いえ、そういう訳では。。。。」

ラフィエスが真っ赤な顔をして慌ててうつむく。

「ふーん。」

「それより、何か私に聞きたい事があるんじゃないんですか?」

ラフィエスが話題を変えてくる。

「あ、そうそう。実は、私は大学で神話学ってのを専攻してるんだけど、参考にラフィエスちゃんの世界について教えて貰おうと思ってね。」

「私たちの世界について地上で話す事は禁止されています。そもそも、そんな世界がある事がこの世界の人に知られたら大変な事になります。」

「もちろん、ラフィエスちゃんから聞いた事をそのまま他の人に話たりなんかしないわよ。そんな事しても私が変人だと思われるだけだからね。どっちかって言うと私個人の興味の方が上かな。」

「絶対に誰にも話しませんか?」

彼女が顔を覗き込んでくる。

「それは約束するわよ。」


***


さて、久しぶりにベッドだ。隣の部屋の二人はまだ起きて何かを話しているみたいだ。どんな話をしているのかと思って壁に耳を当ててみるが内容まではわからない。ただ、時々笑い声が聞こえてくるので心配はなさそうだ。


部屋の電気を消してマットの上にうつ伏せに寝転がる。

シーツは自分の物だがそれでもマットから自分の物とは違う良い匂いがしてくる。ラフィエスの匂いだ。

鼻から大きく息を吸って匂いを嗅いでみたりしてみたが、なんだか変態みたいなのでやめて仰向けになる。

今は片側が壁でもう片側が机なので結構圧迫感がある。最近は彼女もベッドから落ちなくなったので、そろそろ元に戻してもいいかも知れない。少なくともこのフェンスはもういらないだろう。


時々隣から聞こえてくる笑い声が気になっていたが、いつの間にか眠りにつく。


「うぎゃあ~!!」

「な、なんだ?」


夜中に突然聞こえて来た姉の悲鳴で目が覚める。

おそらくラフィエスがベッドから姉の上に落ちたのだろう。

そう思いながら再び眠りに着く。


***


「おはようございます。」

二人とも遅くまで話をしていたからか、自分より遅く起きて来た。

「アィタタタタ、昨日の夜は酷い目に遭ったわ。」

姉が腰を押さえながら階段を下りてくる。

「すみません。いつもと壁の位置が逆だったので落っこちたみたいです。」

「まあ、わざとじゃないんだから仕方ないけどね。」

「私が治癒魔法が使えたらいいんですけど。」

「いいよいいよ、後で母さんに治して貰うから。」

そう、母親の『痛いの痛いの飛んでけ』は抜群の効果なのだ。従って我が家では大きな病気以外では医者にお世話になった事はない。

「あら、どうしたの?真紀。」

腰を押さえながら歩く姉に母親が尋ねる。

「いや、腰をぶつけちゃって。母さん後で診てくれる?」

「いいわよ。」


「ところでラフィエスちゃん、今日って何か予定ある?」

姉がラフィエスに尋ねる。

「いえ、私は別にこれと言って。。。」

「じゃあ、一緒に遊園地行こうか、そこの商店街の福引で当たったチケットの有効期限が今日まででさぁ~。あんまり天気は良くなさそうだけど、たぶん雨は降らないだろうからさ。」

「え、遊園地ですか?私、遊園地って行ったこと無いので行ってみたいです。」

彼女が身を乗り出して食いついてくる。

「僕は?」

「何でわざわざあんたを連れて行かなきゃなんないのよ。これはペアチケットだからタダなのは二人までだしね。」

「どこの遊園地だよ。」

「そこのよ。真斗は何度も行った事あるでしょ。」

「ああ、まあね。」

確かに小学校の遠足でも何回か行ったし、小さい頃は両親にも時々連れて行って貰っていたので、依頼があればガイドが出来そうなくらいだ。従ってこの歳になって敢えて行く様な所でもない。

