妃 候補〈5〉






 昼食を終え、人払いの済んだ密室で口を開いたのはラスバートからだった。




「リシュが聞きたいのはスウちゃんのことだろ。スウちゃんが君のことをどこまで把握してるのか気になるんだろ?」




 頷くリシュにラスバートは続けた。




「彼女は例の怪文書や送られた毒の件で君が帰還した経緯を把握してるよ」




「帰還、ではないわ。強引に連れて来られた、の間違いでしょ。わたしの能力のことは?」




「知ってるさ。彼女はリサナと仲が良かったからね。スウちゃんは信頼できる人物だよ。こちら側の人間だ」




「こちら側?」




「そう。これから君が気をつけないといけないのはこちら側でない者たちだ。……そろそろ判るよ、君の前に現れてくる。そうだな、スウちゃんに招かれたお茶会にも現れるかもな」




「それって……」





 そうか。


 自分一人だけが招かれたわけではないのか……。





「他に誰が招かれてるのかしら。心の準備でもしておいた方がよさそうね」





 リシュの問いにラスバートは苦笑しながら頷きそして言った。





「もしかしたら彼女が招かれてるかもな、輝夜の姫が」





 輝夜の姫。



 前王ルクトワの娘。





「怪文書で狙われている、オリアル姫さ」




「オリアル様はこちら側の人間?」




「それがね~、俺的には今ひとつつかめなくて。それに出て来られるかどうか。怪文書と毒の騒ぎで母親であるロゼリア様がかなり心配していて宮殿から出そうとしないらしい。あ、彼女たちは東側の離宮にお住まいなのだがね。……ま、無理もないな。親なら嫁入り前の娘の身を案じるのは当たり前だしね。嫁ぎ先候補も絞られているからね」




「嫁ぐって、オリアル様が?」




 ラスバートは頷き、話を続けた。




「ああ、第一候補は今回の豊穣祭にも招かれている。北方の隣国、ハセカ国の第一王子だ」




「ハセカ? ……かなり大昔に一度戦争したことあるんじゃなかった?」




「小競り合い程度にね。今は友好国。小国だが条件はいい。ロゼリア様は今回の件でかなり陛下に進言されていてね、怪しげな毒の送り主を早く見つけてほしいと最初に君の名を出して陛下に訴えたのはロゼリア様だ」




「わたしを呼んで犯人を探させろと?」




「ん~、俺はその場に居なかったからよく知らんが、毒視姫を呼んで協力させてほしいって言い出したのは彼女だってスウちゃん言ってたな。でも陛下はなかなか承諾しなくてさ。だがロゼリア様は結構しつこかったらしくてさ。まぁ、オリアル様は姉君でもあるしな。渋々承諾したって感じだったらしいよ。ハセカの王子も明日には王都入りする。リシュにも紹介があるだろうな。明日から賓客の出迎えとかで陛下の横に立つようスウちゃんに言われてるだろ?」





「言われたけど……。でも納得できないわよ。妃候補の話だって、どうしてわたしがロキと……あの子の妃なんかに……」




「それは君が身を置く場所が宵の宮だからでしょ。「陛下の姉君」という立場であっても、実は血の繋がりは無いのだし」




 スウシェと同じことを言うラスバートに、リシュは悔しくても返す言葉がなかった。




「『宵の宮の姫』という位置の方が重要だと周りは考える。この国……ラシュエンで『宵の宮の姫」と言ったら、陛下の横に立つことの許される身分という意味をもつのだし。寝泊まりしてるしさー、夜渡りもあったんだからさ」




「よっ⁉ だ、だからそれはっ……」




 何もしてないし!




「とにかく問題だ! って騒ぐ連中が多少いても、それほど気にすることないし、心配はいらんよ」




「しっ、心配とかそういうんじゃなくて……。迷惑なだけなのに。大人の勝手な都合でなんでも決められて」




「オトナの都合かぁ。確かに胸が痛むときもあるがね……。でもリシュ、俺は君のこと、もう子供だとは思ってないぞ。君だっていつかは然るべき場所へ嫁ぐことのできる身なのだからね。───さて、明日からはもっと忙しくなるよ。リシュも朝から打ち合わせだろうな。だからできれば今日中に陛下と仲直りしておくことを俺はオススメするよ」




 こう言って、ラスバートはすっかり冷めてしまった紅茶を口に含み微笑んだ。



 ♢♢♢




 ……何もかも、


 勝手に決められる日々。





 ラスバートが去り、一人になった部屋でリシュは思った。




 大人たちに良いように振り回されてる気がするのは、わたしだけだろうか。




 ……ロキは





 ロキもこんなふうに思ったこと……





 ……ないのかな。



 ♦♦♦



 午後の装飾品や靴選びはドレス合わせと比べると楽なものだった。



 椅子に座ったままのリシュの足に様々な色やデザインの靴が履かせられ、外され。ときどきは履いて歩かされることもあったが、午前ほど疲れることはなかった。




 装飾品はそのほとんどがスウシェとリィムの判断で決まり、リシュ自身これといって着けたい物も無く、それらは眺めるだけで終わった。




「では姫さま、わたくしは一旦戻ります。この後のお茶会、楽しみにしてますわ」




「あの、お茶会にはわたし以外にも誰か招待されているのですか?」




「ええ、オリアル様ともう一人、南方の隣国「鳳珂ホウカ」の皇女キサラ姫を招待してあります」




『ホウカ』。


 大国の名として聞いてはいるが、皇女の名は聞いたことがなかった。




「スウシェ様、わたしこういうお茶会は初めてなので……。作法とかよくわからないし、話題にも乏しいので……」




 かつて王宮にいたとはいえ、自分は今まで貴族の茶会に招待されたことなどは一度もなかったのだ。




「母様は経験あったかもしれないけれど、わたしはまだあの頃ここでは子供だったので……」




「作法や話題なんて、そんなことは別に気になさらずともいいですわ。堅苦しいのはわたくしも嫌いですから」




 スウシェは柔らかく微笑んだ。




「キサラ姫はまだ十二歳になったばかりのお姫様です。陛下の正妃候補として話がありましたけど、まだ幼いですし反対意見がわりと多くて決定事項にはなりそうもないんですの。ただ、鳳珂国がラシュエンと親密になりたいらしくて縁談話を持ちかけてきた……というところでしょうかねぇ。リシュ姫様が気になさることは何もありませんわ」




「正妃候補ですか」




 気にするな、と言われても。



 なんか、とても気になるんですけど⁉





「では姫さま、素敵にお洒落していらしてくださいね!」





 憂鬱気に曇るリシュの表情などお構いなしに、スウシェは実に楽しそうな面持ちで部屋を出て行った。








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