第4話 お酒は二十歳になってから
「やっと見つけたわよ。」
朝、家を出た真斗とラフィエスを上空から見つめる一つの影がある。
「真斗さん、もうちょっとゆっくり歩いてくださいよ。」
「ゆっくりって言ったって、早く行かないと遅刻するだろ。」
小走りで急ぐ真斗の後をラフィエスが追いかけてくる。
「それはそうですけど、さっき食べたばかりですから走るとお腹が痛くなりそうで。。。」
「ラフィがもうちょっと早く起きたらいいんだろ。せっかく早く起こしてるんだから。」
「だって、あまりにベッドが気持ちいいですから。」
「あんまりこれが続く様だったらベッド返して貰うからな。」
そう言うと彼女の顔色が変わる。
「わかりました。あと5分早く起きます。」
「5分だけかよ。まあ、いいけどちゃんと約束守れよ。」
「はい、ベッドに誓って約束は守ります。」
「約束だぞ。」
真斗がそう言った瞬間、突如周りの世界が凍りついた様に白銀に塗りつぶされていく。
「おい、ラフィ、これは。。。。」
「これは氷結界。もしかして。。。。」
「やっと見つけたわよ、ラフィ。あれから携帯繋がらないんだから苦労したわ。」
頭の上から女性の声がしたと思うと、甲冑をまとった一人の女性が空から降りてくる。
ポニーテールにした銀色の髪にラフィエスと同じ青い瞳、そしてラフィエスと良く似た顔つきをしている。ただ、甲冑のデザインはラフィエスとは違って露出度は少し控えめだ。
「姉さん!」
ラフィエスがその女性をそう呼ぶ。確かに彼女には二人の姉がいると言っていた。
「姉さん?」
「ええ、私より4つ年上のサフィエス姉さんです。」
「こらラフィ、わざわざ歳なんか言わなくてもいいでしょ。」
「あ、ごめんなさい。」
「それより、あんた何でここに居られるわけ?」
その女性がこちらを見ながら怪訝な表情を見せる。
「そういえば。。。。」
「どういう意味だよ。」
「私たちが作った結界の中には人間は存在できないはずなんです。なのに何で真斗さんはここに居るんですか?」
「そんなの僕が知るわけないだろ。」
「まあ、いいや。で、こいつがあんたの下僕ってわけね。」
サフィエスとやらが自分の周りを回りながらジロジロ見てくる。
「あ、いえ、真斗さんは下僕ってわけじゃ。。。。」
「ふーん。でも、こいつに特別な感情を持っちゃだめよ。」
「わかってます。」
今度はラフィエスの顔を覗き込んでいる。
「ところで、ソフィエス姉さんは?」
「姉さんはあんたの尻拭いしてるわ。あんたがここに落ちて来る時にあんたのラピスがあんたを守る為に天界と人間界の間にある結界を一瞬破ったのよ。それが人間界に影響を及ぼしたって大騒ぎになってるのよ。」
「それって、もしかしてあれか?ラフィが落ちて来る前に発生した大停電。政府の発表じゃ突然発生した巨大なフレアによる太陽風の影響だって言ってたけど。」
「そりゃ本当の事言ったら大騒ぎになるからね。地上に降りた私たちの仲間が政府の中にもいるから、そういう事にするよう働きかけて貰ったのよ。」
そういう事だったのか、どうりで大きなニュースにならなかったわけだ。
「そういや20年程前にも同じ様な事があったって聞いたけど、その時も誰か落ちて来たって事か?」
「あ~、それは私もよくは知らないんだけど、上級天使が落ちたって聞いてるわよ。でも、帰って来てないから今頃生きてるかどうかもわかんないらしいけど。。。。」
「なんで帰って来なかったんだ?」
「そんなの私が知るわけないでしょ。でもあんな優秀な天使が帰って来れなかったはずがないって伝説になってるわよ。まあ、帰れなくなる理由が無いわけではないんだけどね。。。。おっと、ちょっと喋り過ぎちゃたわね。あんた今の話を他の人に話したら命ないと思いなさいね。」
サフィエスとやらがこちらをにらむ。
「どうせ誰も信じてくれないから話したりしないよ。」
「それが賢明ね。で、どうなのよ、ラフィ!」
「どうなのって、何が?????」
「ラピスの事に決まってるじゃない。少しはエネルギー貯まったの?」
「それがまだほんの少しだけで。。。。」
「どれ、ちょっと見せてみなさいよ。」
「あっ、ダメっ!」
ラフィエスが言うより早くサフィエスが彼女が身につけている石を覗き込む。
「確かにまだまだね。あんた何かこいつに遠慮してんじゃない?」
「そんな事は。。。。」
ラフィエスの声がだんだん小さくなっていく。
「おい、どういう事か説明しろよ。」
「あんたは知る必要ないのよ。とにかくラフィに協力しなさいよ。」
「何も教えて貰わずに協力しろと言われても何をしたらいいのかわからないだろ。」
「あんたは今のままでいいのよ。」
「はぁ?」
何がなんだかわからない。
「あ、それよりラフィにいい物持って来たわよ。」
「いい物?」
サフィエスが胸の谷間に手を入れて何かを取り出す。
「ここに来る時何も持って来てないでしょ。ほら、携帯の充電器。ごめんね、持ち出し検査が厳しくてこれを持ちだすのが限界だったのよ。」
「ありがとう。これで時々姉さんたちに相談出来るのね。」
「相談するのはいいけど、かかった電話代は全部あんたの給料から天引きだからね。」
さっきまで嬉しそうにしていた彼女の顔が曇る。
「えっ?それじゃ私のお給料なくなっちゃいます。そうでなくても薄給なのに。。。。」
いちおうラフィエス達も給料は貰っているらしい。
「ここにいる間は生活費要らないでしょ。」
「それはそうだけど。。。。」
「おい。黙って聞いてたら好きな事言ってるな。ウチだってホントは食費くらい払って欲しいくらいなんだからな。」
「なに、あんたらが私たちからお金取ろうっての?」
「別に余分に払えって言ってるんじゃないだろ。必要経費だけだよ。」
「じゃあ、ラフィの貯金から引いて払おうか?」
「姉さん、それはあんまりじゃ。。。。」
「わかったよ。いいよ、ラフィ一人分くらい。」
「じゃあ、そういう事で。」
ラフィエスがだんだんいたたまれなくなって来たので、この話しはそこまでにする。
「で、今日は何の用でここに来たんだ?ラフィに充電器渡す為だけじゃないだろ。」
「まぁね、あんたを見に来たってのもあるけどね。」
「僕を?」
「ラフィが間違った相手を選んじゃうとマズい事になるからね。」
「で、どうなんだ僕は?」
「まぁ、とりあえずは合格ってとこかな。今の所はね。」
どういう基準での判断かわからないが合格点を貰えた様だ。
「さてと。。。。」
「姉さん、もう帰るの?」
ラフィエスが心細そうに姉の方を見る。
