第3話 学校に行こう
「は、は、は、くちゅん。」
今朝は小鳥の声ならぬラフィエスのくしゃみで目を覚ます。
外は夜が明け始めているのか、カーテンの隙間から淡い光が入って来ている。
体を起こして彼女の方を見ると、ベッドの下で体一つで寝ているのが見える。
「くちゅん。」
再び彼女がくしゃみをする。
布団から出て、近くで顔を覗いて見るが起きてはいない様だ。
どうやってこの僅かな隙間から落ちたのか知らないが、昨日の対策は功を奏さなかったらしい。
やはり体一つだと寒いのか彼女が体を丸くして縮こまっていく。するとパジャマの裾がめくれ上がってお腹が見えてくる。
ラフィエスのお腹は甲冑を着ている時に見せて貰っているのだが、見えるか見えないかというシチュエーションは非常にそそられるものがある。
いや、しかし、見るときは正々堂々と見せて貰うべきだ、なんて事を考えていると彼女が眠ったままパジャマの裾をズボンの中に押し込んでいく。しまった、もっとちゃんと見ておけば良かったと後悔する。
しかし、このまま放っておいたのでは風邪をひくかもしれないので、ベッドからはみ出していた掛け布団の端を掴んで、自分の手が結界に引っ掛からないように気をつけながら引っ張り出す。
そして、彼女の体に掛けてやった後、自分の布団に戻る。
ベッドの上に戻してあげれば良いのだが彼女自身が仕掛けた結界がそれを阻む。もちろんその結界は彼女自身が身を守るつもりで仕掛けられているのだが、自分で結界からはみ出していたのでは意味がない気がする。
目覚まし時計を見ると時計の針がちょうど6時を指していた。
起きるにはまだ少し早いが、トイレに行きたくなったので再び布団から出て一階に下りて行く。
「ふぅ。」
さっき彼女のお腹を見てしまった事もあって用を足すのにちょっと苦労したが、何とか済ませてトイレから出ると台所の明かりが付いているのに気付く。
台所まで行って中を覗くと母親が朝食とお弁当の準備をしていた。今日はお弁当が2つ用意されている。
「おはよう、母さん。」
「あら、おはよう。今日は珍しく早いわね。どうしたの?」
「いや、単に早く目が覚めただけだけど。」
「ラフィちゃんは?」
「まだ寝てるよ。」
「そう。。。。。」
せっかくなので疑問に思っていた事を母親に聞いてみる。
「ねえ、母さん。」
「なに?お弁当のおかずのリクエストはダメよ。」
確かにお弁当のおかずの一品に嫌いな物があったのだが、聞きたいのはそこじゃなかった。
「いや、ラフィエスの事なんだけど。。。。」
「ラフィちゃんの?」
「うん、母さんが何で簡単に彼女を家に受け入れたのかと思って。。。」
真斗がそう尋ねると母親がしばらく考え込む。
「母さんに似てたからかな。」
「母さんに?そうかなぁ。」
母親は黒く長い黒髪だし、背も高い方だ。顔も似てるとは思わない。美人でスタイルが良いのは同じかも知れないが。。。
「あ、ううん、他にどこも行くとこなさそうだったからね。」
母親が訂正する。
「もし単なる家出少女だったりしたら面倒な事になるとか思わなかったの?格好だってあんなんだったしさ。」
「目をみたら嘘をついてないのはわかったわよ。」
「それだけ?」
「じゃあ、なんで真斗は信じたのかな?」
今度は逆に母親から質問が来る。
「だって、かわいいし。」
「正直ね。でも、彼女をあまり好きになっちゃ駄目よ。お友達までならいいけどね。」
「なんでだよ。」
母親の言葉に少しムッとする。
「だって、彼女は自分がいた世界に帰るつもりでしょ。もし、帰っちゃたらおそらく二度と会えないわよ。」
「でも。。。。」
一緒に暮らしていながら好きになるなというのは、かなり酷な話だ。それに会った時から気になっているのは事実なのだから。。。。
「ほら、もうすぐご飯出来るから顔洗ってらっしゃい。」
「わかったよ。」
少しぶっきらぼうに返事をして洗面所に行く。
そして、鏡で自分の顔を見ながら、自分に問い直す。
確かに彼女は帰る準備が整えば帰ろうとするだろう。その時自分はどうすればいいのだろうか。帰るなと言って彼女を引き止めればいいのだろうか。
でも、ここは本来彼女のいるべき世界ではない。彼女は彼女のいた世界に帰るべきなのだ。
そんな事を考えていると、二階から目覚まし時計が鳴る音と共に彼女の悲鳴が聞こえてくる。
確かに目覚まし時計を止めないまま降りて来ていた。
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリりりりり
「きゃー、なになになにー。」
リリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリりりリリり
「きゃー、どうしたらいいのこれ。」
止め方がわからないのか、時計の鳴る音と彼女の悲鳴が止まらない。
これは助けに行った方が良いのだろうか?そう思って階段に足をかけた時、ボンッと言う音と共に目覚まし時計が沈黙する。
嫌な予感がしてそのまま階段を駆け上がり部屋のドアを開ける。すると彼女が真っ黒になった目覚まし時計を持って立っている。
「おい。」
「あ、真斗さん。おはようございます。」
「おはようございますじゃないだろ、なんだよそれ。」
「あ、これ。。。音が止まらないからつい雷魔法で。。。。ごめんなさいです。」
ラフィエスが焦げた目覚まし時計を両手で差し出しながら頭を下げる。
「いいよ、止めてなかった僕が悪いんだから。」
「ごめんなさい。」
彼女が反省している様なので怒る気はない。
「時計の事はもういいから、その雷魔法ってのは絶対に家の外で使うなよ。」
「わかりました。」
なんか妹が出来た様な気分だ。
そうだ、妹だと思えば良いのだ。そう自分に言い聞かせる。
とりあえず部屋の中が焦げ臭いので窓を全開にする。
