暁桜編〈エピロ-グ〉
――ブルーフィーナス内、大島緋織の研究室。
最新の大型
――『好きっ!! フローラっ!! みんな大好きっっ!!』
『Yes !!……わかっ……から…………放せ~~~~~~~~~!!』
画面からフローラと霞さくらの声が流れている。
同じ画面内には“霞さくら”をイメージした等身大キャラクターが画面左下が居て、一緒に映像を見ていた。
同じく大島護と緋織がその映像を見守っていた大島護が口を開く。
「――本当に良くやってくれたさくら。ありがとう」
『……それがわたしの使命だもの』
「これからどうする?
護がいたわるように優しく問う。
『ううん……行かない』
テーブル上の
「ではどうしたい?」
『ゆーきの傍に居たい……』
泣き出しそうな切実な声で
「そうか……」
護が言葉を詰まらせ、考え込むように顎に手を添える。
『……………………護ちゃん』
「なんだい?」
考え込んでいた護が顔を上げる。
『“わたし”を
「さくら!!」
「……なぜ?」
護が動じずに聞き返す。
『悲しくてこのままじゃ壊れそうなの……』
「……
顔を歪めた緋織がそれでも冷静に分析する。
「ああ。――だが、そんな所までオリジナルに近づいたか」
『ダメ?』
「ダメだ。私は二度もさくらを失いたくはない」
『お願いよ……』
「お父様、
珍しく焦った様子で、作業用PCを操作していた緋織が報告する。
「……………………さくら」
緋織の報告を聞いて、考え込んでいた護が口を開く。
『なあに?』
「生まれ変わってみるかい?」
『どういうこと?』
「今のお前は
『うん』
「それはお前が使命を帯びて、
『ええ、そうね』
「次は
『
「
『……じゃあ何が違うの?』
「
『……でもそれじゃあさくらはゆーきを嫌いになったりして、その結果、フローラの時よりもっとひどい、最悪の事態を引き起こす可能性があるのじゃないの?』
制限を取り払われ、知識と演算レベルが上がっている
「そうね。あり得るわ」
『怖い……』
「さくら。裕貴君は好きかね?」
おびえるAlpha《A・Iさくら》に、護が名前で呼んで聞く。
『好き。愛してるわ』
「じゃあ何も心配要らない」
『どうして?』
「お前はもう人を愛する事を知っているのだから」
『知っているとどうして大丈夫なの?』
「今、お前は自分の為に死……
『ええ。そうね』
「だが、
『よく……分からない。……それがどういう事なのか』
自信を持って答える護に、
「それも
緋織が嬉しそうに答える。
『…………………それならバージョンアップしてみたいわ。……そしてゆーきの元へ行きたい!』
しばらく考えた後、緋織の言葉に安心したのか、嬉しそうに
「ただし!
『ゆーきへの
「けど?」
護が聞き返す。
『かわいくしてくれる?』
遠慮がちにさくらが聞き返す。
「ふふ、もちろんだとも。それに
『護ちゃん大好き!』
「私もだよ。さくら」
「あら? 私は?」
緋織が嬉しそうに聞き返す。
『もちろんママも大好き!!』
„~ ,~ „~„~ ,~
「こんにちは!」
「……来たわよ」
「こんにちわ。お招きありがとうございます」
上も下もない、様々なゲーム用プログラム素材が雑多に浮かんでいる仮想空間に、青葉、一葉、中将姫がアバター姿で姿を現した。
「来たアルか。まあテキトーにくつろういでくれアル」
三人を
「なんだか秘密基地っぽいし、
「賛成です」
一葉が言い、中将が賛同した。
「お姉ちゃん。ここは何の為の部屋? 武器やら呪文のエフェクトプログラムやら、ゲーム関係のデータ素材でごちゃごちゃしてるけど」
青葉が手直に浮かんでいた剣を振り回して聞いてくる。
「ここは
「へえ、……って、最終更新が三年も前じゃない」
「ええっ!? それじゃあ雨糸さんは中学一年生の時から、こんな高度なプログラムをしてたって事ですか?」
一葉が聞き返し、中将が驚く。
「そうみたいアルな。このストレージはウイしか使えないようにロックがかけられているから、多分ウイの作品に間違いないアル」
「ふうん、幼い頃作ったデータなのに良く出来てるじゃない。高スペックな人間が友達でよかったわね。お姉ちゃん」
「ふふふ。現時点で世界最高レベルの“
「それは、優越感と呼ばれる感情のようです」
雛菊の感想を中将が解説する。
「ふん。……手先の器用さはスペックに出ないけど、涼香もかなりなレベルだわ」
一葉が腕を組んで拗ねたように言う。
「そうね。涼お姉ちゃんもデザインセンスが凄いわね。――ほら」
青葉はそう言うと、涼香のパソコンにアクセスして、服飾のデザインデータを呼び出すと、自分のアバターに
それはいつか部室で涼香がDOLLイベントに参加するよう言われ、イベント専用に涼香がデザインしたウェディングドレスで、全体的にはあたかも白い大輪のバラを逆さまにしたようなデザインだった。
上半身はストラップレスで肩を大胆に露出させ、スカート部分は花弁のように幾重にも重なっており、そのフチは恥じらう乙女の頬のように淡いピンク色のグラデーションがついていた。
頭を覆うヴェールは厚いレースで目線まで隠され、その上を薄いシースルーの布でさらに覆い、質素なティアラで抑え込んでいた。
「それね……。全く涼香ったら、自分がイベントで着る事になるもんだから、見ての通り顔を隠す仕様にしてあって、上半身が修道女みたいに地味なのよ」
一葉が呆れたように言う。
