第2話 彼女が私服に着替えたら

「な、な、な、なんで私がここで寝てるんですか?」

椅子に座ってうたた寝をしているとラフィエスの叫び声で目が覚める。

彼女が真斗の布団の上で真斗の掛け布団を抱えたままこちらを睨んでいる。

「なんでって君が勝手にベッドから落ちて僕の布団に潜り込んだんだろ。おかげで僕は布団で寝られなかったよ。だいたいベッドで寝たことがない奴がベッドなんかで寝ようとするから落っこちるんだろ。」

そう言うと彼女は自分の所行に気付いた様だ。

「あ。。。。。。。。。ごめんなさいです。」

「いいよ、別に。それより僕はこれからここで着替えるんだけど、どうする?」

そう言うと彼女は急いで真斗の部屋から出て行った。

椅子で寝たせいか背中は痛いし、寝た気もしていない。

一緒の部屋で寝られるのはありがたいことだが、早めに何か対策を考えないとこちらの身がもたない。


制服に着替えて台所で待っていると、しばらくしてカチャカチャと音を立てながらラフィエスが台所に入ってくる。

「おい、その格好何とかならないのかよ。」

「私の世界の正装にケチを付ける気ですか?」

「君のいた世界だと正装かも知れないけど、ここじゃただのコスプレ女にしか見えないからな。」

「そうねえ。後でお姉ちゃんのお古探してみるね。」

母親が彼女を見ながらうなずく。

さて、今日の朝ごはんはイワシのみりん干しとほうれん草のお浸し、そして味噌汁だ。真斗の家では朝はパンよりご飯の方が多い。ちなみにそれは真斗自身のリクエストでもある。

「この生臭いの何ですか?」

ラフィエスがイワシのみりん干しを匂いながら聞いてくる。

「それはみりん干しといって海に住むイワシって魚をみりんとしょうゆ、お酒に漬けて干した物よ。」

「へ~。」

「ラフィの世界にも海ってあるのか?」

「あリますよ。地上みたいに汚れてないすっごくきれいな海ですよ。」

彼女の話からすると、空の上に海があるって事になる。頑張って想像してみたが、どうもイメージが湧いて来ない。

「ところで、それ食べられる?早く食べないと堅くなっちゃうけど。」

「ちょっと待ってください。」

母親の問いかけに彼女がおそるおそるみりん干しにかじりつく。そして、少しだけかじり取って口に入れる。

「どうだ?」

今度は自分が尋ねてみる。

「うん、甘くて美味しいです。」

彼女がにこりと微笑む。

「良かった。ラフィちゃん合格ね。」

「え?何がですか???」

「真斗のお嫁さんよ。それは真斗の大好物だからね。」

「な、なんでそうなるんですか!」

彼女の顔が真っ赤になる。

「冗談よ。真斗の大好物なのはホントだけどね。」


そう、母親の言うように自分はこれがあるとご飯がすすむ。

彼女と一緒にご飯をおかわりしてごちそうさまをする。

食事の後、洗面台の前に行くと新しい歯ブラシが一本増えているのに気付く。ピンク色なのでおそらくラフィエス用に母親が用意した物なのだろう。こういう物を見ると一緒に暮らす家族が増えたんだという実感が湧いてくる。

新しい歯ブラシを眺めながら歯を磨いて台所に戻る。

「はい、お弁当とお茶。」

「ありがとう、母さん。」

母親から受け取ったお弁当と水筒をカバンに入れて玄関に向かう。

「真斗さん、どこに行かれるんですか?」

靴を履いていると背中からラフィエスの声がする。

「学校だよ、高校。」

「高校って何ですか?」

「えっと、勉強するところだよ、勉強。英語で言ったらハイスクールかな。」

「ああ、スコラみたいな所ですね。」

「スコラってのが何か知らないけど、そんなもんだろ。おっと、早く行かないと間に合わなくなるな。じゃあ、僕は学校に行って来るけど、その格好でこの辺うろうろするなよ。」