ただ、彼女と一緒というのなら話は別だ。


その時、どこからか音楽が聞こえてくる。

「あ、私の電話だわ。」

姉がポケットからスマートフォンを取り出す。

「あれ?大学の友達からだ。なんだろ?」

そう言いながら姉が電話に出る。

「・・・・・・・・え?マジ?今日だったっけ?」

電話していた姉の表情が変わる。

「わかった、行く行く。」

そう言って電話を切る。

「どうしたんですか?」

「ごめん、私行けなくなっちゃった。今日大学のサークルあるの忘れててさ、今すぐ行かなきゃならないのよ。」

「え~、そうなんですかぁ?」

ラフィエスが残念そうにしている。

「仕方ない。真斗、あんたにチケットあげるからラフィエスちゃんと一緒に行って来なさいよ。」

「え、ほんとに?」

「捨てるのもったいないからね。ちゃんとラフィエスちゃんのエスコートするのよ。」

「わかったよ。」

ペアチケットを一枚財布から差し出すと姉は急いで玄関に向かう。

「真紀、腰の方はいいの?」

後ろから母親が姉に声をかける。

「あ~、たぶん大丈夫。」

「朝ごはんは?」

「途中で何か買って食べるから要らない。」

「ちゃんとした物買って食べなさいよ。」

「わかってるって。」

「たまには帰って来なさいよ。」

「あ~もう、わかったわかった。」

そう言って姉が玄関を出ていく。

「もう。」

姉を見送る母親の顔が少しムッとしている。


一方の真斗とラフィエスはしっかり朝食を戴いてから遊園地に向かう。


***


「へ~、ここが遊園地ってとこですか。」

「ああ、ここはちっちゃいとこだけどな。しかし、よく潰れないでやってるよな。」

入り口でチケットを渡して一日乗り物フリーパスを貰う。

今日が商店街チケットの最終日だったからなのか同じチケットを持った客が思ったより人が多い。

「今日はどれも乗り放題だぞ。どれから乗る?」

「どんな乗り物があるんですか?」

「この遊園地で言ったらメインはジェットコースターと観覧車、メリーゴーランドにゴーカートとかかなぁ。」

「ここにあるの全部乗ってみたいです。」

「多少の待ち時間もあるから、さすがに全部は無理だと思うぞ。」

「じゃあ、どれがお勧めですか?」

「まずは定番のジェットコースターから乗ってみるか。」

「はい。」

彼女と一緒にジェットコースター乗り場まで行く。

「これがジェットコースターですか?」

他の客が悲鳴を上げながら乗っている乗り物を彼女が下から眺めながら尋ねる。

「ああ。ラフィは速いの大丈夫か?」

「ええ、でも地上に落ちてくる時のスピードにはさすがに絶えられませんでした。」

「いや、そこまではスピード出ないと思うけど。じゃあ、並ぼうか。」

二人で列の最後尾に並ぶ。

しばらくして順番が来たので、並んでジェットコースターの座席に座る。運良く一番前の席だ。

カタカタと台車が音を立てながら上に登って行く。

「なんかわくわくします。」

「もうすぐ落ちるぞ。」

「ひっ!」

台車が下り始めると思わず彼女が声を上げる。横を見ると顔が引きつっている。

実はここのジェットコースターはスピードより老朽感の方が怖い。もちろん整備はしてあるのだろうが、時々ガタガタと大きく揺れるので、レールから外れたりしないかとそればかり心配になる。

