○×月二十八日

 今日の目覚めはあまり良くなかった。たぶん夢のせいだ。内容は忘れてしまったが夢のせいだ。


午後の講義だけなので家で寛ぐことができたはずだが、昨日出された課題のおかげで午前中のうちに資料を探しに大学に行く羽目に。昨日のうちに終わると踏んでいた分、早く終わらしたいと思う気持ちがあった。

家を出ると元気の良い太陽が自分を攻撃する。体力がもともとないのに根こそぎ持っていかれる気がした。早く電車に乗って休みたいものだ。

 大学に行くと幼馴染や友人たちの姿がなかったので気楽に課題ができると思い、図書館に向かう。校舎に入ったらじわじわと軽い足取りになった。早く課題を終わらせたいという気持ちが勝ってきたのだ。

 図書館の出入り口付近に近づくにつれて、図書館のイメージである静かで落ち着きのある空間ではなく、にぎやかな空間になっていった。静かに課題に取り組むことができると思っていた自分が馬鹿馬鹿しく思えてきた。

 仕方ないと溜息をついていると背中を叩かれる。

「おはよー。ネガティブ」

 声の主は友人だった。挨拶を交わすと友人はわざとらしい溜息をもらした。

 ネガティブと呼ばれるようになったのは大学からで、自分の性格が大きく関係しているのだろう。

それはさておき、 話を聞くと、昨日出された課題を数人で取り組んでいるが、ノートを照らし合わせても一時間分のノートにもならないとのことだった。話しているうちに一緒に課題するように丸め込まれた。図書館に入ると職員が注意するのをあきらめるほど図書館内は賑やかである。

 図書館内を見渡すとインターネットコーナーに屯している顔見知りたちも、

「課題なんて適当で構わないのだ!」

と、愚痴をこぼしながらパソコンに向かって睨んでいた。いや画面の向こうにいる講師を睨んでいる。

インターネットコーナーの端っこで友人たちが、こそこそと話し合いをしていた。遠見でも異質な空気を作っていて近寄り難い。

近寄ると友人たちがこっちを見る。その目は死んだ魚のように生気のないものだった。そこまで死んだ目をしていることに驚いたが、昨日の講義で講師が言っていたことを思い出す。

「この講義は必修ではないので甘めに授業内容を設定したが、学生諸君のやる気が見えない。だから、今から出す課題で大まかな成績をつけてしまおうと思う」

 レポートの点数で大まかの成績を出すといったことをするのはこの講師ぐらいだろう。単位が関係してくるから手抜きのレポートなど提出できるわけがない。全く学生泣かせな性格をしているもんだと関心をしていた。

 友人たちは講師の脅しに恐怖を感じているようだ。普段の受講態度が良くないというのがひしひしと伝わってくる。

 しかし、あの講師のことだから成績のことは冗談であり、しっかりと講義を受けろという『脅し』の一種だろうなと感じだ。

 昨晩、授業内容をまとめたwordを開くと、とある友人が「真面目がいる」とつぶやいた。これで真面目だったら、社会はもっとしっかりと動いているはずだ。

 友人たちがUSBを取り出し、データを奪っていく。これで解決したと喜ぶ奴までいた。いやいや、自分だって完璧にノートを取っているわけではない。抜けているところもある。何を喜んでいるのだろう。まぁ、少しは糠喜びをさせておこう。

 データを奪い終えると各々で文体やレイアウトを変えるために散って行った。

 やっと静かに課題ができると思った。

 午後の講義を受けるために講義室に移動していると幼馴染とすれ違った。幼馴染はこんな時間にいるなんて珍しいと笑っている。

 自分はこの笑顔がとても嫌いだ。


 講義が終わると前々からの予定を済ますために、ゼミの研究室兼教授の研究室に向かう。途中で先輩と出会い、先輩の教授に対する愚痴を聞かされた。

 研究室のドアを開けると廊下に紙の山が流れてきた。先輩は見事に避けたが自分は予想していなかったため避けることすらできなかった。

 足に紙がまとわりついて身動きがとれないでいると、先輩や後から来たゼミ生に紙をどけてもらえた。その間ずっと、研究室の奥から不気味な笑い声が聞こえる。この原因を作った片付けのできない教授が、自分の姿を見て腹を抱えるような動作をして笑っている。

 教授に殺意がかすかに湧いてくる。

 この研究室の主の教授は大学でも変わり者として有名である。その理由の一つに整理整頓ができなく、ゼミ生や出席日数がぎりぎりの学生の救済処置として、研究室を片付けさせる横暴さであるという噂がある。その所為か人数が一番少ないゼミである。

「いや、すまんな。悪気はなかったのじゃ。そこにドアがあることを忘れて書類やレポートを仕分けしておったわ」

 絶対、嘘だろう。

 廊下に流れ出た紙を集まっていた上級生は、研究室に備え付けてあるシュレッダーで裁断してごみ袋に入れていく。それを見事な手つきでするので、もはや呆れるしかない。

 さて、この研究室に来た理由は二つ。一つ目、ゼミで行う現地調査の日程を決めるため。二つ目、この研究室の掃除。

 この二つ目の理由が教授らしいところであるが、何とも馬鹿らしい。元々、綺麗好きなゼミ生が自主的に始めらしい。ゼミ生が自主的に研究室を片付けるというボランティア今日まで伝統として受け継がれている。