「バカねぇ、せっかく来たんだからすぐには帰らないわよ。なかなか簡単には地上に降りる許可なんて貰えないもの。あ、そう言う意味ではあんたに感謝しなくちゃね。」
そう話しているサフィエスの話を聞いていて疑問に思った事があるので聞いてみる事にする。
「なぁ、いっこ聞いていいか?」
「いいわよ。」
「あんたが帰れるんなら、天界に帰ってラフィのラピスにエネルギーを入れて戻って来てやれば良いんじゃないのか?」
「それは残念ながら出来ないのよね。ラピスにエネルギーを貯められるのは、ラピスの本来の持ち主がラピスを身につけてる時だけだからね。」
「そうか。。。。」
「とにかくラフィが自分でエネルギーを貯めるしかないのよ。さてと、もうこの結界を解除するわよ。おっとその前に着替えしとかないとね。」
「着替え?」
「この格好で地上をうろうろするわけにいかないでしょ。」
「確かに。。。。」
そう言いながらラフィエスの方を見ると彼女がバッと顔を向こうに向ける。
「ん、どうかしたの?ラフィ。」
「いえ、何でもないです。」
「あ、そう。じゃあ、メタモルフォーゼ!」
サフィエスがそう叫びながら一回転する。
すると彼女の体の周りを何か虹の様なものが取り囲む。
「見ちゃダメです!」
その瞬間、後ろからラフィエスに両手で目を押さえられる。
指の隙間から一瞬裸になっていたのが見えたので、彼女がダメと言うのもわかる。しかし、残念ながら肝心な所は指に隠れて見えなかった。
「姉さん、あまりに無防備じゃ。」
「ゴメンゴメン、一瞬裸になるの忘れてたわ。」
そんな二人の会話が聞こえてしばらくすると、彼女の手が目から離れる。
前を見ると白衣を来た黒髪の女性が目の前に立っている。
瞳の色も黒に変わっているがサフィエスの様だ。
「あんた見てないでしょうね。」
「ラフィのおかげで見えなかったから、もう一回やって貰ってもいいか?今度はちゃんと見るからさ。」
「ねえ、ラフィ。こいつ殴ってもいい?」
「どうぞ。」
ラフィエスの許可が出てしまったので、サフィエスから少し間を取る。
「それより、なんだよその格好は、コスプレか?」
「失礼ね。これからあんたらと一緒に学校に行くんだから保健の先生に決まってるでしょ。今日から一週間保健の先生としてあんたらの様子を見させて貰うからね。」
「学校って。。。。あっ!」
その時、重要な事を思い出す。
「なによ、急に大きな声出すからびっくりしたじゃないのよ。」
「いや、さっきから何分経った?もう遅刻だぞ!」
急いでスマホの画面を見る。
「安心しなさいよ。この結界の中にいる間は地上とは別の時間軸上にいるから。」
「あ、そういう設定なのね。」
「ラフィもこんなの出来るのか?」
「私はまだこの結界魔法は使えません。。。。」
「結界魔法はレベル1以上にならないと使えないのよ。」
「ラフィは今レベルいくつなんだ?」
「マ。。。ゴ」
ラフィエスが小さい声で答える。
「え?孫?」
「マィ。。ゴ」
「なんだって?迷子?」
「もう、まだ私はマイナス5です。恥ずかしいんだから何度も言わせないで下さい。」
ラフィエスが真っ赤な顔で怒っている。
「あ、悪い。。。。」
「ねえ、ラフィ。あんた大丈夫なの?こいつにもて遊ばれている様にしか見えないんだけど。」
「大丈夫です。」
「本当なの?とにかく、結界を解除するわよ。」
サフィエスがそう言うと辺りがいつもの風景に変わる。ただ、目の前にいるコスプレ姿の彼女を除けば。。。。
「コスプレじゃないって言ってるでしょ。」
「なんで僕が思った事がわかったんだよ。」
「あんたの目がそう言ってたのよ。」
サフィエスが勝手に怒っている。
「もう、調子狂うなぁ。ラフィ、あんた選ぶ相手間違えたんじゃない?」
「時々そう思ってます。」
「さっき合格って言ったけど、やっぱり変えた方が良いと思うけど。」
「いいんです。」
「まあ、あんたがいいんならいいけどね。じゃあ、私は保健室にいるから怪我したらいつでもいらっしゃいね。怪我なんか治癒魔法であっという間よ。」
「おい、それはマズいだろ。」
「あんたらにしか使わないわよ。」
「とにかく急いで学校に行くぞ。」
コスプレ姿のサフィエスは放っておいて急いで学校に向かう。
「コスプレじゃないって言ってるでしょ。」
背中からサフィエスの怒鳴り声が聞こえてくるが、相手している時間はない。
学校に着いて教室に入るとクラスの男子が騒いでいる。
「おい、聞いたか、今日から一週間新しい保健の先生が来るらしいぞ。」
「俺さっき見たぞ、若くてめちゃくちゃ美人だったぞ。」
「前のおばちゃん先生はどうしたんだ?」
「それがぎっくり腰で寝込んでるらしい。何もしてないのに、昨日の夜、急にぎっくり腰になったんだって。」
「姉さんたちの仕業ね。目的の為には手段は選ばないから。」
横でラフィエスがつぶやく。
保健の先生には申し訳ないがそういう事らしい。
「お前ら本当に天使なのかよ。」
「私たちは神様を守るのが仕事で、人間を守るのが仕事ってわけじゃないですからね。」
なるほど、納得した。
***
「はぁ、今日は疲れたわよ。まったく何でみんなあんなに怪我して来るのよ。しかもほとんど男ばっかり。。。全然学校の中見てまわれなかったじゃないのよ。」
放課後、ラフィエスと一緒に保健室に行ってみるとサフィエスがぐったりしている。
「ラフィ、ちょっと肩揉んで。」
「うん。」
ラフィエスがサフィエスの肩を揉む。
「人間相手って面倒よね。治癒魔法とか使えないんだもの。」
「ところで姉さん、今日から一週間どこに泊まるの?」
「もちろん、あんたの部屋に決まってるでしょ。」
「え?でも、お布団とか無いし。。。」
ラフィエスが困った顔をしてこちらを見る。
「冗談よ。ちゃんとホテル取ってあるから心配しないで。でも、今日はちょっと寄らせて貰うわね。」
「おい、こら。勝手に決めるなよ。」
「あら、妹がどんな扱いを受けてるか姉として確認するのが何か変かしら?」
「姉さん、私は普通にして貰ってるから。」
「じゃあ、行っても問題ないでしょ。ご飯とお風呂だけ戴いたらさっさとホテルに帰るからさ。」
「なんでご飯とお風呂戴いてからなんだよ。」
「1回くらい良いじゃない。」
「2回目からはお金払って貰うからな。」
「人間って結構ケチなのね。」
白衣からスーツに気替えたサフィエスと一緒に自分の家に帰る。
今回の気替えはカーテン越しだったので残念ながらシルエットしか見えなかった。
***
「ただいま~」
「おかえりなさい。あら、そちらの方は?」
