エピローグ 陽はまた昇る
夜の闇を切り裂いて、流れ星は、一瞬で燃え尽きる。
「――っ!」
だがしかし、流れ星のように大気圏を突き抜けた俺と、俺を守ってくれたカイザースーツは、まだ健在だ。
これは、奇跡でもなんでもない。瀕死な俺よりも、よほど酷い状態のカイザースーツが、死力を尽くしてくれた結果だ。だから、これは決して、奇跡ではない。
このカイザースーツだから起こせた、当然の結果だ。
「俺は本当に、情けない総統だな……」
頭が割れるように痛い。思考が乱れる。魔術を行使することもできない。
身体に力が入らない。感覚はまだ戻らない。
今の俺には、なにもできない。
こんな失態を
それでも、俺は……。
「……ははっ」
自分の本心と向き合えたのはいいが、状況が状況だ。
俺は死にかけで、そんな俺を守ってくれたカイザースーツも、大気圏突破なんて無茶をしたせいで、後は自由落下するのが精一杯。
このままでは遠からず、俺は無策で地表に激突することになるが、俺自身にもカイザースーツにも、この現状を
そんな状況に、不安を感じないと言えば、嘘になる。
このままいけば、もうすぐにでも、俺は死ぬ。
無残に、跡形も残さず、一瞬で、あっさりと、俺は死ぬ。
「ありがとう……」
俺の心に生まれた不安を感じ取ってくれたのか、限界を迎えたカイザースーツが、最後の力を振り絞り、
そう、このままいけば、俺は死ぬ。
だけど、それは……。
「みんな……」
無論、このままいけば、の話である。
『……信号補足~! 座標特定、
不鮮明なモニターに映し出されたのは、自身もボロボロになりながら、スクラップ寸前のクレイジーブレイン君を、必死に操作してるジーニアの様子だった。
よかった……、どうやら動ける程度には、回復できたようだ。
『デモニカ~!』
『分かっています! 統斗様……、ご無事で!』
こちらも満身創痍のデモニカが、最後の力を解き放ち、ジーニアから受け取った座標の直下……、まだはるか上空にいる俺の落下方向に、巨大な魔方陣を展開する。
次の瞬間、デモニカの魔方陣から出現した長大な水の回廊に突っ込むことで、大気圏突破後の高温を冷やすと共に、多少の減速に成功した。
『レオリア!』
『分かってるって! 任せろ、統斗! バッチこーい!』
デモニカに言われる前に、すでに俺が落下する予定の地点に陣取っていたレオリアの様子は、他の二人に比べれば、幾分か元気そうだった。流石、命気の達人だ。
目印も見えない宇宙から、広大なこの星へと落ちたにも関わらず、これだけピンポイントに、みんなのいる場所に戻れたのは、やはり全て、カイザースーツが緻密に計算してくれたおかげだった。
俺が適当に帰ろうとしても、どこか適当な海の藻屑と消えるか、どこか適当な大地のクレーターとなっているかの、どちらかだったろう。
本当に、この頼りになるカイザースーツの献身には、感謝という言葉では、とても足りない……。
『ほれ、お前ら! 急げ、急げ! 時間がないぞい!』
『ジーク・ヴァイス!』
全身から煙を吹いている祖父ロボが、沢山のヴァイスインペリアル戦闘員に抱えられながら、レオリアの元へ……、俺の落下予測地点へと向かっている。
祖父ロボが呼び出したのか、一般市民の誘導を終えたらしい戦闘員たちが、続々とこの場に集まってきていた。
恐らく、空から墜落してくる俺を受け止めるために、ああして
デモニカのおかげで、多少の減速ができたといっても、まだまだ俺の落下速度ならば、地表に小さな穴を空けるくらいは、十分可能なのだから。
なんて心配をしてしまった、その時だった。
俺のよく知る三つの影が、凄まじい勢いで、上空へと飛び出してきたのは。
『――行くわよん! サブ! バディ!』
『ういっス! 気合入れるっス! 気合入りまくりっス!』
『……拾った命は、大事なことに使うべき……!』