今日は良く晴れていて気持ちがいい。ただ、今日起きるであろう事を考えると心はあまり晴れてない。
しかし、そんな事を思っていても刻々と学校に行く時間は近づいてくる。
「ほら、今日から一緒に学校行くんだろ。朝ごはん出来てるからさっさと着替えて降りてこいよ。」
「真斗さん、高校って何着て行けばいいんですか?」
彼女にそう言われて気付く。あの甲冑なんか着て行ったら大騒ぎだ。
「ちょっと母さんに聞いてくる。」
彼女にそう言って急いで台所に行くと母親が朝食の準備をしている。
「母さん、ラフィの制服は?」
「あ、ごめんごめん、忘れてたわ。いま手が離せないから和室に吊ってあるの持って行ってあげてくれる?あ、それと絶対にブラ付けろって言っておいてね。」
「え?それを僕が言うの?」
「だって学校にノーブラじゃまずいでしょ。まだ夏服だから透けちゃうわよ。」
個人的には嬉しいが、そんな良い物を他の奴に見せたくはない。
「わかったよ。」
和室に入ってみるとハンガーに女子用の制服が掛けてあった。それを持って二階に上がる。
「ほら、これがウチの学校の制服だから、これに着替えて。。。。それと母さんがブラ付けろって。」
「ブラ?あぁ、あれですね。あ、ちょっと廊下で待ってて貰えますか?」
制服を受け取ると彼女が自分の部屋に入る。
何で待ってなきゃいけないなんだと思いながらも彼女が出て来るのをドアの前で待つ。
しばらくすると彼女がドアを少し開けて、隙間から顔だけ出す。
「あのぉ、真斗さん。お願いがあるんですけど。」
「なんだ?お願いって。」
「後ろ留めて欲しいんです。」
「後ろ?」
「どうしても上手くいかなくって。」
どうもブラジャーのホックが上手く留められない様だ。
「いいけど。」
「じゃあ、目隠ししてください。」
そう言ってタオルを渡される。ちらりと見えた彼女の肢体がなまめかしい。
「は?でも、それでどうやって。」
「目隠ししてください。」
「わかったよ。」
言われた通りタオルで目隠しをする。
「ほら、これでいいか?」
彼女に尋ねる。
「そうですね。じゃあ、お願いします。」
お願いと言われても全く見えない。別の意味からもわざと少しずらしておいた方が良かっただろうか。
「どこにいるんだ?」
「目の前です。」
とりあえず手を前に出してみる。
「ひっ!変なとこ触らないで下さい。」
指の先が何か柔らかい物に触れると同時に彼女の悲鳴が聞こえる。どうも彼女の腰に触れた様だ。
「変なとこったって、見えないんだから仕方ないだろ。」
「もうちょっと上です。」
「ここか?」
「ひあっ、そこは首です。もうちょっと下。」
少し手を下げると何か布の様な物に手が触れる。
「あ、これか!」
「そうです、それです。早く留めて下さい。」
なんとか二つの布の先を見つけて手探りでフックを引っ掛ける。しかし、ときどき触れる彼女の背中の感触と甘い匂いがなんとも言えない。自分の手が背中に触れる度に彼女の体がビクンと動いているのがわかる。
許されるのならこのまま後ろから抱きついてしまいたい。
「ほら、出来たぞ。」
「ありがとうございます。」
彼女の声が聞こえた後、ドアが閉まる音がしたので、目隠しを外す。
「おい、僕も着替えに部屋に入っていいか?」
「あ、もうすぐ終わるから。。。。」
その先は聞こえなかったが、待ってろって事だろう。彼女が部屋から出て来るまで廊下で待つ。
「お待たせしました。これで合ってますか?」
真斗の高校の制服を着たラフィエスが部屋から出て来る。
これはこれでかわいい。これなら、ウチの学校で一番と言っても過言ではないだろう。
「ああ、いいんじゃないかな。じゃあ、朝ごはん食べに行くぞ。」
「はい。」
自分も制服に着替えて台所に行くと朝食の準備を済ませた母親が待っていた。
「はい、これラフィちゃんの鞄ね。お姉ちゃんのお古だけど我慢してね。」
母親が彼女に姉が使っていた鞄を渡す。
「あ、はい。私は何でもいいです。」
「う~ん、しかし、ラフィちゃん制服似合ってるね。きっと周りの男子が放っておかないわよ。真斗も今日から大変ね。」
その通りだ。それを考えると憂鬱なのだ。
「それより、早く朝ごはん食べないと遅れるわよ。」
母親に言われて時計を見るともう7時半を過ぎている。
「えっ、もうこんな時間?ラフィ、君が着替えるの遅いからだぞ。」
「初めて着るんだから仕方ないじゃないですか。」
「ほらほら痴話喧嘩はいいから早く食べて。」
「痴話喧嘩じゃありません。」
母親の言葉に彼女が敏感に反応する。
今日の朝ごはんはシャケの塩焼きと玉子焼き、そしてほうれん草のお浸しに味噌汁だ。
シャケは脂が載っていて美味しい。
「シャケはお弁当にも入ってるからね。こっちの大きい方がラフィちゃんのね。」
彼女の方が自分より一回り大きなお弁当箱だ。
「母さん、お味噌変えた?」
少し味噌汁の味が違う気がしたので尋ねてみる。
「よくわかったわね。ちょっとメーカー変えてみたのよ。どう?」
「美味しいです。どれも。」
ラフィエスがご飯をほおばりながら答える。
「ありがと。ラフィちゃんがいると作り甲斐があるわ。」
「ラフィはほんとに小食なのか?」
「本当です。」
「ほら、しゃべってたら遅くなるわよ。」
何とか目標時間内に朝食を終えて玄関を出る。
「じゃあ行って来るよ。」
「行って来ます。」
「行ってらっしゃい。」
母親に見送られながら学校に向かう。
***
「おい、ラフィ、もうちょっと早く歩けよ。」
「だって体が重いですから。」
「食べ過ぎて太ったんじゃないのか?」
「失礼な事言わないで下さい。地上だから重いんです。」
「そういうもんなのか?」
「そういうもんなんです!」
「とにかく急ぐぞ、母さんから今日は職員室寄ってけって言われてるからな。」
なんとか10分前に学校に着いてラフィエスと一緒に職員室まで行く。
