エピローグ

 大爆発で辺り一面が光に包まれた。

 でも、僕達の周囲だけは空間が切り取られたように無事だった。


 僕から半径十メートルくらいだろうか。

 それぐらいの水の球体に僕らは包まれている。

 僕の肩にはプルンとした小さなスライムが乗って微笑んでいた。

 それが神々しく光っているのだから不思議なものだ。

 佳枝葉が僕を指差して微妙な顔をする。

「ソウジ、良かったな。世界で初の【スライム】になるとは……」

 僕も微妙だった。


 以前の会話を思い出す。

 配合リストを検索していた時のことだ。

『割と有名な魔物でもまだ例が無いのってけっこういるんだよな。スライムもそうだ』

『スライム……? そう言えば定番のスライムもまだ例が無いな。よしソウジ、キミが世界で最初のスライムになれ!』

『嫌だよ弱そうだもん』


 弱すぎて出現しないのでは、というのが通説だった。

 しかし、違ったようだ。

 スライムは超超希少種として設定されていたのだ。

 平均してステータスは並以下。

 それで何故生き残れたのか?

 それは特殊能力にあった。

 どうやら水場では能力が上がるらしい。

 しかも水が多ければ多いほど良い。

 ここは海の上なので無尽蔵に水があった。

 みんなを囲んで保護するくらいのことはできてしまったのである。

 一方、萌音の方はどうなったか。

【天使】の羽根の色が黒くなり【堕天使】となった。

 今、萌音は拘束を解かれ僕の腕の中で横たわっている。

「は……ぁ……」

 その表情は、まあ、何と言うか、気だるげでありながら恍惚とした感じで、ちょっと放送に耐えられなそうなのでモザイクをかけておこう。

の顔だよね!」

 巳薙が盛大にぶち壊しにしてくれた。

「そういうこと言わないでくれよ。ただでさえ自己嫌悪が激しいのに」

 ついさっきの〈聖儀式〉が思い出される。

 決していやらしい目的の行為ではないハズなのに。

 絶大な背徳感に昂ってしまい、胸の高鳴りが抑えられなくて、そして激しい自己嫌悪に襲われるという三段構造。

 だから僕は妹と〈聖儀式〉するのを頑なに拒み続けたんだ。

 巳薙がいたずらを思いついたように、僕に腕を絡めてきた。

「ねね、萌音ちゃんて奏滋に汚されちゃったみたいだね?」

「断じてそんなことはない。確率でこうなっただけだろ」

 何でよりによって黒く染まってしまったんだ。

 まるで僕が染め上げてしまったみたいじゃないか。

 佳枝葉は恥ずかしそうにして尋ねてきた。

「まさか……ボクもこういう顔をしていたのか?!」

「ど、どうだったかな……」

 僕は思わず赤くなってしまう。

 肩のスライムも赤くなる。

「なっ……そ、そうだったんだな! こんな顔を見られたなんて、ソウジ、責任取れ!」

「……知らないよっ! 萌音、大丈夫か?」

 強引に話題を変えた。

 萌音も顔を赤くしていたが、「ん」と声を出して頷いた。

 ようやく萌音を助け出せたんだと実感する。


 一時はどうなることかと思った。

 誘拐されて、それがカルト集団じゃないかってことになって、でも行ってみたら間違いで、そうしたら考えもつかなかった多国籍集団の仕業で。

 船に突入したは良いけど〈黒騎士〉のせいで負けそうになって、でも佳枝葉が凄い力を出しての勝利。

 しまいには決してやるものかと思っていた〈聖儀式〉もしてしまった。

 僕がもう少し言葉を選んでいれば、萌音が家を飛び出すこともなかったのに。

 怖かっただろうと思い、萌音を強く抱き締めた。

「ごめんな、僕が言いすぎたせいで、大変な思いをさせてしまった」

 すると、萌音はふるふると首を振った。

「にぃ……さん、悪く、ない……萌音が、わがまま、だった、から……」

「なに言ってるんだ。萌音が強く主張するのは初めてだった。あまり自分を押さえすぎなくて良いんだよ。ちょっとわがままなくらいで、丁度良いんだ」

 萌音はくすぐったそうに目を細め、それから頭のヘッドドレスを触った。

「これ……ありが、と……嬉しい……」

 そして僕の胸に顔をうずめた。

 きゅっとしがみついてくるところに嬉しさがこみあげてくる。


 僕が余韻に浸っていると、佐藤隊長が呆れた声でからかってきた。

「坊主、両手に華だけでなく妹まで攻略しちまったのかよ。羨ましいこった。俺がガキの時は惚れた女に頼みに頼んで百回くらいフラレたのによぉ。しかしなんだ、それが超超希少種か。この目で拝むことができて良かったぜ」

「何だかんだで、超超希少種になっちゃいましたね。これで満足ですか、山田さん?」

 ややジト目になって僕は山田さんを見た。

 山田さんはいつものにこやかな表情だ。

「いやあこれで我が国も大きなアドバンテージを得られましたよ。いえ私は、もしそうなったら良いなぁ程度にしか思っていませんでしたがねぇ」

 あれだけ連日説得に来ていたのに、よくいけしゃあしゃあと言えるものだ。

 突然佳枝葉が思い出したように声をあげた。

「そうだ! ソウジ、ボクが〈黒騎士〉にやられそうになった時、『愛しい君を抱き締めたい』って言っただろう! 嬉しかったぞ!」

「十中八九、僕はもうちょっと違うことを言った気がするんだけど」

「それで、式はいつにする?」

「意味分からねえ!」

 ぎゅっと抱き締めてくる佳枝葉はうっとりした顔をして幸せそうだ。

 いったいどんな妄想を繰り広げているのやら。

 そうしたら、巳薙も悪戯顔で抱き締めてきた。

「あたしとも式挙げてよ!」

「重婚は認められてないんだよ。それに式とかぶっ飛びすぎだろう」

「あたし変わった式がしたいな。奏滋が救急車で運ばれるような危険なスタントをするのとか!」

 お花畑にぶっ飛んだまま帰ってこないぞ。

 どういうことだ。

 しまいには萌音まで声を上げた。

「……萌音も、にぃ……さん、と、式、挙げる……」

「なに不可能なこと言ってるの? 愛や恋じゃ法律は超えられないからね?」

「それなら、そこら辺も特例を認めるように手続きしておきましょうか」

 山田さんが頭のおかしい発言をなさるので僕は食いついた。

「何でもかんでも特例は駄目でしょうっ」

「だって超超希少種の子孫が増えるのは我が国にとってこの上ないプラスですからねえ。特例で好きなだけハーレムを作っていただいても良いかと」

 すると、佐藤隊長がゲラゲラ笑うのだった。

「ぐはは、まるで競走馬の引退後みてーだな! せいぜい頑張れ!」

「あれって人気の種馬だと早死にすることが多いんですよっ!」

 その後も僕はさんざんイジられまくって、げんなりした。

「ああもう、帰りますよ!」

 僕は打ち切るように宣言し、みんなを包む水の球を移動させ始めた。


 入学してから短い間で、本当に色々なことがあった。

 大変なこともあったけど、こんな騒がしいのも、悪くないかもしれない。

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僕と彼女のセイギシキ! 滝神淡 @takigami

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