暁桜編〈ママ〉





 「――あっ!!」

「あぶないっ!!」

 立ち上がろうとしたさくらさんがふいによろけ、それを正面から支える。


「ごっ、ごめんなさい。ゆーき」

「……いえ。どうしました?」

 肩を支えて立たせながら聞いてみる。

「えっと……、その……ちょっとめまいがして……」

 たかがめまいと言うが、なぜか口ごもるさくらさん。

「めまい? ひょっとしてまだ体調が万全じゃないんですか?」

 さくらさんの白刃のような裸身を見た直後なだけに、言いようのない不安に駆られる。


「う……その……」 

 ぐぅ~~~~……


 未だ毛布を羽織っただけのさくらさんの体に回した手に、口からではない明確な返事が伝わってきた。


「「…………………………」」

 見つめあい、しばし押し黙る。


「…………………ぷっ!」

「うっ……うえ~~ん…………」

 たまらず吹き出すと、真っ赤になって瞳を潤ませて顔を覆う。


「ふっ、くく……そっか、もう昼を回っていましたね。じゃあ何か食べましょうか」

「う~~……、ムードなくてごめんなさ~い……」

「うっ、……いっいえいいですよ。元気になった証なら嬉しいです」

 羽織った毛布で顔を隠しながら謝る。が、その仕草と声に思わずデレてしまう。


 かわいい……。そうか、いくらAlphaさくらと同じに作られていても、やっぱりこう言う所はDOLLじゃ再現できないもんな。

 

 そう思いつつ、下着と服を拾い上げて手渡そうとしてふと気付く。

「あれ? そう言えばこのワンピースの柄、どこかで見た様な…………あっ!」

「気付いた~~? ……えっへへ~~。やっぱりゆーきだぁ……」

 そういって小躍りせんばかりに喜ぶと、再び抱き付いてきた。


「うん。“さくら”をインストールする前に、コンビニで初めて買ったDOLL服のデザインだ」

 そう言って今は数着目となった、フローラが選んでくれた清教徒ピルグリムの服を着せたELF-16を見る。

「そう、人間用で同じデザインがなかったから、スタイリストさんに作ってもらっちゃったんだ~~」

「え? わざわざっ――て、ごめん!!」

 そういって、抱き付いていたさくらさんを見下ろすと、毛布がずり落ちて、ふたたびあられもない姿になっていた。


「……ああ、気にしなくていいのよ、っていうか、好きにしてくれていいのに……」

 そう言って指をくわえて拗ねるような仕草で見上げてくる。

「くっ!! ……いっいや、でっできません!!」


 心と体に深い傷を負った彼女をフォローして、立ち直らせなければいけないと言う、責任やプレッシャーなどの不安から解放されてみれば、“さくら”という人格とその声への思慕だけが残されている事に気付く。

 しかもDOLLと違い、今度は実体として目の前に存在し、好きにしていいと言う。


 くくく、これは罠だ。“逸姫”が言ったように護さんと緋織さんが周到に用意した蜜の罠ハニートラップだ!!


 先ほどとは別な次元で混乱していると、さくらさんがふっと笑った。

「ふふふ、こうして目覚めて、再びこんなに幸せな時間が迎えられるなんて思ってなかったから、ゆーきには、……いいえ、涼香やフローラ、雨糸ちゃんや昇平さん達には言い尽くせないほど感謝してる。だから、これからみんなにはゆっくりとその恩を返していきたいわ」