後ろに立っているスーツ姿のサフィエスを見て母親が尋ねる。
「初めまして、お母様。わたくし真斗君の新しい担任です。実は息子さんの成績についてご相談がありまして。」
「え、そんなに悪いんですか?」
急に母親の顔色が変わる。
「ええ、このままでは進級出来ないかも知れません。」
「おい、ちょっと待て!」
「真斗、先生に向かって『おい』は無いでしょ!」
母親に厳しい口調で怒られる。
「いえ、違うんです、お母さん。これは私の姉なんです。」
ラフィエスがフォローに入ってくれる。
「お姉さん?」
「ええ。。。」
「失礼しました。ラフィの姉のサフィエスです。」
「と言うことはあなたも天使なのね。」
「はい。」
サフィエスを見る母親の表情が少し変わる。
「母さん、今日一緒に夕飯食べたいって言ってるんだけど、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。今日はカレーだし、ラフィちゃんの為にご飯もたくさん炊いてあるからね。とにかくここじゃ何だから上がって貰ってちょうだい。」
そう言うと母親が台所に戻っていく。
「いいってよ。」
「では、お邪魔するわね。」
「姉さん、こっちです。」
ラフィエスが自分の姉を加神家のリビングに案内する。
「ふーん、結構いい家じゃない。」
サフィエスがリビングの中を見回しながらつぶやく。
「そりゃどうも。」
リビングに入ってしばらくして台所からカレーの良い匂いが漂って来る。
「ねえ、ラフィ。今のうちにあんたの部屋を見たいんだけど、案内してくれる?」
「あっ、うん。」
「あんたも一緒にね。」
「わかったよ。」
自分も一緒に付いて二階に上がる。
「思ったよりちゃんとした部屋じゃない。何もないけど。」
サフィエスからありがたいコメントをいただく。
「それは、まぁ、ぼちぼちと。。。。」
「そう言えば、お布団がないわね。あんたどこで寝てんの?」
サフィエスが勝手に押入れを開けて中を覗き込みながら尋ねる。
「あ。。。。。えっと。。。。」
ラフィエスがしまったという顔をしてこちらを見る。
「まさか布団も無しに床に寝かされてるってわけじゃないわよね。」
「違います。ちゃんとあります。」
「どこにあるのよ。」
「それは真斗さんの部屋。。。。。。」
「はぁ~?まさか一緒に寝てるってわけじゃないわよね。」
「ち、ち、違います。私がベッドで、真斗さんが床です。それにちゃんとベッドに結界を仕掛けて寝てますから大丈夫です。」
ラフィエスが慌てて自分でフォローする。
「ははぁ、なるほど。あんたがベッドにこだわった訳ね。」
「う。。。ん。」
ラフィエスが小さく頷く。
「まあ、いいや。あんた、もしラフィに手を出したら明日の太陽は拝めないと思いなさいね。」
サフィエスが氷の様な冷たい目でこちらを見る。
「明日は無理でも明後日から拝めたら問題ないけど。」
「明後日も無理に決まってるでしょ。」
「じゃあ、明々後日は?」
「明日からずっとに決まってるでしょ!今すぐその減らず口叩けない様にしてあげましょうか!」
「わかったよ。」
あんまり怒らすのはマズいので適当にしておく。
「じゃあ、ついでにあんたの部屋も見せておいて貰おうかな。」
「なんで僕の部屋まで見る必要があるんだよ。」
「ラフィがあんたの部屋で寝てるんなら、あんたの部屋も確認しておく必要あるでしょ。それとも何か問題でもあるのかしら?」
「いや、別に問題はないけど。。。」
「じゃあ、いいよね。もちろん答えは聞いてないんだけど、どっちの部屋?」
「こっちです。」
ラフィエスが勝手に真斗の部屋に案内している。
「ふーん、ここがあんたの部屋。で、ラフィはそこのベッドで寝てる訳ね。」
「うん。」
「あんたの結界だけじゃ心配だから、ちょっと触れただけで気を失うくらいのキツ~イ結界魔法を私が掛けといてあげようか。」
「僕を殺す気かよ。」
「あら、あんたが何もしなけりゃ何も問題ないでしょ。」
「姉さん、私は大丈夫だから。」
「そう?でも、念には念を入れておいた方がいいわよ。」
「みんな~、ご飯出来たわよ~。」
その時、一階から母親が呼ぶ声が聞こえる。
「お、ご飯ね。地上って天界にいる時よりずっとお腹空くのよね。」
「でしょ~。」
ラフィエスが相づちを打っている。
「真斗さんのお母さんのご飯は美味しいんですよ。」
「それは楽しみだね。」
二人で勝手に一階に降りて行く。既に誰の家なのかわからない。
「う~ん、いい匂いね。」
「いい匂いです。」
サフィエスとラフィエスがお皿につがれたカレーの匂いを堪能している。そして、いつの間にか二人とも私服に着替えている。
「じゃあ、召し上がれ。」
「いただきます。」
「いただきま~す。」
ラフィエスと姉のサフィエスがスプーンでカレーを口にかき込んでいく。
どちらも負けず劣らずのスピードだ。
「このポテトサラダも最高に美味しいですね。」
「ありがと。」
「おかわりお願いします。」
「私もです。」
二人が同時に皿を出す。
「あらあら、ご飯足りるかしら。」
母親がそう言いながらお皿に山盛りのご飯を装ってカレーをたっぷりかけて二人に渡す。
「ありがとうございます。」
「やっぱり真斗さんのお母さんのご飯は最高です。」
「ありがと。でも、足りるかなぁ。」
母親がお釜の中を覗いて少し心配そうな顔をしている。
「ふう~、満足したわ。」
「お腹いっぱいです。」
自分が一杯食べる間に二人は2回おかわりをしていた。ご飯はぎりぎり足りた様だ。
「じゃあ、そろそろホテルに帰れよ。」
「あら、まだお風呂いただいてないわよ。」
「お風呂くらいホテルに帰ってからでいいだろ。」
「真斗、せっかく来てくれたんだからゆっくりして行って貰いましょ。」
母親にそう言われたら真斗は何も言えない。
「じゃあ、今からお風呂にお湯をためるからリビングで待っててくれる?ラフィちゃんは後片付けのお手伝いよろしくね。」
「はい。」
ラフィエスは台所に残ってお手伝いだ。
一方のサフィエスはリビングで両親の結婚写真を見つけた様だ。
「この人が若い頃のあんたのお母さんだよね。」
「ああ。」
「始めて見た時にも思ったんだけど、私が地上に降りるのは初めてなのに、どっかで見た事がある様な気がするのは何でだろ。」
「あんたの世界に顔の似た天使がいてもおかしくはないんじゃないのか?」
「それはそうだけどね。」
夕飯の後片付けが終わった後、母親が何かを持ってリビングに入ってくる。
「サフィエスさんて二十歳過ぎてるのかな?」
「え?はい。」