廊下ですれ違う生徒誰もが彼女を振り返って行く。それはそうだ、彼女の金色の髪と容姿は目を引く。
職員室に入ると担任の先生が待ちかねていた。
「お前らもうちょっと早く来いよ。」
「すみません。」
「えっと、君がラフィエスさんだね。私が担任の
「あっ、はい、こちらこそよろしくお願いします。」
彼女が先生に深々と頭を下げる。
ホームルームでみんなに紹介するという事なので、ラフィエスを担任の先生に預けて先に教室に入る。
席に座ってカバンから教科書とかを出しているとさっそく幼馴染の橘啓太がやって来る。
「おい、真斗。お前、今日金髪の女の子と一緒に来てただろ。誰だよあの子。」
「親戚の娘だよ。外国のな。」
「まさか一緒に住んでるってわけじゃないよな。」
「いや、ウチの家に居候してるよ。」
「マジかよ、お前だけは裏切らないと思ってたのに。」
「それってどういう意味だよ。」
その時チャイムがなって担任の先生が教室に入ってくる。
啓太を含めたみんなが急いで自分の席に戻る。
「あー、今日はみんなに新しいお友達を紹介する。ほら、入って来なさい。」
先生に呼ばれてラフィエスがおそるおそる教室に入って来ると、教室からどよめきがあがる。
どよめきの中、彼女が教壇に上がって先生の横に立つ。
「こら、静かにしろ。名前は加神ラフィエスさんだ。名前の通り加神の外国の親戚らしい。日本の事はよく知らないそうだから、みんな親切にしてやってくれ。じゃあ、簡単に自己紹介して貰えるかな。」
「は、はいっ!」
みんなの視線が集中しているので、彼女は少し緊張している様だ。
「あ、あのっ、加神ラフィエスだそうです。え、えっと高校に来るのは初めてなのでよろしくお願いします。」
『だそうです』ってどういう意味なんだと思ったが、みんな日本語が上手じゃないだけだと思ってくれた様だ。
「教科書が無いし、まだ学校にも慣れてないだろうから、とりあえず席は加神の隣だな。すまないが、そこの列一人づつ後ろにずれてもらえるかな。」
「はい。」
真斗の席の隣に空き机をひとつ持って来て、そこから一人づつ後ろにずれる。
彼女が横の席に座ってホッとした顔をしている。
ホームルームが終わって先生がいなくなるとみんながラフィエスのところに集まってくる。
「初めましてラフィエスさん。私、
「はい、こちらこそよろしくお願いします。」
最初に声をかけて来たのはクラスメートの桜井だ。桜井とも幼稚園からの腐れ縁だ。
彼女も美人な方に入るだろう、肩より少し下まで伸ばしたストレートの黒髪に切れ長の目、学校の中には結構ファンが多いらしい。ただ、自分は小さい頃からよく彼女にいじめられているので恋愛の対象にはならない。
「変な事聞くけど、もしかして、今こいつの家に住んでるの?」
「はい、そうです。」
ラフィエスがそう答えると教室の中が騒然となる。
「え~マジ。危ないから気をつけてね。いつ狼になるかわからないわよ。」
「誰が狼になるんだよ。」
「ごめん、狼なんて立派なもんじゃなかったわ。」
「ひどい言い方だな、おい。」
「大丈夫です。簡単な護身魔法なら使えますから。」
「護身魔法?」
ラフィエスの返事に桜井が妙な顔をする。
「あ、こいつのお父さんが武闘家で、簡単な護身術なら使えるって意味だから気にしないでくれ。」
急いでフォローを入れる。
「あ、ああ、そういう事ね。まだところどころ日本語が怪しいのね。」
肘で彼女の腕をつついて話を合わせろと指示をする。
「あっ、はい、すみません。」
「いや、別に謝らなくてもいいんだけどね。」
とりあえず誤魔化せた様だ。しかし、護身魔法と言うのが使えるのなら気をつけなくてはならないだろう。
「ねえ、ラフィエスさんの出身ってどこの国ですか?」
別のクラスメートの女子が質問する。
「え?出身ですか?てん。。。」
『天界』と言いかけて彼女が口ごもる。
「てん?????」
「えっとデンマークだよ。デンマーク。」
急いで再びフォローを入れる。
「ああ、言われてみたら北欧系かしら、髪も金色だしね。親戚って事はハーフとかクオーターとかになるのかな。」
「あ、ああ、そうです。そんな感じです。」
ごつん。
突然後ろから誰かに頭を小突かれる。
「いってえなぁ、誰だよ。」
「誰だよって俺だよ。何でお前はこんな可愛い娘が親戚にいるって教えてくれてなかったんだよ。」
「俺だって一昨日初めて会ったんだから仕方ないだろ。」
「それにしちゃ仲が良さそうだけどな。」
「そうか?」
「ああ。」
そう言われるのは悪い気はしない。
キーンコーン カーンコーン
一時間目開始のチャイムが鳴り、みんながそれぞれ自分の席に散っていく。
「また後で詳しく話聞かせて貰うぞ!」
そう言うと啓太も急いで自分の席に戻っていく。
「はぁ~」
こうなるとは思っていたが思わずため息が出てしまう。
「どうしました?」
「いや、なんでもない。」
ラフィエスが教科書を持って無いので、とりあえず今日は机をくっつけて授業を受ける。
まさに彼女の吐息が聞こえる様な距離だ。これはこれで結構いいかも知れない。
一時間目は数学だ。真斗としては珍しく得意な方の教科になる。
「なんですか?この変な字がいっぱい並んでるのって?」
真斗の教科書を見ながらラフィエスが尋ねてくる。
「これは数学だよ。」
「魔法の授業で習う記号に似ていますね。」
彼女の言葉を聞いて嫌な予感がする。
「おい、ラフィ。まさか数学ってやったこと。。。」
「ないです。」
まいった。これでどうやってまともな高校生活を送れというのか。
「足し算とか引き算とかは出来るよな。」
「馬鹿にしないで下さい。それくらいは出来ます。」
彼女が少しムッとした表情で答える。
「じゃあ、帰ったら数学の勉強だな。」
「えー、勉強は嫌いなんですけど。。。。」
