暁桜編〈狂い咲き・後編〉
「――連れて来たよ……って、お前ら!」
病室に入ると、なんとその周りに涼香、圭一、雨糸が並んで立っていた。
戸惑って全員を見回していたら、まず圭一が声を発した。
「ああ、フローラから召集がかかってな」
「ごっゴメンね裕貴。邪魔だったら席を外しているから」
「…………ゆっ、裕ちゃん」
雨糸が謝り、涼香が言葉に詰まって俯く。
「どうした? みんなが居て何かまずい事があるか?」
フローラが冷静に聞いてくる。
「いや、……その……」
「別にいいわよ? 終わったらみんなでお茶でもしましょ♪」
俺が返答に困っていたら、後ろからさくらが笑いながらに声をかけてきた。
そうして二人で入ると、フローラ以外の3人が、さくらを見て眉を潜めた。
その時、さすがに知っていた雨糸が、“うわっ!!、〈DIVA〉じゃない”と小声で驚いていた。
「……ん、じゃあまずはこちらが霞さくらさん」
「初めましてみんな、霞さくらです」
俺の隣から一歩前に出て、圭一、涼香、雨糸とあいさつと自己紹介をする。
その間、ふとさくらの背中を見ると、後ろで組んでいた指がかすかに震えていた。
「初めまして。霞さくらです。この子がわたしのDOLL、“青葉”よ、プリシフローラさん」
そうして最後にフローラと挨拶を交わす時、青葉も紹介した。
「…………(ペコリ)」
緊張した空気を読んだのか、青葉が伺うように会釈だけをした。
「こんにちは霞さん。私のDOLLが“OKAME”です。遠い所をわざわざすみません」
さくらが名前で呼んだのに、フローラが姓で答えたのを聞いて眉をひそめる。
おまけに、もうこっちに住んでいる事を知っているのに、“遠い所”などと
……仲良くしたくないって意思表示に聞こえる。うう、やっぱりストレス感じさせてたのかなあ。
そんな事を考えながら、フローラやみんなに申し訳なく思う。
「OKAMEです。よろしくお願いします。霞さくらさん、青葉さん」
不機嫌そうな
「話したい事はいっぱいあるけど、今日はどうしてもお礼が言いたくてここまで来たの」
フローラのやんわりとした拒絶に気付かないフリをして、毅然と話し始めるさくら。
そうして、
「――そのおかげで、傷ついていた心が癒えて、もう一度恋をする幸せを思い出したの」
長い告白が終り、さくらがみんなの顔を見回して、最後に伺うようにフローラの顔を見つめた。
涼香はもう目がうるみ、雨糸は唇を噛んで少し悲しそうにさくらを見て、圭一は腕を組んで、難しい顔をして考え込んでいる。
「………………………」
そしてフローラはなんの表情も見せないまま黙って俯いている。
それを見てさくらは少し笑って口を開く。
「……でも本当はね? 迷惑をかけた人たちにお詫びをしたら、もう一度死ぬつもりだったのよ?」
フローラの顔を見ながら問いかけるように言う。
「!!」
驚いたフローラがようやく顔を上げ、聞き返すようにさくらを見つめ返した。
「でもね? ゆーきが“お帰り、さくら”って言ってくれたの。それで嬉しくなって思わず“ただいま”って答えちゃったのよ」
さくらはまるで、電車にでも乗り遅れたドジを語るようにさらりと答える。
「…………………………………………そうか」
だがフローラはそれには乗らず、長い沈黙の後それだけ答えて再び俯いてしまう。
「……だってあれだけフローラはゆーきを好いているのに、わたしが後からノコノコとしゃしゃり出たら、今度は電車じゃなくて馬に蹴られて死んじゃうわ。そう思っていたから、今度はもっと幸せな気持ちのまま死ねるかなあ……って考えていたんだけど、やっぱりどこかに寂しい気持ちが残っていて、ゆーきの言葉に応えちゃったんだわ」
さくらはそれでもくじけずにあっけらかんと説明する。