「わかってます。それは昨日じゅうぶん懲りました。」

「じゃあ、行って来るよ母さん。」

玄関まで見送りに来てくれた母親に挨拶をする。

「行ってらっしゃい、ラフィちゃんの面倒はちゃんと見とくからね。」

「よろしく。」

ラフィエスの事は母親に任せて自分は学校に向かう。


***


「さて、その格好じゃ外に行けないから、まずはラフィちゃんの服を何とかしないといけないわね。えっと、確か和室のタンスにお姉ちゃんの昔の服が残ってたはずなんだけど。。。。」

真斗が学校に行くのを見送った後、母親が和室のタンスの引き出しを開けて中を探す。

「あ、あった!ちょっとこれ着てみて。」

そして、タンスの中からいくつかの服を取り出す。

「なんか変な匂いがします。」

「防虫剤の匂いだからすぐに消えるわよ。」

「真斗さんのお母さん。これって何ですか?」

ラフィエスがブラジャーを手に取って見せる。

「ああ、それはブラジャーって言って胸に付ける物なんだけど、ラフィちゃんは使った事ないのね?」

「私の世界にはこんな物ないです。」

「そうね、付け方教えてあげる。とりあえず今着てる物を脱いで?」

「全部ですか?」

「あ、とりあえず上だけでいいわよ。」

「はい。」

ラフィエスが上半身に着けている甲冑を外すと形のいい胸が姿を見せる。

「う~ん。思ったより大きいのね。Cカップってとこかしら。しかし、若いっていいわね、肌に張りがあるって言うか。」

「それより、これからどうしたら良いんですか?」

ラフィエスが胸を押さえたまま尋ねる。

「あ、ごめんごめん。ここをこうやって胸に当てて後ろにあるホックで留めるのよ。とりあえずやってあげるわね。」

ラフィエスの胸にブラを付けてホックを留めてやる。

「窮屈だからこんなのいらないです。」

「ダメよ。そのままじゃ真斗の教育上よくないからね。服を着る時は必ず付けててね。」

「はあ。」

「で、次は下だけど、その下はちゃんと履いてるわよね。」

「はい。」

「じゃあ、下はこれね。」

今度は下半身の甲冑を脱がせてスカートを履かせる。

「なんかスースーします。」

「そのうち慣れるわよ。あ、その剣は預かっておくわね。」

「でも、これが無いと戦えません。」

「大丈夫よ。しばらくは敵も現れないでしょうから。」

「なんで真斗さんのお母さんはそんな事がわかるんですか?」

「女の感ってやつかな。とにかく、必要になりそうになったらすぐに返すから、しばらく私が預かっておくわね。」

渋るラフィエスから剣を預かってタンスに片付ける。


***


「ふわぁ、さすがに眠いな。」

学校に着いて席に座っていると眠気が襲ってくる。さすがに寝不足だ。

「今日はなんかえらく眠そうだな。」

席に座ってぼんやりしていると幼なじみの啓太が声をかけてきた。

「ちょっと寝不足気味でな。」

「夜遅くまでゲームでもしてたのか?」

「まあ、そんなとこかな。」

「ところで、昨日お前の家の近くを変な女の子がうろうろしてたらしいんだけど、お前見なかったか?」

「変な女の子?」

「ああ、なんかコスプレの格好してたらしい。でも、めちゃくちゃ可愛いらしいぞ。」

彼の話から察するにラフィエスの事を言ってる様だ。あの格好でうろうろしてたら目立つのは当たり前だ。

「俺の母さんがお前の家の近くで見失ったらしいんだけど。」

おそらくその時にウチの家に入ったのだろう。

しかし、今家に居ますなんて事はとても言えない。

「あ、いや、見なかったけど。」

「そうか、見かけたら教えてくれよな。」

「ああ。」

啓太にはそう言ったものの、嘘をつくのは申し訳ないとも思う。ただ、啓太がみんなに話してあまり噂になるのも困る。

