永遠の刹那

 真っ白な空間に降り立つと美玲とその横に自分の影が立っていた。

『夢の残骸に縋り付くように現実に失望し、やがて見果てぬ夢の前に瓦解してゆく。生への憧れ、生をあれほど渇望したのに……。生をあれほど熱望したのに……。この虚無の心はいったいなんなんだ』

 そう言葉を吐いた遼太郎は天を仰いだ。

 そして意を決するように影と向き合った。

『自分で自分を証明してみせる。君にこの身体は返すよ。ぼくは……、深い眠りにつく』

 もう一人の自分は沈黙で答える。

『いや、ぼくを殺してくれ。君の意識の中でぼくを殺すんだ。いいかい、絶対だよ。もう二度とぼくが目覚めないように。それと、もうひとつだいじなことがあるんだ。ミヅキのことをよろしく頼む』

 もう一人の自分はこう答えた。

『それでは自分を自分で証明することにはならない。ただ己の存在を否定するだけに過ぎない』

『だったらどうすればいい?』

 そのときだった。影は遼太郎と重なり合い、その影は本来の魂のもとになった。

 遼太郎は美玲に向かうと肩を引き寄せ抱きしめた。

 重なり合った本来の魂はまるで自分に云い聞かせるように語り出す。

『生の渇望。永遠の安らぎ。生きることによって生まれる生の葛藤。そして魂という存在。君が望むのは贖罪ではなく、彼女たちを真の安寧に導くことだ』

『真の安寧?』

『ああ。奪われた夢は希望を無くすことと同じだ。君と美玲、それに美琴は真の安寧の中で夢を見続ければいい』

『お願い連れて行って』

 美玲は遼太郎を真っ直ぐ見据えた。

『いいのかい。こんな僕でも許してくれるかい』

 美玲は大きく頷いた。

『美琴も聞いてくれないか。君を真の安寧に導きたい』

 そのときだった美琴の魂が深層意識の中に現れた。

『うちも連れて行ってくれるん?』

『ああ。一緒に行こう』

 遼太郎は思いの丈を語った。

『美玲。ごめん。僕は君を護れなかった。僕は、僕は‥‥』

 美玲は首を横に振った。

『私はりょうちゃんによって救われたのよ。だから泣かないで』

 遼太郎はさめざめと泣いた。

『ずっと伝えたかったことがあるの。私、りょうちゃんのことを好きになってほんとうによかった。それから、ほんとうに大事な人をこれからも護ってあげてね』

 やがて遼太郎の身体が光り始めると量子になって天に昇り始めた。そのあとを追うように光り輝きながら二つの量子も昇っていく。


「遼太郎さん。起きて、起きて」

 美月が身体を揺らしていた。

「ここは?」

 遼太郎は辺りを見回した。美月が涙を浮かべながらこっちを見ていた。

「ずいぶん長い夢を見ていた気がする‥‥。僕は僕なんだろうか?」

 遼太郎はまっすぐな視線を美月に向けて云った。

「よかった。目を覚ましてくれて。このまま目を覚まさなかったら。ほんとどうしようかと思ってすごく心配したんだよ」

「そうか僕は目覚めたのか」

 感慨深げに遼太郎は辺りを見回した。そして美月をまっすぐ見据えこう云った。

「美月。君がもう一人の僕を支えてくれたんだね」

「遼太郎さん。やっぱりあの遼太郎さんじゃないんだね」

「ああ」

 遼太郎は寂しげに答えた。 

「彼は逝っちゃったよ」

「そう‥‥」

 美月の白い頬に涙が幾重にも伝わっている。

「彼は彼女らの悲しい現実を夢の残骸として自ら背負って行った。そして夢の残骸を消し去る為に自ら消えていったのかもしれない」

 そういう遼太郎は天を仰ぎ語った。

「夢を奪われた彼女たちは希望を取り戻したはずだ。僕のもうひとつの魂は彼女たちを安寧の地に導いた」

「そうなんだ‥‥」

 美月の涙は全ての想いを流し去るように遼太郎、美琴、美玲の想いに降り注いだ。

 

 それから数日が経ち、遼太郎は普通の生活を送っていた。学校の帰り、美月が家に遊びに来た。

「こう云うのも変だけど、もう現実の世界には慣れた?」

「ああ。すごくありふれた日常だ。でも、とても素晴らしい」

「うん。そうだね」

 遼太郎は窓を開け、ベランダに出た。晩秋の風が冷たく身体を包み込む。それに釣られて美月が遼太郎の横にそっと寄り添った。

 眼下に広がる景色は、夕闇が迫り、オレンジ色から群青色のグラデーションが空に染まっていた。

「僕は一番この瞬間が好きでね。昼と夜の境界線を見ていると胸が締め付けられる思いがするんだ」

 美月は目を細め、今あるこの刹那のときを胸にきざんでいるように思えた。

「私もこの瞬間が一番好き」

 美月の手に遼太郎の手が重なった。

 二人は永遠の刹那に身を委ねた。


 完

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幽しな存在に眠る夢 永遠(とわ)ミツキ @riyouichi_y

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