空から落ちて来た天使にベッドを取られました。

京乃KIO

第1話 空から落ちてきた天使

暗闇のなか空中を舞う二つの影が近づいたり離れたりしながら縦横無尽に動き回っている。

一つの影は大きくがっちりとしている。そしてもう一つの影は小さく華奢だ。

「さあ、それをこちらに返して下さい。」

暗闇に少女のものらしい高く澄んだ声が響く。

「返して欲しいのなら無理矢理取り返したらどうだ?」

今度は暗闇に低い男の声が響く。

「言われるまでもないです。」

「無駄な事はしない方がいいと思うがな。ひよっこのお前が私に勝てると思ってるのか?」

「無駄かどうかはやってみないとわかんないです。」

「ははは、じゃあ、やってみるんだな。」

男の余裕の声が響く。

「覚悟して下さい。」

小さい影が大きい影に向かっていく。


カキーン

二つの影が重なった時、真っ暗な空間に金属同士がぶつかり合う音が響きわたり、小さい影が弾き飛ばされる。

「くっ!」

「さっきまでの勢いはどうした?」

「まだまだです。」

小さい方の影が大きい影に向かって行っては、弾き飛ばされる。それが、しばらく繰り返される。


「はあ、はあ、はあ、はあ」

小さい影が肩で息をしている。

「ほら、もう息が切れてるぞ。運動不足じゃないのか?」

「うるさいです。こうなったらこいつをお見舞いします。」

小さい影が片手を前に出すと、手の先が黄色い光に包まれ始める。そして、暗闇の中に光に照らされた金髪の少女の姿が浮かび上がる。そして、その光はそのやがて少女の体全体を照らし出す。

「覚悟しなさい。私の必殺技サンダーバースト(仮)!」

少女がそう叫びながら手を突き出すと、光がバレーボール程の大きさの玉となってもう一つの影に向かってゆっくりと突き進んで行く。

少女の放った光の玉が大きな影に近づくに連れて、今度は闇の中に黒いコートを羽織った大柄の男の姿が照らし出される。

「これがお前の必殺技?こんな物は私には無駄だ。」

そう言って男がその光の玉を軽く掴んで押し潰すと、男の姿は再び大きな影と変わる。

「そんな。。。。私の渾身の必殺技が。。。」

少女の声は動揺を隠せない。

少女のまとう光が徐々に力を失っていき、再び小さい影となる。

「もう限界の様だな。」

「やっぱり私の力じゃ。。。。。。。」

「もういい加減諦めろ。これはもう私の物なのだから。」

男の影がそう言って手に持った何かを高く上げる。

「嫌です。」

少女の影が男の影に体当たりすると、男の影が手から何かを落とす。

「しまった!」

少女の影が急いでそれを追い、両手で掴む。

しかし、そのまま少女の影は下に向かって落ちて行く。

「え?私のラピスの力が無効化されてる?なんで???このままじゃ落ちる!!!!」

少女の影の落ちるスピードが徐々に増して行く。

「ダメ、もう意識が。。。。。。」

「マズいな、このままでは。。。」

男の影が慌てて追いかけるが既に追いつけない。

「もう無理か。。。。」

男の影が途中で追いかけるのを止める。

そして、次の瞬間、少女の胸元から発せられた強烈な光が少女を包み込む。

その光は空全体を一瞬昼間に変える。

「落ちたか。。。。」


***


今日は新月でよく晴れているので星がよく見える。昼間少し雨が降ったせいか空気も澄んでいて星を見るには最高の状態だ。

天体観測なんて高尚な趣味ではなく、屋根の上に上がってただなんとなく星を眺めるのが好きだ。

自分の家は総二階で屋根が平らになっているので、二階の屋根の上でも怖くも何ともない。

ただ、自分の家は住宅街の中にあるので星を見るには街の灯がどうしても邪魔になる。街の明かりが全て消えてなければもっときれいに星が見えるのになんて事を思ってしまう。

危ないからと両親に怒られるのだが、二階の自分の部屋のベランダからハシゴで二階の屋根の上に登っていつものように星を眺めていると、空がまるで真昼になったかと思う様な光に包まれる。

「うわっ!」

あまりの眩しさに思わず手で目を覆う。

しばらく目が眩んで何も見えなかったが徐々に目が慣れて来た。しかし、さっきまでと何かが違う。辺りを見回すと一部の大きな建物を除いて街の灯りが全て失われている。どうやら大規模な停電の様だ。

再び空を見上げるとさっきより星がよく見える。もしかしたら神様が自分の望みを叶えてくれたんだろうかなんて事を考えていると、空からかなりの勢いで一つの光が落ちてくる。流れ星かと思って見ているとその光は真っ直ぐにこちらに向かって落ちて来ている様だ。

「うわっ!」

慌てて立ち上がろうとしたので思わず屋根の上で転びそうになったが、なんとかこらえて空を見上げる。

しかし、近づいてくるにつれてその光の速度は緩やかになっているようだ。

停電が復旧してきているのか、街の灯りが徐々に戻って来た。しばらくすると自分の家にも明かりが戻る。

そして、その光が近づいて来るにつれ光の正体に目を疑う。

「え???女の子????」

そう、落ちて来ているのはどう見ても女の子に見える。淡い光が仰向けになった女の子の体全体を包んでいる。

そして、その女の子はそのままゆっくりと自分の目の前まで落ちてくる。

そこで、その落ちて来た女の子を両腕で受け止める。

その体はまるで風船のように腕の上で浮かんでいる。

そして女の子を包んでいる光が徐々に薄くなったと思うと突然消える。

「うわっ!」

次の瞬間、両腕に強烈な重みを感じ、思わず女の子を落としそうになるのを踏ん張ってこらえる。

「危なかった~!」

抱えた腕に女の子の体温が直に伝わってくる。女の子は気を失っているだけの様だ。

「真斗、さっき停電があったけど大丈夫?」

一階から母親の呼ぶ声がする。

「うん。でも、母さん、空から女の子が。。。。」

「なに馬鹿な事言ってるのよ。アニメの見過ぎじゃないの?危ないから早く降りてらっしゃい。」

一階からそう言う返事が返ってくる。

さすがに信じて貰えない様だ。それはそうだ、自分だって信じられない。

もしかしたら、明日から冒険活劇が始まったりするのだろうか、思わずそんな事を考える。

さて、問題はどうやってここから下りるかだ。典型的な文化系人類である自分は、女の子を抱えたままハシゴを降りるなんて芸当は出来ない。

悩みながら自分の腕の中の女の子を眺める。

ちなみに女の子は露出部の多い甲冑の様な物を身に着けている。コスプレ好き少女だろうか?

