概要
「まだ返してもらっていない」――では、残らずお返しいたします
「あの方は命の恩人だ。お前が耐えろ」
十二年前、戦で死にかけた夫を助けたという女が、この屋敷で暮らしている。
上座に座り、冬の薪を選び、夫の名で人を呼ぶ。
わたくしが何を申し上げても、夫の答えはいつも同じだ。
――恩人なのだから、お前が耐えろ。
承知いたしました。では、その恩、本日から全部お返しいたします。
ヒルデ、三十六歳。この家の〈返礼差配〉を十二年、一件も落とさずに務めてきた女である。
誰に、何を、いつ、誰の手で返すか。それを決めるのが、この家の女主人の仕事だ。
翌朝、三年ぶんの薪が前庭に積み上がった。あの方の生家へ、である。
次は弟の学費。その次は母の薬。そのまた次は、焼けた生家そのもの。
ひとつ返すたび、あの方がこの屋敷にいる理由が、ひとつ消えていく。
断れば「恩人ではな
十二年前、戦で死にかけた夫を助けたという女が、この屋敷で暮らしている。
上座に座り、冬の薪を選び、夫の名で人を呼ぶ。
わたくしが何を申し上げても、夫の答えはいつも同じだ。
――恩人なのだから、お前が耐えろ。
承知いたしました。では、その恩、本日から全部お返しいたします。
ヒルデ、三十六歳。この家の〈返礼差配〉を十二年、一件も落とさずに務めてきた女である。
誰に、何を、いつ、誰の手で返すか。それを決めるのが、この家の女主人の仕事だ。
翌朝、三年ぶんの薪が前庭に積み上がった。あの方の生家へ、である。
次は弟の学費。その次は母の薬。そのまた次は、焼けた生家そのもの。
ひとつ返すたび、あの方がこの屋敷にいる理由が、ひとつ消えていく。
断れば「恩人ではな
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