第4章 続・ハンブルク夜会

 ヨハンナはラインラントに現れた生物について、「イカだった」と簡潔な電報を上司に打電して、「これであたしの仕事はおしまい」と、大きく伸びをした。

 巨大生物がサメではないかと疑っていた宗護も同様で、流石にドイツの兵営から打電したりしなかったが、ハンブルクに帰り着いた暁には「イカだった」と日本大使館なり陸軍省の出先機関なりに打電するつもりであった。

 一人最初からイカ派であったユノはといえば、根っからの無感情と無表情のままのため、その内心で今回の事件についてどのように考えているのかは定かではなかったが、不機嫌そうな素振りも見せないことから何かしら満足してはいるようだった。


 三人は乗用車でカールスルーエへ到着すると、そこで車を返却して電車に乗り換えハンブルクへと向かった。

 ハンブルクに着く頃には辺りはすっかり暗くなり、夜闇に包まれた街には涼やかな風が吹いていた。


「ひとまずホテルへ。やっと着替えられるわ」


 ヨハンナはぶつくさと文句を言って、足早にホテルへと向かう。

 仕方なしに二人も後をつけた。宗護にしても、ホテルには少しではあるが着替えと荷物を置いてあるので戻らないわけにはいかないのだ。

 ホテルに着くなりヨハンナは着替えるからと自室に引きこもったかと思えば、宗護に対して小さな紙切れを手渡した。


「部屋に戻って読んで」

「分かったよ」


 了解を返し宗護も自室へと戻った。

 一日のつきあいだったが、ヨハンナの扱い方については習熟したつもりだった。まず、ヨハンナの言うことはとりあえず聞いてやらないといけない。次に、ヨハンナがこちらの話を素直に聞いてくれるとは思ってはいけない。


 この二つに気をつけさえすれば、なんとかヨハンナとは意思疎通が可能だ。

 あまりに一方的すぎて本当にそれは意思疎通がとれているのか、と疑問が残るかも知れないが、それがヨハンナだと諦めるほかに道はない。

 宗護は部屋に戻ると早速受け取った紙を広げる。


『着替え終わったらあたしの部屋に来ること』


 短く要点のみを書かれていたその紙を、宗護は灰皿にのせてマッチを擦った。

 来いと言われたら行かなければならないのだろう。

 あまり気は進まなかったが、素直に行くのと、行かずにそのまま行方をくらますのと、果たしてどちらがよりましな結果に行き着くのかは判断がつかなかった。


 結局宗護は、ヨハンナの指示に従うことを選んだ。

 来るときに着ていたスーツに着替え、懐にワルサーPPKを忍ばせる。弾丸は装填済み。安全装置を外して、引き金を引けば何時でも撃てる状態にした。予備弾倉は一つ。ベルトに挟んだ。あとはスーツケースに荷物をまとめ、意を決して廊下へ出る。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか――」


 ヨハンナの部屋は直ぐ隣。

 ホテルは不気味なほどの静寂に包まれていた。

 宗護はヨハンナの部屋の扉を叩く。


「どうぞ」


 ヨハンナの、明瞭な声が返ってくる。

 宗護は扉を開けて、部屋の中へ入ると、後ろ手で扉を閉めた。


「ようこそ、ドクトル」


 ベッドに腰をかけたヨハンナは最初に出会ったときと同じ、紺色のシンプルなスーツに、同じ色のタイトスカートを着用していた。帽子は被らず、髪は下ろしたままだった。


「何の用だ?」

「何、と言われると答えづらいけれど、単刀直入に言うとね、今回の件について直接お礼を言っておきたかったのよ」

「それはどうも。こちらとしても、まあ得るものはなかったが、無事に事件が解決できて良かったと思ってる」


 宗護は無愛想な表情のまま返した。そんな宗護にヨハンナは手招きして、自分の隣に座るように促す。

 仕方なしに宗護は、扉の側にスーツケースを置くと、ヨハンナと少し距離を開けてベッドに腰を下ろした。


「あの生物がタコじゃなかったのは残念だったわ。サメじゃなかったのもね。でも、海洋生物学者としては、ドクトルとお会いできて光栄だったわ」

「そう言って貰えるのは嬉しいが、次からは言葉じゃなくて行動で示して欲しいね」

「あら? あたしは示していたつもりよ」

「そうは思えなかった」


 宗護は素直に答える。

 少なくともラインラントでの調査中のヨハンナの振る舞いは、宗護に敬意を持っているとは言いがたいものだったのは事実で有った。


「そうかしら? でもドクトル。あなたのことを尊敬しているのは本当よ。だからね、出来ることなら、このままドイツに残って欲しいわ。ドクトルのためなら、ドイツの永住権はもちろん、貴族の位も用意するわ」