自分は以前からアニメやマンガで出てくる甲冑姿の女の子はなんであんなに露出度が高い事が多いのか不思議に思っている。

しかし、実際に目の前で見るのは悪いものではない。

いや、それよりなんでこの女の子は空から落ちて来たのだろうか?さっきの光と何か関係があるのだろうか?例えば上空で飛行機が爆発してそこから落ちてきたとか????

疑問は尽きない。

抱えた腕がさすがに疲れてきたので女の子の下半身をゆっくりと屋根の上に降ろす。

ふと女の子の胸元を見ると宝石の様な物が付いたネックレスをしている。

先ほどの光はこの石を中心に発せられていた様に見えたが、今も僅かに光を残している。

なんとなくその石に手を伸ばそうとした瞬間、喉元に冷たいものを感じる。

「私のラピスに触れたら命はないわよ。」

下から少女の声が聞こえる。凄んではいるが、かわいい声だ。顔をそのままにして目だけ下に向けるとさっきまで気を失っていた女の子がこちらを睨んでいる。そして自分の喉元には細く長い剣が突きつけられている。

ラピスというのは彼女のネックレスの先に付いている宝石のことを言っているようだ。

「ゴクリ。。。。。」

思わずつばを飲み込む。

そして、女の子のネックレスに向けて伸ばしていた手をゆっくりと元に戻す。

しかし、剣は喉元に突き付けられたままだ。

「おい、手を戻したからその剣も引っ込めてくれよ。」

「あなたは誰?」

女の子が質問してくる。

「君こそ誰だよ。」

「先に私の質問に答えて下さい。でなければずっとこのままです。」

「いや、これはこれで悪くはないんだけどね。」

そう、この角度だとちょうど胸の谷間が見える。

「なっ!」

それに気付いた女の子が慌てて立ち上がる。ただし、剣の先は自分の顔の方を向いたままだ。

「さあ、あなたが誰なのか答えて下さい。」

「誰って、僕んちの屋根の上で偉そうに言われる筋合いはないんだけどね。」

そう言うと、女の子は周りを見回して、今自分がいる場所に気付いた様だ。

「ここはどこ?」

更に質問が増えた。

こちらから聞きたい事もあるのだが、このままだとらちがあかないので、諦めてこちらから名乗る事にする。

「僕の名前は加神真斗かがみまさと。逢空高校の二年生。そんで、ここは僕んちの屋根の上。ここで僕が星を見てたら君が落ちて来たから受け止めた。これでいいかな?」

「助けてくれたの?」

単に受け止めただけで助けた訳ではないのだが、ここは恩を売っておいた方が良いかも知れない。

「そう、だから命の恩人に対してそれはないんじゃないかな。」

「ごめんなさい。そうとも知らずに。」

女の子がようやく剣を鞘に収める。

「いや、それはまぁいいんだけど。そういう君はいったい何者なんだ?そんな格好で空から落ちて来て。。。。」

「私の名前はラフィエス。この世界の人間の言う神の世界を守る戦士系天使。まだ見習いだけど。。。。」

「神の世界?天使?頭大丈夫か?どっかで頭打ったりしてないか?」

「ずいぶん失礼な人ですね!でも、信じられなくて当たり前ですよね。」

「天使って事は背中に羽根があるのか?」

さっきしばらく彼女を抱えていたが背中に羽根があるような感触はなかった。

「それは私たちを見たこの世界の人間が勝手に想像で付けた物です。羽根も何も無いのに空中を飛び回っているのはおかしいって。」

「なるほどね。」

そう言われると、なんとなく納得してしまう。

「で、なんで見習い天使の君がここに落ちてきたんだ?」

「戦ってる途中で気を失って落ちてきたみたいです。」

「戦うって誰と?」

「それは。。。。は、は、は、くちゅん。」

ラフィエスと名乗る女の子が可愛らしいくしゃみをする。

確かに少し寒くなって来た。彼女はほとんど裸に近い格好なので更に寒いだろう。

「屋根の上は寒くなってきたから、とりあえず僕の部屋に入ろうか。」

彼女を自分の部屋に誘ってみる。

「あなたの部屋ですか?」

「ああ、じゃあ僕が先に降りるぞ。」

そう言って先にハシゴを下り始める。

「ちょっと待って下さい。」

半分ほど降りたところで彼女が追いかけてハシゴを降りてくる。

「上、見ないで下さいね。」

「はい、はい。」

ベランダに降りて、窓から部屋に入る。


***


部屋の中に入って改めてラフィエスと名乗る女の子を見る。

さっきは暗かったのでよく分からなかったが、明るい所で見るとかなり可愛い子だ。

金色に輝くショートの髪に青い大きな瞳そして各パーツの形も配置も完璧だ。華奢ではあるが出てるところはちゃんと出てるしスタイルも申し分ない。背はクラスで低い方に入る自分の目線くらいなので小柄な方だ。

今は格好の方が先に目に付いてしまうが、普通の格好でもこんな娘が道を歩いていたら思わず振り返ってしまうだろう。

「これがあなたの部屋。。。。」

ラフィエスと名乗る女の子は最初キョロキョロと部屋の中を見回していたが、ある一点で固まる。しかし、彼女の目の先を追ってみても、そこにはベッドしか見当たらない。布団は今朝起きたままの恥ずかしい状態だが、何か問題があっただろうか?