三人が三人とも、これまでに見たことないような姿をしているが、その声を聞けば、それが誰だかなんて、一発で分かる。
『……全力飛行!』
空中に飛び上がった他の二人を引っ掴み、背中に生えたコウモリのような翼を使って、グングンと上昇しているのは、バディさんだ。
その姿は、先ほど見た獣のような姿ではなく、それぞれの獣の特性を兼ね備えながらも人の姿を保った……、まさしく怪人のそれだった。
『総統ー! 今そっちに行くっスよー!』
かなり上昇したところで、同じく獣の集合体のような怪人が、もう一人を背中に乗せながら、バディさんを踏み台にして跳躍したが、あれはサブさんだ。
あの暑苦しさは、間違えようがない。
『ちゃんと踏ん張りなさいよ、サブ! ……どっせい!』
まるで多段式ロケットのように、バディさんを踏み台にしたサブさんを更に踏み台にして、凄まじい勢いで飛び上がったキメラ怪人は、ローズさんで間違いない。
どうやら、俺の展開した巨大魔方陣により降り注いだ命気の雨は、町はずれの瓦礫に埋まっていたはずの怪人三人組にも、届いていたようだ。
そして、死地を乗り越えたおかげなのかどうかは分からないが、どうやら暴走していた状態を克服し、制御することに成功したように見える。
よかった……、本当によかった……。
俺は心から、そう思う。
「総統! 頑張って! 今アタシたちが……、ぬおおお!」
落下を続ける俺とカイザースーツに、ローズさんが豪快に抱きついたことで、その衝撃と空気抵抗の増加により、多少の減速には成功したが、残念ながら厳しい落下速度に耐え切れず、ローズさんが振り落されてしまった。
「次は俺っス! うおおおお! 総統、愛してるっスううー! ……ぶげら!」
俺が少し落下を続けたことで、今度は自らの手足を広げ、巧みに高度を調整していたサブさんと接近したのだが、こちらは俺に抱きつく間もなく、呆気なく弾き飛ばされてしまった。
結果は残念だったが、この衝突により、またも減速したのは、確かである。
「……ふ、ふひひ……、こ、こっちもオネシャス! ……ぐべえ!」
最後に、自前の翼を持つバディさんが、その特権を活かして、十分なスピードで上昇し、なにかを期待するような速度で、全速力でこちらにぶつかり、思い切り吹き飛んで行った。
無謀すぎる突進だったが、そのおかげで、また少し、減速に成功する。
悪の組織のみんなが、傷ついた我が身も
本当に俺は、情けない総統だ。
これだけのことをしてもらいながら、いまだ指一本、動かすことができない。
自分の不甲斐なさに、歯痒さを感じずにはいられなかった。
だけど、それでも……。
俺は、この胸の奥に灯る幸せを、抑えることができない。
『行くぞ、母さん!』
『ええ! あなた!』
父が、母が、少しでも俺の近くへと、集まり続けている戦闘員たちの間を縫って、傷だらけの身体を引きずりながら、駆け寄ろうとしてくれている。
『マジカル! マーブル・カーテン!』
悪の組織の人間たちに混ざりながら、マジカルセイヴァーが一斉に声を揃えて、空に向かって手をかざした次の瞬間、まるでオーロラのように広がった光の幕が、優しく俺を受け止めて、更なる減速を
正義の味方のみんなも、あれだけ酷い裏切りをした俺なんかを、本当に全力で、ひたむきに救おうとしてくれている。
本当に俺は、惨めな総統だ。
なによりも謝らなければならない相手にまで、こうして助けてもらっている。
あまりの
本当に、笑ってしまうくらい……。
俺は、この心を満たしてくれるぬくもりに、感謝を捧げることしかできない。
『よーし! 後はオレに任せろ! どっせーい!』
マジカルセイヴァーが用意してくれた、淡く輝く光のカーテンを突き抜けた俺に向かって、レオリアが思い切り飛び上がり、あっという間に空を駆ける。
「へへっ! お待たせ! もう離さないぜ!」