 ヨハンナの問いに宗護は俯いて考えた。

 どう答えるのが正解か。

 ドイツに残って欲しいというヨハンナの言葉は紛れもない本物だろう。しかし、宗護は大日本帝国陸軍大尉でありシャークハンターであり、男爵でもある。軽々と祖国から離れられる身分ではなかった。


「悪いが、それは出来ない」


 宗護の答えに、ヨハンナは垂れ目がちな碧眼を一瞬曇らせた。

 それでも直ぐに笑顔を作って、宗護に返す。


「ま、そうよね。虫の良すぎる話だわ。忘れてちょうだい」


 ヨハンナは先程の言葉を取り消して、無邪気に笑う。

 そして宗護の元へと体を寄せると、その股の上に手をのせて、笑顔を向けた。


「お礼がしたいわ。ドクトルの望むもの、何でも一つ差し上げるわ。勿論、あたしでも良いわよ」


 ヨハンナは宗護の腕に手をからめて、スーツ越しでも分かる豊満な胸を押しつけ、色気をまとった碧眼で見つめる。


「服を脱げ」


 宗護はヨハンナの腕をするりと抜けて立ち上がると、単刀直入にそれだけ命じた。


「あら、乗り気なの」

「何でもいいんだろう?」

「ええ、勿論」


 ヨハンナは色っぽく微笑むと、金色の髪を書き上げて背中にまわし、スーツの上着のボタンを外した。

 上着がベッドに落とされると、宗護はヨハンナの正面にかがみ込み、ブラウスのボタンを外していく。


「積極的なのね」

「黙って早く脱げ」


 宗護にせかされたヨハンナは、ゆったりとした動作でブラウスを脱いでいき、ふわりとベッドの上に下ろした。


「次はどちらを脱いだら良いのかしら?」


 上半身は下着だけになったヨハンナは、キャミソールとタイトスカートに手をかけて、上目遣いで問いかけた。女性らしい妖艶なその容姿は、世の男共を虜にするには十分すぎた。

 しかしそんなヨハンナを前にしても、宗護は眉をぴくりとも動かさず、端的に次の命令を下した。


「手を上げろ」

「あら、どういうことかしら?」


 宗護の問いかけにヨハンナは首を傾けて尋ねた。


「手を上げて脇の下を見せろ」


 宗護の答えはただそれだけだった。


「そういう趣味なの?」

「ふざけてないでさっさとしろ」


 焦らすヨハンナに宗護は強い口調で再度命じた。それでもヨハンナは態度を崩さず、上目遣いで媚びるように尋ねる。


「どちらからお見せしたら良いのかしら?」

「それはお前が良く分かっているだろう」


 睨み付ける宗護と、それに答えるよう微笑むヨハンナ。

 しばし沈黙が続いたが、堰を切ったようにヨハンナが小さく笑い始めた。


「流石ねドクトル。見たいのはこれでしょう?」


 ヨハンナは髪をかき上げる動作をして、右腕を上げた。

 左手の指先で示す右脇の下には、血液型を示した刺青。

 それは紛れもなく、ナチスの武装親衛隊【SS】所属であることの証。


「SSか」

「それは違うわ。正確にはSDよ。武装親衛隊直属の諜報機関、親衛隊情報部の所属なの」


 こともなげに真実を話したヨハンナは、「もういいかしら」と口にして右腕を下ろした。


「お前の目的は何だ」

「何って、言ったはずよ? タコの足を七本にする研究をしているのよ。ついでに国内治安の維持とか」

「俺と接触した理由は?」

「たまたまドクトルがドイツ国内に潜入した噂を聞きつけてね――ああ勿論、たまたまというのは嘘よ。ある情報筋からシャークハンターがハンブルクの領事館を訪ねると情報が入ったの。出所は秘密だけど。――そういうわけだから、治安維持に協力していただけないかと声をかけたのよ。ホントにそれだけよ」