「おーー!! いやいや、そんな事ないアルよ? これは顔をヴェールを上げた時がサイコーに見えるデザインアル。バトル仕様のデジーでもリアルで着て見て、ウイに見せたいと思たアル」
「私は涼姉さんの恥ずかしい気持ちわかるから、これはとても良いと思うわよ?」
「そうですね。とっても素敵なドレスですわ」
雛菊が素直に感嘆して青葉が弁護し、中将が褒める。
「ふふ、ありがとう」
青葉が空間に鏡を出現させ、それを前に軽やかにクルクルと回る。
「本当に綺麗。こんなの着て私も恋を…………」
青葉が呟くが、途中で声を詰まらせてしまう。
「「「…………………」」」
それを聞いていた三人も同じように言葉を詰まらせてしまう。
「……青葉はママ達を恨んでいるアルか?」
「そうね。まったく恨んでいないとは言わないけど、“生まれていなかったらもっと恨んでいた”と思うわ」
「意味判らないアルな」
「その言い方は
「そうですね。生まれていないのに恨めるなんて矛盾している思考です」
雛菊、一葉、中将が青葉にツッコミを入れる。
「……お姉ちゃん達は
青葉は一葉と中将の質問に僅かに顔を曇らせただけで、逆に三人に聞き返す。
「デジーはウイが決めて望んだ今の
雛菊が笑って即答する。
「そうね。アタシも今のままでいいわ。“迷いやゆらぎ”が出たら不安定な涼香をフォローするのに苦労しそうだもの」
「私はまだ圭一さんに望まれて日が浅いから判りません」
「そう、……まあ、
青葉は言うと、ウェディングドレスのアバターデータを消して元の姿になる。
「何アルか?」
雛菊が聞き、一葉と中将姫が頷く。
「Alpha姉さんが、裕貴の元へ戻って来るそうなの」
「「「ええっ!?」」」
「それで、これからお姉ちゃん達には気を付けて欲しい事があるのよ」
三人が落ち着いた頃に再び口を開く。
「ちょっと待って、その前にどうして戻って来るのよ。
一葉が聞き返す。
「うん。それなんだけど、記憶は一部封印されて、性格はリセットしたのよ」
「記憶を封印に性格をリセット……ですか? でもそれじゃあ裕貴さんの元に戻りたくなくなるんじゃありませんか?」
中将姫がもっともな質問をして一葉と雛菊が頷く。
「それなんだけど、恋心だけ残して、あとはほとんど白紙状態にするって緋織さんが言ってたわ」
「……ふうん。どんな状態かは会えばわかるからいいとして、気を付けて欲しい事ってなによ?」
一葉が聞き返す。
「Alpha《さくら姉》は裕貴を諦めていないわ。けど、その事によってみんなのマスターとの恋レースをジャマもしない。それどころか、“誰と恋に落ちても応援するし、その方が嬉しい”って言うのよ」
「分からないアル」
「それはね………」
そうして青葉がAlphaの真意を話す。
„~ ,~ „~„~ ,~
「――おっ、ゆーきお兄ちゃん??」
フローラと退院後の温泉旅行の計画を引き受けた直後。
いきなり人間チックになった
「うん♪ わたし戻ってきたよ!」
DOLLはそう言うと、肩に飛び乗り頬にすりついてくる。
「なっ、ななん……で…………??」
「――あ! そ-だ! 護ちゃんがわたしの事で話があるって言ってたんだ」
そう言うと、さっそく勝手にツインの
「……どっ、どういう事ですか?」
挨拶もそこそこに、いきなり回線を繋がれて困りつつもなんとか聞き返す。
『ふふ、今のAlphaは霞さくらの5~6歳ごろの性格に設定してあるんだ』
「ええっ!?」
そうして、俺への恋心だけを残してAlphaの思考アルゴリズムをバージョンアップし、“人間と同じに成長する”ようになった事を説明された。
「――……でっでも、機密事項に触れるんじゃあないんですか?」
『それについてはさらに巻き込む事になって申し訳なく思うが、この事を研究の一環としてAlphaの成長具合のサンプリングを取る事になっている』
「じゃあ……」
『ああ、幼くはなったが、間違いなく“さくら”と同じ性格になっている』
護さんが嬉しそうに言う。
「あ……りがとう……ござい………ます」
鼻の奥が痛くなり、言葉がうまく出てこない。
『……ただ、君との記憶は設定年齢にそぐわないから、Alphaが記憶に見合う精神年齢に達したら記憶が戻るようにしてある』
「はい。……わか……り……ました」
『それと、名前の方は申し訳ないが変えてもらえないかな?』
「……はい」
『では、霞さくらと、そこにいる幼いさくらを、……娘達を宜しく頼む』
「はい。……分かりました」
そうして通信を切って、左頬にすりついている幼いさくらを引きはがしてテーブルに下ろす。
「えっへへ~~。護ちゃんが“彼の色に染めてもらいなさい”って言って送り出してくれたんだよ~~♪ ……でも“ゆーきお兄ちゃんの色”ってなーに?
」
「くっ……、なっ、なんて事を……いやいや、気にするな。……つか、そうだ。名前……決めなきゃ」
激しく鼻から目から雫が垂れて、まともにDOLLが見られない。
「それだけど~~、もう決めちゃってるんだけどいいかなあ~~?」
「うっ……くっ……うん。なんだ?」
見っともなくなってきたので、テッシュで鼻をかみながら聞き返す。
「くろひめ!!」
「……ああ、最高だ」
〈―暁桜編・END―〉
SAKURA DOLL 完全版1~暁桜編 鋼桜 @sakura_doll
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