食堂の卓には、茶器が置かれていた。人数分の茶杯の前に、それぞれが座する。

「それじゃあ、考えを聞くとしよう」

 玄晶が全員を見回すと、はいっと袁燕が手を上げた。

「俺っち、やっぱ烏有に領主になってもらいたい。烏有がどうしてもイヤだってんなら、なんだっけ……ええと。ほら、あれだよ。店では親父が威張いばっているけど、裏じゃあ、母ちゃんの言いなり、みたいなさ。そんな感じで、玄晶が前に出てるけど、実は烏有が仕切ってるって形にすりゃあ、いいと思うんだ」

受けた玄晶が、もの言いたげに烏有を見る。次に剛袁が挙手をした。

「私も、袁燕の意見に賛成です。そのほうが、当初からこの計画にたずさわっていた我等の仲間も、安堵するでしょうし」

 剛袁が言いながら、烏有の表情を確かめた。

「俺ぁ、朝に言ったとおりだ。烏有が領主にならねぇんなら、よそに行く。なあ、相棒。府になれなくったって、かまわねぇ。俺等で理想の国を、造ろうじゃねぇか」

「蕪雑兄ぃ。それは無責任ではありませんか」

 剛袁が眉をひそめる。

「責任なんてモンは、とっくに終わってんだろう。俺ぁ、山の集落で兄貴分をやってた。それぁ、いつか府に戻れるまでの間ってこったろ。ずっと兄貴分って約束じゃ、なかったはずだぜ」

「それは……」

「明江っていう住処すみかができて、落ち着いたんだから、俺の役目は終わりだろ。なら、俺の好きにしてもいいじゃねぇか」

 蕪雑がニヤリとして、烏有を見た。

「なあ、相棒。なんでも、好きなことを言ってくれ。俺ぁ、とことんついてくぜ」

 座の空気が張りつめる。蕪雑だけが、いつもどおりだった。烏有は瞑目して深く息を吸い、気持ちを落ち着かせてから、ひとりひとりの顔を見た。最後に蕪雑と目を合わせ、ニッコリとする。

「無責任なことは、できないよね」

「お?」

「蕪雑。僕は君に夢を託した。そうと知っている人も、そうではない人も、大勢の人がそれに手を貸してくれた。明江と関わりを持った、すべての人が僕の夢に加担をしている。だったら、僕はそれを受け止め、支える柱にならなければならないと思うんだ」

「そんなら俺ぁ、その柱を支える横木になりゃあ、いいってわけか」

「そうなると、壁が必要になりますね。私や玄晶が、その役目、というところでしょうか」

「ぞんじゃあ、俺っちは屋根だな。濡れて根元が腐っちまったら、困るだろう」

 誰もが笑みを浮かべる中、玄晶だけが厳しい顔つきで烏有を見ている。烏有はキッパリと、挑む目で玄晶に告げた。

「僕は領主になる。そのために、力を貸して欲しい」

「覚悟を決めた、ということだね」

「どうせ、そうなるだろうと予測して、下準備を勝手に進めていたんだろう?」

 烏有がニヤリと頬を吊り上げると、玄晶も人の悪い顔になる。

「拷問にかけてでも、説得をするつもりでいたよ」

「ぞっとしないな」

 玄晶は軽く肩をすくめた。

「――迷いはないな、鶴楽」

 烏有がしっかりとうなずくと、玄晶は顔をほころばせた。

「さて、それじゃあ夕食にしようか。烏有がどうして、夢の国を追いかけてきたのか。そのはじまりの物語を、食事をしながら聞こうじゃないか」

 言いながら立ち上がった玄晶が、外に控えていた者に食事の用意を申しつけた。

「さあ、これからが大変になるぞ。ゆったりと思い出語りができるのは、今宵が最後と考えてくれ。次にまた、しみじみと語りあえるのは、明江が揺るぎないものとなるときだ」

「烏有が領主になるって聞いたら、皆、大喜びするだろうな」

 袁燕が笑う。

「計画のはじまりを知らない者は、おそろしいと感じるかもしれませんよ。なにせ、領主と気軽に言葉を交わしていたのですから」

「そのあたりの認識を、どう広めていくかも問題だな」

 剛袁と玄晶が確認をするように、うなずきあった。

「そんなもん、どうとでもなるだろう。まだまだ、烏有の夢は完成してねぇんだ。やんなきゃいけねぇことが、ごまんとあるぜ」

 蕪雑が歯をむきだして、楽しげに身を乗り出した。

「なあ、烏有」

 蕪雑が、袁燕が、剛袁が、そして玄晶が、まっすぐな信頼を烏有に注いだ。それを受け止め、烏有は胸に手を当てて真摯に告げる。

「皆、僕の夢に、力を貸して欲しい。……理想の国を揺るぎないものとして、ここに出現させるために」

 異口同音に発された、合意の声を受け止めて、烏有はほほえんだ。


 それから10年の月日が過ぎ、明江はその特色を内外に知らしめるほど、落ち着き整った府となった。

 民は圧政に苦しむことなく、のびのびと働いている。明るい川とはよく言ったものだと、船乗りが言い、旅人がそれを各地に広めた。それが人を引き寄せる要因となり、移住したいと流れ来る人も、すくなくなかった。

 そして領主の鶴楽が、楽士に身をやつして烏有と名乗り、流浪の果てに民のための国を造ったという話は、物語となり、芝居となって世の人々を楽しませた。

 その芝居の題目は、流浪の興国という。

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流浪の興国ー託しきれない夢を、相棒と呼んでくれる君とー 水戸けい @mitokei

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