周りを見ると涼香や雨糸、圭一はおろか、OKAMEを除く、一葉や雛菊、青葉達DOLLまで驚いたように呆然としていた。
「…………裕貴は驚かないんだな、聞いていたのか?」
平然と聞いていた俺にフローラが聞いてきた。
「いや。今初めて聞いた」
「じゃあなぜ? ……いや、いい」
口ごもるフローラ。
「ふふ~。“それがゆーき”なんだってフローラは知ってるものね。変にニブチンなくせに女の子の泣き顔にはビンカンなのよね~?」
リアクションを誘うためか、さくらがからかうように言う。
――さくらの言う通り、確かにあの時さくらの言動には、直観的に危機感を感じた。
その後、色々と事情を聞く内に、帰った所で護さんは父親のように接していて、知り合いもいない場所へ、果たしてさくらは喜んで帰るのだろうか? と疑問を覚えた。
そもそも自殺に至った事と合わせて考えれば、帰ると言うのは実はフェイクで、ひっそりと消えようとしたのではないかと思っていた。
突然姿を消した
すると、口元をキュッと引き締めていたフローラが口を開いた。
「……裕貴が貴女の体を見た時、“桜を映した抜身の日本刀みたいに綺麗だ”、と言っていた。その
「……ゆーき、そんな風に感じたの?」
思わぬ
「うっ……うん。まあ」
「ふふふ。ありがとうゆーき。――いいわ」
涙を浮かべて嬉しそうにそう言うと、青葉を下ろして、背中のホックを外し始める。
「あっ! じゃあ私たちは外へ出てるね?」
事情の知らない涼香と雨糸、圭一が首を傾げていたが、脱ぎ始めたのを見た雨糸が察して、そう言って涼香や圭一に目配せをすると、病室を出て行こうとする。
「ううん。いいのよみんなにも知っていてもらいたいの。……今のさくらを」
喋りながらホックを外し終えてワンピースをストンと落とし、かんざしも外して髪を下ろすとあっという間に下着姿になった。
「ひゃあっっ!!」
「ひっっ!」
「ぐっ!……」
「!!」
雨糸が悲鳴を上げ、涼香がくぐもった声を上げた。
圭一は口を押えて何とか踏みとどまる。
フローラは目を見開いたが、なんとか声を上げずに済んだ。
「「「…………………」」」
3人が息を呑んで見つめる中、さくらがさらに首のツインを外して、髪を上げながらゆっくりとターンする。
「うっ……」
「「…………」」
この手の惨状に耐性がないのか、雨糸は声を上げてしまうが、涼香と圭一はなんとか耐えている。
回り終えてフローラを見て、少し悲しそうな顔をして胸に手を当て、さくらが力なく笑いながら口を開く。
「ふふふ……。
〈花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに〉
……って所かしらね?」
それを聞いて雨糸は目を逸らしてしまい、涼香は静かに泣き出した。圭一は意味が解らないのか、肩をすくめてフローラを見た。
黙っていたフローラは、圭一の視線を受け、長いまつげを伏せて呟く。
「“長雨が続いて、いつの間にか桜の花は色褪せてしまった。まるで今の私のように”……か。百人一首、9番の歌で、
「…………」
その解説を聞いて圭一が顔を曇らせる。
さくらが、“喧嘩なんかしない……”そう言った意味がこの歌に込められていると知って、胸が締め付けられた。
さしずめ、“昔と違って、こんな体になってしまったから、今さら自己主張はできないのよ”って事だと感じた。
「見せてくれてありがとう。服を着てくれ。……そしたら今日は疲れたから、すまないがみんなお引きとり願えないか?」
「…………わかったわ。……ごめんなさい、フローラ」
最後まで素っ気ないフローラの言葉に、明らかに落ち込んだ様子でさくらはそう答えて服を着ると、去り際に雨糸と涼香に声をかけた。
「西園寺さん。今度改めてお礼をさせてね?」
「はっ、ハイ。しょ、しょうち……分かりました」
見つめられ、敬語を使うか迷いながら雨糸が返事をする。
