次なる予言

 サリアンナは祈祷所へ向けて歩いていた。

 スターリング王国の首都。それも王城にごく近い場所に構えられた慎ましやかな邸宅。小さいながらも三百年前の遷都以来の長い歳月を経ているそこは、スオラーティ子爵家の屋敷として知られ、サリアンナはその一人娘――ということになっている。

 だがその邸宅は、遷都の際に建立された地下の神殿を覆い隠すためのカモフラージュ。スオラーティ家という家自体も、そこに出入りする者たちにとっての隠れ蓑に過ぎない。

 最奥に祈祷所を置くこの地下神殿こそは、キュベレイ女神を崇め、神託を受け取るための、王家直轄の施設だった。

 そしてサリアンナは、当代の巫女。元はとある男爵家の末娘だったが、キュベレイの神託を授かる適性が高く、スオラーティ家の養女という名目で迎えられている。

 キュベレイ女神のことはもちろん秘密だが、別に秘密を守るために屋敷に監禁されたりしているわけではない。表面上は普通の貴族として遇され、元いた家よりも暮らし向きはいいぐらいだ。どこの馬の骨とも知れない爵位持ちや、名誉欲に憑かれた成金などに嫁ぐよりは、よほどマシな生活に思える。先代の巫女だった年若い義母も優しく、むしろ姉のように気安く接してくれるし。

 ただ不満なのは。

「しゃんとなさりなさい、サリアンナ様。そんなだらけた態度では神託を授かることなどできませんよ」

 厳格な顔をした中年女性が、サリアンナに横から声をかけてくる。スオラーティ家のメイド長であるオリヴィアだ。二代前の巫女の時代からこの屋敷に詰めている、サリアンナにとってはひたすら口やかましいお局様。

 ――態度なんてキュベレイ様には関係ないもん。

 この屋敷にやって来て神託を受けるようになって三年。今年十三歳になったサリアンナは最近反発心が芽生えてきているが、それでもオリヴィアに刃向う度胸はまだない。豊かに波打つブルネットを軽く手櫛で整え、歩き方を直して、それ以上叱られないようにするのが関の山。

 屋敷の一番奥にある隠し扉の、さらに先にある隠し階段を下りて、小さいながら重厚な造りの神殿を歩くことしばし。祈祷所への扉の前に辿り着く。

 その扉を開けて入れるのは、当代の巫女ただ一人。長い間のしきたりでそういうことになっている。

「では、行ってまいります」

「はい、女神様に粗相のないように」

 実情を知る者としては的外れにしか思えない忠告を聞き流しつつ、サリアンナは扉を開けて祈祷所に足を進めた。


 扉を閉め、祈りを捧げる。

 ――キュベレイ様、お声を聞かせてください。

 心の中で呟くやいなや、サリアンナの頭の中に声が響き始めた。

「造物主権限執行その九の付帯条項[被造物から望み呼びかける場合は造物主は情報伝達の形で介入できる]発動……サリアンナちゃんキターーーーー!」

 何を言ってるか、この段階ではよくわからない。と言うか、過去にこの女神がこちらに通じる言葉を使ったのは、三年前の神託の時だけだった。

 女神と人間ではしゃべる速度が根本的に違うらしく、あちらがこちらに伝えようと思わない限り、あちらの言葉は耳を虚しく通り過ぎていくだけなのだ。

「ああんっサリアンナちゃん可愛い可愛い可愛いーっ!ちっちゃくって賢くって負けん気の強そうな女の子ってなんでこんなに可愛いんだろう今日もたっぷり愛でていたいなあ四六時中だって見続けていたいなあでもそんなことできないのよね今日だってゼミのレポート出さなきゃいけないし卒論用に学術書だって読まなきゃいけないしラノベだって読みたいしアニメも観たいしネットやりたいしだいたい今はしゃんとしないとサリアンナちゃんたちが大変なことになるわけでああもうほんとにあの『アドナイ』とかいうろくでなしの承認欲求の塊みたいな奴のせいでなんでわたしたちがこんな苦労しなくちゃなんないのよっ!せっかくこの星に関しては変態イシュタルと悪趣味フレイヤと……二人ともダメな奴ではあるけれどそれでも三人で楽しくやってたってのに!運営に通報はしたからもう『アドナイ』はそうそう好き勝手できないと思うんだけどとっくにあのダヴとか言うロボットが独自行動始めて『人』の中で動き始めちゃってるんだよねーあたしら上のレベルの存在があんな状態の相手に直接手を出すのは周囲の『人』を国レベルで巻き添えにする最終手段も最終手段だからそっちのみんなにがんばってもらうしかないのはほんと歯がゆいわーそれにしてもどうしてああいう理不尽で傲慢なことしか言わなくて残虐なことばかりしでかす『アドナイ』みたいな性根の腐った『神』ほど『人』の信仰を集めやすいのかなーよくあることではあるんだけどほんと毎度納得いかない……まあそれはいいやとにかく問題は世界を守るためにどんな手を打つかであってとりあえずイシュタルのあの変態的なアイデアで仕組んでおいた仕掛けが今回もうまいこと発動してくれたわけだけどさてミルドレッドちゃんとフィンレイくんをフレイヤの保護した『あの子』とどうやって合流させるかと考えるとこれが意外と難しいのよね今の『あの子』が他者と進んで接触しようとは思わないでしょうし当然自分がやらなきゃいけないことやるしかないことはわきまえているでしょうけどそれにしたって抵抗感はあるはずでまずは『あの子』の信頼を取りつけられるようなかっこいい活躍を二人にはしてもらいたいけれどそのためには何をしてもらうべきなのかなーええっと今現在ミルドレッドちゃんたちがいるのはルメス湖畔で『あの子』がいるのはルード湖の近くで……ああそう言えばルード湖でちょっと揉め事が起きてたっけあれを解決してくれるようお願いしてみようかなひとまずロボット神官はスターリング王国まではまだ直接手を伸ばしていないから今のうちに合流してもらって情報共有してもらわないとやばいわけだしねーああ今つぶらな瞳でこっちを見てるサリアンナちゃん可愛いなあ先代のヴィルヴァちゃんもキリッとしてて素敵だったけどサリアンナちゃんの強がりが透けて見えるようなどこか脆い感じも抱っこしていい子いい子してあげたくなる素晴らしさだよねー」

 この状態の時に女神が何を言っているか、繰り返すがサリアンナにはわからない。わからないのだが、慣れてきた最近は、どうも節々に不審な気配を感じ取るようになりつつあるサリアンナだった。

「さてと『言葉』を考えなくっちゃね防衛戦はいつだって苦労ばかりだけどせめてなるべく良い形に進んでくれるようになるべく的確な『言葉』を選ばないとこの前の神託は時間的余裕を与え過ぎたせいか的外れな解釈も色々させちゃったみたいだし単に『勇者』の話題があの子たちの周囲で始まればイベント発動して男女入れ替わりが自動的に発生する仕様だったんだけど」

 しばしの沈黙。そして女神が口を開くと、それはサリアンナにも充分に理解可能な言葉になっていた。

「大陸分裂戦争から二百六年後の九月。一度目の風曜日から三度目の雷曜日までの間に、勇者たちはルード湖で智恵高き竜の子を仲間とする」

 サリアンナは、巫女になって以来二度目の神託を受けた。

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