「あれって、ベットですよね。。。。」

女の子がつぶやく。

「ああ、確かにベッドだけど。。。。」

「いいなぁ~。」

そう言いながら吸い寄せられるようにベッドの方に歩いて行く。

「寝てみてもいいですか?」

「は?まぁいいけど。」

そう答えると、女の子はベッドの上にダイブする。そして、うつ伏せに寝転んでマットの感触を楽しんでいる様だ。

母親が頻繁にシーツを洗ってくれているし、マットもまめに除菌消臭スプレーをしてくれている様であるが、どこかに自分の恥ずかしい匂いが残ったりしていないか少し気になる。しかし、彼女があまりに嬉しそうに頬ずりしているので放っておく。 

ただ、自分のベッドの上に女の子が寝転んでいるというのは変な感じだ。これはもしかして誘われているのだろうか。。。。

そう思いながらしばらく眺めていると彼女が急に動かなくなる。

「お、おい。」

慌てて近づいてみると寝息が聞こえてくる。どうもそのまま眠ってしまった様だ。


さて、困った。この状況を両親になんて言って説明したら良いのだろうか。

さっきみたいに空から落ちてきた女の子です、なんて言っても信じて貰えるわけがない。

どうしようかと思っていると、母親が階段を上がってくる音が聞こえてくる。

急いで寝ている彼女に頭から布団を掛けてみたが違和感しかない。起きてるんならクローゼットの中に隠れて貰うとか出来るのだが。。。。

しばらくして母親が部屋のドアをノックする。

「ねえ、真斗。女の子の声が聞こえた気がしたんだけど、誰か来てるの?」

「あ、いや、母さん、ゲームの中の女の子の声だよ。」

「ゲームばっかりしてないでちゃんと勉強しなさいよ。とにかく、お風呂沸いたから先に入ってくれる?」

「あ、うん。すぐ入るよ。」

そう答えると、母親がそのまま階段を下りていった様なのでひとまずホッとする。


さて、問題は彼女をどうするかだ。自分がお風呂に入っている間に目を覚まして一階に降りて行ったりしたら困る。

「早く入ってね~。」

母親から催促コールが入った。

仕方ない。今起こしたら起こしたで面倒そうだし、ぐっすり寝ているようなのでしばらくは大丈夫だろうと思ってお風呂に入る事にした。


***


「ふぅ。」

お湯に浸かって暖まる。こわばった体が徐々にほぐれていくのを自分でも感じる。さっき長い時間屋根の上に居たのですっかり身体が冷えていた様だ。

しかし、あまりゆっくりしている余裕はない。早く出て彼女を何とかしなくればならない。

急いで頭と体を洗って再びお湯に浸かる。

「しかし、可愛い娘だよな。身体も出てる所はちゃんと出ててスタイルも抜群だし。」

そんな娘が今自分のベッドで寝ているなんて事を考えていると、下半身がヤバい事になって来た。

このままでは身体を拭くのも大変なので、何とか下半身を鎮めてお風呂を出る。

「あら、今日は珍しく早いのね。」

リビングの前を通り過ぎる時に母親に声を掛けられる。

「うん、まだ宿題が残ってるから急いでやらないといけないんだ。」

本当はもう終わっているのだが、とっさにそう答えて二階に上がる。


女の子を起こさないように、そっとドアを開けて部屋の中に入る。

しかし、ベッドで寝ていたはずの彼女の姿がない。

夢でも見ていたのだろうか?そう思いながらベッドの上に手を置いてみる。

すると、まだベッドの上に温もりが残っている。少なくとも夢ではなかった様だ。

「なんだよ、黙って出ていくなんて。。。」


***


次の日の朝、教室の中は昨日の夜の話題で盛り上がっていた。

「おい、お前見たか昨日の夜の発光現象、多分あれが原因で停電したんだよな。最初は雷か何かかと思ったけど、昨日の夜は雲一つなかったよな。」

「あの停電は参ったよ、もうちょっとでゲームクリアだったのに全部パーだもんな。」

「私なんか楽しみにしてた番組の途中だったのに。停電の後はそのニュースばっかりになって、いやんなっちゃった。」

「今朝のニュースでもやってたけど、原因は不明だってさ。」

「20年前にも同じ様な事があったらしいぞ。その時も原因不明だったらしいけど。」

「空から光が落ちて来るのを見たって情報もあるってよ。もしかして宇宙人の襲来だったりして。。。」

「ばっかだなぁ。そんなのあるわけないだろ。映画の見過ぎだよ。」


そんなみんなの話に参加せずに窓からぼんやり外を眺めていた真斗のところに幼なじみの橘啓太たちばなけいたがやってくる。

彼とは幼稚園からずっと家族ぐるみでの付き合いだ。

幼稚園からの幼なじみは学校に数人いるが彼が一番仲がいい。

「おい真斗。お前、昨日の見たか?」

「何を?」

「何をって、昨日の発光現象だよ。」

「ああ、見たよ。。。。。。」

窓の外を眺めたまま、なんとなく返事をする。

「なんだ?反応悪いな。お前の事だからもっと乗って来るかと思ったのに。」

「昨日、飛行機事故のニュースとかなかったよな。」

「ああ、別に聞いてないけど。それがどうかしたのか?」

「いや、別に。。。。。」

「なんだよ。今日のお前なんか変だぞ!」

昨日の話をしても信じて貰える訳もないし、ラフィエスと名乗る女の子がいなくなった事がショックだ。まだお友だちにもなれていないのに。。。。

「そういや俺の友達が見たらしいけど、あの後、空から何か光る物が落ちてきたんだってよ。お前の家の方らしいけど、何か知らないか?」

「いや、何も知らないけど。。。。」

「そうかぁ、隕石とかなら高く売れるらしいから放課後探しに行ってみないか?」

「いいよ、別に興味ないし。」

「チェッ、つまんねーの。」

そう言うと啓太はみんなのところに戻って一緒に話で盛り上がっている。

申し訳ないが自分はそこに参加する気にならない。


***


「ただいま~。」

「お帰り真斗。お友だち来てるわよ。それも女の子。」

学校から帰って家に入ると母親が玄関まで出てくる。

「友だち?女の子?」

「ええ、リビングで待って貰ってるから早く上がってらっしゃい。」

「あ、うん。」

返事はしたものの、真斗にはそんな友だちが来る予定はない。特に女の子が来るなんて。。。

誰だろうと思いながらリビングに入ると嬉しそうにケーキを食べているコスプレ少女がいる。

「君は。。。。」

「あ、お帰りなさいです。」

口の周りにクリームをいっぱい付けながらケーキを食べているのは昨日の夜ラフィエスと名乗った女の子だ。

「地上っていいなぁ。こんなに美味しい物が食べ放題なんて。」

「食べ放題なわけないだろ。」

「だってあの女の人が好きなだけどうぞって。」

「それは意味が違うからな。ところで、あの女の人って母さんの事か?」

「あの人があなたのお母さんなんですか?」

「ああ、そうだけど。」

「綺麗な方ですね。」

「まあ、そうかな。」

自分の母親の事をどうこう言うのもなんだが、美人という事で近所で有名なのは事実だ。

「でも、髪の色は違うんですね。人間の場合は両親の髪の色を引き継ぐと聞いているのですが。」

「まぁね。」

そう、母親も父親も黒髪なのに真斗の髪は生まれつき栗色だ。人から違うと良く言われるが、姉の髪も同じ栗色なので特に気にしていない。

「しかし、人間の場合って言う事は君たちの場合は違うのか?」

「ええ、私たちは持って生まれた属性によって髪の色が異なります。ちなみに私の属性は雷だから金色です。」

「雷だから金髪っていい加減だな。」

「そこは神様が決められた事ですので何とも。。。」

「ふーん。」

よくはわからないが天使にはいろいろな属性というのがあるらしい。

「ところで、私決めました。」

「決めたって何を?」

「ここを地上での活動拠点にする事に決めたんです。」

「いや、待て!それは困るんだけど。」

「なんであなたが困るんですか?」

「だって、ここは確かに僕の家だけど、父さんや母さんにも相談しないと駄目だし。」

「あなたのお母さんならさっきOKだって言っておられましたよ。」

「母さんと何を話たんだ?」

「何って、私の身の上話。そしたら、わかったって。」

「いったいどんな身の上話したんだよ。」

「私が天界から落ちて来た天使で、私が天界に帰るにはこのラピスの力が必要で、でも昨日の夜全てのエネルギーを使い果たしちゃって、それで困って歩いてたらこの家があって。。。そんな話です。」

「よくそれで母さんがOKしたな。で、なんて言ってウチに入ったんだ?」

「道路からこの家を眺めてたら玄関から出てきたあなたのお母さんに声を掛けられて、あなたと友達だと言ったら入ってって言われて、入ったらこれ食べながらしばらく待っててって。。。」

