第14話:金
「だーかーらー、百億くらい簡単に稼げる仕事をよこせ!」
「あの……そんなことを言われましても……」
僕達は狭間から来た時のように戻ると、基地の中にある一つの受付の前にいた。
そこは役所のようになっていて、近くの看板には依頼受付課、とあった。
大人しそうな女性を相手にさくらがヤクザのように詰め寄っている通り――化物やそれに関する人達が仕事を探すハローワークのような所なのだろう。
「じゃあ、今ある仕事で一番に稼げる奴は何だ?」
「そうですね……報酬が五千と六百万の海獣の駆除です」
「全然足りないではないかっ!」
さくらが大声を出す度に受付の女性の目はキョロキョロと漂い、身体は震え上がっている。
僕よりも化物という存在を知っているのだろうから、さくらの愛らしい見た目に隠された強大な力をしっかりと認識しているのだろう。
だから、この無茶振りを強気に突っぱねることができない。
……可哀想な人だ。
そもそもさくらの目標額が高過ぎる。
五千万だって凄い額だというのに、百億の仕事が転がっているはずがない。
「受付の人だって隠しているわけじゃあないんだから、いくら言っても無理だよ」
「むぅ……それはそうか……おい、高額な仕事が入ったらわたしに回すのだぞ」
「は、はいっ!」
さくらのその言葉に嬉しさのあまりか、受付の人は涙をこぼしながら笑顔になっていた。
「……どうするか。マジで稼げるかわからんぞ」
「気にしたって仕方ないんじゃない? 稼げなくてもさくらが紅さんのとこでコスプレショーすればいいだけなんでしょ?」
歩きながら僕は言った。
死にはしないし、身体に危険が及ぶわけでもない。
僕も一緒に行けば眼福でもあるし、よくよく考えてみれば悪いことでもない。良いことですらある。何だか稼がないほうが良い気がしてきた。
ナースにメイドにバニーガールにスクール水着にチャイナ服にセーラー服。僕が好きなのはチャイナ服だ。身体のラインが出るのとあのスリットが素晴らしい。
けれども、さくらは小柄で凹凸がないからなぁ、どうだろう。それはそれで可愛いかもしれないけれど……。
「――おい、聞いてるのか! 他人事だと思って適当なことを言うなっ!」
「いてっ」
妄想に浸っていたら脇腹をつねられた。
「……さくらは可愛いから何を着ても似合うと思うよ」
「それは当然だが……って違う! わたしがやるということはだ、所有物であるお前もやることになるのだぞ!」
なるほど。それは確かに他人事ではない。
まあ、そもそもの金銭不足の原因が僕の強請ったナイフなのだからそれがなくとも他人事ではないのだけど。
「さくらは僕にも紅さんのところで働かせるの?」
「当たり前だろう、わたしだけ苦しむなど許せん」
「ふーん、本当にいいの?」
僕の言葉にさくらは怪訝そうにまゆを細めた。
「何を言いたい?」
「さくらと違って、僕は男だよ。紅さんがその気になれば……そういうこともあるかもしれない」
「そ、そういうことって何だ」
歩みを止めて、固まったさくらの耳元で囁く。
「例えば、僕が衣装変えをする時に肌が見えるだろう? それを見た興奮状態の紅さんが僕を無理やりに押し倒して、まずは口づ……」
「ダ、ダ、ダダ、ダメだ! そんなことは絶対に許さんからな!」
「そうは言っても……僕は人間だから抵抗できないし……」
さくらは僕がそうなった姿を想像したのか、顔を今までにないほど紅く染めてワナワナと震えている。
長生きしている癖に初心だなぁ。
むしろ、長生きをしているが故にタイミングを逃したのかもしれない。
まあ、何にせよ新たにからかう材料が見つかったのは何よりだ。
「うぅ……それもそうか……」
「それでも、さくらは僕を働かせるの?」
「働かせるのはやめた。アイツなら本当にやりそうだし、な……」
項垂れながらさくらは言った。
冗談で言ったのだけど、割りと冗談ではなかったらしい。紅さんは実際に行動に移すタイプなのか、気をつけなければならないな。
「そういえば、紅さんと言えばさ」
「ん、何だ?」
「あの人も人間じゃあないんだよね?」
どうも僕が話した人外達はさくらも含めて人の姿をしている。しかも美少女美女ばかりだから人狼のように変身でもしてくれないと区別がつかない。
「あぁ、奴は鬼火だ。名前も見た目もそのままだろう?」
「そういえば、そうだね」
まさに赤って感じだし。炎って感じだった。
「故に火を扱うことに長けている。わたしの星の輝きもお前の真紅もあいつが造った物だ」
「造ったって……組み立てた、とかじゃなくて、鉄を叩いたりするところから?」
鉄ではないがな、とさくらは頷いた。
……ナイフを造れるのは羨ましい。僕も刃物が好きだから一時期は自分で打とうとしたこともある。
だから、教えてもらうのもいいかもしれない。求められる見返りが怖い感じだけど。
「でも、鬼火って人の姿をしているイメージはないけどね。浮いている火の玉だと思ってたよ」
「それは合っているぞ。長く時を過ごした高等な存在は人に化けるのは容易いというだけだ。それに人の姿は何かと便利だしな」
「便利、かな?」
まあ、手足があるのは便利なのかもしれない。火の玉の姿じゃ鍛冶はできないだろうし。