「なあ、その話って他の誰かにもしたか?」

「いや、俺が自分で見たわけじゃないから話したのはお前だけだよ。でも、何でそんな事聞くんだ?」

「いや、別に。。。。」

みんなに言うつもりはなさそうなので安心する。

しかし、彼女は今頃何をしているのだろう。自分の知らない間に帰ってしまうのだけは止めて欲しいと願う。


***


「暇です~。」

ラフィエスがリビングでテレビを見ながら唸っている。

昼間はチャンネルを変えても似たような番組しかない。

それに芸能ニュースとか見ても誰が誰かもわからない。

「そうねえ。明日からラフィちゃんも学校行こうか。そしたら女の子のお友だちも出来るかも知れないし。」

「学校ですか?」

「ええ、真斗と同じ高校。どうかしら?」

「私、高校ってのに行ってみたいです。」

「ところで、ラフィちゃんって今いくつ?」

「16です。」

「良かった。じゃあ、真斗と同じ学年ね。今からそこの校長に電話してみるね。父さんの古い友人だからきっと融通してくれると思うわよ。ラフィちゃんはウチの遠い外国の親戚の娘って事にしておきましょう。」

そう言って母親が電話を掛ける。


「どうでした?」

電話を終えるとラフィエスがおそるおそる尋ねてくる。

「もちろんOKよ。さっそく明日から来ていいって。」

「やった。」

「じゃあ、急いで学校行く準備しなくちゃね。そうだ、ラフィちゃんの部屋、まだ少し荷物残ってるんでしょ。せっかくだから今日中に片付けちゃいましょう。一階の物置きを整理して空けてあげるから、部屋に残ってる荷物全部下ろしちゃって構わないわよ。」

「いいんですか?」

「もちろんいいわよ。今のままじゃ机も置けないでしょ。」

そう言って物置きのドアを開けて母親が整理を始める。

「いつの間にか荷物って増えてるもんよね。でも、思い出の品ってなかなか捨てられないのよね~。」

「そんなもんなんですか?」

「ええ、あ~でも、もうこれはいらないかな。」

「それって、もしかしてベッドですか?」

奥から引っ張り出したベビーベッドにラフィエスが食いつく。

「ああ、これ?ベッドと言っても赤ちゃん用のベッドよ。」

「それ貰っていいですか?」

「いいけど、どうするのこんな物。ラフィちゃんでもさすがにこの中じゃ狭くて寝られないわよ。それともさっそく真斗の赤ちゃん産んで貰えるのかしら?」

「なっ、なんて事を言うんですか、違います。」

ラフィエスが真っ赤な顔をして怒る。

「冗談よ。真斗はまだ高校生だから、さすがにまだ赤ちゃんは早いからね。」

「そういう問題じゃありません。とにかく貰っていいですか?」

「ええ、いいけど。」

「じゃあ、貰って行きますね。」

ラフィエスがベビーベッドを自分の部屋に運び上げている。

そして代わりに二階からダンボール箱をいくつか下ろしてくる。

「あ~重かったです。」

ダンボール箱を運び終えたラフィエスが腰を伸ばして叩いている。

「ご苦労様。これで全部?」

「いえ、あと二つだけ残ってます。」

「まだもう少し入るからそれも持って来ても大丈夫よ。」

「いえ、二つは使うので残してあるんです。」

「何に使うの?」

「それは内緒です。」

「そうなの、要らなくなったらいつでも持って下りてらっしゃいね。」

「はい。」

「ところで、今ラフィちゃんは真斗のベッドで寝てるのよね。」

「あ。。。はい。」

ラフィエスが少しきまりが悪そうに答える。

「別にあなたたち二人がいいんなら私は何も言うつもりはないんだけど、布団も置いてないって事は今って部屋に何もないでしょ。他にも何か欲しい物あったら持ってっていいわよ。」