 俺の手をおし包みながら丁寧に言葉を紡ぎ、本当に幸せそうに笑うさくらさん。


「そうですか。……よかった」

 その言葉に感激しつつ、一抹の寂しさが残っている事に気づき、目頭を熱くしながら思う。


 これでいいんだよな……“さくら”。


 „~  ,~ „~„~  ,~


 支度をしたら時間も午後一時をまわっていて、涼香も来る様子がなかったので、外食しようとしたら、作ってくれると言う。

「いいですよさくらさん。お客に料理させたらママや涼香に怒られちゃいます」 


「ぷ~~~……」

「ふくれても駄目です」

「違うもん!」

「じゃあ何ですか?」

 そう聞き返すと、ふくれっ面のまま睨み返してくる。


「……さくら」

「え?」

「さくらって呼び捨てで呼んでくれなきゃイヤ!」

「――!! でっでも……」

「…………ダメ?」

 服の裾をつまみ、涙目で訴えるさくらさん。


「~~~~…っ、……くら」

「なあに?」

「さっ、さくら」

「はい?」


「さ く ら!!」

「ゆーきっ!」

 そう叫ぶと、さくらがボフンと胸に飛び込んで、嬉しそうに甘えてくる。


 ……ヤバイ。フローラと別の次元で悶え死ぬ。

 抱き付いたさくらが再び嗚咽を漏らし始めるので、その背中をさすりながら途方に暮れる。


 ――その後、リハビリの為と説得されて、昼食を作ってもらう事にしたが、

「ハダカエプロンとハダカワイシャツ。ゆーきはどっちが好き~~?」

「ぶ~~~!!」

 そう聞かれて吹き出したらさらに、

「あ! 涼香みたいにゆーきの緩んだTシャツの方がいいのかな~?」


 バレバレだ!

「どっちもどれもノーセンキューですっ!!」


「そっか~、じゃあまた今度ね?」

「そんなサービスいりません!」

「ぷ~~~!」


 ひとしきりどこかで経験したようなやりとりノリツッコミに憔悴していたら、ほどなくしてザル蕎麦が出てきた。

「こっちの方って、乾蕎麦でもおいしいのねえ」

「ああ、それね。たぶん標高が高くて沸点が低くて蕎麦の風味が飛びにくいのと、水源の水がきれいで、水道の塩素量が少ないのが良いんだと思うよ」


「へえ、そうなんだぁ。ゆーきって物知り~~♡」

「くっ……、ありがとう、つか、さくらさ……、さくらこそ料理上手で驚いたよ?」

 敬語を訂正しながら褒める。

 きちんと北信濃ここらへんの風習を勉強したのか、めんつゆのダシがカツオダシを中心に、ニボシとシイタケが使われ、濃い口醤油で仕上げられていた。


「えっへへ~~、褒められちゃった。……そうね、さくらは護ちゃんのお嫁さんになるのが夢だったから、料理はしっかりと覚えてきたんだよ~~」

 さくらはそう言うと、すこし寂しげに笑う。


「そっか。うん、いいと思うよ」

 そういって相槌を打つと出された蕎麦に箸を付ける。

「……そうそう、緋織さんにDOLLを渡されたんだけど、設定とか契約とか、ゆーきに手伝ってもらいなさいって言われたよ~~」

 食べ始めてしばらくして、さくらが思い出したように言ってきた。

「む……んぐ(ゴクン)、……そうか、今の時代必需品だもんね、うん、わかった。食事が終ったら始めよう」


 昼食を終え、さくらとともに部屋に行き、さくらが持ってきていたDOLLの箱を開ける。


「おおお! こっこれは……!!」

 するとそこには“Sound《サウンド》 Fork《フォーク》謹製”の焼き印が押された桐箱。そしてその蓋を開けると、同社の伝説のバーチャルアイドルで、二十五周年記念限定モデルである、青髪ツインテールの“MIKU HATSUNE”が眠り姫スリーピングビューティのように、白い緩衝材のベッドに横たわっていた。

 七頭身ヤングで身長は少し大き目の30センチくらい。

“音”に特化した完全専用設計で機種名は〝THE《ザ》・DIVA《ディーヴァ》”(歌姫)。

 同社の音のデータベースと常時接続フルリンクしており、加えてアマゾン奥地の原住民音楽ネイティブサウンドからクジラ語まで“発生”させる事が出来ると言う超高性能モデルだ。

 100体限定生産で自動車2~3台分の値段に関わらず、予約開始数秒で売り切れた超希少モデル。

 同梱されていたツインは、さすがと言おうか、芸能人ゆえか、ホールケーキを巻くような、白いレース風で、宝石に似せた空間投影装置エアビジョンが真ん中にある、首にピッタリとフィットするタイプのものだった。