「……やっぱり優しい娘ね、ありがとう」
泣いている涼香を抱きしめて耳元に囁くと、涼香が泣きながらぶんぶんと顔を振る。
そして圭一に会釈をすると、さくらが青葉と静かに病室を出て行った。
それを見届けてから圭一が涼香を連れ立って出て行き、続けて雨糸が出て行く。
フローラと二人になるが、フローラは変わらず黙って俯いているので声をかける。
「……じゃあ俺も行くよ。また明日寄るね」
「…………………」
だがやはり返事がないので、そのままそっと部屋を出た。
廊下に出るとみんな集まっていたので聞いてみる。
「今日はどうしてみんな集まってたの?」
「う……ん。
「そんで俺と涼香が誘われて、涼香を拾ってここへ来たって訳だ」
圭一が涼香の肩に手を置きながら言う。
「……そっか。まあさくらが気にしなかったから別にいいけど」
「呼び捨て?」
雨糸が非難がましい顔で聞いてくる。
「う、……ああ、敬語使うと“ぷ~~!!”とか言って怒るんだよ」
「そう………………」
「「「………………………」」」
雨糸が寂しそうに答え、そのままみんな黙ってしまう。
その沈黙を破って涼香が口を開く。
「…………………でっ……でも…………あっ、あの……体……」
「ああ、スゲかったな……」
「私は、“なんであんな傷を負って生きてられるの?”って思った。……でも、思わず大声で騒いじゃってすごく悪いことした」
「気にするなアル。青葉からの生体モニター情報では、気にしているデータはないアル」
「そうか。……お! そうだ。じゃあこれからさくらのとこへ戻るけど、かなり落ち込んでいるようだし、一緒に来てもらって、もし俺の手に負えなかったらフォローしてくれないか?」
「そうね。まあ元より
「ええ、協力いたします」
「ええ~~? デジーはウイの不利になるような事はゴメンアルよ?」
一葉と中将が快く引き受ける中、
「ちょっ、雛菊!」
……ああ、雨糸が
「……そ。じゃあ雛菊は残っていいわよ。今のセリフを聞いて青葉がどう思うか知らないけどね」
「さっさと行くアル!」
そう思っていたら、一葉に脅されてすぐに方向転換する。
……ん? Alphaと同程度の青葉は、実機のないプログラムだけの雛菊達にしてみたら、やっぱり脅威なのかな?
「
圭一のぼやきに、
「今更だな」
「今更ね」
「当たり前でしょ?」
「馬鹿アルか?」
「けっ、圭ちゃんってば……」
俺、雨糸、一葉、雛菊、涼香がフルボッコにする。
そうしてみんなで車に行くと、さくらがハンドルに突っ伏して泣いていた。
「「「…………」」」
それを見て俺達はおろか、DOLL達も何も言えず押し黙っている。
どうしたものかと考えていたら、フローラからメールが入る。
「――おお? なんだろ」
見ると件名に、“霞さくらへ転送希望”と表示されていて、音声データが添付されていた。
……転送。……ま、内容は青葉がチェックするだろうし、まずければ言い出すタイミングを変えるだろ。
勝手に開いていいものか迷ったが、現状このままでも困るし、きっかけが欲しかったのでそのまま送る。
「……ママ? フローラさんから裕貴経由で音声メールが届いたけど、どうする?」
泣いているさくらの顔を下から覗き込むように、青葉が小声で報告する。
「……うっ、うん……ゴメンね青葉。いいわ、再生してちょうだい」
顔を上げて涙をぬぐいながらさくらが答える。
「うん、じゃあ……再生スタ-ト。
『
……だよ?」
流麗で優美なフローラの
「わからない……青葉、どういう意味?」
うむむ……、俺もわからん。
圭一は早々に中将に耳打ちして聞いていて、涼香は考え込んでいる。雨糸はもう分かったようで、手で口を押えていた。
耳で聞く限りでは何かの和歌だと思うけど……。
そんな習熟英語を即座に暗訳できる雨糸に驚く。