「それでウチでケーキ食ってるって事か?」

「これってケーキって言うんですか?あ~私の世界にもこんなのあったらな~。」

「あっ、こら!これは僕の分だぞ!」

彼女が真斗の前にあるケーキに手を伸ばしてくるのをフォークでブロックする。

「ケチ!」

「ところでラフィエスだっけ?うーん、呼びにくいな、ラフィでいいか?」

「いきなりそれは馴れ馴れしくないですか?」

「君の方だって馴れ馴れしいじゃないか。昨日会ったばかりなのに、いきなり友達だって言って人の家に上がり込んで来てケーキ食ってるんだから!」

「じゃあ、私も名前で呼ばせて貰っていいですか?」

「あ?あぁ、いいけど。」

こんな可愛い娘に名前で呼んで貰えるなんて光栄だ。

「で、なんてお名前でしたっけ?」

「命の恩人の名前くらい覚えとけよ。」

「ごめんなさい、どうもこちらの方の名前を覚えるは難しくて。」

「僕の名前はマサトだよ。加神真斗かがみまさと。」

「では、真斗まさとさんでよろしいですか?」

「ああ。それでいいよ。」

「では、話がまとまったところでさっそくですが。。。」

「何もまとまってないだろ!」

どうも彼女のペースに巻き込まれそうだ。

「とにかく、次は私が活動拠点とする部屋についてご相談させていただきます。」

「なんでいきなりそう言う話になるんだよ。それに、そういう事も母さんに言って貰わないと。」

「真斗さんのお母さんはあなたと相談して決めて貰えばOKだって言っておられましたので。」

どうも母親は彼女を自分に押し付けようとしている様だ。

「それなら仕方ないけど。。。」

「では質問です。この家には部屋がいくつありますか?」

「一階はリビングと台所とお風呂に洗面所にトイレ、そして母さんらが寝室に使ってる和室かな。二階は僕の部屋と姉さんの部屋と物置きになってる部屋の3つだな。」

「真斗さんにはお姉様が居られるんですか?」

「もう大学生で下宿してるから滅多に帰って来ないけどね。あ、でも姉さんの部屋はダメだぞ、目覚まし時計の位置を変えただけでも思いっきり怒られるからな。」

「そうですか。。。では私が真斗さんの部屋をいただきます。」

「こら、何でそうなるんだよ。君が物置き部屋に入るのがスジだろ。」

「か弱い女の子を物置き部屋に押し込むなんて、よくそんな事が出来ますね。」

「確かに物をたくさん置いて今は物置きになってるけど、もともとはちゃんとした部屋なんだからな。居候なんだから少しくらい我慢しろよ。」

「わかりました。取り敢えずその部屋を確認させて貰います。」

何で人の家でそんなに偉そうに出来るのかと思いながら、彼女を二階に案内する。

階段を上がる度に彼女が身に着けている甲冑と剣の鞘が触れ合ってカチャカチャと音を立てる。

「それって重くないのか?」

「重くないと言えばウソになりますが、これが私たちの正式な服装ですから仕方ないです。」

「そうなんだ。」

階段を上がって一番奥の物置きになっている部屋に彼女を案内する。

「ここだよ。」

そう言って部屋のドアを開けた途端、中からかびの臭いがしてくる。

「うえっ、かび臭いです。」

「この部屋は北向きだし、最近窓開けてなかったからな。」

「これは迫害です。神様に訴えてやります。」

「掃除すればいいだろ、それくらい手伝ってやるよ。」

まず、閉めっぱなしになっていた窓を開けて空気の入れ替えをする。

そして一階の物置きから掃除機を持って来て溜まっていたホコリを吸って行く。

「これって何ですか?」

彼女が興味深そうに掃除機を眺めている。

「これは掃除機。この先からゴミを吸い込んで行くんだよ。ほら、そこに吸ったゴミが溜まってってるだろ。」

真斗の家の掃除機はサイクロン式なので溜まったゴミがくるくる回っているのが見える。

「地上っていろいろ便利な物があるんですね。」

「君の世界だとどうやって掃除するんだ?」

「お掃除魔法っていうのが使える様になったら、その魔法を使えば良いんですが、それまではホウキと雑巾です。」

「君はそのお掃除魔法って言うの使えるのか?」

「いえ、それはまだ。。。。」

彼女が小さな声で答える。

少し期待していたのたが、聞いてはいけない事を聞いた様だ。

しかし、長い間掃除をしていなかったので、かなりほこりが溜まっている。

ダンボール箱を一つ一つ廊下に出しながら、その後を丁寧に掃除していく。しかし、彼女は真斗がしている掃除を廊下から眺めているだけだ。

「おい!」

「なんですか?」