「他ですかぁ?」

ラフィエスが物置きの中を覗く。そして何か見つけた様だ。

「あの鏡貰っていいですか?」

彼女が物置きの奥に置いてあった鏡を指差す。

「そうよね、女の子だから鏡くらい必要よね。お姉ちゃんが昔使ってたやつだけど良かったらどうぞ。」

「ありがとうございます。」

「他に無いの?」

「ええ、別にありませんけど。」

「そう、後で和室にある小さいタンスと机は持ってってあげるね。」

「はい。」


***


「真斗さん遅いですね。」

「そういえば今日は補習があるって言ってたわ。」

ラフィエスと母親が台所の椅子に座って真斗の帰りを待っている。

「お腹空きました。。。。」

「時間的にはもうそろそろだと思うわよ。」

母親が時計を見ながら答える。

「ただいま~。」

真斗が家に帰って来た時にはすっかり外は暗くなっていた。

「あ、真斗さん帰って来ましたよ。」

玄関のドアを開けると家の奥からラフィエスの声が聞こえてくる。

良かった、まだ帰ってなかった。そう思って胸を撫で下ろす。

「おかえりなさいです。」

玄関で靴を脱いでいると台所からラフィエスが出てくる。彼女は昔姉が着ていたと思われる服の上にエプロンを着けている。それがあまりに可愛いので思わず見とれてしまう。

「ん?どっかおかしいですか?」

彼女が自分の姿を眺めながら尋ねる。

「あ、いや、別に。。。。似合ってると思って。」

「そうですか?」

しかし、こんな可愛い女の子にお帰りを言って貰えるなんて何て自分は幸せ者なのだろうか。

「ところで、真斗さん聞いてください。私も明日から真斗さんと同じ高校ってのに行ける事になったんです。」

彼女が嬉しそうに話しかけてくる。

「え?今、何て???」

彼女の言葉に思わず耳を疑う。

「だから私も真斗さんと同じ高校ってのに行ける事になったんですよ。」

「マジ?」

「おかえりなさい真斗。そう言う事だから明日からラフィちゃんの事よろしくね。」

母親が台所から出てくる。

「ちょっと待ってよ母さん。いきなりそんな。。。」

「ラフィちゃんもしばらくはこの世界にいるんだから、ずっと家に居ても仕方ないじゃない。今日だってもの凄く暇そうだったし。だったら、地上の事を勉強するのには学校に行くのが一番でしょ。今日、校長先生と話したら真斗と同じクラスにして貰えるらしいから、ちゃんと面倒見てあげてね。」

「はぁ。」

なんだか押し付けられた感がある。

「ラフィちゃんは外国にいた遠い親戚の娘って事にしてあるからね。」

「なんかありがちな設定だね。」

「仕方ないでしょ。正直に言っても信じて貰えるわけないしね。」

「まあ、それはそうだけど。」

「学校の先生には校長先生から話して貰えるから心配いらないわよ。」

「わかったよ。」

さて、それより心配なのはクラスの連中の反応だ。親戚という設定とはいえ同じ屋根の下で暮らしている事になっている。それに遠い親戚なら間違いが起きても問題ないって事だ。どんな事を言われるかわかったものじゃない。