 両手を後ろについてベッドの上で体を伸ばしながら、ヨハンナは興味なさそうに答える。

 宗護は既に右手を懐に忍ばせていて、ワルサーPPKのグリップを握っていた。


「それでドクトル。この後どうするつもりかしら? その銃であたしを殺す? それとも、さっきの続きをする? あたしはどっちでも良いわよ。あ、前言撤回。出来れば殺されたくはないわ」


 正直に答えいたずらっぽく微笑むヨハンナを見て、宗護は懐から手を出し、何も持たない手のひらを見せる。無抵抗を示した宗護に、ヨハンナはにやりと笑って見せた。


「どっちもしない。悪いが規則でね。SS関係者との個人的な接触は禁じられている」

「ドクトルの鉄の規律って訳ね。あたしとしては残念だけれど、それなら仕方が無いわ。規律は守られなくてはいけないもの。それこそ鉄のように、硬く、硬くね」

「代わりにこの銃を貰っていく。SDだったら、どうせ直ぐ新しいのを貰えるだろう?」

「ええ。お好きにどうぞ」


 回答に満足して、宗護はヨハンナに背を向け、扉へ向かって歩いた。

 ヨハンナは宗護が背中を見せてもベッドの上から動こうとしなかった。しかし宗護がスーツケースを拾い上げ、扉に手をかけると声をかける。


「お別れの前にドクトル。後学のために、どうしてあたしがSDだと分かったかご教授願いたいわ」


 宗護はノブに手をかけたまま首だけ振り返り、先程と同じ体勢で体を伸ばすヨハンナに向かって答える。


「一つ、俺たちが他のドイツ将校と接触することを極端に嫌がり身分証を出すときは俺たちを遠ざけた。

 二つ、短剣の柄に何かを隠すように過剰に皮を巻いた上、血がついた短剣を拭いもせずに鞘にしまった。武装親衛隊のみに与えられる特別な短剣を見られたくなかったんだろ。

 三つ、暑かったのに上着を脱がず、こともあろうに着替えるから覗くな等とお前らしくないことを口走った。

 以上だ。役に立ったか?」


「前二つはあたしが馬鹿だったと認めても良いけど、三つ目に関しては断固抗議するわ。あたしにだって恥じらいはあるのよ」

「知ったこっちゃないね」


 とても恥じらいがあるとは思えない格好のヨハンナに対して宗護は素っ気なく返すと、扉を開けて、廊下へと一歩踏み出した。

 その背中に、再びヨハンナが声をかける。

 今度は尋ねるのではなく、独り言のような言葉だった。


「ドクトルにドイツに残って欲しいというのは本心よ。気が変わったら、またあたしを訪ねてきてちょうだい。親衛隊情報部のヨハンナ・ルーデル大尉よ。覚えておいて」


 ヨハンナの言葉に宗護は振り返りもせず、静かに扉を閉めた。

 さて、ここからが本番だ。

 宗護の神経は既に研ぎ澄まされていて、どこから攻撃されてもいいように身構えていた。

 右手にはワルサーPPKが握られ、安全装置は解除され、何時でも発砲できる状態にあった。


 静寂の広がるホテルの廊下の先に、小さな人影が一つ。

 小柄な、少女としか言いようのない背丈の女。

 銀糸のように透き通った美しい髪に、どこまでも純白の肌。

 ただその灰色の瞳は闇のように無感情で、眠たげに半分閉ざされ、宗護の姿を真っ直ぐに見つめていた。


 宗護はワルサーPPKを持ったまま、ユノの元へと歩み寄る。

 ユノはヨハンナから受け取っていたK98k小銃を持っていなかった。

 宗護の目に確かに確認できる武装は、腰に提げた細身の長剣だけである。


 宗護は世界に唯一のシャークハンター。世界中にサメが溢れる昨今、何処の国も手元にシャークハンターを置いておきたいと願っていた。

 それは大日本帝国や大英帝国のような海軍強国はもちろん、サメに本土を奪われた米国や、敗戦による制裁で困窮しているドイツも同じだ。

 シャークハンターはサメから国家を守る盾としては勿論、強力無比な古代サメの習性を熟知していることから、古代サメを生体兵器として使用出来る可能性すら秘めていた。


 そんなシャークハンターが一人、ふらりと不法入国したとしても、大抵の国は手を出さない。