「僕も嫌いだけど、さすがにこのままじゃやってけないだろ。」
「確かにそうですけど。」
彼女がかろうじて肯定する。
結局、彼女は一時間目の間ずっとノートに落書きをしていた。
一時間目の終わりのチャイムが鳴るとすぐに啓太が席にやって来る。
「さぁ、さっきの続きだ。」
「あ、俺、ちょっとトイレ。」
そう言って席を立つ。
「じゃあ、一緒に行こうか。ラフィエスちゃん、こいつ借りてくよ。」
「は、はい、どうぞ。」
啓太に背中を押されながら廊下に出る。
「なんでお前と一緒にトイレ行かなきゃなんないんだよ。」
「いいだろ、別に。」
「で、なんか話しがあるんだろ。」
廊下を歩きながら啓太に尋ねる。
「彼女って本当にお前の親戚なのか?お前ん家とは小さい頃からの付き合いだけど、外国に親戚が居るなんて話一度も聞いた事ないぞ。」
「僕だって一昨日まで知らなかったんだよ。かなり遠くの親戚らしくってさ、今まで付き合いなかったからね。」
啓太には申し訳ないが本当の事は言えない。
「そっか。一緒に住んでるって言ってたけど、まさか部屋までお前と一緒って事はないよな。」
「当たり前だろ。二階に物置きにしてた部屋あったの知ってるだろ。今はあそこが彼女の部屋だよ。」
ここに関しては嘘はついてない。ただ、間違っても一緒の部屋で寝ていますなんて事は言えない。
「ああ、確かに物置き部屋があったな。それで、彼女はいつまで日本に居るんだ?」
「いつまでかはわからないけど、長くはウチに居ないみたいだな。」
「そっかぁ。いつか遊びに行くな。」
「あ、あぁ。。。。」
生返事をして、その場をやり過ごす。
トイレから教室に戻るとクラスメートの女子に囲まれていたラフィエスが自分の顔を見てほっとした顔を見せる。
まだ知らない人ばかりなので緊張している様だ。
二時間目は化学だ。
「真斗さん、あれって魔法ですか?」
「違うよ。」
先生が教壇で炎色反応の実験をして見せているのをラフィエスが興味深そうに見ている。
「あれくらいなら私も魔法で似たような事が出来ますよ。スコラで一番最初に習う魔法ですからね。もうちょっと大きな炎ですけど。」
ラフィエスが人差し指を立てる。
「こ、こら、ここでそんな事するなよ。」
彼女の立てた人差し指を急いで曲げる。
三時間目は英語だ。
「あ、これならわかりますよ。」
「なんでわかるんだ?」
「地上の言葉は小さいころから一通り習うんです。地上のどこに行っても困らないようにって。」
「一通りって。。。」
「私たちも日本語が標準言語なんですけど、英語にドイツ語、ポルトガル語にフランス語、中国語なんかも習います。私はまだ英語だけですけど。」
「なんで日本語が標準言語なんだ?」
「日本がエンタメのメッカだからとは聞いてますけど。」
「よくわかんないけど、ラフィが英語しかしゃべれなかったら困っただろうな。僕は英語苦手だからな。」
「こら、加神。いつまで隣と喋ってる65ページ読んでみろ。」
ラフィエスと話をしていると、英語の先生に当てられる。
慌てて教科書をめくって65ページを開いたが、はっきり言って読める自信がない。
「はい、私が読みます。」
困っているとラフィエスが手をあげる。
「君は今日から来てる留学生の子だな。そうか君も同じ加神だな、じゃあ読んでみろ!」
「はい。」
彼女が立ち上がって流暢な英語で真斗の教科書を読み始める。どう聞いても先生より上手だ。
彼女が読み終わると教室から拍手が上がる。
「ま、まぁ、留学生なんだから当たり前だな。。。」
英語の先生の声のトーンが下がった。ここは彼女にエールを送りたい。
四時間目は現代文だったが、日本語が標準言語という事だったのでそれほど大きな問題はなさそうだった。
かなり駆け足だった気がするが、昼休みだ。
「真斗さん。ご飯の時間ですよね。」
「やけに嬉しそうだな。」
「寝るのと食べるのは大好きですから。」
「それじゃまるで本能だけで生きてるみたいだぞ。」
「ねえ、ラフィエスさん。向こうでみんなで一緒に食べない?」
桜井美樹を中心にした女子の集団がラフィエスを誘いに来る。
彼女がこちらを伺っている様だが引き止める理由が無い。それに引き止めたりしたら後で面倒な事になるのは間違いない。
しかし、彼女に念だけは押しておく。
「おい、絶対に変なこと言うなよ。」
「わかりました。」
母親の作ってくれたお弁当と水筒を持って彼女が女子の集団に付いていくのを見送る。ちなみに彼女のお弁当箱は他の女子と較べてひときわ大きい。
「なんだ、お前一人かよ。」
一人で寂しくお弁当を食べていると啓太が購買で買ったパンを持ってやってくる。
「悪かったな、俺一人で。」
「まぁいいや、一緒に食おうぜ。」
「ああ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
お互い食事をしながら沈黙が続いていたが、先に啓太が沈黙を破る。
「なあ、一昨日って事は彼女が来たのって例の停電があった次の日だろ。もしかして彼女って。。。」
そこで啓太が口ごもる。
もしかして何か彼女の正体に気づいのだろうか。そう思いながらも何食わぬ表情をする。
「ラフィエスがどうかしたのか?」
「あ、いや、もしかして彼女が例のコスプレ少女だったのかと思ったんだよ。お前は昨日知らないって言ってたけどな。」
その言葉にホッとする。
「あ~、ごめん、彼女の為に嘘ついた。彼女は日本ではああいうのが普通だと思ってたみたいだからな。でも、彼女が恥ずかしがるから、みんなには内緒にしておいてくれよな。」
「やっぱりそうか。わかった。」
啓太が納得して大きくうなづく。
ラフィエスが教室に戻って来たのは昼休みの終わり直前だった。桜井も一緒に教室に入って来たのでずっと一緒だった様だ。何かボロを出して無いか心配だ。