「私と一緒に行くのは嫌なんですか?」

難しい顔をしていたのか彼女が心配そうな顔で覗き込んでくる。

「あ、いや、そういうわけじゃないから気にしないでくれ。」

「う~ん、高校ってとこ行くの楽しみだな~。早く明日来ないかな~。」

「ラフィが思ってるほど良いとこじゃ無いと思うけどな。」

「それはそうと夕食にするから早く着替えてらっしゃい。今日はラフィちゃんがあまりにも暇そうだったから作ってみて貰ったのよ。」

「そうです。お母さんに教えて貰いながら私が初めて作ったんですよ。」

ラフィエスが自慢げな顔でこちらを見る。

「初めて?」

「うん。」

女の子の初めてを戴けるというのは非常にありがたく聞こえるが料理という意味では不安しかない。

とりあえず服を着替えて台所に行く。


「で、何?これ。。。。」

目の前のお皿を眺めながら彼女に尋ねてみる。

「シチューって言うものらしいです。」

「らしいって、ラフィが作ったんじゃないのか?」

「だって、こんなの今まで食べた事ないですから。」

「ちゃんとシチューらしい物にはなってるでしょ。シチューの元は使わずにちゃんと小麦粉から作ってあるのよ。」

母親のフォローが入る。

「これがシチューねぇ。。。。。」

目の前の皿に入っているのは皮のいっぱい残ったじゃがいもが入った白いスープだ。ニンジンも玉ねぎも大きくざっくり切っただけのままで入っている。大きな野菜のシチューっていうのはあるが、これはあまりに大きすぎる。