 不法入国とは言えシャークハンターはサメ調査に関する特権を有している。

 当然、シャークハンターの所在を大日本帝国は常に把握しているから、潜伏先の国家が手を出してしまえば国際問題として責め立てられるのは相手側だ。


 しかしそのリスクを負ってでも、シャークハンターを確保したいと考える組織も少なくはない。

 大英帝国秘密諜報部やソビエトの赤軍情報局。そしてナチスの武装親衛隊【SS】。

 ヨハンナはナチス所属の海洋生物研究員と語ったが、実際はSSの内部組織である親衛隊情報部【SD】の所属であった。


 ヨハンナが宗護の存在をドイツ国防軍に伝えず隠し通したからには、SD側が宗護に何かしら行動を起こすつもりなのだろう。

 そしてどのような行動を起こすのかは、明白であった。


 ナチスドイツはヨーロッパを統一すべく再軍備を進めている。

 しかし今まで厳しい制限が課されていたドイツが、フランスやイギリス、更には東のソビエトと戦うのは自殺行為である。


 戦力バランスは圧倒的にドイツ不利。ヨーロッパの統一どころか、隣国フランスとの戦争が始まれば、ドイツ本土は焦土と化す。

 その戦力バランスをひっくり返すため、ドイツは国家を滅ぼしかねない強力な力を欲している。


 それはもちろん、サメだ。

 古代サメは、それだけで北米大陸のほぼ全域を占領する程の力を持っている。

 ナチスドイツは古代サメの力を得るため、まずシャークハンターである宗護を手中に収めようと行動を起こしたという寸法だ。


 しかし国防軍を使うことは出来ない。シャークハンターの拉致は国際条約違反であり、即座に大英帝国・フランス・大日本帝国がドイツへと宣戦布告するだろう。

 そうなっては終わりだ。ドイツには戦争を出来る戦力も国力も存在しない。

 だから行動は秘密裏に。親衛隊情報部のみによって、宗護の拉致を完遂するつもりなのであろう。


 宗護は一人。外部と連絡を取る手段もない。

 このホテルはヨハンナが手配したものだ。通信機の類いはもちろん、ホテルの外はSDに見張られているであろう。


 そして唯一の出入り口に立つのは、小柄な北欧の少女。

 宗護がゆっくりと距離をつめても、ユノは感情の薄い半分閉じた灰色の瞳でぼんやりと見つめるだけだ。

 剣の柄に手をかける様子はない。


 しかし、宗護にはユノの力量がどれほどなのかも分からない。

 狙撃の腕は超一流と言っても良いだろう。

 だが今ユノは、銃を持っていない。

 拳銃を隠し持っている可能性は大いにある――いや、隠し持っていない可能性は紙のように薄い。


 この細い廊下で撃ち合いになったとき、果たして有利なのはどちらか。

 実力を量りかねた宗護はユノとの距離を五メートルまで縮めると、銃口を向けた。

 しかしユノは剣に手をかけるでも、銃を抜くでもなく、銀色の細い眉を少しだけ上げて、宗護の顔を真っ直ぐ見据えて声を発した。


「いきなり銃を向けるのは良くない」

「ヨハンナから俺を捕らえるように言われただろう」

「ええ」


 宗護が返すと、ユノは隠そうともせず頷いた。そして、不思議がる宗護に重ねて声をかける。


「頼まれたのは事実。でも、実行するかどうかはわたしの自由」


 淡々と述べたユノに対して、宗護は銃口を下ろして尋ねる。


「だったら通っても良いか?」

「どうぞ」


 どうぞ、と言った割には廊下の真ん中で立ちふさがるユノ。

 宗護は更にユノの元へと歩み寄り、その目の前まで進んだ。


「本当に通っても良いのか?」

「いい」

「何を企んでる」

「何も」


 ユノの答えは短く端的だ。

 何か裏があるのか、それとも何も無いのか、宗護には判断がつけられなかった。

 宗護がユノの隣を通り抜けて良いのかどうか思案していると、ユノは人差し指を立てた右手を前に出した。


「一つだけ」

「言ってみろ」


 ユノは右手を下ろすとやはり感情の薄い表情のまま、口を開く。