「じゃあ、もうお酒飲んでも大丈夫よね。付き合って貰えるかしら?」
母親が日本酒の入った一升瓶を見せる。
「いいですけど、私、結構強いですよ。」
サフィエスが自慢げな顔をする。
「それは楽しみね。じゃあ、どっちが強いか勝負しましょう。」
彼女がどのくらいお酒が強いのか知らないが、自分の母親が相当強いのを真斗は知っている。
「母さん、飲みすぎちゃダメだよ。」
「ちゃんとセーブするわよ。ラフィちゃん、おつまみの用意お願い出来るかしら。」
「はい、簡単な物でしたら。」
「出来る物でいいわよ。じゃあ、お願いね。」
「はい。」
いつの間にかラフィエスも一人でおつまみの用意が出来る様になっている様で感心する。
「じゃあ、僕はお風呂入ってくるよ。」
「そうね。」
役に立たなさそうな自分はさっさとその場から抜ける事にする。
***
お風呂を出て部屋に戻る途中でリビングを覗いてみると二人はまだ飲んでいる最中だ。
ただし、サフィエスの方は既にかなり酔った状態で、ラフィエスが心配そうな表情で姉の方を見ている。
「姉さん、もう止めた方が。。。。」
「なに言ってるのよぉ、私はまだまだ平気だからね。」
「でも、そうは見えないから。。。。」
「自分の限界くらい自分でわかってるしぃ、まだ勝負の途中だからね。」
「そうよラフィちゃん。まだ勝負の途中よ。」
なんだか入りにくい雰囲気だが仕方ない。リビングに入って母親に声をかける。
「母さん、お風呂出たよ。」
「じゃあ、あとは私がするから次はラフィちゃん入ってくれるかしら?」
「はい。でも姉さん、ほんとに大丈夫?」
「大丈夫だってぇ。ほらぁ、あんたが入らないと後がつかえちゃうでしょ。早く入って来なさいよぉ。」
「うん。。。。。」
ラフィエスがエプロンを外して脱衣所の方に行く。
「真斗は、ちょっとここでお酌しててくれる?」
「え、僕が?」
「そうよ。」
せっかく歯でも磨きに行こうと思っていたのに母親に呼び止められる。
「やっぱりあんた誰かに似てると思うんだけどぉ、誰だったか思い出せないのよねぇ~。」
酔ったサフィエスが母親に絡んでいる。
「あらそうなの?それって誰かしらね。」
そう言いながら、母親がサフィエスのお猪口にお酒を注ぐ。
「母さん、もう飲ませるのはそろそろ止めた方が。。。」
「何言ってるのよ、まだまだ大丈夫だって言ってるでしょ。」
サフィエスがぐいっとお酒を飲んでお猪口を母親に差し出す。
「あら、いい飲みっぷりね。じゃあ、もう一杯行こうか。」
母親が彼女のお猪口にお酒を注いだあと、自分のお猪口にもお酒を注ごうとしたがお銚子はもう空だった様だ。
「あら、なくなっちゃたわね。もう一本温めて来るわね。」
母親がお銚子を持ってリビングから出て行く。
「ちょっとあんた!」
「え?僕?」
「あんたって言ったらあんたしかいないでしょうがぁ。」
サフィエスが今度は自分に絡んでくる。
「はあ、何でしょう。」
「あんたラフィの事、どう思ってるわけぇ?」
「どうって、可愛いと思いますけど。」
「それだけぇ?」
「それだけ?って、他にどう言えばいいんだよ。」
「だって一緒に住んでんだから他に思う事もあるでしょうがぁ。」
「いや、そりゃまぁ。」
「じゃあ言ってご覧なさいよぉ。」
さて、困った。彼女はいったいどういう返事を期待しているのだろうか。。。変な事を言って不合格にされてしまっても困る。そこで逆に彼女に聞いてみる事にする。
「どう思うのは構わないんだ?」
しかし、しばらく待ってもサフィエスから返事がない。良く見るとソファーにもたれ掛かったまま眠ってしまっているようだ。
母親が電子レンジで温めたお銚子を持ってリビングに戻って来た。
「あらあら寝ちゃったのね。真斗、彼女にお布団かけておいてあげて。」
「うん。」
一階の押入れから掛け布団を引っ張り出してきてサフィエスにかける。
そして母親と一緒にリビングのテーブルの上に散らかっている物を片付けていく。
台所のテーブルの上に空になった一升瓶が二本置いてあるので、二人で二升以上は飲んだ様だ。
「よくこんなに飲んだね。」
「あら、まだまだ行けるわよ。」
一方の母親は平気な顔で洗い物をしている。やはりお酒で母親に挑もうとする方が間違っているのだ。
しばらくするとラフィエスがお風呂から出て来た。
「姉さんはまだ飲んでるんですか?」
「君の姉さんならソファーの上で寝ちゃったよ。」
「もう、姉さんたらホテルに帰るんじゃなかったのよ。」
「でも、良かったよ。」
「何がですか?」
「君の姉さんて、もっと取っ付き難いのかと思ってたけど、そうでもないみたいだからね。」
「ははは。」
ラフィエスが苦笑いをしている。
「で、今日はどうすんだ?」
「どうって何がですか?」
「いや、今日はどこで寝るのかなと思ってさ。」
「それはやっぱりいつも通りです。。。」
***
「う~、頭痛い。」
次の日の朝、サフィエスがソファーの上で唸っている。
「大丈夫?姉さん。」
「ぜんぜん大丈夫じゃない。今日は休むって学校に言っといてちょうだい。」
「来て早々休みかよ。」
「保健の先生が保健室で寝てるよりマシでしょ。」
「そりゃそうだけど。」
「あ~、しゃべると頭に響くからもうおしまい。後は任せたからね。」
そう言うとサフィエスはソファーの上に横になってしまった。
「お姉さんの面倒は私が見ておくから心配しないでいいわよ。」
「すみません、お願いします。」
ラフィエスが深々と頭を下げる。
「いいのよ、私が飲ませ過ぎちゃたんだから気にしないで。」
「姉さん、この家に迷惑かけないでね。」
「わかってるわよ。」
布団の下からサフィエスの声が聞こえてくる。
「じゃあ、こっちは朝ごはんにするわよ。」
「は~い。」
ラフィエスがいそいそと台所に入って行く。
***
昼過ぎになってようやくサフィエスがソファから起き上がる。
「あぃたたたた。まだ、ちょっと頭痛いわ。」
「はい、お水どうぞ。」
「あ、どうも。」
母親がコップに入った水を差し出すとサフィエスが一気に飲み干す。
「ふう。」
「お腹空いたでしょ。雑炊作ったから食べる?」
「はい。」
「じゃあ、台所にいらっしゃい。」
彼女がふらつきながら台所に入ってきて椅子に座る。
母親が雑炊をお椀に装って彼女の前に置く。
「熱いから気をつけてね。」
「はい。」
ずずずず~
「・・・・・・・ここは平和でいいですね。」
サフィエスが雑炊をすすりながらつぶやく。
「あなたの世界ってどうなの?」