「包丁使うのも初めてだったみたいだものね。」

「私の剣でなら上手に切る自信あったんだけど、お母さんがそれじゃダメだって出してくれなかったからです。」

「ここであんなもの使ったらまな板まで真っ二つになっちゃうでしょ。それに包丁くらい使えないといいお嫁さんになれないわよ。」

「天界では包丁なんて使わなくていいからいいんです。」

彼女はやはり帰るつもりの様だ。当たり前と言えば当たり前だがそれはそれで悲しい。真斗のお嫁さんになるから帰らないとか言ってくれないだろうか。

「でも、しばらくはウチにいるんでしょ。」

「はぃ。。。。。」

ラフィエスが申し訳なさそうに答える。

「じゃあ、ちゃんとお手伝い出来る様にならないとね。」

「はぁ。。。。。」

「で、これって食べても大丈夫なの?」

シチューと呼ぶのはどうかと思う物を眺めながら母親に尋ねる。

「まぁまぁ、誰だって最初はこんなもんよ。味は問題ないから食べてみなさいよ。」

「うん。。。。」

おそるおそるシチューとやらをスプーンですくって口に持っていく。

「どうですか?」

ラフィエスがこちらの様子を伺っている。

確かに味としてはシチューに違いない。

「まあ、悪くはないな。」

「ほんとですか?」

彼女が嬉しそうな顔をするのを見て、まぁこれもいいかと思う。

「う~ん。これは。。。。。」

彼女が自分で作った料理を微妙な顔をしながら食べているので、それを横から眺めるのも面白い。

しばらくウチにいるようなのでしっかり母親の下で花嫁修業して貰おう。


ガリッ


大きなにんじんをかじってみたらまだ少し芯が残っていた。


***


「真斗さん、お風呂沸きましたから先に入って(て)貰えますか。」

リビングでソファに寝転んで本を読んでいるとラフィエスがお風呂に誘いにやって来る。

「ああ、じゃあ、先に入るな。」

「はい。」

「お風呂の中あっためて待ってるから早く来いよ。」

「え?。。。。」

彼女の顔が真っ赤になる。やはり一緒に入るというのは少し恥ずかしい様だ。

「ちょっと待ってください。」

「なんだ?最初から一緒の方がいいのか?それでもいいぞ。」

「違います。なんか最初の私のセリフが勝手に補間されて話の流れがおかしくなってるみたいなんですけど。」

「え?どこが?」

「私は先に入ってください、と言っただけですけど。」

「悪い、僕の脳内で勝手に一文字補間されたみたいだな。じゃあ、改めて僕からお願いします。」

「お断りです。」

残念ながらはっきりと断られてしまったので、今日は一人でお風呂に入る事になった。

「これから先も絶対にありませんからね。」

彼女が何か言っていたが、未来の事は誰にもわからない。


***


「ふう。」

お湯に浸かりながら今日一日の疲れを癒やす。

昨日からイベントが盛りだくさんだったのでさすがに疲れている。

これで彼女が背中でも流してくれたら、その疲れも吹っ飛んで行くのだが、その望みはしばらくお預けだ。

ところで、今日も彼女は部屋に来てベッドで寝るのだろう。それ自体は非常に喜ばしい事なのだが、今日も布団を取られたのではさすがに体がもたない。

体を洗いながら、どうしようかと考える。

”部屋の模様替えをした方がいいかな。”そう思いながら頭を洗ってお風呂を出る。


さて、夜寝る時間になると今日もラフィエスが部屋のドアを叩く。

ドアを開けるとパジャマ姿の彼女が何やらフェンスの様な物を持って立っていた。

「なんだ、それ?」

「じゃーん。今日これを一階の物置きで見つけてお母さんに貰ったんです。もうこれで大丈夫ですよ。」

彼女がドヤ顔で手に持っている物を見せる。

手に持ってるのは自分も使っていたであろうベビーベッドの様だ。もちろん、ビデオや写真で見た事があるだけだが。

「ま、まさか。。。。もしかしてオメデタ?いや、僕はまだ覚えが無いんだけど。」

「違います!なんでそっちに行くんですか。」

彼女が思いっきり否定する。

「じゃあそれを何に使うんだ?さすがに君でもその中じゃ寝られないぞ。」

「これをベッドの横に置くんです。」

彼女が部屋に入って来てフェンスをベッドの横に置く。

「それで?」

「ちょっとこれ倒れないように持ってて下さい。」

そう言うと再び自分の部屋に戻ってダンボール箱を持って来てフェンスの横に置く。

「まずはこれで良しと。私の部屋にもう一つダンボール箱がありますから持って来て下さい。」

「相変わらず人使いが荒いな。」

ラフィエスの部屋に入ってダンボール箱を抱える。

「ずいぶん片付いたな。」

ダンボール箱を抱えながら彼女の部屋の中を眺める。

小さいが机もタンスもあって少し部屋らしくなっている。

タンスの上には小さい鏡が置いてある。あれは確か姉が昔使っていた物だ。

「残ってたのは全部一階の押入れに持って行ったんです。」

「じゃあ、ここでも寝られそうだな。」

「まだベッドが無いですからダメです。真斗さんのベッドをここに持って来てもいいですか?」

「いや、それは駄目だ。」

疲れた時にゴロンと横になれるのでベッドは残しておきたい。そしてなにより彼女が自分の部屋に来るきっかけになる。

「じゃあ、仕方ないです。やっぱり私が真斗さんのベッドで寝ますから、それも運んで下さい。」

「はぃはぃ。」

彼女が置いたフェンスの横にダンボール箱が二つ並ぶ。

「ほら、こうやってフェンスがあれば転がってもベッドから落ちないでしょ。」