 ……おお、普通の人はアゴで空間投影装置エアビジョンのレンズを隠しちゃうけど、さくらくらい首が長くて小顔な人なら装着できる、美人証明ステータスシンボルアイテムじゃん。

 さくらは俺から一通り操作方法の説明を受けてさっそく装着してみると、クローゼット裏の姿見で後姿を確認していた。


 !!……そうか。首の傷を隠したくて選んだモデルだったのか。

 選んだ理由が高慢なものでなかった事に安堵しつつも、同時に不憫に思ってしまう。


 そしてあらためてDOLLの方を見つめていたら、さくらが声をかけてきた。

「……色んなカタログ見せられたけど、さくらが知っているキャラクターってこれくらいしかなかったの」

「え? ……あ、そうか、25年前だから……」

「うん。私が眠る前、あっちこっちで盛んにプロモーションビデオが流されてて、すご~く気になっていたのよ」


「そうなんだ、レアモデルだけど手に入ってよかったね」

 まあ、護さんとか緋織さんなら、このDOLLをメーカーに作らせる事までしそうだけれど……。


「うん。……あ、そうそう、緋織さんが言ってたけど……」

 そう言うと、DOLLを入れていた袋からメモを取り出して読み上げる。


「えっとね……『霞さくらの体調管理を任せる為、このDOLLには“さくら専用”のパーソナルキャラクターをインストールした独立システムを接続しますので、回線の契約と初期設定が終ったら連絡をください』だって……」

「……ふうん、そうか。……うん分かった。じゃあとりあえずは初期設定と契約だね」

 “Alpha”みたいなものかな? ……納得、まあど素人の俺が医者の真似事ができるわけじゃないし、その方が断然助かるよな。


 そうして、利用規約の朗読から個人情報の入力まで、そばでついて指導したが、やはり元芸能人なだけあって、規約朗読は当然ながらスラスラとこなしたので、なにげに自分がダメ男のような気がして落ちこんだ。

 だが、身体情報登録だけは難色を示したが、それが感情論だと分かっていたようで、しぶしぶではあったが滞りなく済ませた。


「――じゃあ、キャラのインストールだね。“さくら”緋織さんに繋いで――って、あ!!」

「ええ~ さくらそんな事できないよう?」

 

 しまった!! ELF-16の名前設定がそのままだ!!