「何で僕が一人で掃除してるんだよ。君も手伝えよ。」

「だって、ほこりっぽいですから。私は生まれつき気管が弱くてほこりを吸ったら咳が止まらなくなるんです。コホン、コホン。」

彼女がわざとらしく咳をする。

「じゃあ、僕が部屋から出した荷物を一階の物置きまで運んでくれ。」

「女の子に力仕事をさせるんですか?」

「重いのは僕が運ぶから軽いのだけでも運べよ!君の為にやってるんだぞ。」

「仕方ないです。」

彼女は小さい箱ばかり抱えて一階に持っていく。ときどきわざとらしく咳をしているのが癪に障る。

結局、荷物のほとんどは真斗が運んだ。

まだそれなりにダンボール箱が残っているが、先に一階の物置きを整理しないとこれ以上は入らない。

とりあえず布団を敷くには充分なスペースが出来たので、一階からお客さん用の布団を持って来て置く。

「どうだ、部屋らしくなっただろ?残ってるのはまた明日にでも片付けてやるからな。」

自分でもよくここまで綺麗になったと感心する。

しかし、部屋を覗いた彼女が不満そうな顔をしている。

「ベッドは?」

「は?」

「私のベッドは?」

「そんなもんすぐに用意出来るわけないだろ。」

「ベッドが欲しい、ベッドが欲しい、ベッドが欲しい。」

彼女が駄々をこね始める。

「じゃあ、こうしたらどうだ?」

残ってたダンボール箱を並べてその上に布団を敷く。

「ほら、これでベッドらしくなっただろ。」

しかし、彼女が納得している様には見えない。

「こんなのベッドじゃないです。ベッドって言ったらスプリングが効いてて、なんて言うかもっと。。。。。わかりませんけど、こんなのベッドじゃないです。」

「全部のベッドがスプリングマットってわけでもないし、君は居候だろ、自分の部屋を貰えるだけでもありがたいと思えよ。嫌なら出て行ったらいいだろ。」

そう言うと彼女が目に涙を浮かべて今にも泣きそうな顔をしているので、さすがに言い過ぎたと後悔する。

そう、今の彼女にはこの家、いや自分しか頼るところがないのだ。

「あ、ゴ、ゴメン。そんなにベッドで寝たいんなら僕の部屋のベッドで寝てもいいから。」

「ほんと?嬉しいです!」

「グフッ!」

彼女が抱きついて来たので、彼女が腰に付けている剣の柄の部分がお腹に突き刺さる。

「あ、ごめんなさい。」

「い、い・や、い・い・け・ど。」

女の子に抱きついて貰ったのだからこれくらいは我慢だ。


「じゃあ、お掃除で疲れたのでひとまず部屋で休ませて貰います。」

そう言って彼女が部屋に入っていく。

君はほとんど何もしてないだろと言いたかったが、そこは我慢して自分も部屋に入る。



***


「ふう。」

ラフィエスが部屋に残っているダンボール箱に座ってため息をつく。

昨日の夜は近くの公園で野宿する羽目になったので自分の居場所があるというのはホッとする。

夜は肌寒かったし、野良犬には追いかけられるし、今朝は周りの人からじろじろ見られるし、お腹は空いてくるしで心細くて仕方なかった。

なぜこの家の住人がほとんど何も言わずに自分を受け入れてくれたのかはわからないが、感謝しなければいけないだろう。

「さてと。。。」

甲冑に付いているポーチから持っている全ての持ち物を取り出してみる。

「携帯電話と回復薬草だけか。。。」

戦いの途中でここに落ちてきてしまったので、ほとんど何も持ってない。

「あ、アンテナ立ってる!ここでも通じるんだ!」

期待していなかったが携帯電話が通じるみたいだ。ただ、電池の残りがわずかになっている。

「今のうちに姉さんに電話しておこう。」

急いで電話をかける。

プルルル、プルルル、プルルル。

『もしもし?ちょっとラフィあんた今どこにいるのよ!』

数回のコールの後、携帯電話から姉の怒鳴り声が聞こえてくる。

「どこって、今は地上にいるんだけど。。。」

『え?地上にいるの?許可なしに地上に降りたりしたら大目玉食らうわよ。』

「降りたんじゃなくて落ちちゃったんです。」

『え?落ちた?』

「うん。」

『ラピスのエネルギーは残ってる?』

「それが空っぽで。。。。。」

『マジ?あんたもうこっちに帰れないかもよ。』

「うそ、何で?ラピスのエネルギーさえいっぱいになれば帰れるはずじゃ。。。。。。。」

『本来はそのはずなんだけど、今まで実際に帰って来た天使がいないのよ。20年程前にあんたみたいに地上に落ちた上級天使がいたらしいんだけど、結局帰って来てないんだって。なのに、見習いのあんたが帰れるかどうか。。。。』