「なるほど、じゃあ、ちょっとそこに寝てみろよ。」

ラフィエスがベッドに寝転がる。そしてベッドの上でゴロゴロしながら満足そうな顔でこちらを見る。

「ほらね。」

「今度は少し勢いつけて転がってみろよ。」

「じゃあ、行きますよ。えいっ。」

彼女がベッドの端から勢いをつけてフェンスまで転がってくる。


ドガシャン

そしてフェンスを押し倒して下に落ちる。


「あぃたたたた、思いきり腰打ちました。」

彼女が腰を押さえながら立ち上がる。そして困ったと言った顔をしている。

「ほら、そんなんじゃ役に立たないだろ。」

「う~ん。真斗さん、私が寝ている間これを押さえておいて下さい。」

「夜中ずっと押さえとけって言うのかよ。」

「はい。」

「はい、じゃないだろ。仕方ない、やっぱりちょっと模様替えするか。」

「模様替えですか?」

「ああ。」

机のところまで行って机の引出しのある側の天板に手をかける。

「ちょっとそっち持ってくれ。」

「ここですか?」

ラフィエスが反対側を持つ。

「じゃあ、少し持ち上げるぞ。いち、にの、さん。」

「う~ん、真斗さん重いです。」

ラフィエスの側が全く持ち上がっていない。

「仕方ない、引き出し抜くか。。。」

そう言いながら引き出しを引っ張り出そうとしたが、少し引き出したところでヤバいものが入っているのを見つけてすぐに戻す。

「あ、ラフィ、準備出来たら呼ぶから、ちょっとベッドで休んでてくれ。」

「私も出すの手伝います。」

「い、いや、いいから。。。」

「そうですかぁ?」

ラフィエスがベッドに寝転がったのを確認して、引出しの中にあった彼女に見られたら困るDVDや本とかを底の方に隠す。

そして、念のため他の引き出しも中を確認しつつ机から抜いていく。

「いいぞ、もう一回持ってくれ。」

「はい。」

彼女がベッドから降りて机の天板に手をかけたのを確認して号令をかける。

「いくぞ!いち、にの、さん。」

「う~、まだ重いです。」

わずかだが持ち上がっている様だ。

「よし、このままベッドの横まで運ぶぞ。」

そうしてベッドの反対側に置いてあった机をベッドの横まで二人で動かす。これが彼女との初めての共同作業だ。

「はぁ、はぁ、はぁ」

彼女が肩で息をしている。

「ラフィはもうちょっと体鍛えた方がいいんじゃないか?戦士だろ?」

「余計なお世話です。」

確かに筋肉ムキムキの彼女を見たくないのも事実だ。

とにかく、机でベッドの半分くらいが隠れた。あとはベッドと机の隙間にフェンスを挟めばOKだ。

フェンスの残りの部分はいちおうダンボール箱で押さえておく。

「ほら、これで簡単には倒れないだろ。」

「真斗さんって頭いいですね。見直しました。」

ラフィエスが感心した顔でこちらを見ている。

「いや、まあ、そんな事ないけど。」

こんな事で感心されてもと思うが、まあいいだろう。


抜いてあった引出しを元に戻し、もともと机の置いてあった場所を掃除して、そこに自分が寝る為の布団を敷く。

これなら彼女がベッドから落ちて来ても被害を被る事はない。考えてみれば一石二鳥だったかも知れない。ただすぐに彼女の寝顔が見えなくなったのは残念だ。

それと、後で忘れずに引出しに鍵を掛けておかなければならない。


「じゃあ、電気消すぞ。」

「うん。」

リモコンを使って部屋の電気を常夜灯モードにする。

寝る場所が変わったのでいつもと見える風景が違う。

布団に入ってしばらくするとラフィエスが話しかけてきた。

「真斗さん、高校って楽しいとこですか?」

これは難しい質問がやって来た。友達と話したり遊んだりしている時は楽しいが、授業中ははっきり言って楽しくない。ただ、ここで彼女の期待を削ぐのもどうかと思う。

「そうだな、楽しいと言えば楽しいかな。ラフィは勉強好きなのか?」

「嫌いです。特に魔法の勉強が嫌いです。」

間髪入れずに返事が返って来た。

「でも、この世界の事をもっと知りたいとは思います。」

「前向きだな。」

「それが私の取り柄ですから。」

なるほど、確かにそこは真斗が彼女に惹かれているところでもある。もちろん顔やスタイルも大いにあるのだが。


しかし、彼女がこの世界について知りたい様に自分も彼女の世界についてもっと知りたいと思う。ひいてはそれが彼女を知る事にもなる。

「なぁ、ラフィの世界ってどんなんだ?」

思い切って聞いてみたが、しばらく待っても返事が無い。今までの様に体を起こしただけでは彼女の顔が見えなくなってしまったので、布団から出てベッドの方を覗いてみる。

彼女はもう眠っている様だ。

相変わらず横になってから寝るまでが早い。

しかし、結界を張ってあるとはいえ、寝られるという事はあまり警戒はされて無いって事だ。

そう思いながら自分の布団に戻って目を閉じる。


***


ガツン


夜中にもの凄く大きな音が聞こえて目が覚める。


「いったーい!頭打った。」

今度はラフィエスの叫び声が聞こえて来た。どうも机の脚に頭をぶつけた様だ。

「ううううう。」

しばらく彼女の唸り声が聞こえていたがやがて静かになる。


やれやれ寝相の悪いお嬢様だ。そう思いながら真斗も目を閉じる。

さて、明日からどんな学校生活が待ち受けているのだろうか。。。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る