当たり前と言えば当たり前だが、無事に一周して元の場所まで戻ってくる。

「どうだった?」

「た、楽しかったです。真斗さんはどうでしたか?」

彼女の声がうわずっている。

「あ、ああ、楽しかったぞ。」

実は大きくなって乗ってみると細かい不備が気になって余計恐かった。


「次はおとなしく観覧車にしよう。」

今度は二人で観覧車に乗る。

「これはゆっくりでいいですね。」

徐々にカゴが上がって行くと重い雲の下に広がる街が見えてくる。この時期にしては珍しく遠くの方で雷が鳴っているらしく遠くの雲が時々光っている。

「これが真斗さんの住む街なんですね。」

「天界から地上って見えないのか?」

「天界と地上との間に結界があるので、直接地上は見えないんです。ネットでなら見えますけどね。」

「そうなんだ。」

「あ、あの辺が真斗さんの家ですよね。」

ラフィエスが窓の外を指差す。

「ああ、そうだな。」

もちろん家が見えるわけではなくマンションとか周囲の大きな建物から大体の見当がつくだけだ。

「あ、もう終わりですか?」

頂上を過ぎて降り始めたので、彼女が残念そうにつぶやく。

「小さいから仕方ないよ。ところで、次はどれにする?」

上から地上に見える遊具を一緒に眺めながら彼女に尋ねる。

「あのコーヒーカップみたいなやつに乗ってみたいです。」

「いいぞ。」

観覧車から降りて、次は二人でコーヒーカップ形の遊具に乗る。


「可愛い乗り物ですね。」

「見た目はな。」

しばらくするとブザーが鳴って音楽と共に遊具が回り始める。

「真ん中にあるこのハンドルは何ですか?」

「そのハンドルで回るスピードが変わるんだよ。」

「では、一番速くしてみましょうか。」

「大丈夫か?」

「きっと大丈夫です。」

そう言いながら彼女が一番速い回転数までもっていく。

子供向けなので大した事はないのだが、次第に彼女の表情が曇って行く。

「まだ止まらないんですか?」

「もうちょっとだろ。」

彼女の顔が青くなったところでようやく止まる。


「なんか気持ち悪いです。」

ラフィエスが乗り物からふらつきながら降りてくる。

「さっきの乗り物に酔ったみたいだな。向こう見えたベンチでちょっと休むか?」

「はい。」

大きな噴水の近くにあるベンチに彼女を寝かせて膝枕をしてやる。ほんとは彼女に膝枕して欲しいのだが今は仕方ない。噴水と言っても水が出てるのは夏場だけで、今の時期は少し水が溜まっているだけだ。従って、他に人もおらずとても静かだ。

「どうだ?具合は。」

「横になってるとだいぶん楽です。」

「そうか。。。」

少し頭を下げるだけでキスが出来そうなくらいの位置に彼女の顔がある。

「すみません、真斗さん。私が全部乗りたいって言ってたのに。。。。。」

「いいよ別に。僕は何度も来たことあるしさ。」

「真斗さんって、やっぱり優しいですね。」

「まぁな。」

「真斗さん。。。。」

彼女が自分の名前を呼んでくれる。いやが上にも期待が高まってくる。

「お腹空きました。」

「は?」

「その、まだ気持ち悪いんですけど、お腹空きました。」

「あ、ああ、そうか。」

座った体勢のまま辺りを見回す。すると少し離れた所に売店があるのが見える。

「体起こせるか?」

「はい。」

彼女がゆっくり体を起こす。

「アイスでも買って来てやるよ。冷たい物食べたら気持ち悪いのも治まるだろうし、お腹も満足すると思うからさ。」

「はい、じゃあ、ここで待ってます。」

彼女をベンチに残して売店にアイスを買いに行く。


***


「ねえ彼女、ひとり?」

「あ、あの。。。」


こういう場合のお約束と言えばお約束すぎて涙がでそうなのだが、アイスを買って戻って来てみると彼女が数人のガラの悪そうな男に囲まれている。さて、困った。まともに相手して勝てるとは思えないし、素直に見逃して貰えそうにもない。何か作戦が必要だ。

