概要
あの夜の風の冷たさと唇の柔らかさを、僕は今も覚えている。
二〇〇七年、秋。五十五歳で希望退職を受け入れた津田康一は、帰り道にふと思い立ち、学生時代に通い慣れた大阪の「遠里小野橋」へと足を向けた。
欄干にかかる手をかすめる秋風が、記憶の蓋を静かに押し開ける。
三十数年前、一九七〇年代半ばのキャンパス。激しかった学園紛争の残響の中、康一はエキゾチックな瞳を持つ先輩・吉原麻美に惹かれ、読書サークルに通い詰めていた。ある九月の夜、彼女の下宿で吐息が重なるほどに近づいた二人。しかしその直後、活動の心労と重い持病でボロボロになった彼女の「過酷な現実」を突きつけられ、康一は場違いな自分に怯えて逃げるように去ってしまう――。
激動の会社員人生を一兵卒として戦い抜いた今、仕事の成功でも失敗でもなく、思い出すのはあの夜のシャンプーの甘い香りと、薄いTシャツ越しの確
欄干にかかる手をかすめる秋風が、記憶の蓋を静かに押し開ける。
三十数年前、一九七〇年代半ばのキャンパス。激しかった学園紛争の残響の中、康一はエキゾチックな瞳を持つ先輩・吉原麻美に惹かれ、読書サークルに通い詰めていた。ある九月の夜、彼女の下宿で吐息が重なるほどに近づいた二人。しかしその直後、活動の心労と重い持病でボロボロになった彼女の「過酷な現実」を突きつけられ、康一は場違いな自分に怯えて逃げるように去ってしまう――。
激動の会社員人生を一兵卒として戦い抜いた今、仕事の成功でも失敗でもなく、思い出すのはあの夜のシャンプーの甘い香りと、薄いTシャツ越しの確
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