午後の授業中は彼女は夢の中だったが今日は先生も大目に見てくれている様だったので敢えて起こさなかった。
放課後になりラフィエスと一緒に帰路に着く。
「じゃあね~。ラフィちゃん。」
桜井美樹が彼女に手を振っている。
「あ、はい。今日はありがとうございました。」
いつの間に仲良くなったのか『ラフィちゃん』になった様だ。
「真斗、途中で彼女に襲いかかちゃだめよ。」
「そんな事するわけないだろ!」
思い切り釘を刺されて彼女と別れる。いったい自分はどんな風に思われているのか。
「桜井さんって親切な方ですね。」
「そうか?」
少なくとも自分はいじめられた覚えはあっても親切にして貰った覚えはない。
「だって、お昼休みに学校のいろんな所案内してくれましたし、お弁当だって分けてくれましたよ。」
なるほど、お昼なかなか帰って来なかったのはそういう事だった訳だ。しかし、自分より大きいお弁当箱を持って来てるのに、さらに人から分けて貰って食べられるというのはさすがだ。
「ところで、今日はちょっと寄り道して帰るけどいいか?」
「変なとこ行くんじゃないですよね。」
「どこだよ、変なとこって。」
「わかりませんけど、桜井さんが駅の裏側の方はついて行っちゃダメだって。」
「駅の裏側?」
「ええ、何があるのかは教えてくれませんでしたけど、そっちに向かって行ったら気をつけろって。」
頭の中に地図を思い浮かべる。そして、駅の近くではないが少し歩いたところにホテル街があるのを思い出す。
興味はあるが、さすがの自分も学校の制服を着て行く根性はない。しかし、いらない知恵を彼女に授けるのは止めて欲しい。
とにかく今日はそっちに行くわけではない。
実は学校の帰りにラフィエス用の日用品を買ってきて欲しいと母親から頼まれている。一緒に行って彼女のお気に入りのを買って来なさいとの指令だ。
そこで学校の帰りにデパートに寄って買って帰る事になっている。
「今日行くのは駅の表側だよ。」
「じゃあ、大丈夫ですね。」
「当たり前だろ。」
***
「あのぅ、真斗さん、ここって何ですか?」
外から建物を見上げながらラフィエスが尋ねてくる。
「ここはデパートって言っていろんな物を売ってるところだよ、ウチの街にはここしかないけどな。ラフィの世界にはこういうのないのか?」
「建築物高さ規制条例ってのがあって、神様の家より大きな建物は建てられないから、こんな大きな建物は無いです。」
「天界ってのも面倒なんだな。今はここも古くて小さい方だけどな。とにかく入るぞ。」
正面の入り口から中に入るとラフィエスが後を追いかけてくる。
「真尋さん、魔法が使えるんですか?」
入り口を入った途端、彼女が妙な事を聞いてくる。
「いや?何でそんな事聞くんだ?」
「だってドアが勝手に開きましたよ。」
彼女は自動ドアの事を言ってる様だ。
「ああ、あれは自動ドアって言ってあそこにあるセンサーが反応して開いてるんだよ。」
「へ~。」
彼女が自動ドアに近寄ったり離れたりして確かめている。
「真斗さん綺麗な石がいっぱい並んでますよ。私のラピスとどっちが綺麗でしょう。」
今度は光り物の並んだカウンターを覗き込んでいる。
「こ、こら。そんな物買いに来たんじゃないから上の階に行くぞ。」
「見るくらいいいじゃないですか。」
「そりゃ、まぁ、そうだけど」
そうこうしていると店員がやってくる。学校の制服を着ているので何かを勧めてくるわけではないが、何となく気まずい。
「あら、あなた珍しい石を持ってるのね。ちょっと見せて貰ってもいいかしら?」
店員がラフィエスのネックレスの先についている石を見つけて話しかけてくる。
「嫌です!」
彼女が強い口調で断って自分の石を隠す。
「あ、ごめんなさい。」
その反応に店員も面食らった様だ。
「お邪魔しました。」
急いで彼女の腕を掴んでエスカレーターまで行く。
横にある案内図を見ると暮らしの品は4階の様だ。
「すごーい、階段が動いてる。」
「こ、こら、体乗り出したら危ない。」
ラフィエスがエスカレーターから体を乗り出して下を覗いているので引っ張り戻す。まるで小さい子供の相手をしているみたいだ。
「ここが目的の階だな。えっと食器類はどっちだっけ?」
店内の案内板を見ながら通路を歩いていく。しばらく歩くと食器類と書いた案内板が見えてくる。
「あ、あった。あそこだラフィ。」
そう言って振り向くと彼女の姿が無い。
「あ、あれ?」
急いで通って来た通路を反対向きに戻って行く。すると立派なベッドの上に寝転がって頬ずりしているラフィエスの姿がある。ちなみにそのベッドの値段は真斗のより0が一つ多い。
いちおう靴は脱いでいる様だが、通りすがりの客がじろじろ見ているので、慌ててベッドから引き摺り下ろす。
「こ、こらラフィ、何してるんだよ。」
「真斗さん。私これが気に入ったからこれ欲しいです。」
「ちょっと待て、今日はこんな物買いに来たんじゃないぞ。」
「え?ベッドじゃないんですか?」
「違うよ、君のお茶碗とかお湯のみとかお箸とかそんなのだよ。昨日までのはお客さん用だったからな。」
「な~んだ。」
「ほら、あっち行くぞ。」
そう言うとラフィエスが不満げな顔でついてくる。
「ここだ、ここ。」
ここは陶器のコーナーだ。高いのから安いのまで色々揃っている。
「で、どんなお茶碗がいい?」
「大きい方がいいから、これ。」
彼女が迷わずどんぶりを手に取る。
「それはどんぶりだぞ。茶碗はこっからここまでだよ。そんで女の子用はこの辺だな。」
「え~、こんなに小さいのばっかりなんですかぁ?」
ラフィエスが茶碗を見ながら文句を言っている。
「う~ん、じゃあ、これにします。」
結局、女性用の中で一番大きい物を選んだようだ。
「じゃあ、次はお湯のみとお箸だ。」
「面倒だから後はどれでもいいです。」
「じゃあ、僕が勝手に選ぶぞ。」
