シークエル

 シエリールは、あの夜街の人外の元締めを滅ぼした。そして、訪れた平穏な日々に浸る。望んでいた日常が帰ってきたのだ。

 今日も、今日で平穏な時間が過ぎていく。シエリールら不死種にとって、長命な分一日の価値が普通の短命種より下がる。だが、比べようとする相手が人間ならば、意味を薄めていっても結果限界がある。人間は人間らしさを求めるからである。

 さらに、生物として存在しているならば、最低限せねばならないことがある。それは、呼吸であったり、食物の摂取だったりする。そこに、人間的な意味を見出さないのなら食って、寝て、増える、という動物のサイクルをなぞることもできる。

 しかも、今の時代、人があふれているので増えるというサイクルは無くてもかまわない。つまり、人以上の者たちは選んでそうなっているということだ。

 決して、今シエリールがすることも無く、自堕落に、生き物として呼吸しかしていなくてもそれは、選択の結果であって、彼女の能力が及ばない故の状態ではないと彼女は主張する。

 ヒマであり、冷蔵庫は空であってもだ。

「うぐぁ、腹減ったー……」

 シエリールは、事務所の椅子の背もたれに完全に体を預けながら、力なくつぶやく。この間の猫探しの儲けは、巡季の治療費できれいに吹っ飛んだ。それにもかかわらず、経理担当の冷血漢は、その名に恥じない冷徹さで事実のみを口にする。

「では仕事をしてください」

 事実は時に、暴力でしかない。仕事なぞあればしてるし、腹も空かしてない。でも、この状態は自分の選択の結果であり、偶然の産物でもなければ、自然の法則に脅かされているわけでもない。

 シエリールは、断固主張する。自分が餓死するのは、偶然ではなく、己の責任であると。昔のことならいざ知らず、今のシエリールは、自由を持っているし、選択することも、もっといえば選択肢を作ることだって出来るのだから。

 今、街は混乱している。残っているもの達は、ドゥンケルに賛同してなかったものか、逃げて生き残ったものたちだ。彼らは、自分と同じもの同士寄り添い、コミュニティーを作っていった。

 例えば、夢魔系の連中は夢魔同士で集まり、妖怪は妖怪同士で集まった。

 シエリールは、皆がくっついていくその様子を、すきっ腹にぷかぷかやりながら眺めていた。

 改めて、この間敵だった連中に、送り火ではないが、フルムーン《狂気》に火を灯し灰皿に立てかけた。狂気に見送られる。なんとも皮肉では無いか。これで、彼らから狂気が抜ければいいと願う。

 


 次の日の午後、シエリールは、前日と同様、空腹感を供としていた。そこへ柴浦が訪ねて来た。そして、幾ばくかのお金と、日本和菓子堂特製大福折と、葉巻を置いていった。

 巡季は、真澄とデートに行っている。もちろん本人の希望ではなく、シエリールが行かせたのだが。その間に大福をすきっ腹に押し込んで、人心地をついていた。

 薄暮が浸透し始めた頃、シエリールは真澄たちとの待ち合わせ場所に向かう。

 深々と雪が舞い降り、その視界を奪っていく。シエリールは、懐から煙草のケースを取り出した。使い込まれたそれを慣れた手つきで開け、中から一本取り出して、それを銜え、慣れた手つきで金属のライターの蓋をはじく。きん、と小気味よい音が雪に吸われていった。

 視界、聴覚を奪う雪の中でまるで、一人ぼっちになってしまったような感覚に襲われる。灯されている煙草の火だけが自分の居場所を証明している物のような気がした。それは大海原から見える灯台の灯のようだ。不意に、不安が喚起される。だが、そこに明るい声が響く。少し、びくっとしながらそちらに視線をやった。

「遅れて、ごめーん」

 真澄が、大きく手を振りながらこちらに走り寄って来る。それを見たシエリールは、静かに笑みを口元に宿した。真澄も本人も気付かないくらいそっと。

「いや、今来たところだ」

 そんなお約束のセリフを言う。

「必要ないな」

 そう小さく一人ごちて携帯灰皿に煙草の残りを押し付けて、その灯を消した。

 自身が己や道を見失っても、シエリールを証明してくれるものがいる。その幸せに身を委ねることにした。シエリールたちの笑い声は尽きることなく、曇天の下に響く。


<了>

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魂の殻 終夜 大翔 @Hiroto5121

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