「今はあんまり良くないですね。最近見つかったある過去の魔法石を巡って二つの勢力が争ってますから。ラフィもその途中でここに落ちて来たみたいです。」
「そう。。。。。ところでその魔法石ってどういう物なの?」
「その魔法石を手に入れた者は神様を超える力を手に入れる事が出来ると言われてるんですけど、詳細は私も良く知りません。」
「そうなの。。。。」
「実はその魔法石の一つがラフィと一緒にこの地上に落ちたはずなんです。」
「なるほど、それでなのね。」
母親が何かに納得した様な素振りを見せる。
「何がですか?」
「いえ、何でもないわよ。」
「おっと、ちょっと話しすぎました。不思議ですね、あなたと話してると天界にいる時と違和感が無くて。。。。雰囲気が私たちと似てるのかしら。」
「それは光栄ね。」
「さて、ラフィはどうしてるのかしら。」
***
「真斗さん。大事な事を思い出しました。」
お弁当を食べた後、教室でくつろいでいるとラフィエスがやってくる。いつも戻って来るのは昼休み終わりギリギリなので珍しい。
「なんだよ、大事な事って。。。」
「ちょっとここでは話しにくいのですが。。。。」
彼女がキョロキョロと周りを気にしている。
「じゃあ、体育館の裏にでも行くか。」
「ええ。」
二人で体育館の裏まで行く。ここまで来ないと話せないと言うことは人に聞かれたくないって事だ。愛の告白でもして貰えるのだろうか?
「ここなら大丈夫そうですね。」
彼女が周りを見回す。
「実はとても言いにくい事なんですが。。。。」
「言いにくい事?もしかして出来ちゃたとか?」
「違います、なんでそうなるんですか!」
「いや、確かに覚えはないんだけどな。」
「当たり前です!」
「じゃあ、僕の事が好きです。とか?」
「違います!」
相変わらずはっきり否定してくれる。
「じゃあ、何なんだ?」
「真面目に聞いて貰えますか?」
「いつだって僕は真面目だけど?」
「どこがですか!」
いい加減怒り出しそうなので、この辺でからかうのを止める。
「実は私がここに落ちて来る時にある物も一緒に落ちて来たはずなんです。」
「ある物?」
「はい、実は私が落ちたのはそれを持っていたからなんです。それを手に持った途端、私のラピスの力が無効化されちゃって飛べなくなっちゃったんです。」
「それって何なんだ?」
「それも私のラピスと同じ魔法石です。」
「へ~そんなのがあるんだ。」
「それが今この地上のどこかに落ちてるはずですから急いで探しださなければならないんです。」
「それってどのくらいの大きなの物なんだ?」
「大きさは私のこのラピスと同じくらいです。」
ラフィが首からぶら下げているラピスを見せる。
「どこに落ちたかわからないそんな小さな物をこの地上から探し出すなんて至難の業だろ。」
「いえ、気を失うまでは私が持ってましたから、そんなに遠くに落ちたとは思えません。」
「しかし、ラピスみたいに綺麗な石だったら既に誰かが拾ってるかも知れないぞ。」
「魔法石と言ってもそれはただの石にしか見えませんから大丈夫だと思います。とにかく、それがあいつらの手に渡る前に見つけ出さなければならないんです。きっと姉さんも本当はそれを探しに来たんだと思います。」
「その割にはウチで寝てるけどな。ところで、あいつらって誰なんだ?」
「あ、もうすぐチャイムがなりますから早く教室に戻りましょう。放課後一緒に探しに行って下さいね。」
「ああ。」
結局、彼女の言うあいつらって言うのが誰なのか聞けずじまいだった。
***
「ごちそうさまでした。」
サフィエスが雑炊を平らげる。
「良く食べたわね。お鍋空っぽになっちゃたわよ。で、これからどうするの?」
「ちょっと、腹ごなしにその辺を散歩して来ます。」
「もう二日酔いの方は大丈夫なの?」
「ええ、食べたらずいぶん楽になりました。」
「そう、良かった。」
「じゃあ、ちょっと行って来ます。」
「行ってらっしゃい。」
サフィエスが真斗の家を出る。
「さて、ラフィと一緒に落ちたんだから、この近くに落ちてるはずなんだけど、さすがに手探りで探すのは無理か。仕方ない、姉さんが作ったあれを使ってみようか。えっと取説はこれね。」
サフィエスがポケットから何か機械の様な物と説明書を取り出す。
「どれどれ?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「え、マジ?う~ん、これは使うのためらうなぁ。」
取り出した機械を手に持って眺めながら歩いていく。
***
「さあ、真斗さん。早く探しに行きましょう。」
学校が終わるとラフィエスが急かしに来る。デートのお誘いとかなら気持ちも早るのだが、見つかる見込みのなさそうな石探しではあんまり乗り気がしない。
「ちょっと待てよ。やみくもに探したって見つかるわけないだろ。何かアテでもあるのか?」
「いえ、何もないです。」
「何か探す方法は?」
「さあ?私は知りません。」
「それでどうやって探そうと思ってたんだよ。」
「どうしましょうか?」
「僕に聞くなよ。。。。あ、もしかしたら君のお姉さんに聞いたらわかるんじゃないのか?君のお姉さんもその石を探しに来たんだろ?」
「おそらくですけど。。。。」
「じゃあ、確認の為にも一回家に帰った方がいいんじゃないか?」
「そうですね。じゃあ、急いで帰りましょう。」
ラフィエスと一緒に学校を出て家に向かう。
***
「ただいま~。」
「おかえりなさい。」
母親が玄関で出迎えてくれる。
「母さん、ラフィのお姉さんは?」
「彼女なら散歩行くって出ていったからその辺にいるんじゃないかしら?もう何時間も前の話だけどね。」
「わかった、捜してみるよ。」
玄関にカバンを置いて、ラフィエスと一緒にその辺を捜してみるがサフィエスの姿は見あたらない。
「もう、姉さんたら肝心な時にいないんだから。」
「でも、そんなに遠くに行ってるって事はないんだろ?」
「おそらく。。。。」
「じゃあ、もうちょっと範囲を広げて捜してみよう。」
家を中心に500メートルくらいの範囲の道路をくまなく歩いてみたが、やはり彼女の姿はない。
「真斗さん、疲れたからもう帰りましょう。もしかしたら姉さんも家に帰ってきてるかも知れないですし。」
誘った彼女の方が先に折れてくる。
「そうだ、ラフィ。お姉さんの携帯に電話してみたらどうだ?充電終わったんだろ。」
「嫌です!」
彼女がはっきり断わる。
「なんでだよ。」
「だって電話代いくらかかるかわかんないですから。こんな事で電話するのは嫌です。」
「あ、そう。。。。。仕方ない、一旦帰るか。」