とりあえず、一番女の子らしいのを選んで支払いを済ませる。
「そうだ、あと目覚まし時計も買って帰らないと、今朝誰かさんが壊してくれたからな。」
そう言うとラフィエスが勢いよく向こうを向く。
同じフロアにある時計コーナーに行くと色んな目覚まし時計が並んでいる。
「どれがいい?」
「鳴らないのがいいです。」
ラフィエスが即答する。
「それじゃ目覚ましにならないだろ。」
「真斗さんが起こしてくだされば問題ないです。」
「いや、その僕が起きられないだろ。」
「じゃあ、出来るだけ静かなので。。。」
「それじゃあ、いちばんオーソドックスな電子音のやつでいくか。それなら鳴り始めのうちは静かだからな。」
一番端に置いてあった一番安い目覚まし時計を取る。
「あのぅ、買う前に止め方を教えて欲しいんですけど。」
真斗が持っている時計を彼女が心配そうに見ている。
「ほら、ここにベルのマークの付いたスイッチがあるだろ。これをこっちに動かせば止まるんだよ。一時的になら、この大きいボタンでも止まるけどな。」
「あ、なるほど。簡単ですね。」
「じゃあ、これにするぞ。」
また壊されるかも知れないので、これで良いだろう。
帰りはベッドコーナーの横を通らない様に遠回りでエスカレーターまで行きデパートを出る。
外は既に暗くなってきていて、街灯に明かりが灯り始めている。早く帰らないともうすぐ夕飯の時間だ。
「真斗さん、お腹空きました。」
「もうすぐ夕飯なんだからもうちょっとだけ我慢しろよ。」
「駄目です。お腹が空いてもう歩けません。」
ラフィエスが道端に座り込む。周りの人がどうしたのかと見ているので慌てて彼女の手を持って立たせる。
「わかったよ、何か食べもの買ってやるよ。」
「何にしようかなぁ~」
彼女がさっそく食べ物屋を物色している。
「おい、歩けないんじゃなかったのかよ。」
この辺は食べ物を売っている店が並んでいて選び放題なので完全に彼女にはめられた感じだ。
「ねえ、真斗さん。あれって何ですか?」
彼女が指差す方を見ると二人の女の子がソフトクリームを買っている。
「あれはソフトクリームだな。」
「あれって美味しいですか?」
「そりゃ美味しいに決まってるだろ。」
「じゃあ、あれにします。」
「あれって見た目よりカロリー高いぞ?」
「大丈夫です。」
「じゃあ、買って来いよ。」
そう言って財布の中を覗くと千円札しかない。
「千円渡すから、ちゃんとお釣り貰って来いよ。」
「はい、わかりました。」
ラフィエスが千円札を持ってお店に並んでいる。これはこれでデートをしているみたいで悪くない。
「買って来ました。」
彼女が両手にソフトクリームを持っている。
「は?ふたつ?ふたつも食べるつもりか?」
「いえ、一つは真斗さんの分です。」
「いや、僕はいらないから。」
「じゃあ返して来ます。」
「あ、こら、ちょっと待て。」
彼女が店に戻ろうとするのを慌てて引き止める。
「なんですか?」
「いや、それはさすがに返せないだろ。」
「どうしましょう。」
「仕方ない、僕が食べるよ。」
「はい、じゃあどうぞ。それと、これお釣りです。」
彼女からお釣りとソフトクリームを受け取る。
「じゃあ、あそこに座って食べるぞ。」
店の前にベンチが置いてあるので、そこに座る。
「うん、これは甘くて冷たくて美味しいです。」
彼女がソフトクリームにかぶりついている。
おそらく帰ったらすぐに夕飯だろうに、こんな物食べてて大丈夫だろうか。
「美味しく無いですか?」
少し神妙な顔をしていたのか、彼女が顔を覗き込んでくる。
「いや、美味しいけど。」
「良かった。」
彼女が嬉しそうに笑う。
彼女が先に食べ終わると、真斗が食べているソフトクリームを欲しそうに見ている。
「食べかけで良かったら食べるか?」
「はい。」
まだ半分くらい残っていたソフトクリームを彼女に渡すと、嬉しそうに続きを食べている。
間接キスになるが彼女の方は気にしていない様だ。
「うん、満足しました。」
「カロリーはかなり高いからな。帰ったらちゃんと夕飯も食べろよ。」
「大丈夫です。別腹ですから。」
普通デザートが別腹なのだが、彼女の場合はご飯が別腹らしい。本当に少食なのだろうか?そう思ってしまう。
「とにかく遅くなったから急いで帰るぞ。きっと母さん待ってるからな。」
「はい。」
家に向かって歩き始める。
***
「ただいま~。」
「ただいまです。」
玄関を入ると母親が台所から出てくる。
「お帰りなさい。ちゃんと頼んだ物買って来てくれた?」
「買って来たよ。ほら。」
母親にデパートの袋を渡す。
「ありがと。ラフィちゃんは好きなの買えたかしら?」
「ちょっとサイズに不満はあるんですけど概ね。」
「サイズ?」
「ラフィが大きいのばっかり選ぼうとするから、女の子らしい小さめの選べって言ったんだけど。」
「だって、たくさん食べたいですから。」
「おかわりしたらいいじゃない。すぐ夕飯にするから着替えたらすぐ下りて来てね。」
「今日の夕飯は何?」
「ハンバーグよ。」
ハンバーグは大の好物だが、さすがにお腹が空いた感じがない。
「ハンバーグって何ですか?」
「そうねぇ、簡単に言うと肉をミンチにして玉ねぎとか加えて味を付けた後、形を整えて焼いた物かな。」
「母さんのハンバーグは美味しいぞ。お店なんかで食べるよりずっと柔らかいし、箸を入れたら中からジュワッっと肉汁が出てくるもんな。」
ゴクリ
ラフィエスが唾を飲み込む音が聞こえてくる。
「じゃあ、すぐに着替えて来ます。」
「あ、新しい服をタンスの上に置いてあるから、それ着てね。」
「はい、わかりました。」
ラフィエスが階段を駆け上がって行く。
「あ、真斗。ちょっと待って。」
自分も二階に上がろうとすると母親に呼び止められる。
「なに?母さん。」
「ラフィちゃん、学校でうまくやってたかしら?」