そろそろ地面が近いというのもあるが、それでも驚異的なスピードで、こちらへの接近を果たしたレオリアが、優しく俺のことを抱き止めてくれた。
そして、レオリアは自分の命気を俺に分け与えながら、墜落に備えて、余った分を全身に巡らせ、衝撃に備える。
「レオリアにだけ~、美味しいところは~、持っていかせないんだから~!」
ダメージが深刻だったクレイジーブレイン君の中から、まだ使用可能なパーツを抜き出して、再構築したのだろう。
小型のジェットパックを背負って飛び出したジーニアが、レオリアに続いて俺に抱きついてきたかと思うと、その背中のロケットを逆噴射して、落下速度と姿勢を制御しようとしてくれている。
「絶対に、絶対に……! 私たちがあなたを、守ってみせます!」
残った力を振り絞って作ったのであろう、小さくスカスカな魔方陣に乗って空を飛んで来たデモニカが、二人に続いて俺を抱きしめ、乗ってきた魔方陣を、せめてものパラシュートのように広げてくれた。
愛する者たちに包まれて、真っ逆さまに堕ちていく。
本当に、恐いくらい情けなく、恐いくらい惨めで……。
恐いくらいに、幸せだった。
俺は決して、一人じゃない。
それで十分だった。
それだけで、十分すぎた。
恐れなんて、抱くはずがない。
憂いなんて、感じるはずがない。
後悔なんて、あるわけがない。
なぜなら、俺の心はこんなにも、暖かいのだから。
刹那の下降。
最後の落下。
柔らかい衝撃。
「――っ!」
幸せな悪の総統は、沢山の人に支えられ、帰るべき場所への帰還を果たした。
「統斗! 無事か! まったく、心配かけよって!」
「ジーク・ヴァイス!」
祖父ロボがいる。
ヴァイスインペリアルのみんながいる。
「総統! あんたたち! 行くわよん!」
「うっス! 総統ー! 待っててくださいっス!」
「……奇跡の生還……、総統とお揃い……、フヒヒッ……」
ローズさんがいる。
サブさんがいる。
バディさんがいる。
「統斗! 大丈夫か!」
「頑張ったわね……、統斗!」
父がいる。
母がいる。
「統斗くん! 生きててよかった、よかったよう……」
「も、もう、統斗! あんまり心配、させないでよね!」
「御無事でなによりです、統斗さん。結婚しましょう」
「あぁ! 統斗君! もう離れない……! 一生離れない……!」
「バカ統斗! ひかりの前から勝手にいなくなるなんて、許さないんだからね!」
ひかりがいる。
「統斗様……、本当に、ご立派でしたよ……」
「統斗! よくやったな! 見事な勝利だぜー!」
「統斗ちゃん! 素敵~! 格好良い~! 最高~!」
マリーさんがいる。
そして、その真ん中に、俺がいる。
「――あぁ」
役目を果たしてくれたカイザースーツが、音も無くサラサラと、まるで風に舞う砂粒のように、悲しいほどに静かに崩れ去り、消えていく。
すまない……。
ありがとう……。
それ以外の言葉は、出てこない。
「みんな、みんな……、大好きだ……!」
夜が明ける。
新しい始まりを告げる太陽が、俺の頬を伝う涙を照らす。
この身を守り続けてくれた、大切なカイザースーツを失ったことで、悪の総統シュバルカイザーの、その
だけど、それでいい。
「――愛してる!」
もう俺に、隠すべきことなんて、存在しないのだから。
さあ、胸を張ろう。
誰に恥じることもない。
情けない自分も、どうしようもない自分も、全部自分だ。自分自身だ。
大切な人たちを、悲しませることになっても。
大事な人たちに、責められることになっても。
神様に、
誇りを持って堂々と、誰に問われても臆することなく、全身全霊で答えよう。
この俺、
悪の総統、はじめました。
悪の総統はじめました 瓜蔓なすび @nasubi
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