今日も、昨日も、一昨日も、そして明日も。
湖山由哉
既
○×月二十七日
コーヒー豆を挽く音で目が覚める。
父が朝に挽くコーヒーミルの音が煩いわけではない。ただ、その音で目が覚める習慣が身についてしまったのだ。
のそのそと身支度をして部屋から出る。ひんやりとした床がさらに目が覚める。
「おはよう」
と言ってリビングに入る。母が微笑んでおはようと返してくる。椅子に座り、向かいに座っている父におはようと言っても生返事しかかってこない。これも習慣になっていた。
テーブルにはもう朝食が準備されている。父がコーヒーを飲んでいるのを横目に見ながら食べ始める。父は今日も新聞を読んでいる。
今日は朝から憂鬱な気持ちになるはずだ。何しろ、幼馴染に会うのだから。
家を出るときにはもうすでに足は重く、疲労感さえある。溜息をつき、いってきますと呟く。母は 少し元気のある声で返す。もうその元気さえ自分にはないのだ。
家を出るとこっちを見る笑顔があった。毎日のように見る幼馴染の顔。
小学校に行くのに面倒で、不登校になった時期があった。教師の入れ知恵かはわからないが、登校する時間帯になると自分を迎えに来るようになった。いろいろと世話になっているのはわかっているが、幼馴染はあまりにもお調子者で礼でも言ったらもっと褒めろと言うだろう。
中学も同じだったので登校時間帯になると幼馴染が家の前で待っている。高校は違ったので少し気が楽な登校時間を過ごすことができた。だが、大学が同じになってしまった。学科は違うらしく教養科目でしか見かけることはない。しかし、履修している科目がかぶっているのでたまに顔を見る。また、行きの電車が同じであれば家まで迎えに来る。
「おはよう」
とても元気良い挨拶をされると自分の元気のなさを明確化される。挨拶を返すだけで疲れる。そこから幼馴染が話を始める。駅までの道、電車の中でも、大学までの道のりまで自分が興味を持ってない話を聞き流していく。
何とか大学に着くと、幼馴染はどこかに消えている。幼馴染がどこかに行くことに何とも思わなかった。何故と聞かれると、自分が幼馴染をその程度の存在にしか認識していなかったのだろう。
特別、こだわらずに選んだ大学はまだ肌に合っていた。少人数ながら友人といえる存在もできた。順調な大学生活を送っていた。ストレスのない大学生活ができれば一番良いのだができるわけがない。
大学の人々は何ともいえないぐらいに滑稽であった。楽観的に物事を考える学生に教員たちは何も警告しない。警告したところで何も生み出さないとわかっているのだ。そう考えると教員も少しばかり楽観的である。
講義開始のチャイムが鳴ると毎回のように講義室に飛び込んでくる学生たちを見る教員は手間だといって、講義開始一分は遅刻扱いにしないという不文律が存在するほどだ。
講義が始まると話し声は聞こえるがまだ静かであった。興味を引かれる内容ではなかったが、ぼんやりとした目で黒板を見てはノートを取っていた。
講義終了までわずかといったときに、課題を出された。その課題は今日の講義内容をまとめたうえで一つの項目を掘り下げるというものだった。
友人たちは面倒だの、ノートを取っていないだの、寝ていただの、時間がないだのといった文句をつらつらと並べている。
家に帰ると母が晩飯の準備をしていた。もうそんな時間なのかと思ったら、母が今から用事があって出掛けると言って、慌ただしく家から出て行った。
父が帰ってきてから晩飯にしようと思い、自室で今日出されたレポートを書き始める。幸いにも適度にノートを取っていたのでつまずくことなく書き進めることができた。
レポートがもう少しで基礎を書きあがると感じた時に、父が疲れた声でただいまと言って帰ってきた。
「おかえり」
部屋から出ると父は驚いた顔をした。時間を忘れてレポートを書いていたと言うと、
「やっぱりか……」
父は自分が晩飯の準備をしているとは思っていなかったらしい。母もそれは同様でご飯は炊飯器の予約機能で炊きあがっており、後はおかずを温めるだけであった。晩飯の準備は五分もあれば終えるだろう。父は着替えてくるといって部屋に引っ込んだ。
食事中の会話のネタはさっきまで書いていたレポートだった。焼酎を片手に父が大学で出された課題の例から入り、最近はパソコンがあって面倒になった点や情報の価値について広がっていった。
「そう言えば、母さんの用事って何なの?」
ふと疑問に思ったことを尋ねると、父は相槌を打ってから答えた。
「高校の同窓会だそうだ」
同窓会と聞いて母の人柄がうかがえる。父はそこから会話を広げていく。母の性格のここはよい、ここは直した方がよい、ここは治ったと話を続けていく。
酒が入っているせいか、それとも子供と二人で気まずいのかわからないが、無口の父がよく喋る。
食べ終わると父は皿を重ねて流しにおく。そして、風呂に入ってくると言ってリビングから消えた。自分も食べ終わり、皿洗いを始める。思ったより水が冷たいとか思っていると、
「あら? 今、食べ終わったの?」
いつの間にか母が帰って来ていたらしく、母が台所の入り口からひょっこりと顔を出した。あんたのことだからそんな気はしていたけど、とぼやいてどこかに行ってしまった。
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