「まあ、問題なさそうだったよ。勉強の方は別だけどね。」
「そう、良かった。勉強のほうは追々ね。じゃあ、真斗も早く気替えてらっしゃい。」
「うん。」
母親に返事をして二階に上がり、気替えて下りてくる。
三人で食卓を囲む。
「はい、これラフィちゃんのご飯ね。」
今日買って来たばかりの新しい茶碗に母親が山盛りのご飯を装ってラフィエスに渡す。
「ありがとうございます。」
「じゃあ、こっちは真斗ね。真斗も負けずに食べなきゃね。」
母親が自分にも山盛りでご飯を装ってくれる。
さっきソフトクリームを食べたせいであまりお腹が空いていないが、それは内緒だ。
「さあ、召し上がれ。」
「いただきま~す。」
彼女がいつもと変わらないスピードでご飯を口に運んで行く。
さっきソフトクリームを食べたのに変わらない食欲に呆れて見ていると彼女がこちらに気付く。
「ん?なんか私の顔に付いてますか?」
「いや、何も。」
「ハンバーグって美味しいですね。」
「良かった。ところで真斗はあんまり箸が進んでないようだけど、どっか具合でも悪いの?」
母親が少し心配そうな顔でこちらを見る。
「いや、そんな事ないよ。」
「真斗さんが食べられないのなら、それ貰っていいですか?」
「ちゃんと食べるよ。」
ラフィエスが自分のお皿の上にあるハンバーグを狙っている。
「まだまだおかわりあるから心配いらないわよ。。」
フライパンの中で焼いている途中のハンバーグを母親が見せる。
食べないのはせっかく作ってくれた母親に申し訳ないので、少し無理をして食べる。
「ふぅ~。」
明日のお弁当用に作ってあったハンバーグまで平らげたラフィエスが満足した顔でお腹を抱えている。
「毎日こんなに美味しい物が食べられるんなら、私帰るのやめようかなぁ。」
ふと彼女がつぶやく。
「ラフィちゃんがいいんならウチは構わないわよ。ちゃんと真斗のお嫁さんの席も空いてるし。」
「あ、今のは冗談です。」
彼女がすぐに訂正した。
「その気になったらいつでも言ってね。」
「無いと思います。」
その言葉にかなりがっかりする。
「ところで今日は自治会の集まりがあるから夜一時間ほど二人きりになるけどラフィちゃん大丈夫?」
「はい、真斗さんがいるから大丈夫です。」
母親の問いかけにラフィエスが答える。
「逆の意味で言ったんだけどね。」
「逆ですか?」
「母さん、僕のこと全然信用してないね。」
「まあ、真斗にそんな勇気が無いことはわかってるんだけどね。」
母親は全てお見通しだ。
***
「じゃあ、行って来るわね。」
「行ってらっしゃい。」
食事の後片付けが終わった後、母親が近くの公民館に出かける。
家でラフィエスと二人きりになるのはこれが初めてだ。
実は母親に頼まれている事がある。彼女に数学を教えてあげて欲しいとの事だ。
勉強は嫌だと言って逃げていたが、きっと帰った後でも魔法の勉強にも役立つはずとの母親の説得に流された様だ。
一年生で習ったところくらいなら自分でも何とか大丈夫だろう。
勉強するなら自分の部屋の方が良いと言うので真斗が彼女の部屋に行く事になった。
自分が使っていた一年生の教科書を持ってラフィエスの部屋のドアを叩く。
「おい、ラフィ、入っていいか?」
「いいです。」
そう言う彼女の声が聞こえたのでドアを開ける。
女の子の部屋に入るというシチュエーションはなんだか興奮する。
「・・・・・しかし、何も無いな。」
部屋の中を見回しながらつぶやく。一時しのぎの部屋なのだから飾る必要が無いと言ってしまえばその通りだが、女の子の部屋っぽくない。
「別に困ってませんよ。ここに足りない物は一つだけですから。」
彼女がベッドの事を言ってるのは間違いない。確かに押し倒すにはベッドがあった方が良いかも知れない。
「何か変な事考えてませんか?」
「いや、気のせいだろ。」
マズい、顔に出てたのだろうか?
「ところで部屋の中に護身魔法を掛けてみたんで試してみて貰っていいですか?」
「は?護身魔法?」
「はい、うまく掛かってるかどうか試したいんです。」
「僕を疑ってるのか?」
「いえ、別にそういうわけではなくて、私もこの魔法を使うのが初めてですから成功したかどうか試してみたいんです。」
「で、試すって僕にどうしろと。。。。」
「私を押し倒してみて下さい。」
「そうしたらどうなるんだ?」
「それは私もわかりません。」
どうなるかわからない物を試せと言われてもやる方は勇気がいる。
「早くお願いします。」
早く押し倒せと言われるのも変な話だ。
「いいんだな。」
「はい。」
「じゃあ、行くぞ。」
こうなったら据え膳食わぬは男の恥だ。
ラフィエスを押し倒すため彼女に襲いかかる。
「あっ、ちょっと待って下さい。」
彼女が待てと言ったが、今頃そんな事を言われても遅い。既に体は動いているのだ。
ラフィエスが逃げようととっさに体をひねったので、彼女の腕をつかもうとしていた自分の手が彼女の胸をつかむ。
むに
「ひぁっ!」
彼女の悲鳴と共に右手に何とも言えない柔らかい感触が伝わってくる。
「あっ、ごめん。」
思わず謝る。そして、次の瞬間、体が宙を舞う。どうなったのか自分ではわからないが頭を下にした状態で壁に体をぶつける。
そしてそのまま頭から下に落ちる。
「アィタタタタ、首ひねった。」
「すみません、真斗さん。大丈夫ですか?」
ラフィエスが駆け寄って来て起こしてくれる。
「いててて、今のが護身魔法なのか?」
「違います。さっきのは単なる巴投げです。スコラで習った事があるので思わず体が反応してしまいました。護身魔法の方は5分間しか効果がないようにかけてたので、ぎりぎり切れちゃったんです。」
「あ、そう。」
とっさに巴投げが出るというのは、いちおう戦士というところだろうか。しかし、これならわざわざ護身魔法なんか必要ないのではなかろうか?