「ああいや、ごめん。DOLLの方」

「承知いたしました」

 デフォルトキャラのELF-16DOLLが返事をする。

「そっか……」

 さくらがELF-16の事を思い出し、落ち込んだように返事をする。

 俺の方は慌てて言い直したが、Alphaさくらが戻らない事を思い出させてしまい、自分の迂闊さに後悔する。


 ……名前を変えなかったなんて、いくら他のキャラをインストールしなくても、名前ぐらいは変えておくべきだったな。くそっ、我ながら未練たらしい。


『――緋織よ。連絡が来たって事は無事に手続きが終ったのかしら?』

「ああ、はい。終わりました」

 顔を曇らせてしまったさくらをチラ見して、後でフォローしとこうと思いつつ、とりあえず緋織さんとの通信に集中する。

『じゃあ、パソコンに繋いでもらったら、以前アクセスした十二単衣トゥエルブレイヤーの待機ストレージにアクセスしてもらえるかしら?』

「はい、判りました――ってでも、アドレスも残してないし、セキュリティの方はどうします?」

『ああそうね。ごめんなさい、それじゃあ今からアドレスを裕貴君のPCに送るから、裕貴君のDOLLを通してアクセスしてもらえるかしら?』

 なるほど、以前雨糸がハックした時の回線を使うのか。

 そうして、緋織さんに聞きつつ、指定のストレージへアクセスして、DIVAを接続する。


『それじゃあ回線を開くけど、このキャラクターは“Alpha”と同じく、ほぼ人間と同じ行動原理アルゴリズムを持っているコンピュータなの』

「え? ってそれじゃあ、アノ機密に抵触するんじゃないんですか?」

『そうよ。でも、そもそも霞さくらさん本人の経歴が機密に関わっているから、彼女に関しては全然問題なくこの擬似人格システムを使用できるのよ』

「そうでしたか」

『だから、裕貴君には巻き込んでしまって申し訳ないけれど、こちらとしては事情を理解してもらっている分だけ、安心して彼女を預けられるのよ』

 緋織さんがそう言うと、横で聞いていたさくらが、嬉しいようなすまなそうな微妙な顔で俺を見た。

 ……こくん。

 その顔を見て、俺は笑って手を握って頷いてやる。

 するとさくらも俯いて、口真似で“ありがとう”と言って手を握り返してきた。

「いいえ、そう言う事なら事情を知っている分だけやりやすいし、信頼関係も築けると思います」

『ありがとう、そう言ってもらえると助かるわ。お父様も喜ぶでしょう』

「はい」

『じゃあ接続するわね』


 そうして有線接続した“DIVA”の目が開くと、パソコン画面に意味不明なHTMLコードが表示され始めた。

 パソコン程度の経験則だが、なにやらギクシャクと動いているので、おそらくは接続設定を行っていると思われ、立ちあがってはボディ各部の動作確認や、反応を見ている感じだった。


 ……ああそうか、この動作をさくらが夜中にしていて、カギを落としたって訳か。

 そんな事を思いつつ、DIVAとHTMLコードの動きを眺めていたら、どちらもフイに動きが止まり、パソコン画面に承認メッセージが表示される。

 

 〈…all system set up clear OK. Redy?〉

 〈 Yes / No 〉


「イエス」

 すると、DIVAが音声コマンドで承認した。


 おお、さすが自立A・I、自分で実行できるのか。

『終ったようね』

「終ったよ~」

 DIVAが答える。

『じゃあ、私の方の仕事もこれで終わったから、後はDOLLその子に聞いて作業を完了してね』

「ああ、はい。ありがとうございました」

『ふふ、どこまでも謙虚ね。お礼を言うのは私の方よ。ありがとう』

「そっ、……はい。分かりました」

 照れながら返事をする。

 

「……さてと、それじゃあまずは君の名前から決めなくちゃね」

 そう言ってさくらを見る。

 すると、DIVAがなんだか嬉しそうにさくらに近づいてこう言った。


「ううん。それはもう、私は自分で決めているの。ついでにマスターの呼び方ももう決まっているの!」

「そうなの?」

「へえ、そんな事までやるんだ」

 さくらが首を傾げ、俺が感心する。

「ダメ?」

 DIVAが聞き返す。

「いや、悪かないよ、さくらさん……さくらさえ良ければ。だけどね」


「そっか、さくらは全然かまわないけど」

「わ~~い。ありがとう!!」


「じゃあまずは自己紹介かな?」

「私は霞さくら、あなたは?」

「私は“青葉”それでマスターの事は“ママ”って呼びたいんだけどいいかな?」

 DIVAがそう言うと、さくらが口に手を当てて驚く。

「……どっどうして?」

「ママ?」

 さくらと俺が聞き返す。

「……ふふ、だめ?」

 だが、DIVAは答えずに、笑いながらごまかしてさらに聞き返してきた。

「……ううん。いいよ“青葉”、……とってもうれしいわ」

 さくらがそう答えると、ついに泣き出してしまった。

「ありがとう“ママ”。これからよろしくね?」

 コクン、コクン……

 さくらは言葉が出ず、泣きながら首を縦に振る。

「……??」


 青葉に慰められながらしばらく泣いていたが、落ち着いた頃にさくらが話してくれた。


「……“ママ”って言うのは、施設に居た頃のさくらの愛称ニックネームだったのよ」

「へえ……って、何で?」

「それはね……」

 そうしてさくらは、護さんに拾われた事から始まり、芸能界に入った思い出話までを嬉しそうに語ってくれた。

 