「あ、真斗さん。」

彼女がこちらに気付いて声をかけてくる。

「おや、彼氏のおでましか?」

男たちが一斉にこちらを向く。

もう少し時間が欲しかったのだが仕方ない。こうなったら一か八かだ。

運良くと言えば運良く他に人影は無い。

「彼女に何か用か?」

「暇そうだったからちょっと遊んで貰おうと思ってよ!」

「このままじゃ彼女のアイス溶けそうだから待ってくれ。」

男たちの間を抜けてラフィエスの所まで行く。

そして、彼女にアイスを2つ渡しながら耳元でささやく。

「ラフィ、雷魔法使えるか?」

「はい、もちろん。」

「じゃあ、僕が水に入るから頼んだらやってくれ。」

「いいんですか?」

「ああ、頼む。でも、加減しろよ。」

「はい。」

彼女がうなずく。

「なんだ?逃げる相談か?」

「逃げたって追いかけて来るだろ。逃げたりしないよ。」

「カッコつけやがって。」

男たちが真斗を取り囲む。

「真斗さん!」

彼女が心配そうにこちらを見る。

真斗がうなずくと彼女もうなずく。

おもむろに靴と靴下を脱いで裸足になる。

「なんのつもりだ?」

「こうするつもりだよ。」

そう言って後ろにある噴水の水の中に入る。

水の中と言っても今は数センチ程度の水が溜まっているだけだ。

「ほーら、僕が相手してやるからこっち来いよ。それとも濡れるのが嫌だから来ないかな?」

「馬鹿にしやがって!」

男たちが靴のまま水の中に入ってくる。

男たちをからかいながら全員を水の中に誘い込む。

全員が水に足を浸けたのを確認して真ん中にある噴水の台に飛び乗る。

「ラフィ、今だ!」

「はい!」

ラフィエスが手を水に浸けて雷魔法を唱える。


バリバリバリバリ


「うぎゃああ~。」


雷撃が水に入っている全員を襲い、男たちが一斉に倒れる。

「やったみたいだな。」

「はい。」

倒れた男たちをそのままにしておくわけにもいかないので、水の中から運び出して芝生の上に寝かせる。

「大丈夫だよな、こいつら。」

「ええ、気絶してるだけです。」

「じゃあ、忘却魔法掛けといてくれ。ただし、ここ数十分ほどの分だけな。」

「自信ありませんけど。。。。。」

「いいよ、少しくらい失敗しても。」

「では。」

ラフィエスが頭の上に手をかざす。

「ちょっと待て!何で僕の頭の上なんだよ。」

「違うんですか?」

「こいつらに掛けるんだよ。僕らに会った事を忘れる様にな。魔法の練習にもなるだろ。」

「あ、なるほど、そう言う意味だったんですね。どうりでおかしいと思いました。」

「まったく。。。。」

ラフィエスが一人一人に忘却魔法を掛けていく。

天使は失敗を恐れていては進歩出来ないのだ。もちろん、他人事だからそう言えるのだが。

「終わりました。」

「で、僕のアイスは?」

「食べちゃいました。だって、溶けちゃいそうでしたから。」

「あ、そう。」


このまま遊園地に留まっていて面倒な事に巻き込まれても困るし、今にも雨が降って来そうな空模様なので、売店の店員に人が倒れている事を伝えてそのまま家に帰る。


***


「あ、真斗さん。今日行った遊園地が映ってますよ。」

夕方テレビを見ていたラフィエスが叫ぶ。今の時間は地方ニュースをやっている様だ。

「あ、この人たち。。。」

今日真斗たちに絡んできた男たちがテレビでインタビューを受けている。ニュースの中では噴水の所で遊んでいたら雷が落ちて感電したみたいだという話になった様だ。

「ラフィの忘却魔法も成功だったみたいだな。」

「はい。」

彼女が嬉しそうに返事をする。

「どういう事なの?」

母親が怪訝な表情で尋ねてくる。

「あ、いや、別に。。。。」

「真斗さん、すごくカッコよかったんですよ。」

ラフィエスが嬉しそうに一部始終を母親に説明する。

「はぁ~。。。そう。。。でも、もう絶対に人間に対して魔法を使っちゃダメよ。」

「どうしてですか?」

「今回はうまく行ったかも知れないけど、もし誰かに見られたら大変な事になるからね。」

「あ、はい。。。。わかりました。。。。」

ラフィエスが神妙な顔で返事をする。

「真斗も、今回はラフィちゃんを守る為に仕方なかったのかも知れないけど、もう彼女に魔法を使わせちゃダメよ。」

「うん。」

確かに母親の言うとおりだ。もし、魔法が使える少女がいるという事がバレたら地方ニュースどころでは済まないだろう。ましてや、それが天使だって事がバレたら大騒ぎになる。