「そうしましょう。」
諦めて家に帰っている途中でサフィエスの姿を見つける。彼女は手に持った何かを眺めてぶつぶつ言いながら歩いている。
「姉さん!」
ラフィエスが姉に声を掛ける。
「あ、ラフィ、ちょうどいいところで会ったわ。」
「私も姉さんに聞きたい事があるんだけど。」
「なに?聞きたい事って。」
「姉さん、もしかしてあれを探してるんじゃないかと思って。。。。」
「その通りよ。今、その最中だけどね。」
サフィエスがあっさりと認める。
「その石を探すのに何かアテでもあるのか?」
「ラフィ、こいつにあの石の事話したの?」
「うん。」
「ま、いいか。こいつを使えば探し出せるのよ。」
そう言ってサフィエスが手に持っている機械を見せる。
「なんだ、じゃあ、簡単だな。」
「それでラフィ、ちょっとあんたのラピスを貸して欲しいんだけど。」
「え、私の????」
「少しはエネルギー貯まってるんでしょ。」
「まぁ。。。でも、何に使うの?」
「ちょっと試しに使うだけよ。すぐ返すからさ。」
「すぐ返してね。」
ラフィエスがしぶしぶサフィエスにネックレスを渡している。
「サンキュー。」
サフィエスがネックレスを受け取るとラピスを外して持っていた機械にセットする。
「ところで、なんなんだ?それ。」
「レーダーよ。」
「レーダー?」
「見てなさいよ。」
サフィエスがボタンを押すと彼女の持っている機械の画面上に地形図の様な物と赤い点が現れる。
「ねえ、あんた、これってどこかわかる?」
サフィエスに画面を見せられる。
「これは公園みたいだな。もうちょっとよく見せてくれ。」
そう言った途端画面が消える。
「おい、画面消えたぞ。」
「え?もう?仕方ないわね。」
サフィエスがラピスを取り出してネックレスに戻す。
「はい、じゃあ、返すわね。」
ラピスを受け取ったラフィエスが青い顔をしている。
「ね、姉さん。空っぽになってるんだけど。。。。」
「ゴメンゴメン。こいつにはラピスのエネルギーが必要なのよ。」
「私のじゃなくて姉さんの使えば良かったじゃないのよ!」
「そんな事したら、私まで帰れなくなっちゃうじゃない。あんたならその期間がちょっと伸びただけでしょ。しかし、エネルギーの消費量が半端ないわね。これじゃ満タンでも10分も持たないかもね。」
「はぁ~。」
ラフィエスが自分のラピスを見ながら深いため息をついている。
「ところで、なんでそのレーダーにはラピスが必要なんだ?」
「私たちが探してる石はラピスのエネルギーを無効にしちゃうのよ。だからラピスの持つエネルギーを放出して、それが返って来ない所を探せばいいのよね。で、さっき赤い点が出てたのがその場所なのよ。でも、やっぱりラピスのエネルギーの消費がかなり激しいみたいでね。」
「それで、自分のを使うのが嫌だからラフィのを使ったのかよ。」
「そうよ。」
「姉さん、ひどいです。」
サフィエスが悪びれもせずに答える。だんだんラフィエスがかわいそうになって来た。
「そういやサフィエスはラピスってどこに持ってるんだ?ネックレスしてないけど。」
「私のラピスの場所を知ってどうしようっての?」
「いや、ネックレスをしてないから、どこに持ってるのかなと思っただけだよ。」
「私はここよ。」
彼女が服の袖をめくって腕輪を見せる。
見ると腕輪のデザインの中心に宝石が嵌め込まれている。
それが彼女のラピスらしい。
「ネックレスは戦闘の時に邪魔だからね。」
「なるほどな。」
「それより、あんた公園って言ったわよね。そこに案内しなさいよ。」
「わかったよ。」
地形から公園とは言ったものの、あまりに時間が短かったので場所までは自信がない。この近くだと候補となる公園は二つあってそのどちらかなのかも知れない。
ただ、片方はここからだと少し遠いので近くにある方の公園に行ってみる。
「ほら、ここだよ。」
この公園はそこそこの広さがあって、遊びに来る子供も多い。今も数人の小学生くらいの子供が遊んでいる。
そこに大人3人いるというのは違和感があるのか、こちらをじろじろ見ている。
「じゃあ、探すわよ。」
「探すって、どうやって。。。。」
「そりゃあ何でも足で稼げって言うでしょ。この公園を端から端まで歩いて探すのよ。」
「そんな事しなくても、またさっきのレーダー使ったらいいんじゃないのか?」
「だってラフィのラピスのエネルギーも無くなちゃったし。」
「ちょっとだけ自分の使えばいいだろ。」
「私も居候していいの?」
「いや、それは困る。」
はっきり言ってそれは勘弁願いたい。せっかくのラフィエスとの甘い生活が破壊されてしまいそうだ。
「じゃあ、文句ばっか言ってないで探すわよ。大きさはこのくらいで黒い石だからね。」
「黒い石ったって、この広さの所からそんなに簡単に見つかるわけないだろ!」
こんな事なら少し遠いが小さい方の公園にしておけば良かった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「見つからないわねぇ。」
「ほんとにここにあるのか?」
「あんたがここだって言ったんでしょ。」
「僕は公園の一つを案内しただけだぞ!」
「ずっとうつむいてたので首が痛いです。」
一通り公園の中を探したが、目的の石は見つからなかった。周囲が暗くなって来たからか、公園で遊んでいた小学生もいつの間にか居なくなっていた。
「はぁ~、疲れたわ。そもそも、どこにあるかわからない物を歩いて探そうってのが無理があるのよ。」
「あんたが足で探すって言ったんだろ!それに、あんたは途中から見てただけじゃないかよ。」
「年上を敬うのは当たり前じゃないのよ。とりあえず今日は諦めて帰ろうか。」
「私、お腹空きました。」
「私もよ。さて、今日の夕飯楽しみだなぁ。」
サフィエスが何か妙な事を言っている。
「ちょっと待て、昨日だけじゃなかったのかよ。」
「いいじゃないのよ。結局、昨日はお風呂にも入れなかったしさ。」
「そんなん知るかよ。」
「姉さん、さすがに悪いと思うんだけど。。。」
「実はね、昨日無断で不泊しちゃったから、ホテルがキャンセルされちゃったのよ。それでこいつのお母さんに頼んだら泊まってもいいって言うから、今日もお邪魔する事にしちゃた。」
「あと、一週間もウチにいるつもりかよ。」
「あ、それはさすがに悪いから明日帰るけどね。それにこいつも改良しないと使えない事がわかったからね。」
サフィエスが例の装置を見せる。
「ではそういう事で今日はこの辺にして夕飯食べに帰りましょう。」