「うむ、現世や狭間に在る時に抑止力が弱まるしな。まあ、火の玉は元より人の霊魂や怨念という性質があるから人の姿なのは珍しいことではないのだが」
「抑止力……って何?」
火の玉の件はわかったけれど、そっちに関してはチンプンカンプンだ。
そんな僕にやれやれと呆れた様子ながらも愉しそうにさくらは言う。
「ようするにだな、我々のような化物は本来は現世に存在しないモノなわけだ」
「うん」
「更に、異界に住む化物には指先一つで地球を破壊できる……宗教の神に当たるような存在がいる。そんな奴らが好き放題に現世に来てみろ、一瞬にして全てが破壊されて無しか残らん。だから、現世は拒絶するわけだ、化け物たち、特に強大な力を持ったモノをな」
指先一つで地球を破壊と言われても上手く想像はできないけれど、ヤバイことはわかる。
僕の腰にあるナイフや拳銃なんかで対抗することは不可能だろう。軍隊や、核兵器なんかを持ってきたって無理だろう。万に一つも億に一つも人類に勝ち目はない。
「その拒絶する力を抑止力という。抑止力は強大な力を持つモノにより大きく働く、無理して現世に侵入しようとすれば一瞬にして消滅するほどにな。わたしがこんな幼い姿になっているのもそれが原因だったりする」
「へぇー……元が小さくて無理して大きくなってるのかと思ってた」
「わたしの最強モードの年齢は二十歳くらいだな。背もお前よりデカイぞ」
最初に幼い理由を聞いた時は気を抜いたらこうなるとか言っていたから、そうだと思っていたけど逆だったらしい。
僕の見ている中学生モードでこんなに綺麗なのだから大人モードになれば想像を絶するほどに綺麗なのだろう。いつか見てみたいけれど、さくらの説明を聞く限りは難しそうだ。
「じゃあ、さくらは現世とか狭間にいる時は弱いってことなんだ」
「……嫌な言い方だが、そうだな。狭間にいる時は多少なりともマシにはなるが……能力の最大値のニ割も出せていないのだから間違ってはいない」
目で追うことのできない程の超スピードを出していたというのにあれで二割以下らしい。
十割を出せば一体どうなるのだろうか、地球も割れてしまうのかもしれない。
「それで、人の姿をしていると抑止力が減るっていうのは?」
「おぉ、脱線していたな。ようするに現世の生き物である人間に化けることで抑止力をある程度誤魔化せる、というだけだ」
「擬態みたいなものかなぁ」
「うむ、ついでに言えば元から人の属性が入っているバンパイアや人狼なんかは抑止力の影響を受けにくい」
わたしはとびきりに強いから例外だがな。と、さくらは続けて言った。
確かにバンパイアは人間が噛まれてなるものだと言うし、人狼も感染して仲間を増やすパターンがある。
どちらも共通して元人間がなるものだ。
「疑問は消えたか?」
「あと、一つだけ」
「許そう」
許されたので聞くことにする。
どうも今日の僕はストレスが溜まっているみたいだ。
「さくらって、バンパイアとバンパイアの子供ってことで良いんだよね?」
「うむ、あっているぞ」
さくらは大きく頷いた。
「バンパイアと人間でも子供は産まれるの?」
「ダンピールとか有名だろう? 希少ではあるが確かに人とバンパイアの子供は存在する」
「あぁ……そういえば聞いたことがあるような気がする。とりあえず、できるってことだね」
「うむ」
望み通りの答えを貰えて、僕は笑顔になる。
そうしてじっとさくらのことを見つめる。少しも視線を逸らさずにただただ見つめ続ける。
「な、なんだ。こっちのことを見て」
「いや、良いことを聞けたからさ」
「良いこと……あっ」
僕のセクハラ紛いの行動に気付いたらしい。
さくらは俯いてプルプルと少し震えると、僕の腹に頭突きを仕掛けてきた。
痛い、けど、この痛みに安心感を覚えてきている僕がいる。
「くっ、髪が汚れたっ!」
「げほっ……狙い通りだよ」
「嘘つけ!」
いつの間にか僕のポケットから盗まれていたハンカチを使って、さくらは髪を拭いていた。
けれども、満足いく結果は得られなかったのかすぐにそれは投げ捨てられる。
「まったく、お前という奴は……若い男はみんなそうなのか?」
「いや、一般的な男子高校生だったら口だけじゃあなくて、もうさくらに襲いかかってるよ」
「……お前、襲ってきたじゃないか」
そういえばそうだった。
いや、でもあれは僕だけに原因があるとは思えない。
「……さくらが誘ってきたから」
「そ、そんなことはしてないぞ。ちょっと寄り添ってやっただけなのに違いするほうが悪いし、あの姿のわたしに欲情するのもおかしい!」
さくらは顔を紅くして必死に反論をした。
……あの姿、そういえばあの時は童女モードだったか。胸もペッタンコだったし。
確かにおかしいかもしれない、ヘタすればロリコンという枠からもはみ出ている可能性がある。
「いや、おかしくはないよ」
「何だと?」
「僕は幼くても老けていても、さくらのことが好きだよ」
「くっ……お前は真顔でそういうことを……もういい、早く帰って風呂に入るぞ!」
さくらは逃げるようにして足を早める。
やれやれ、そういう姿を見せてくれるから、僕はこういうことをするというのに。
ペテン師と吸血女 猫神 @inugami
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