暁桜編〈狂い咲き・前編〉
リビングでお父とさくらが邂逅を果たしている時、さくらを紹介する約束を取り付ける為、フローラに連絡を入れる。
『……どうした?』
そう聞き返すフローラに、“霞さくら”が来た事を話し、これまでの経緯を話す。
好きだと告白された事と、その傷だらけの体を見せられた事も話した。
脳波シンクロによる霞さくらの覚醒計画をどこまで話していいのか分からなかったが、最初にした説明だけで理解してくれたようで、初対面の彼女が俺に告白した理由は聞いてこなかった。
「――で、今お父とリビングで話している」
『……そうか、それで裕貴はこれからどうするつもりだ?』
「“どうするつもり”……とは?」
『彼女と会って、これからどう接していくのかと言う事だ』
「うっ……」
『……話せないか?』
だが、責めるでもなく急かすでもないように、フローラが感情を込めずに聞いてきた。
「……いや、ストレートすぎて驚いただけだよ」
『そうか』
「……正直な話、
『それこそが彼らの狙いとしてもか?』
フローラが正確に計画の目的を洞察して指摘する。
「うん。……“それでも”なんだよ」
こう答えたら傷付けるのは分かっているが、誤魔化す事は出来ないし、何より俺の本心を知りたいだろうと思って正直に答える。
『そうか……………………………』
沈んだ短い返事をしてフローラが黙り込む。
「……でもまあ、俺も動揺はしてるけど、ちゃんと上半身でものを考えているから大丈夫だと思うよ」
『……そうだな。オレの介助を二月もの間、頭に来るくらい平穏にこなしてくれたしな』
「くっ………その節は……おっお世話しました……」
『フン、これであっさり彼女とくっつくようなら、腹いせに“元、
「くくく……そんな落し穴が…………危なかった」
『ハハハ!!』
――そんなやり取りに安心する。その一方でそのまま微妙な本心を押し通して、フローラに愛想をつかされた方が良いのかもしれないとしても、結局フローラを悲しませる事は出来なくて、安心させてしまう。
「――あっ! そうだ、それでさくら……さんが会いたいって言ってたけど、会ってやってくれるかな?」
会話が途切れ、当初の目的を思い出して聞いてみる。
『……会いたい?』
怪訝に聞き返してくるフローラ。
「うん。協力してくれたみんなに恩返しがしたいってさ」
『…………そうか。分かった、明日の面会時間中ならいいぞ」
フローラはやや考え込んだ後、それだけを答えた。
「ん、ありがとう。伝えておくよ」
そうして通信を切り階下の二人の事を思い出す。
すると
『話しが終ったから、夕飯の相談をしようってパパさんが言っているわ』
「分かった。今降りていく」
そうしてリビングに入ると、二人がソファにいて、お父の膝枕でさくらが寝ていた。
「泣き疲れたみたいで寝ちゃったよ」
「うん。ママはまだ体力の方は充分に回復していないようなの」
お父と青葉にそう聞かされる。
「そっか。ここへ来るまでも、来てからもプレッシャーが半端なかっただろうしね……」
そう言うと、お父が小さい姫香をあやしていた頃のように、さくらの頭を撫でて優しくいたわる。
「裕貴もな。さくらちゃんと青葉から事の次第を聞いたよ」
「……俺は……別に何も…………」
していないとは言い切れずに言葉に詰まる。
「いいや、親としては裕貴を“そんな事”に巻き込んでしまっていた事に関しては、大島さんに文句を言いたいな」
「ぷっ、くくく。……言わせてもらえば、それは俺の選択だから口を出して欲しくないな」
珍しく大人な面を見せられて思わず笑う。
「ん? 何で笑う?」
そう聞き返すお父に、偽装ストーカーの件で大島社長を殴ってしまった事を言う。