「どうしよう。。。。」

『どうしようたって、とにかくラピスのエネルギーを回復させてみるしかないわね。ところで地上での居場所は決まったの?』

「うん、居候させて貰える家が見つかった。」

『変な家じゃないでしょうね。』

「うん、みんな優しいです。」

『そう、良かった。今度許可取って地上に行くからそれまで我慢しなさいね。』

「うん、わかった。」

『じゃあ、もう電話切るわよ。ローミングしてるから電話代いつもの10倍以上かかると思うからね。』

「え、ほんと?」

慌てて電話を切る。


「帰れなかったらどうしよう。。。。」

電話して余計に不安になってしまった。


ぐ~


ラフィエスのお腹が鳴る。

そういえばお腹が空いた。お昼にケーキという物を戴いたのだがあれは美味しかった。しかし、昨日の夜から何も食べていなかったので、さすがにあれだけでは足りない。

その時、ご飯が出来たという声が聞こえたので、急いで部屋を出て一階に下りて行く。


***


「あぁ、疲れた~。」

制服から普段着に着替えてベッドの上に寝転がる。

よく考えてみたら、家に帰ってからずっと彼女に振り回されっぱなしだった。

彼女が言ってた事をまとめてみると、彼女は見習い天使で、彼女の持ってるラピスと呼ぶ石のエネルギーを回復するまでは自分がいた世界に戻る事が出来ないらしい。それで、この世界で唯一知っていた自分を頼って来たという事だ。

しかし、単なる家出少女かも知れないと思える彼女を母親が簡単に受け入れたのかが不思議だ。


そう言えば、彼女はこのベッドで寝ると言っていた。という事は同じ布団で一緒に寝られるという事だ。これは役得と思っていいのだろうか。間違ってあんなことになってしまったらどうしようなんて事を考える。