「もう一回魔法をかけ直しますから、もう一回お願いできますか?」
「いや、もういい。」
これ以上やってたらこちらの体がもたない。
「アィタタタタ。」
少しでも首を動かそうとすると首筋に激痛が走る。これでは勉強を教えるどころではない。
「真斗さん。治癒魔法を試してみましょうか?」
「出来るのか?」
「見よう見まねですけど。」
「あ、いや、いいわ。お風呂入ったら治るだろ。」
これ以上、彼女のテスト台になるのは止めておく。
「じゃあ、今日の勉強は無しにして、今日は僕が先にお風呂に入るな。」
「はい。」
勉強が無くなったからか、彼女が嬉しそうに返事をする。
***
「アィタタ、やっぱまだ痛いな。」
お湯で温まりながら首を動かす。
しかし、さっきの感触がまだ右手に残っている。
何となく何かを握るかの様にお湯の中で右手を動かしてみる。
今まで触った事のない何とも言えない感触。それを思い出すだけで首の痛みなんてどこかに飛んで行ってしまう。
しかし、今回の事でラフィエスとの間が気まずくならないかが心配だ。
真斗がお風呂を出ると、彼女が目を合わせずに脱衣所に飛び込んでいく。
彼女がお風呂に入った様なので、歯でも磨きに行くついでに様子を見に行こうと思っていたら母親が帰って来た。
「あら、もうお勉強終わったの?」
「ちょっと僕が首ひねっちゃって勉強教えるどころじゃ無くなちゃったから、明日からにしたんだよ。」
「なんでひねったの?」
「あ、椅子から変な姿勢で落ちちゃって、そん時にひねったんだ。」
「ふーん、で、大丈夫なの?」
「大した事ないから大丈夫だよ。」
本当の事は言いにくいので適当にごまかした。
夜寝る時間になるといつものようにラフィエスがパジャマ姿で部屋にやって来たのでホッとする。
向かい合うとつい彼女の胸の方に目が行ってしまう。
「真斗さん、もう首は大丈夫ですか?」
彼女が心配そうに尋ねてくる。
「ああ、何とかな。」
「すみませんでした。私が変な事をお願いしたばっかりに。」
「いや、結果的には僕が押し倒した事には違いないから仕方ないけど。」
「じゃあ、おあいこって事ですね。」
そう言ってラフィエスが真斗のベッドに寝転がる。
あれをあいこで済ませてくれるのなら、役得だったと思う。
「ん~、やっぱりデパートってとこにあったベッドの方がいいなぁ。」
真斗のベッドの感触を確かめながら彼女がつぶやく。
「当たり前だろ。あのベッドいくらしてたと思ってるんだよ。わがまま言うんならそのベッド返してくれ。」
「あ、いえ、これで充分です。」
そう言いながら彼女がベッドにしがみつく。
「で、今日の学校はどうだった?」
「すっごく楽しかったです。みんな優しいですし、地上ってほんとに良い所ですね。」
彼女が嬉しそうに答える。本当に楽しかったのだろう。
しかし、不安な点があるので確認してみる。
「変な事言ってないだろうな。」
「変な事って例えばどういうのですか?」
「いや、だから天界とか魔法とかそういうのだよ。」
「言ってません。だって、地上で私たちの世界の事を話すのは禁止されてますから。」
その言葉に思いっきり違和感を感じる。
「その割にはウチではベラベラ喋ってるぞ。」
「あ。。。。。。。。。。今まで私が話した事は全部忘れて下さい。」
「それは今さら無理だろ。」
「では忘却魔法をかけますので頭を出してください。」
「こ、こら止めろ。あ、アタタタ。」
ラフィエスが手を頭の上にかざしたので急いで逃げようとしてまた首をひねる。
「魔法の方は痛くも何ともありませんから逃げないでください。失敗しても自分が誰かを忘れるくらいですから。」
そう言いながら彼女が追いかけてくる。
「そんな恐ろしい事できるかよ。それに僕だけじゃなくって母さんも父さんも知ってるんだからな。」
「困りました。」
彼女が本気で困った顔をしている。
「僕らが他の人に話さなかったら大丈夫だろ。」
「絶対に誰にも話さないでくださいね。」
「わかってるよ。それにどうせ話しても信じて貰えないしな。」
「は、は、は、クション。」
急に鼻がムズムズしてくしゃみが出てしまった。
「風邪ですか?」
「お風呂一番だったからちょっと冷えたかなぁ。もう寝ようか。」
「はい。」
「で、今日はどうやって寝るつもりだ?」
「私だって学習してますから、今日は机に頭をぶつけても大丈夫な様に座布団をセットしました。」
覗いてみると机の横に座布団が立てかけてある。あんなので大丈夫かと思ったが、彼女が自信満々の顔をしているので、何も言わない事にした。
「じゃあ、おやすみ。」
「おやすみなさい。」
部屋の電気を消して布団に入る。
すると、ものの5分もたたない内に彼女の寝息が聞こえてくる。
真斗は布団に入ってからも右手の感触を忘れないように努力していたが、数十分後には無駄な努力に終わる。
***
「ようやく明日ね。」
「ええ。」
二人の少女、いやもう大人の女性に見える二人がどこかの部屋の中で話しをしている。
顔はうり二つだが髪の色は違う。一人は長い銀色の髪をしていて後ろで縛っている。もう一人も同じく長い髪だが透き通ったアクアブルーでそのままストレートにしている。
銀色の髪の女性は甲冑を身に付けていて、もう一人の女性は神官の様な服装だ。
「あ~もう、ラフィったら携帯繋がんないじゃない。明日行くってのに正確な場所わかんないじゃないのよ。」
銀色の髪の女性が携帯電話を持ったまま怒鳴っている。
「どこの家にいるか聞いてないの?」
もう一人の女性が尋ねる。
「行く前に聞けばいいと思ってたから聞いてないのよ。」
「きっと電池切れね。戦いに行くのに充電器なんか持って行かないでしょ。」
「そりゃそうだけど。」
「おおよその場所はわかってるんだからとりあえず行ってみたら?」
「はぁ~。まったく世話が焼けるんだから。」
「ラフィは地上の学校に行ってるみたいだから、あなたも先生として行く事にしたからね。」
「え、なんで?めんどくさいなぁ。」
「学校なら情報もたくさん手に入るでしょ。それに情報収集って名目にでもしないとなかなか許可が下りなくてね。ちゃんと地上側の受入れ手続きは終わってるからね。」
「わかったわよ。」
「じゃあ、ラフィの事、お願いね。」
「こっちの事は姉さんに任せたわよ。」
「任せといて、何とかするわよ。」
「さて、ラフィが選んだ奴ってどんな奴かしらね。」
「変な奴だったら交換させなさいよ。」
「わかってるって。」
「それと、あれの捜索も忘れないでね。」
「もちろん、わかってるわよ。」
「あ、例のやつ渡しておくわね。使い方は説明書見てね。」
姉さんと呼ばれている女性がもう一人の女性に何かを渡す。
「大丈夫だよね、これ。」
「たぶんね。」
「まあ、持ってってみるよ。」
「じゃあ、明日は早いからもう寝ましょ。」
「そうだね。」
「じゃあ、お休みなさい。」
「お休み、姉さん。」
二人がそれぞれ別の部屋に入っていく。
***
ゴン
夜中にどこからかもの凄く大きな音が聞こえてくる。
「いったーい。頭打った。」
そして彼女の叫び声で目が覚める。
体を起こしてベッドの方を見ると、彼女がベッドの上で頭を抱えている。
「大丈夫か?ラフィ。」
「うう、大丈夫じゃありません。今日は壁に思い切り頭ぶつけました。」
彼女に声を掛けてみるとそういう返事が返ってくる。
「湿布薬かなんか持って来てやろうか?」
「いえ、そこまでじゃありませんので。」
そう言うと彼女が横になる。そしてしばらくすると寝息が聞こえてくる。
「まったく。。。」
さて、明日はどんなイベントが待ち受けているのだろうか?そう思いながら自分も眠りに着く。
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