「次にわたしと会ったとき、わたしが困っていたら手を貸して欲しい」

「また随分とあやふやな頼みだな」


 手を貸す内容にまるで触れられていないため、宗護は了承しかねた。


「恐らくはサメだと思う。それ以外ならわたしが何とかする」

「簡単には引き受けられない。一口にサメと言っても千差万別だ」


 宗護が答えると、ユノは瞳をほんの少しだけ伏せた。やはり感情は薄かったが、宗護の目には悲しんでいるようにも見えた。


「引き受けないと通さないって訳か」

「いえ。通るのは好きにして構わない。わたしは別にあなたを脅しているわけではないわ。ただ頼み事をしているだけ。実行するかどうかは自由」


 どうにも要領を得ないユノの言葉に宗護はため息ついて、ワルサーPPKに安全装置をかけると懐にしまい込んだ。


「手を貸すとは約束できない。ただし、本当にサメの驚異に晒されているのなら、知恵くらいは貸すかも知れない。それでいいか?」

「構わない」


 ユノはこくりと小さな頭を縦に振って頷いて見せた。

 それを受けて宗護は足を進め、ユノの隣を通り抜ける。

 宗護は廊下の端まで歩いたが、ユノはその半歩後ろを、歩幅を合わせてついてきた。


「ついてくるつもりか?」

「外にもナチがいる。わたしは正式に客人として迎えられているからナチも手を出せない。領事館まで送っていく」

「至れり尽くせりだが、ヨハンナに怒られるだろう」


 問いかけに、ユノは感情の薄かった瞳を細めて不器用に笑って見せた。


「人の話を聞かない奴の話は聞かなくても良い。それがわたしの鉄の規律」


 返すように宗護もにやりと笑う。


「そりゃ素晴らしい規律だ」

「でしょう」


 答えるユノに宗護は笑顔を返し、それから足早にホテルを出て、領事館へと向かった。


 夜闇に紛れてSD隊員と思われる追っ手が二人、つかず離れずの距離でついてきたが、ユノがそちらへ鋭い視線を送ると、音もなくどこかへ消えてしまった。

 無事に領事館前にたどり着いた宗護は、振り返ってここまでつきあってくれた少女を見やる。


「助かった。ありがとうな、ユノ」

「フノス」


 ユノの答えに、宗護は疑問符を浮かべる。そんな宗護の顔を見て、ユノは付け加えるように再び口を開いた。


「わたしの名前。ユノじゃないわ。フノスよ」

「ユノってのは偽名だったのか?」

「違う。ただヨハンナが聞き間違えただけ。あいつは人の話を聞かない」


 ユノ――もといフノスは、表情からは感情を感じさせなかったが、言葉にはどこか毒を含ませていた。


「全くだ。じゃあなフノス。また会えるかどうかは分からないが――」

「きっと会えるわ。あなたはシャークハンターだもの」


 フノスの言葉の真意は分からなかったが、宗護はただ頷くと、開かれた領事館の門を通り中へと入った。

 この先は治外法権。相手がドイツだろうがナチスだろうが、最早宗護に手出しすることは出来なくなった。

 領事館の門の外でフノスは宗護の姿が見えなくなるまで、静かに立ち尽くしていた。

 領事館の門がゆっくりと閉ざされると、フノスは夏の夜空に浮かぶ星を見上げて、小さく呟く。


「仕事終わり。飲み行こ」





「ったく、ユノったら、しくったんじゃないでしょうね。あのチビ、あたしが風邪ひいたらどうしてくれるつもりよ」


 上半身下着姿のヨハンナはすっかり寒くなった空気で体を冷やして、小さくくしゃみをすると、ハンカチを取り出して豪快に鼻をかむ。

 明け方までその格好で待ち続けたヨハンナは見事に体調を崩し、ウォッカの瓶を抱えて帰ってきたフノスをしゃがれた声で怒鳴りつけたのであった。

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シャークハンター! あゆつぼ @isatomi

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