一つ目の目的を果たすために教授がさっき失くしたスケジュール帳を探すところから始まる。さっきまで鞄に入れていておいたはずだとか言ってぶつぶつと歩き回っている。歩き回って、物を散らかすだけで片付けを一切しない。

 まったくの邪魔だ。

 早々にスケジュール帳を探すのを諦めた教授は椅子に優雅に座り、空を眺め始める。学生一同はせっせと片付けを続ける。

「学生諸君」

 教授が空を見ながら独り言のように呟いた。数人の学生が反応した。

「君たちにとって大学とは何だ? 学びの場か? 社会への近道か? それとも何だね」

 何を言い出すと思えば、何とも返しがたい質問をしてきた。誰も即答することができなかった。即答するという行為すら大きな勇気がいるのだろう。

 とある学生がそうかと言った。何がそうなのかと思えば、

「学生として生活をしたいとも思っているわけではありません。ただ、社会に出るときに必要な学歴だとそう思わされて、入学して、『社会』とは何かと問いかける社会が馬鹿馬鹿しくなってしまいました。だからこそ、この風潮をつくった社会が憎たらしく感じます」

 大学とは何かと問われて、世の中が構築した風潮のせいにするこの学生は教授のようなことを言う。なので他の学生は感心と呆れを感じた。

 教授は空を見るのをやめ、その学生に目を向けた。

「君は面白い」


結局、研究室の片付けが終わらなかった。そして、教授のスケジュール帳を探し出すことができなかったので、学生の空き時間を利用して地道に片付けをすることになってしまった。




○×月二十九日

 朝起きたら、昨日の疲労感を消すことができなかった。疲労感に気怠さまで追加されている。

 二限の講義に出るために嫌々、玄関のドアを開けると眩しい笑顔があった。その笑顔は自分を待っていたということを考えたら鬱陶しい。

 また、その笑顔を嫌いとさえ思ってしまう。何故かと聞かれると複数の理由が挙げられる。愛くるしさを醸し出す無邪気な目。歳を重ねるごとに出てくるはずのぎこちなさ。つくり笑顔を一切しない。何も求めない笑顔。挙げればきりがない。そんな理由で嫌いになっている自分でも嫌になってくる。そういえば、その笑顔を嫌いになった最大のきっかけはあの時だったと改めて感じる。




△△年前

○○月××日

 小学三年生の冬に酷い風邪をひいてしまい約一週間休んだ。さらに風邪をひいた際に咳をしすぎたせいで軽い肺炎になってしまい、さらに一週間休んでしまった。その間、同級生や教師に会うことがなかった。子供ながら思っていたことなのだが、少しでも自分の居場所に居ないとその居場所がなくなってしまう。取り戻すことすらできないのだ。

だから、自分は学校に登校することをやめた。家庭学習をしていれば両親は何も言わなかった。唯一の兄弟である兄に関しては「羨ましい」と言って、当時流行っていたプロレスの技をかけてきた。家族の中を崩壊させるような行為ではないと確認できたら小中学校と不登校を続けようと決意した。

進級した小学四年生のとき、夏休み直前の月曜日。

 暇つぶしに自分の部屋から外を見ていると、近所に住む幼馴染が両手で紙袋を抱えてやって来くるのが見えた。母も兄もいなかったので居留守を使っていたら、幼馴染はインターホンを鳴らし続けた。放置をしていれば あきて帰ると踏んでいた。 幼馴染はそんな思考はなかった。ただ、素直で、真面目で、何も疑っていない。

 インターホンを鳴らし続けて五分。幼馴染はインターホンを鳴らすのをやめた。やっと諦めたと思ったら、母と一緒に幼馴染が家に入ってきた。こっちが諦めることになった。

「久しぶり! 元気そうだな」

 このとき、幼馴染の笑顔が眩しく感じた。自分が持っていないその笑顔は憎らしくもあり、うらやましくもあった。何故、笑っていられるのか不思議だった。

「……久しぶり」

「お前とクラスは違うんだけど、夏休みの宿題、持ってきた」

 紙袋を差出てまた笑う。何故笑っていられるのか、自分はただ、疑問であった。その疑問を解消しようとも、なかったことにもしようとは思わなかった。

 宿題を受け取ると、幼馴染は学校の魅力を語りだした。不登校になった理由を一切聞かずに、小学生ならでの視点から魅力を次々と語っていく。

帰る間際に幼馴染が、

「二学期からは一緒に登校するからな!」

夏休み明けの二学期、初日。登校時間になったときに幼馴染が、

「おはよ! 学校行こうよ!」

 とやって来た。幼馴染は有言実行の性格で、本当に真面目である。

 そこから幼馴染の待ち伏せが始まった。はじめのうちは母に仮病を使い休むことができたが、二週も経てば仮病を使うことができなくなり、悲しい学校生活が再開した。



そこから続いた幼馴染の関係。そのうち、あきると踏んでいた。今までよく続いたもんだと思う今日この頃。



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