竜と月

石女ほおずき

第1話

 ある所に、一匹の竜がおりました。

 とてもとても大きく、とてもとても力の強い竜でした。

 とてもとても強かったので、全ての動物は竜を恐れ、竜の側に近寄ろうとはしませんでした。

 竜は、いつも一人でした。

 とても長い年月を生きて来た竜は、色々な事を知っていました。色々な動物達と知り合い、友達になった事も、昔はありました。

 けれど、普通の動物はみな、竜のように長生きをする事は出来ません。また、竜のように強くもありません。

 竜が友達になった動物達は、みんな竜を残して死にました。だから、ある時から竜は、友達を作る事をやめました。

 友達を無くす事より、ずっと一人でいる事の方が、竜にとっては楽だったのです。

 来る日も来る日も、竜はただ、住んでいる山の天辺から、空を見上げて過ごしました。空や、太陽や、星や、月。森の姿や動物達は変わるけれど、空だけは、竜が生まれてからもずっと、変わりのない物でした。

 そんなある晩です。竜は、空に浮かぶ、まん丸な月を眺めていました。

「こんばんは」

 そんな竜に、誰か声をかける者がありました。

 竜は長い首を持ち上げ、あたりを見回しました。けれども、どこにも竜に声をかけるような動物の姿はありません。

「ここですよ」

 もう一度、声がしました。竜は声のした方向に首を向けました。

 声の主は、湖に映った月の影でした。

「良い晩ですね」

 月の影はそう言って、ゆらゆらと揺れました。

「こんな静かな晩は、一緒に話をする相手が欲しくありませんか?」

 その晩、竜は月の影と一晩中、お喋りをして過ごしました。



 その次の夜も、次の夜も。竜は、湖に映る月の影と過ごしました。

 曇ったり、新月だったりして月の影が現れない晩は、一晩中空を眺めて過ごしました。

 いつしか、竜は月が昇るのを心待ちにするようになっていました。

 そんなある年の事でした。



 竜が住んでいる森の側にある火山が噴火して、沢山の動物達が死にました。

 幸い、竜は無事でした。けれど、噴火した火山は沢山の灰を噴き上げ、その灰は厚く空を覆い、太陽の光も、月の光も、地面には届かないようになりました。

 竜が毎晩、月と語り合った湖も、溶岩に埋まって無くなりました。竜は、焼け野原になった森に立って、ただ、空を見上げて過ごしました。

 そして。ある晩決意した竜は、大きな翼を広げて、空に舞い上がりました。

 力強い翼はどんどん竜を高処へ押し上げ、下に見える山々があっという間に小さくなりました。それでも、竜は上に昇るのをやめません。やがて、竜は頭上に広がる、分厚い灰と雲の固まりに突き当たりました。それでも飛ぶのをやめず、竜はそのまま、雲の中に突き進みました。

 雲の中は、物凄い嵐でした。大きな氷の粒や、とんでもない雷が、竜を苦しめました。それでも、竜は牙を食いしばって翼を羽ばたかせ、雲の中を上へ、上へと進みます。

 どの位経った事でしょう。ふと、周りの雲の層が薄くなり、気付くと竜は、一面白く光る雲の平原の上を飛んでいました。青白い光を照り返し、雲はまるで一面の雪野原のようでした。

 竜は、上を見上げました。そこでは懐かしい満月が、優しい光で竜を照らしていました。

「お久しぶりですね」

 月は、懐かしい声で竜に言いました。竜は答えました。

「ああ。会いたかったよ、とても」

 沈んで行く月を追って、竜は飛び続けました。いつまでも、力強かった翼がぼろぼろになっても、ひたすら月を追いました。

 月に照らされ続ける内、いつの間にか、黒かった竜の身体は、銀色に透き通って行きました。

 そして。

 竜は、月を追って吹き続ける風になりました。

 強い風になった竜は、世界中に広がった厚い雲を蹴散らし、月の光が地上を照らせるようにしてやりました。

 そして今でも、月の後を追い続けています。

 月と、優しいお喋りを続けながら。


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竜と月 石女ほおずき @xenon

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