「はいっ!」
「お前らごはん事になると嬉しそうだな。」
***
「ただいま~。」
家に帰ると台所から甘辛い醤油の匂いがしてくる。
「この匂いは。。。。。」
「おかえりなさい。今日はサフィさんの要望に応えてすき焼きにしたわよ。」
母親が台所から顔を出す。
ラフィエスと二人でサフィエスの方を見ると彼女が顔を逸らす。
「おい。」
「いいじゃないのよ。一度食べて見たかったんだから。」
「私も食べてみたいです。」
既にラフィエスの方は食べる方にしか興味がない。
「もうお肉入れるだけだから早く着替えてらっしゃい。」
「は~い。」
今日も4人で食卓を囲む。
「あ~、姉さん、それお肉取り過ぎです。」
すき焼き鍋の中でちょうど良い煮え具合になった牛肉をサフィエスがごっそり自分の皿に取っていったのでラフィエスが文句を言っている。
「あんただってさっきいっぱい食べてたでしょうが!」
「姉さんの方が多いです。」
食べ物に関してはラフィエスも譲らない。
「ほら、じゃあ、白ネギあげるから。」
牛肉にくっついて来た白ネギをラフィエスの皿に入れる。
「要りません。」
「ほらほら、お肉はいっぱいあるからケンカしないで。」
母親が大量の牛肉を鍋に入れる。今月のわが家の食費はいったいどうなるのだろうか。
ラフィエスとサフィエスがじっと鍋をにらみながら牛肉が煮えるのを待っている。そして色が変わると急いで皿に取っていく。
「お前ら少しは遠慮しろよ。」
「そんなケチケチしなくてもいいじゃないのよ。」
「ケチって言うんじゃなくて、僕も母さんも食べられないじゃないかよ。」
事実さっきからほとんど牛肉を口に出来ていない。
「食事なんて早い者勝ちだからね。」
「それは人ん家で食べさせて貰ってる奴が使う言葉じゃないだろ。」
そう言うとラフィエスの動きが止まる。
「ごめんなさい。」
「あ、いや、ラフィはいいんだけどな。」
「おや、ラフィが良くて姉の私がダメっていうのはどう言う意味かな?」
「そう言う意味だよ。」
「まあまあ、せっかくなんだから楽しく食べましょ。お肉はまだまだたくさんあるからね。」
母親が冷蔵庫から新しい肉を取りだす。
「やったぁ~。」
「やったね。」
ラフィエスとサフィエスが歓喜の声を上げる。
「ふう~。」
「ふう。」
二人が満足げな顔でお腹を押さえている。
「こりゃ帰りたくなくなるわね。」
サフィエスがそんな事を言っているが、あんたはさっさと帰ってくれと心の中で思う。もちろんラフィエスには帰って貰いたくない。
「じゃあ、ラフィ、久しぶりに一緒にお風呂入ろうか。」
「え?」
「え?ってどういう意味よ。小さい頃はよく一緒に入ったでしょうが。」
「それはそうだけど。。。」
「まさかこいつと一緒にお風呂入ってるってわけじゃないよね。」
サフィエスに指さしをされる。
「当たり前です!」
残念ながらこれは事実だ。
「じゃあ、いいでしょ。」
「はい。」
ラフィエスがしぶしぶ返事をしている。姉妹なのに嫌がる理由が真斗にはわからない。
「さぁ、お風呂、お風呂。」
「はぁ~。」
二人が一緒に脱衣所に入って行く。
何故かラフィエスの方は浮かぬ顔だ。
サフィエスが脱衣所のドアに男人禁止の結界を掛けたので真斗は脱衣所にすら入れない。
二人がお風呂場のドアを開けて中に入る。
***
「ふ~ん、これが地上のお風呂なんだ。」
「これがスタンダードらしいです。」
「一緒に入るのってほんとに久しぶりよね。」
「うん。」
「あ~、シャワー気持ちいいわぁ~。生き返る感じ。」
二人で一緒にシャワーを浴びる。
「しかし、しばらく見ないうちにあんたの胸も成長したわね。」
「姉さんには敵わないけど。」
ラフィエスがサフィエスの胸を見ながら答える。
「肩こるから大きすぎるのも考えもんよ。それに戦いの時に邪魔だしね。」
「そうなんだ。。。」
「じゃあ、私が先に温まらせて貰うわね。」
「うん。」
サフィエスが先にお湯に浸かる。
「あ~、あったまるわ~。」
「じゃあ、私は頭洗います。」
ラフィエスはシャンプーで頭を洗い始める。
「髪が短いと洗う時は楽よね。」
「じゃあ、姉さんも短くしたら?」
「そんなもったいない事出来ないわよ。」
ラフィエスが頭を洗い終わるとサフィエスがお湯から出てくる。
「ほら、久しぶりに背中流してあげるから、向こう向いて。」
「うん。」
「ところでさぁ、あんたどう思ってんの?」
ラフィエスの背中をタオルで洗いながらサフィエスが尋ねてくる。
「どうって何を?」
「あいつの事だよ。」
「あいつって真斗さんですか?」
「そうだよ。あんたの反応を見てるとどうも変なのよね。あ、ほら前は自分で洗って。」
サフィエスからタオルを受け取る。
「ば、バカな事言わないでよ、姉さん。仕方なくです。」
「それならいいんだけど。じゃあ、シャワーかけるわよ。」
「うん。」
「はい、終わり。じゃあ、一緒にお湯に浸かろうか。」
「う、うん。」
二人で一緒に湯船に入る。
「二人一緒に入ったら肩まで浸かれないわね。もうちょっと大きなお風呂がある家の奴の方がいいんじゃない?」
「普段は一人だから、これで充分です。」
「は、は、は。。。」
「姉さん、ちょっと待って。」
サフィエスがクシャミをしそうなので、ラフィエスが慌てて湯舟から出ようとする。しかし、狭くて湯船に足が引っかかってすぐに出られない。
「クション。」
「ひっ!」
「あ、ゴメンゴメン。久しぶりにやっちゃったわね。」
「だから姉さんと一緒に入るのは嫌なんです。」
ラフィエスが何とか湯船から出る。
***
「くちゅん。」
お風呂から出てきたラフィエスがくしゃみをしている。
「風邪か?夕方は公園も寒かったからな。」
「いえ、そういう訳では。。。。」
「じゃあ、次、僕が入るな。」
「あ、真斗さん、ちょっと待って下さい。今お風呂暖め直してるところですから。」
「少しぬるいくらい大丈夫だぞ。」
「いえ、凍ってますから。」
「は?何で?」
「だって姉さんが。。。。。」
「お姉さん?」
そこにパジャマを着たサフィエスがリビングに入ってくる。大人の色気が身体から溢れ出しているのか寒気を感じるほどだ。
「ゴメンゴメン。くしゃみした時に力がもれちゃって、お湯が凍っちゃったのよ。おかげで最後はシャワーで済ませるしかなかったわ。」
「姉さんは氷属性だから昔からときどきやるんです。」
どおりでラフィエスが一緒にお風呂に入るのを嫌がった訳だ。そして今感じた寒気は彼女から出ている冷気だ。
これは光熱費を請求すべきだろうか?
