第12話

「たとえばあした、」

 俺達が────────────


「伊吹ぃっ」

「────っ、て」

「い、ぶき」

「伊吹、」

 ぎゅっと閉じた瞼をそろそろと開けると、太陽の光が差し込んできて目を細めた。空の青が目に沁みる。

「汐、きよはる、っち、ひろ」

 しっかりと聞こえた、伊吹の名を呼ぶ声は、紛れもなく三人のもので、何度も聞いた、今にも消えてしまいそうな声ではなかった。

 視界に写り込んでいたその影を見上げると、緊張した顔の汐と色を白くした清春、泣き顔の千洋が見える。手をついて起き上がろうとすると、汐に押し留められた。その力は、怪我をしているようには思えない。

「じっとしてて、頭打った、かも知れないから、……っ」

「お前等、怪我は」

「俺達はなんともないから、伊吹は自分の心配しなよ」

「なんとも、ない……?」

「っす、すみません!」

 今一状況がよく分からない。三人とも、無事、なのか。自分は、大丈夫、なのか。

 野次馬が増えてきて、先ほど謝ってきた人影が誰かに連れて行かれる。三人は伊吹の傍を離れようとしない。そっと手を動かして太陽にかざすと、血で滲んだ掌が見えた。

「いき、てる……?」

 震える声で、紡ぎ出す。

 あれだけ願って、何度も祈って、ひたすらにループをして、繰り返して、その度に誰かを失って、だから。

 うまく、信じられない。

「何言ってんの生きてるに決まってんでしょ怪我だって、掌、くらいしか、っ」

「なあ、本当に、生きてる……?」

「……う、るさいなぁっ!」

 泣きそうに顔を歪めた汐に、腕をぐいっと引かれて起き上がった。急に起き上がったせいで視界が暗くなる。汐、と焦った声が二つ聞こえてきて、すぐに明るくなった視界を汐に合わせた。

「汐」

「何」

「清春、……千洋」

「なーに」

「どうしたの、伊吹」

「よ、かっ」

 堪え切れなかったのは、仕方のないことだと思った。

 がばっと汐に抱きついて、耐え切れなくなった嗚咽を漏らす。状況がよくわかっていないような汐がそれでも背中に手を回してきて、とんとん、とリズムよく背中を叩く。

 何度も目の前で誰かが死んでいった。何度もループをして繰り返して、それでもたすけることができずに悔しい思いをした。それでも諦めることなんてできるはずもなく、その度に何度もなんども、『十一月二十七日午後三時四十九分』を繰り返した。

 四人で、無事に。その願いを祈りを叶えるために。

 本当は、諦めたくなることだって、あった。もう無理だと投げ捨ててしまいたいと思ったことも、あった。

 それでも諦められなかったのは、捨てることができなかったのは、伊吹の考える未来に三人がいないということが、想像できなかったからであって、そんなの信じたくなかったからであって。

 何度もなんども繰り返したその先に、ちゃんと四人がたすかる未来があるという、端から見たら当たり前のことが、上手く信じることができなくなるくらいには、何度もなんども繰り返していた。

 頭をそっと撫でられて、背中にも誰かの手が触れる。更に強く強く、その存在を噛み締めるために汐を抱き締めると、痛い痛いと上がった悲鳴にちゃんとそこにいることを実感する。

 本当、に。

 よかった。本当によかった。四人で無事で、本当に。

 本当、は。

 怖かった。ものすごく、怖かった。もしたすけられなかったら、そう考えてしまうと、どうにかなってしまうんじゃないかってくらいに怖かった。

いつだってずっと。余裕なんて一度もない。とにかく必死で必死で、そんなこと考える隙間もないくらいに考えて、それでもふとした瞬間に浮かんでくる恐怖は底知れないものがあって。

 だから。だから、本当に。

「ばかぁ……っ」

 馬鹿。汐の、清春の、千洋の馬鹿。

 置いて逝くなんて酷い。置いて逝かないで。

 ずっとずっと言いたかった。でも、言えなかった。

 言えるわけがなかった。置いて逝く三人に、その言葉をかけるのは酷だと分かっていた。だから我慢して、溜め込んで、それがまた辛かった。

 もう、言っていいだろうか。

 我慢していたこと全て。言えなかったこと全部。

 ループのことも、かみさまのことも、言えなかった言葉も、呑み込んだ言葉も、たすけてっていう言葉も、何もかもを。

 大丈夫、時間はある。だって、たすけられたから。たすかったから。

 沢山、話そう。

 また四人で、一緒の日々を、送ることができるのだから。

 ────かみさま。

 ずっと、たすけたいと思ってきた。

 ずっと、たすけたいと願ってきた。

 ずっと、たすけたいと祈ってきた。

 ────かみさま、

 汐達と、沢山の約束をした。汐達以外とも、約束をした。

 約束は果たせただろうか。これから果たしていけるだろうか。

 少なくとも、清春と千洋とした約束を果たすのは、もう少し先になりそうだなと。

 ────なあ、かみさま、

 神社に行こう。話をしよう。

 そして、かみさまが忘れられることのないように、細々と。伝えられる範囲で、小さくでいいから、伝えていこうと。

 ────かみさま。

 四人で無事に、の未来を、本当に。本当に、ありがとう。


「たとえばあした、」

 ────俺達四人が、無事に『十一月二十七日午後三時五十分』を迎えられたとしたら。

 ノートの最後のページに書かれた文字の答えを、今。

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たとえばあした、 絢瀬桜華 @ouka-1014

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