エピローグ

「それでは、竜退治を祝して!」

「「「乾杯!!」」」

 ジョッキが打ち鳴らされる音が盛大に響いた。


 竜を倒してから数日たった今も、街はお祭り騒ぎだった。

 祭りは延長されて提灯の明かりが闇を照らしている。

 悠馬はその様子を星の牡牛亭の屋根から見つめていると、悠馬の横にひとりの女性が立った。

「待たせたな」

 レアだ。

 竜を倒してから数日の間コンタクトを取ろうとしていたのだが、なかなか取れず今ようやく会うことができた。

「あれだけの騒ぎだ、仕方がない」

「そう言ってもらえると助かる。それで何のようだ?」

「……全部お前が仕組んだのか?」

 悠馬は単刀直入に聞くと、レアは笑みを浮かべた。

「ええ、その通りよ」

「……やはりか」

 今回の依頼は不自然な点が多すぎた。

『妖精』という貴重な存在を自分に預け、竜の牙が紛失したのに大丈夫だと言い、プラドの悪行を見逃した。

 彼女の優秀さを知る悠馬からすれば不自然なことばかりだが、これらが意図的なものだとすれば納得がいく。

 その目的は――

「俺が『竜核』を手に入れるためか」

「そうよ」

「なぜこんなことを……」

「あなたのためよ」

 レアは微笑みながら言った。

「……君は他人を利用するような者ではないと思っていたよ」

「昔の『良い子』の私なら、そうでしょうね。でも、それじゃ駄目だって気づいたの」

「……なに?」

 微笑むレアに、悠馬は眉をひそめる。

「私は貴方に褒められたくて『良い子』になったわ。強欲な『貴族』や『騎士』を追い出したのも、街の腐敗を正したのも貴方が褒められたい一心の行動。私が『貴族』になったのも貴方に褒められたかったから」

「…………」

「私は褒められたくて――貴方に喜んでもらいたくて一生懸命努力し続けたのに、この街が平和になると貴方は褒めてくれなくなったわ」

「……今の君は『貴族』で、一介の魔人が褒めるというのは奇妙な話だろう?」

「『普通』ならそうでしょうね。でも……私はその『普通』が嫌になったわ。だから私は『悪い子』になったの」

 微笑むレアに、悠馬は言葉を失った。

 彼女との付き合いはこの島にきて以来で、家族にも似た感情を抱いていた。

 そんな彼女の告白は、予想不可能だった。

「今後、こういった悪いことはしないでくれ」

「それは貴方次第よ」

「……わかった。ではできるだけ会いに行くようにする。それでは駄目か?」

「かまわないわ。ついでにハグや頭をなでてくれるともっと嬉しいのだけれど?」

「わかった。手段はともかく、俺のことを思っての行動だ。感謝しているよ、レア」

 そう言ってレアの頭をなでると――

「あぁ――……」

 レアは恍惚とした表情で、歓喜で体を震わせた。

 幼い頃から甘え癖はあったが、ここまで悪化しているとは思わず、悠馬は難しい顔をする。

 レアはひとしきり悠馬の手のひらを堪能すると、悠馬の側を離れた。

「そろそろ行くわ。会える日は千影に連絡してちょうだい。でないと――わたしはもっと『悪い子』になるわ」

「できるだけ連絡をするようにする。だから脅すな」

「冗談よ」

 レアは笑うと幻のように消えてしまった。

 すると入れ替わるように雫が現れた。

「悠馬さん、ここにいたんですか」

「ああ。レアと話があってな」

 雫はおっかなびっくりこちらへ歩いてくる。

 その肩には小さな竜が乗っていた。

 竜と護衛の約束をした後、悠馬の指示で雫は竜を小型の竜に変えた。小型化は無事に成功。魔力も雫から供給されているので問題はなく、同時に雫の過剰な魔力問題も解決した。

 全てが成功したのは、雫がそれだけ強く竜の生存を望んだ結果なのだろう。そのせいか、竜も周りと問題を起こすことはない。ただ、死にたい、死にたい、と呪詛のようにつぶやくのが玉にキズと言ったところだろうか。

「あの、いろいろありがとうございました!」

「……もう十分感謝された。だからもうしなくていいと言っているだろ?」

 それはあの日以来、何度も聞かされた言葉だ。

 悠馬は苦笑するが、雫はそれでも足りないとばかりに頭を下げている。

「そうは言いますけどおかげで学園復帰も決まりましたし、可愛い友達もできました」

「……かわいいって、俺のことか?」

「はい!」

 雫は元気よく答えるが、竜はゲンナリと肩を落して、死にたいとつぶやく。

「学園の復帰が決まったか」

 それはつまり、彼女には制御能力があると認められたと言うことであり、護衛の仕事が終わったことを意味する。

 契約に従い、護衛中に発生した利益――『竜核』は正式に悠馬の物となっている。竜も悠馬の物扱いになっており、彼が今後出した不利益は悠馬に請求されることになるが、護衛のために雫に預けている。

「そうなるとお別れか。寂しくなるな」

「はい……あの……また来ても良いですか?」

 雫は視線を落して不安そうにたずねる。

「かまわんよ。そのほうがエルや桔梗も喜ぶ」

 悠馬が口元をゆるめてうなずくと、雫は花のように笑顔を咲かせた。

「じゃあ、今度友達も連れてきます!」

「ああ、待っている」

 悠馬がそう答えると、屋根の入り口から桔梗が勢いよく現れた。

「主賓が二人揃って消えてどうするニャ! いまから乾杯するから下に来るニャ!」

「今日だけで、もう十回はしただろう?」

「まだまだ足りないニャ! ほら、二人とも急いで!」

「わかったわかった。雫、行こうか」

「はい!」

 悠馬が右手を差し出すと、雫は自然とその手を握った。


「え~それでは! 第一〇〇回、竜退治の記念と、ご主人様の『騎士』昇格を祝って乾杯するニャ!」

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」

 すでに百回目だというのに獣人達のテンションは最高潮だ。

 さすがに疲れるが、祝ってもらっている以上文句は言えないので黙って壇に立つ。

「ご主人様は誰も倒せないような竜をひとりで倒し、『浄化の殻』と『吸収の殻』を手に入れ、『竜核』まで手に入れて『騎士』の称号を手に入れたニャ!」

『殻』はここ数日で取得した。元々、肉体的特性のような物だったので比較的簡単に『殻化』ができた。『浄化の殻』の影響か、体の変色は元に戻り、『吸収の殻』が周りに迷惑をかけることもない。

 酔っぱらい達からは「騎士様~」「俺の娘を――」「俺を食べないでくれ!」等と、どう反応していいのか分からないヤジが飛ぶ。

「そして、雫ちゃんはそんな恐ろしい真珠竜を手なずけて今ではペットにする剛の者。みんな、雫ちゃんには優しくしておいた方が身のためニャ!」

 桔梗が冗談めかして言うと「すげぇ!」「俺も手なずけてくれ」「むしろペットにしてくれ」等と変な声が飛び、意味の分かっていない雫は声援と受け取って手を振っている。

「それではみんな、ジョッキは持ったニャ!?」

「「「いええええええええええええええい!!」」」

 異常な盛り上がりを見せる獣人達に、桔梗はジョッキをかかげた。

「では『楽園の騎士』と『竜使いの妖精』に――乾杯!!」

「「「乾杯!!」」」

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『楽園の騎士』と『竜使いの妖精』 シャリオ @phideyuki

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