「――うんとね。
〈世の中に たえて桜のなかりせば 春の心は のどけからまし〉
になるわ。現代語意訳は、
“この世に桜がなければ、春に私の心はもっと穏やかだったろうに”――よ」
「おお! フローラ。君はまったく…………」
フローラの、その和歌を選んだセンスに言葉に詰まる。
さらに“
「ふふ、フローラったら……」
「……そっか。フローラはそう思ったのね」
涼香が笑い、雨糸が一人呟く。圭一はやれやれといった仕草をする。
……だが、さくらは違ったようだ。
「う~~……それってフローラは“さくら”がキライって事?」
「え!?」
「ぷっ」
それを聞いて雨糸が驚き、俺が思わず吹き出してしまう。
「なによう……」
「いや、ぷっ、くく。さ……くら、……違うよ?」
「ひ~~ん……なにがよう……ゆーき」
もうメソメソだ。悪いと思うが、同時に可愛いらしいとも思う。
フローラは俺に解説させるためにこのタイミングでメールしたのか? それとも
そんな事を疑いつつ歌の解説をする。
「この歌は反語、つまり“さくら”が好きだからこそ春はソワソワして落ち着かないっていう、桜フリークだった業平がちょっとノロケめいて
「――もうっ!!」
言い終わるを待たず、短く叫んで運転席から飛び出して、病院へ駆けていくさくらさん。
「……凄い行動力ね」
雨糸が呟く。
「全くな。……この場合、“悔しいけど、私もあなたが綺麗だと思うわ。って
取り残されて独りごちると、涼香が不安げに聞いてきた。
「どっどうする……のかかな?……ふっフローラ……どっ、どうさされちゃう?」
「ボコられるんじゃね?」
圭一が茶化す。
……お前が後でボコられるぞ。
「…………そうだな。多分ハグされてチューされるんじゃないかな? ……そうだ! 青葉」
取り残された青葉に聞いてみる。
「なあに?」
「OKAMEに
「いいわよ」
「悪趣味……」
雨糸が非難がましい目を向ける。
「
憮然と俺が言い返す。
「まあいいんじゃねえか? 裸にひん剥かれるような事は「アウトです♪」――痛てっ!!」
圭一が中将にレッドカードを食らう。
その間にもう車のモニターにはOKAME視点の映像が映し出された。
フローラがOKAMEに向かって何やら睨んでいる顔が映る。
やっぱり
画面のフローラがなにやら言いかけた時、病室の扉が勢いよく開き、さくらが飛び込んできた。
そしてそのまま勢いよく抱き付かれると、さくらのkiss攻撃が始まった。
『フローラっっ!!』
『なななんだぶっ………はっ……止め……Stop!! ……NO!!』
『好きっ!! フローラっ!! みんな大好きっっ!!』
『Yes !!……わかっ……から…………放せ~~~~~~~~~!!』
「うわあ……」
「……よかった」
同情した様に雨糸が口を押え、涼香が安堵する
「フローラに天敵ができたか?」
圭一が的を得た事を言う。
「はあ……ま、俺はこれからが大変かな」
俺がため息を漏らす。
「何言うアルか。さっさとウイとくっけば万事解決アル!」
「そううまくいくかしら?」
「ひっ、一葉」
雛菊の言葉に一葉が反論し、涼香が慌てる。
「……お姉ちゃん達、私も居る事を忘れないでね♪」
「「ごめんなさい――アル……」」
青葉が意味ありげに笑い、雛菊と一葉が姿勢を正す。
„~ ,~ „~„~ ,~
そうしてその日の晩、フローラからメールが来た。
「――何々? “退院したら、狂い咲きのさくらを眺めながら、リハビリを兼ねてのんびり温泉に浸かりたい。段取りを頼めるか?”……狂い咲きとはね。ふふ、“了解しました”で返信して」
「は~い。わかいまちた~。ゆーきお兄ちゃん♪」
「なにっ!?」
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