「おっと、シーツとかちゃんと交換とかないとな。」

ベッドから降りて、シーツを剥がして念入りにマットに消臭スプレーをする。

そして洗い立てのシーツを引っ張り出してきてきれいに敷き直す。

「これで良し。」


そんな事をしていると母親が呼ぶ声が聞こえる。

夕飯が出来たらしい。

奥の部屋から彼女が出て階段を下りて行く音が聞こえたので自分も下りていく。


台所に行ってみると彼女が自分の隣の席に座っていた。そこは、いつも姉が座っていた場所だ。

「やっぱり女の子がいると食卓が華やかで良いわね。お姉ちゃん出てってから寂しくって。」

「悪かったね、華やかじゃなくて。」

「で、ラフィちゃんはいつまでウチにいるの?」

自分の言葉は母親に軽くスルーされる。

「まだわかりませんけど、帰れる準備が整ったらすぐにでも帰りたいです。」

「あら残念。せっかく真斗に可愛い彼女が出来たと思ったのにね~。」

そう言って母親がこちらを見る。

「何言ってんだよ、母さん。」

「そうです。彼女でも何でもありません。」

彼女が断言したので、少しがっかりする。

「そういえば父さんは?」

「父さんなら今日から海外出張だからしばらく帰って来ないわよ。ちゃんと言ってたあったでしょ。」

「そうだったっけ?」

「もう、母さんいろいろ父さんの出張準備してたじゃない。」

そう言えばここ最近二人で何かバタバタしていた。

父親の事を気にも留めていなかった自分を反省する。

「一か月くらいの予定だから、今日からしばらくはラフィちゃんを入れて三人ね。」

「父さんにはラフィエスの事言ってあるの?」

「さっきホテルに着いたって電話があったから話したわよ。真斗がラフィちゃんに変な事しないかって心配してたけどね。」

「僕だってそのくらいの事はわきまえてるよ。」

「どうかしら。」

「どういう意味だよ。」

「とにかく夕食にしましょうか。ラフィちゃんが待ちかねているようだからね。」

母親がそう言うので横に座っているラフィエスに目をやると彼女の目がお皿の上のとんかつにくぎ付けになっている。

「じゃあ、召し上がれ。」

「はい、いただけます。」

「いただきます。」

ラフィエスがもの凄い勢いでご飯やおかずを口に放り込んでいく。ご飯はともかく豚肉も噛んでる様には見えない。

「ちゃんと噛まないと消化に悪いぞ。」

自分の忠告が聞こえているのかどうかわからないが、彼女は食べるスピードを落とさない。

しばらくして茶碗の中のご飯が無くなるとようやく動きが止まった。

「あの~、おかわりしてもいいですか?」

おそるおそる彼女が母親に尋ねる。

「少しくらい遠慮しろよ。」

「いいじゃない、お腹空いてるのよね。いいわよ、好きなだけ食べて。」

母親がご飯を山盛りに装って彼女に渡す。

「ありがとうございます。」

お礼を言いながら茶碗を受け取ると彼女は再び一心不乱に食べ始める。そして再びご飯が無くなると茶碗を差し出す。

「あともう一杯いいですか?」

「いいわよ。おかずのお替わりもあげるわね。」

母親が自分のお皿から彼女におかずを分けてやっている。

「ありがとうございます。」

お礼を言うと再び彼女が食べ始める。

そして三杯目のご飯もおかずも無くなると満足そうにお腹を抱える。

「ふぅ、美味しかったです。」

「そう、良かった。地上の方がお腹空くものね。」

母親が嬉しそうな顔でラフィエスを見ている。

「そうなんです。普段はこんなに食べないんですよ。」

「本当かよ。」

「本当です。いつも少食だって言われるんですからね。」

彼女の言う事が本当なら大食いのやつが来たら大変な事になる。

「ごちそうさま。」

「ごちそうさまでした。」

「お粗末さま。じゃあ、ラフィちゃんお片づけ手伝ってくれるかしら。」

「は、はい。」

突然降って来た仕事にラフィエスが戸惑いながら答える。

「じゃあ、これエプロンね。それと、水がかかっちゃいけないから、この剣は外しておきましょうね。」

母親が彼女の剣を腰から外して、エプロンを着せる。

後ろからの見た目だけで言うとほぼ裸の上にエプロンだけを付けているように見える。

「そこ、いやらしい目で見ない!」

もちろん母親にはお見通しだった。


リビングでテレビを見ていると夕食の後片付けを終えた母親とラフィエスが入ってくる。

「ラフィちゃん。一番にお風呂入ってくれる?」

「いえ、私は一番なんて。。。」

彼女が戸惑いながら答える。

「いいのよ、気にしないで。真斗が入った後じゃ嫌でしょ。着替えとタオルも用意しておいてあげるからね。」

「いえ、別にそんな事は。。。」

「まあ、せっかくだから一番に入りなさいよ。昨日はお風呂入ってないんでしょ。」

「はい。。。。じゃあ、お言葉に甘えて。」

「お風呂の場所と使い方はさっき教えたわよね。」

「はい、大丈夫です。」

ラフィエスがお風呂に向かって歩いていくのを目で追う。

「真斗、覗いちゃダメよ。」

「わかってるよ。」

先に母親に釘を刺されてしまった。

脱衣所からカチャカチャと甲冑を外しているらしい音が聞こえた後、お風呂のドアを開け閉めする音が聞こえてくる。

そして、しばらくするとシャワーの音が聞こえて来た。

是非覗きに行きたいが目の前に母親がいるのでそれは叶わない。

「あ、そうそう、パジャマと下着出してあげとかないとね。」

そう言うと母親が和室にラフィエス用のパジャマを探しに行く。

チャンスと思って立ち上がり脱衣所の方に行こうとした時、母親がパジャマを持って戻ってくる。

「どこ行くの?真斗。」

母親が少し低い声で尋ねてくる。

「あ、いや、食べた後だから歯磨きしとこうかと思って。」

「それはいい心掛けだけど、一緒に行こうね。」

「あ。。。うん。」

結局、母親と一緒に脱衣所まで行くはめになる。

「ほら、歯ブラシだけ取ったらリビングに戻った戻った。口すすぐのは台所でいいからね。」

歯ブラシを取るとすぐに脱衣所を追い出される。ちらりと磨りガラス越しに彼女のシルエットが見えただけだった。

「ラフィちゃん、パジャマと下着置いとくから、お風呂出たらこれ着てね。」

「は、はい。」

彼女の慌てた声が聞こえてくる。


***


「出ました。」

お風呂から出たラフィエスがパジャマを着てリビングに入ってくる。

最近まで姉が使ってた物なので少し大きめだがそこがまたかわいい。

「よく温まった?」

「はい。ところでこんなの初めて着ますけどおかしくないですか?」

「ちょっと大きかったわね。でもかわいいわよ。下着もあれで良かったかしら?」

「はい。」

「じゃあ、つぎ真斗入ってね。」

「うん。」

母親に言われて脱衣所に行く。洗濯機の中を覗いてみたが、既に洗濯中なのでどれが彼女が着けていた物か残念ながらわからない。自分が取るであろう行動は全て母親にはお見通しの様だ。