***


夜になるといつものようにラフィエスが部屋にやって来てベッドの端に座る。

「怒られちゃいましたね。」

「ごめん。僕がもっと別の方法を思いつけば良かったんだけど。」

「特に取り柄のない真斗さんが私を守るには仕方なかったんですもんね。」

「なんかトゲのある言い方だな。」

「でも、あの時の真斗さんはほんとにカッコ良かったですよ。」

「そうか?」

「はい。」

まあ、彼女の中での自分の株を上げるには良かった様だ。

「僕も魔法が使えたらいいのになぁ。呪文教えてもらったら僕も使えたりしないのか?」

「それは無理だと聞いてますよ。魔法を使うにはその為の素性が備わっている必要があるんですけど、神様は人間には素性を与えられなかったらしいんです。」

「なんでなんだ?」

「それは私も教えて貰ってないのでわかりません。でも、代わりにエンターテイメントを創り出す素性を与えられたらしいですよ。特に日本人がその素性を多く持っているらしいです。」

「なんかどっかで聞いた様な話だな。」

「とにかく人間である真斗さんが魔法を使うのは無理だって事です。」

「そうか。。。。」

もしかしたらなんて淡い期待抱いていたので残念だ。

「出来れば他のもいろいろ乗ってみたかったです。」

「また今度連れてってやるよ。」

「約束ですよ。」

「ああ。」

だから、それまで帰るなと言いたかったが、そのまま言葉を飲み込む。

「やっぱりちょっと違いますね。」

ベッドの上に寝転がった彼女がつぶやく。

「何が?」

「いえ、ベッドが。。。」

「返してくれてもいいぞ。」

「あ、もう慣れましたので、このベッドが一番です。」

「ところで、そのフェンスはもう外しちゃわないか?邪魔だからさ。もう無くても大丈夫だろ。」

「そうですね。。。。」

彼女の同意が得られたので、フェンス代わりに使っていたベビーベッドを外す。

「また必要になるまで物置に置いておこうか?」

「いえ、もう捨てていただいても大丈夫です。」

「いや、ラフィがお母さんになった時に使うかも知れないだろ?」

「え?????。な、なんて事言うんですか!絶対にありませんから。」

彼女はしばらくして意味に気づいた様で、顔を真っ赤にして怒る。

とにかく、彼女が何と言おうとしばらく取っておこう。


「それより、昨日の夜は遅くまで話してたみたいだけど、何を姉さんと話してたんだ?」

「私の世界の事をいろいろ聞かれましたけど、あんまり詳しくは話せませんから、だいたいは他愛もない話ですよ。」

「そうか。」

「ふわぁ、昨日遅かったので、もう眠くなってきました。」

「じゃあ、今日はもう寝るか。」

「はい。」

電気を消してお互い横になる。するとすぐに彼女の寝息が聞こえてくる。


***


くちゅん


夜中にラフィエスのくしゃみで目が覚める。

外は強い雨が降っている様だ。雨が屋根を叩く音が聞こえてくる。

眠い体を起こしてみると掛け布団がベッドから落ちているのが見える。彼女は体ひとつで寝ている様だ。そう言う意味ではやはりフェンスはあった方が良いのかも知れない。

布団から出てベッドの傍まで行き、落ちていた掛け布団を抱える。そして自分の手が結界に触れない様に注意しながら彼女の上に掛け布団を掛けた後、自分の布団に戻る。


明日からまた学校が始まる。

彼女もだいぶん地上での生活に慣れた様だ。

このままずっとここに居てくれたらいいのに、そう思いながら目を閉じる。

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