「――むむ、そんな事までバラされてたか。……だがまあ、お前の方はまだ未成年だから、親の心配は当然だ。そこは覚えておいてくれよ?」
「ふふふ。……うん、ありがとう」
泣き腫らした顔で、照れながら言うお父にお礼を言う。
「……だがまあ、こうして再び生きているさくらちゃんの顔を見られて良かった。裕貴にはお父からもお礼を言おう。ありがとう」
「どういたしまして。……って、もしかして人口冬眠でずっと眠っていた事は知らなかったの?」
「ああ、植物状態になって8年目か。裕貴が生まれる前の年に、人口冬眠に失敗して亡くなったと聞かされていたんだ」
「ええ? どうして?」
「それはねえ。護ちゃんが言うには、“回復の可能性が極めて低い状態があまりにも長く続いていたから、裕パパにこれ以上負担をかけたくなかった”……って言っていたわ」
青葉がそう言うと、お父は先に聞いていたのか、ウンウン頷いていた。
「……そうか、そうだね、実際に目覚めるまでさらに17年もかかっているんだしね」
「まあな。でもこうして再会して見たら、ますます綺麗になっててびっくりしたよ」
「……どういう事?」
「考えてもみろ。お父は事故直後の現場を見てたから、助かったのすら奇跡だと思っているし、それに桜を育ててきたからな」
「つながりが見えないんだけど……」
「桜を植えたのは、そもそもさくらちゃんとの約束だったんだ」
「どんな?」
「“僕が家を建てたら絶対桜を植えます”って言ったら、さくらちゃんが、“咲いたら見に行きますね”って言ったのさ」
「……うん。 それで?」
若気の至りと言う言葉を逆に教えたくなるくらい、恥ずかしい約束を交わした事を臆面もなく言うお父に、首筋を掻きながら聞き返す。
「その約束のおかげで桜の事を知ったからね。それに前にも言ったけど、桜の傷は手塩にかけた歴史だと思っていて、さくらちゃんがどれほど大切にされてきたかが分かったからさ」
「……うん。俺もそう思う」
「黒髪も綺麗だったけど今のこの髪……まるで庭の八重紅枝垂れみたいじゃないか」
そうお父が言った途端。向かいに座って、顔を俺の方に向けていたさくらが、閉じた目から再び涙を流し始めた。
起きた? いや、起きちゃったのかな……?
俺を見ていて嬉しそうに話し、さくらの横顔しか見れないお父は、自分の太ももが濡れている事に気づいていないようだ。
青葉がソファにかかっていたママのショールを引き落とし、さくらの上半身を隠してやると、さくらの左手がその下でそっと動いた。
「……そうだね」
元ネタがばらされ、照れて少し気まずい気分になったので、誤魔化そうと上機嫌なお父にイジワルな質問をしてみる。
「……そう言えば、ストーカー扱いを引き受けた時ってどうだったの? その頃ママと出会ったって聞いてたけど、苦労したような事は全然聞いた事ないよ?」
と、そんな過去も知っていたので大した苦労は無いだろうと言う予想の元、タヌキ寝入りしているさくらをチラ見して聞いてみる。
「ああ、それかあ。うん確かにマスコミはうるさかったけど、未成年で大学の中までは追いかけてこなかったし、友人達や親しいファンは事情を知っていたからね。それにアパートだって引きこもってりゃ全然苦にならなかったぞ」
お父がそう言うと、ショールに隠れたさくらの肩が微かに震えた。
「ママは腐女子でその頃知り合ったんだよね? もしかしてお父はその時……」
引きこもってた事を聞いた瞬間嫌な予感がしたが、それは俺の事なので我慢してさらに聞いてみる。
「ああ。ゲームやアニメやフィギュアにどっぷりハマったのがその頃だな」
笑いながらドヤァ、な顔をするお父。
「…………そっすか」
護さん。やっぱりもう一度殴っていいですか?