諦めてお風呂に入る。

しかし、彼女が入った後だと思うだけでいつものお湯と違う様な気がする。

いちおう今日の夜に備えていつもより丁寧に体を洗っておいた。


さて、ラフィエスのおかげで帰ってから宿題が出来ていなかったので、お風呂から出てすぐに自分の部屋に入る。

自慢じゃないが学校の宿題だけは一度も忘れた事がない。ただし成績は学校で真ん中くらいだ。


彼女はお風呂を出た後、リビングで母親と一緒にテレビを見ながら話をしていたが、しばらくして自分の部屋に入った様だ。

明日の宿題も終わり、後は寝るだけの状態で本を読んでいると誰かが部屋のドアを叩く音がする。

母親が階段を上がって来た様子がなかったので、まさかと思いながらドアを開けるとパジャマ姿のラフィエスが立っていた。

「どうしたんだ?」

「あの。。。。。ベッドで寝ようと思って。。。いい。。ですか?」

彼女が真っ赤な顔で控えめに聞いてくる。

可愛い。今すぐ抱きしめたいが焦ってはいけない。ここで焦ったら全てがパーになるかも知れない。物事には順序というのがあるのだ。

まあ、彼女の場合、かなりすっ飛ばしてここまで来てるのだが、まさか本当に来るとは思っていなかった。

「あ、あぁ、そりゃあもちろん!」

「じゃあ。」

真斗がそう答えると、彼女はベッドの上にきれいに敷きなおしてあった真斗のシーツを引き剥がす。

そして自分の部屋からシーツを持って来てベッドの上に敷く。

「おい、何してるんだ?」

「私がベッドで寝ますから、真斗さんは床で寝て下さい。あ、これ借していただいてた敷布団です。」

彼女の部屋に置いてあったお客さん用の敷布団を真斗の部屋に持って来て床に置く。

「は?一緒に寝るんじゃ?」

「何バカな事を言ってるんですか?」

「何で僕のベッドなのに僕が下で寝なきゃいけないんだよ!」

「ベッドは一つしかないんだから仕方ないじゃないですか。ベッドの周囲に結界を貼りますから、私に手を出そうとしたらひどい目に遭いますからね。」

そう言うとラフィエスが何か呪文の様な言葉を唱えた後、ベッドに寝転がる。

「ああ、ベッドで寝られるなんて夢のようです。」

そう言いながらヘブン状態でシーツに頬ずりしている。

「なあ、何でそんなにベッドにこだわるんだ?」

昨日から気になっていた事を彼女に聞いてみる。

「実はこれには深いわけがあるんです。」

さっきまでだらしない顔をしていた彼女が起きあがってベッドの上に正座する。そして真剣な顔で話し始めたので、こちらも椅子に座って真剣に聞いてやる事にする。

「私は三人姉妹の末っ子なんです。私には双子の二人の姉がいるのですが、家には二段ベッドが一つしかありませんでした。それで私だけはいつも床で寝かされてたんです。」

「なるほど、それで?」

「姉二人が家を出た暁にはそのベッドは私の物になるはずだったのですが、姉たちが家を出る時に両親がそのベッドを処分してしまったんです。」

「で?」

「それだけです。」

「は?それだけ?」

「それだけって、おかげで私は生まれてこれまでベッドで寝た事がないんですよ。こんなに気持ちいいのに。」

「あ、そう。でも、二段ベッドって別にスプリングが入ってるわけじゃないぞ。」

「えっ?」

「えっ?て、知らなかったのか?」

「はい。」

「あ、そう。」


結局、大した理由ではなかった。小さい頃のトラウマがあるだけだ。

ベッドを取られてしまったのは残念だが、こんな娘と同じ部屋で寝られるだけでも良しとしよう。

「ところで、昨日はなんで黙って出て行ったんだ?」

「このラピスのエネルギーが残ってるうちに急いで帰ろうと思って。。。。でも駄目だったんです。あと2メモリあると思ったのにあっという間に空になってしまって。」

彼女がネックレスにしている例の石を見せる。

「まるで携帯電話の電池みたいだな。」

「仕方ないのでここに戻ってこようと思ったんですが、暗くてどの家かわからなかったんです。」

「それで、昨日の夜はどうしたんだ?」

「やむなく公園で野宿しました。」

「そうか、じゃあ今日はゆっくりベッドで寝てくれ。」

「はい!」

ラフィエスが満面の笑みで答える。

「じゃあ、電気消すぞ。」

「あ、真っ暗だと怖くて寝られないんで豆球にして下さい。」

「ハイハイ、わかりましたよ。」

真斗の部屋の照明はLEDなので常夜灯モードにして布団に入る。しかし、ラフィエスの世界にも豆球ってあるのだろうか?

「なあ、もう一つ聞いていいか?」

ベッドの上で横になっている彼女に声をかける。

「何ですか?」

「なんで帰る為にはその石の力が必要なんだ?」

「私たちが自由に空を飛べるのはこのラピスのおかげなんです。ですから、このラピスのエネルギーが無くなったり、このラピスを無くしたりしたら私たちは飛べなくなります。だから肌身離さず持っているんです。そしてこのラピスは私が天使である事の証しでもあるんです。そして何より、許可無しに結界を超えるにはこのラピスの力が絶対に必要なんです。」

「その石のエネルギーって何なんだ?電気とかそんなのか?」

「それは秘密です。この世界のどこにでもあるけど、簡単には手に入らない物なんです。」

まるで謎かけみたいな返事が返って来た。

「なんだよそれって。」

「それは言えません。」

「どうしても?」

「どうしてもです。」

これ以上聞いても教えて貰えそうに無いので聞くのをやめた。

そして電気を消して10分もすると寝息が聞こえ始めた。

体を起こしてベッドの上を覗くと彼女の可愛い寝顔が見える。これだけでも役得と思う事にした。


寝心地が変わってしばらくは目が冴えていたが、それでもいつの間にか眠りに着いた。


***


ドサッ


「ぐはっ。」

夜中に彼女がベッドの上から落ちてきてお腹にエルボーを食らわされる。

「いたたた。。。まったく。。。寝相が悪いな。」

仕方なく彼女をベッドの上に戻そうと抱え上げる。

彼女を抱えるのはこれで二回目だ。

女の子と言えど床から抱え上げるのはかなり辛いが、抱えてベッドの高さまで持ち上げる。

「いてっ!」

その時、突如両腕に電流が流れた様な強い痛みを感じて彼女を落としそうになる。

「これが結界。。。」

しかし、困った。このままでは彼女をベッドに戻せない。自分の布団で一緒に寝るという案はありだが、それだと朝起きた時の反応が怖い。とりあえず起こして自分でベッドに戻って貰う事にする。

「おい、ラフィ!おい!」

ラフィエスの肩を軽く揺する。

「ん?。。。。」

すると、彼女が目をこすりながらからだを起こしてこちらを見る。しかし、焦点が定まっていない。

「おい、起きたか?起きたらベッドで寝ろ!」

もう一度彼女の肩を揺する。


ズザザザー


彼女が今の状況に気付いたらしくもの凄い勢いで離れていく。

「な、なんであなたがここにいるんですか。」

「君が勝手にベッドから落ちて来たんだろ。」

そう言うと辺りを見回して自分がベッドの下にいる事に気づいた様だ。そして、すごすごとベッドの上に這い上がっていく。

「何もしてないでしょうね!」

「何もしてないよ。」

「とりあえず信じてあげます。」

そう言うと彼女がベッドに横になる。すると5分もしないうちに寝息が聞こえてくる。


しかし、おかげでこっちはすっかり目が冴えてしまった。

カーテンを開けて窓から空を眺める。

今日は少し雲はあるが雲の隙間から星が見える。空を眺めながらラフィエスが言っている世界の事を考える。

彼女は天界から来たと言っていた。それはあの空のどこにあるのだろう。あの雲の上だろうか?

そして、そこはどの様な世界なのだろうか?。。。。


ドサッ


再び聞こえた大きな音に振り向くとまた彼女がベッドから落ちている。そして、しばらくすると寒くなったのか、もそもそと真斗の布団に潜り込んでいく。

まったく寝相が悪い。

しかし、自分の布団を取られてしまったし、結界のおかげで自分のベッドでも寝られないので、クローゼットから別の掛け布団を引っ張り出してくる。

そして、椅子の上で掛け布団に包まりながら彼女を眺める。


とりあえずあまり深く考えない事にした。考えてもわかる訳ではないのだ。

今そこにラフィエスがいる。それだけを考える。

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