 そうしていつしか日が傾いて部屋の自動感光システムが働いて、ライトが付き始める。

「あら? ……いっけない。ずいぶん話し込んじゃったわね」

「いいよそんな事、……でもママって呼ばれたかった理由にそんな意味があったなんてね」


「うん、さくらももう一度そんな風に呼ばれる日が来るとは思ってなかったわ」

「うん。“私も嬉しいわ”」

 さくらが感慨深そうに言い、青葉が答える。


「ふふ、えっと、それじゃあこれから夏休みの間どうしようか」

「そうね、まずは明日、フローラに会いに行きたいな」

 俺が聞くと、さくらが平然と言う。


「えっ!?」

「……ダメかしら?」

「ああいや、ダメじゃないけど、さくらこそいいの? 気まずくない?」

「そうね、心が全くざわつかないって言ったらウソになるけど、もう嫌な事からは逃げないって決めたの。――だからフローラに会ってお礼をして、現実をきちんと受け止めたいわ」

「ママ……」

 そんな風に毅然としたさくらを見て、肩に乗った青葉が、嬉しそうにさくらの頭に頬ずりをする。


「分かった、じゃあ後で連絡を取ってみるよ」

「うん。お願いね」

「ふぅ、それじゃあもうじきお父が帰ってくると思うけど、どうする? 会っていく?」


「……そうね、いよいよ昇平さんに会えるのね」


 そう言うとさくらは胸を押さえて、瞳を閉じた。



 ――それから三十分後。


「ただいま~~」

 リビングでさくらと二人、お父の帰りを待っていたら、玄関から声がした。

「おかえりー」

 そう返事をして玄関にさくらと出迎える。

「……ああー、今日も暑かったなあ、ママたちは今頃涼しいジジババの家でノンビリしているんだろうな……。悔しいから今日の夕飯は涼香ちゃん誘ってスシでも食べに行こう」

 玄関に座り、背を向けて靴紐をほどきながら、お父が愚痴る。

「ああ、いいね、そうしようか」

 俺がそう言うと、さくらが背後からお父に近づき、顔を覆う。


「だ~~れだ?」

「んんん? この声は……どうした裕貴、さくらちゃんのキャラをまた入れたのか? あーーっと、答えはそうだな、……顔を押さえているのは涼香ちゃんで、今喋ったのはの裕貴のDOLLだっ!!」


 大声で言い張るので、笑いをこらえながらさくらと顔を見合わせる。

「ぶっぶ~!! 残念でした~~ はっずれだよ~~!!」


 さくらも笑いながら声を上げるが、その顔はもうすでに涙が溢れてきていた。


「ええー? て、今言った以外でどんなトリックがあるって……言……う…………ん……」


 手を外され、ゆっくりと振り返ったお父が、声を詰まらせながら今まで見た事の無いような驚きの表情を浮かべた。

 お父の胸ポケットで、キョトンと小首をかしげているひな紅が場違いにラブリー。


「久しぶり。昇平さん」


 さくらは泣きながらもしっかりそう言うと、お父の顔を両手で挟んだ。

「さくら…………ちゃん……………??」

 お父は目の前の本人げんじつを確認するように、力なく聞き返す。


「なあに? 昇平さん」

 さくらが顔中を涙で濡らしながら、それでも笑顔で答える。


「間に……合わ…………なくて……ごめん…………」

 お父は顔をこわばらせ、無表情のまま途切れ途切れに言葉を繋ぐ。


「ううん、さくらの方こそ。……とっとんでもないことを言っ――うくっ……」

 だが、さくらの方もついに堰を切った様に破顔して言葉を詰まらせる。


「生き……てた…………」

 やや生気の戻ってきたお父が、ようやく実感した様にそれだけを言う。


「……ひっく……生き……てる…わ。しょ……昇平……さんの…………お……おか……げよ?」

 さくらがようやくその言葉を口にして、お父に抱き付いた。


「う……お……――――――――――――――――!!」


 お父が声にならない叫びを上げるのを見た時、これ以上は居てはいけない気がして、静かに二階の自分の部屋へ帰る。


 その後、悲鳴にも似た二人の泣き声を聞きながら、心からこの件を引き受けてよかったと思った。

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