親父の変態っぷりの
そして、憑き物が落ちたような顔でタヌキ寝入りから覚めたさくらとお父が、こんなに泣き腫らした顔では外に出れない、と言うので、スシの出前を取って食べた。
食べ終わってさくらを家まで送りながら、明日のフローラへの面会の約束を取り付けた事を言う。
すると、やはり不安があるのか緊張した顔で、
「……そう。ありがとうゆーき」
と言ってくれた。
「どういたしまして。まあ、記録を見たなら多くは言わないけど、多少手や足が出るかもね」
そう笑いながら言ったら、
「~~っもう! ゆーきったら!! 不安にさせないでよう……」
と、ポカポカされた。
そして、そのまま無言で抱き付いてくる。
青葉が俺の肩に移り、ELF‐16と並ぶ。
「どうしま……したの?」
敬語をなおしつつ聞き返す。
「……うん。今日は本当にありがとう」
「どういたしまして」
「ゆーきのおかげでこうして目覚める事が出来たし、昇平さんにも会えて、わだかまりを解く事が出来たわ」
「うん」
「……でもちょっと不満」
「うん?」
「護ちゃんも昇平さんもすっかりお父さんになっちゃって、さくらを娘みたいな目で見るんだもの」
「それは、……しょうがないよね」
「二人に改めて失恋するなんて思いもよらなかったわ」
「え!? ……て、お父の事が好きだったの?」
「……そうね。ゆーきは間違いなく昇平さんの息子なんだわ」
聞いた事には応えず、街灯の薄明り中でミステリアスにさくらが笑う。
「……好きよゆーき。……大好き」
そう言うと、俺の顎に手を添えてキスをしてくる。
「「…………」」
「さ……くら」
唇を離して、戸惑いながら彼女の名を呼ぶ。
「この気持ちは本当は自分のものじゃない。けど、もう一人の“さくら”からの大切な贈り物なの。だから、簡単には捨てられないのよ」
「!!」
――分かっていたのか。と驚く。
「でも大丈夫。諦めるつもりはないけど、強引に押し付ける事もしない。だから明日はフローラと喧嘩なんかしないわ。……ね?」
驚いている俺の頬を撫でながら、安心させるようにつぶやく。
「……うん」
家に着くとすでに
自分らが寿司を食べているのに私は……と文句を言われたが、色々と言いたい事を飲み込んだ分、報復がてらガン無視して今日の報告をした。
「――そうか。水上の父親もなかなかのジェントルマンだな。相手を思いやる気持ちは裕貴も十分受け継いでいるようで安心した」
「ふふ~。でしょう? 護ちゃんがいなかったら、絶対昇平さんを好きになってたわ」
「くっ……、褒めて頂き真に恐縮ですが、家庭内秩序維持の為、今の言葉は
照れながらそう言う。
„~ ,~ „~„~ ,~
翌日。
家の前で待ち合わせると言うので、連絡が来て、庭に出たら驚く光景が目に着いた。
「ええーーーーーーーーー!! って車?」
さくらさんはなんと、軍にも採用されている、超高級万能農耕車でウニモグとか言う
車の脇に立つ今日の彼女は、
「……そんな驚かなくてもっ……て、ゆーき、さくらの生まれた年を知ってるでしょ?」
「えっと……たしか1991年の4月7日で今が2032年だ………………から…………って
「そんな大きい声で言っちゃイヤン♪」
さくらが丸くまとめた髪を揺らして笑う。
「うくっ……、ごっ、ごめんなさい、つかなんで免許まで?」
そして精神年齢16歳、肉体年齢19歳(らしい)、実年齢41歳のさくらのその愛らしい仕草にドキリとする。
今更その事実に気付きながら、全く劣化を見せないその姿を見つめなおす。
見えねー……、てか今の方がキレイ……。
永い眠りから覚め、深い悲しみを知った今の彼女はまさに、風にその枝を預けながら揺らめく紅枝垂れ桜のような、落ち着いた艶やかなオーラをまとっていた。
「……そうね、リハビリの為とフローラのお手伝い出来たらいいな。……ってね」
見惚れているのを気付いたのか、クスリと笑いながら答えた。
「そう、……ですか」
その
高いステップを踏んで車の助手席へ乗り込むと、さくらも車に乗り込んで青葉に声をかける。
「じゃあ青葉、ナビゲートお願いね」
「りょーかい! それじゃあしゅっぱーつ!!」
そうして、未だに軽油を消費する前時代のディーゼルエンジンに加え、最新式のコントロールシステムを備えた車が、野太い駆動音を響かせて発車する。
――病院に着くとさっそくフローラの病室に向かい、扉をノックする。
「どうぞ」
フローラの返事があり、さくらを振り返り、まずは俺が入る事を伝えてドアを開ける。
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