それから約一時間後にようやくお風呂の氷がお湯に戻った。今日は先に母親に入って貰ったので、真斗がお風呂から出て来たのはもう寝る時間だ。
「さて、私はラフィの部屋で寝たらいいのかな。どうせあんたはこいつの部屋のベッドで寝るんでしょ。」
「はい。。。。。」
「忘れずに結界張りなさいよ。なんかあったら姉さんが助けに行くからね。」
「うん、でも大丈夫です。今までだって何もなかったですし。」
「そうやって気を抜いた時が危ないんだからね。こいつらは虎視眈々とチャンスを狙ってるんだからね。」
本人を目の前にしてえらい言い様だ。それに、もしそうだとしても今日みたいにリスクの高い日を選ぶはずがない。
「じゃあ、姉さん、お休み。」
「ああ、お休み。」
「あんた、わかってるわよね。」
「わかってるよ。」
サフィエスと睨まれながらラフィエスと一緒に自分の部屋に入る。
部屋に入って机の椅子に座ると彼女がベッドの端に座る。
「すみません真斗さん。姉までお世話になってしまって。。。。」
「いや、まあ、母さんがいいって言ったんだから、僕は何も言う事ないけど。」
「でも、真斗さんにも迷惑をかけてしまって。結構ひどい事も言ってるし。」
「それは慣れてるから気にしてないぞ。」
「でも、何か申し訳ないです。。。。」
「お姉さんが来てからラフィが楽しそうに見えるからいいんじゃないのか?いじめられてばっかだけど。」
「真斗さん。。。。」
何か少しいい雰囲気になってきた気がする。
コンコン
「ラフィ、ちょっといい?」
「あ、はい。」
姉の声にラフィエスが慌ててベッドから降りて部屋のドアを開ける。
せっかく、いい雰囲気になって来たと思っていたのに、サフィエスのノックで台無しだ。
「どうしたの?姉さん。」
「いやぁ、これ渡すの忘れてて。。。。」
サフィエスがラフィエスに何か紙を渡している。
「何これ?」
「こないだあんたが電話して来た時の請求書。これが今月のあんたの給料から引かれるからね。」
姉から受け取った請求書を見てラフィエスが青い顔をしている。
「こ、こんなに。。。。。」
「私もさっき初めて見たんだけど、こんなに高いとは思ってなかったわ。あんたが私の電話に出られなくて助かったわよ。じゃあね、おやすみ~。」
バタン
部屋のドアが閉まった後、ラフィエスがうつむいた顔でベッドに向かう。
「そんなに高かったのか?」
「今月の私のお給料はきっとマイナスです。」
彼女が沈んだ声で答える。
「マイナスだとどうなるんだ?」
「来月分から自動前借りです。でも、ずっと地上にいて来月のお給料貰えるかどうか。。。。」
「出張扱いになったりしないのか?」
「姉さんみたいに許可貰って降りて来てたらいいけど、勝手に落ちたんじゃたぶん。。。。」
「仕事中だったんだから労災扱いとかで、労災費が出るとか。。。」
「ありません。」
「まあ、ウチにいる間は給料無くても問題ないだろ。ラフィの面倒くらい僕が見てやるからさ。」
「そうですね。こんな事くらいでくよくよしてても仕方ないですよね。じゃあ、お休みなさい。」
プロポーズっぽい事を言ってみたつもりだったが、彼女は気付かなかった様だ。
「ああ、お休み。」
***
次の日の朝早い時間にサフィエスが天界に帰る。
「じゃあ、ラフィ、姉さんは一旦帰るけど頑張ってね。」
「うん。」
「では、お母さん。お世話になりました。ラフィをしばらくお願いします。」
サフィエスが母親に頭を下げる。
「大丈夫よ、心配しないで。」
「あんたも頼むわよ。」
「わかってるよ。」
何を頼まれたのかわからないがとりあえず返事しておく。
「姉さん、あの石探すのどうしよう。」
「そんなに急がなくても大丈夫よ。どうせあいつらには探せっこないんだからね。あの機械を姉さんにアップグレードして貰ったらまた探しに来るわね。」
「うん、わかった。」
サフィエスはまた来るつもりらしい。
「今度はちゃんとホテルに泊まれよ。」
「わかってるわよ。じゃあね、ラフィ。」
「うん。」
サフィエスが空に帰っていくのを見送る。しばらくは小さくなっていく人影が見えていたが、ある所でふっと姿が消える。
「帰ったみたい。。。。」
「で、結局、君の姉さんは何しに来たんだ?」
「さあ?」
その日からもとの保健の先生がやって来た。昨日の夜、腰の痛みが治ったらしい。
「結局あの先生が来たのは一日だけだったな。」
「俺なんか毎日診て貰おうと思ってわざわざ大きなケガしたのに損したよ。」
「あ~あ、もう一回来てくれないかな。」
学校のあちこちでそんな男子間の会話が繰り広げられている。
「姉さんって結構人気だったんですね。」
ラフィエスが周りの状況を見て驚いている。
「まあ、白衣着た若い女性ってのは男にとっての憧れみたいなところもあるからな。」
「真斗さんは?」
「そうだな、ラフィが着てくれたら興奮すると思うから、今度着てみて貰えないかな。」
「お断りです。」
はっきりと断わられてしまった。
「ところで、誰も彼女がラフィのお姉さんだって気付かなかったんだな。結構ラフィと似てたと思うけど。」
「幻惑魔法を使ってたみたいですからね。」
「なんだ?その魔法。」
「魔法を掛けた人の都合のよい様に相手に見せる魔法です。」
「じゃあ、僕に見えてたのも本物じゃないのか?」
「いえ、真斗さんには使ってなかったみたいです。」
「そうか。。。魔法っていろいろ便利だな。」
「いろいろ使えればですけど。。。。」
ラフィエスの声のトーンが下がる。
「ラフィだってそのうち使える様になるんだろ。」
「ちゃんと魔法の勉強すればですけどね。」
「ああっ、しまった!」
勉強という言葉を聞いて重要な事を思い出した。
「どうしました?真斗さん。」
「宿題するの忘れてた。」
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