七つの大罪①【傲/Pride】
神田或人
七つの大罪①【傲/Pride】
①傲/Pride
🎀ナナ🎀
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【プロフィール】
ナナです。毎日精一杯生きてて、みんな偉い!🌸
そんなみんなを応援してるよ。
ナナはナナらしく、アナタはアナタらしく。
一緒に幸せに生きていこうね?💫
📸 フリーモデル / 美容 / メイク💄
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🌈 正義と希望を発信中
#NANALife #光を届ける人
第一章 陶酔
通知タブが消えない。
更新するたびに数字が跳ね上がって、スマホの端でちかちか光る。
《ナナちゃん大好き!》
《ほんとに光。救われてます》
《今日も可愛い😭✨》
リプ欄は絵文字でいっぱい。
引用ポストには「ナナを見習え」なんて文字が連なっていく。
数字が滝みたいに流れて、タイムラインを飲み込む。
その真ん中で、ナナは小さく笑っていた。
鏡越しに撮った自撮り。
最新のフィルターで、肌は透きとおるみたいに滑らかに、瞳は少し大きめに。
自然じゃないってわかってる。けど、この顔でないと数字は増えない。
だからナナの目は、鏡じゃなくて「いいね」の数ばかり見ている。
心臓がドクンと跳ねるのは、通知が増えた瞬間。
承認の雨が体の奥まで降りてきて、甘く痺れさせる。蕩けさせる。まさに、『陶酔』だった。
そしてそれが、ナナの呼吸になっていた。
そのとき、タイムラインに見慣れない顔が流れてきた。
突然だった。
急いでプロフィールを見に行く。
二十歳。
自然光の下で撮った自撮り。加工は少なくて、肌のきめや頬の弾力まで見える。
まだ幼いような笑顔が、かえって目を引く。
——可愛い。
ナナはすぐコメントを打った。
「おしいな、メイク、こうかえたらもっとよくなるのに😊✨」
見た目は優しいアドバイス。
でも指を動かすナナの胸の奥はざらついていた。
——ずるい。
——その顔、なにもしてないんでしょ。
——わたしは鼻も顎も切った。二重に糸を通した。
——腫れて泣いた夜もある。
——なのに、あなたは二十歳で、そのままで可愛い。
——『死ねばいいのに』。
喉まで出かかった言葉は、画面には落ちない。
そこにあるのは、笑顔マークのついた“優しい助言”だけ。
だけどナナは知っている。
この「優しさ」が、フォロワーにとっては最高の武器になることを。
若さに嫉妬し、内心で罵りながらも、外側はきらきらと輝く言葉で包む。
その矛盾こそが、ナナのやり方だった。
コメントが伸びる。
「ナナちゃんのアドバイスさすが!」
「こういうの本当ありがたい」
数字が増える。
それでようやく、心のざらつきが少しだけ和らぐ。
でもすぐまた、空洞が口を開ける。
私はもう若さを失おうとしてる。
ナナの手の中から、何かがさらさらとこぼれていく。
爪を噛んだ。鏡は見ずに、スマホの加工アプリを開く。そこに映る自分は——まだ大丈夫。
老けてない。若く、瑞々しい。
加工すればもっと……!
だからまた、自撮りを撮る。
角度を変えて、光を調整して、笑顔を貼りつけて。
シャッター音。撮り直し。もう一度。
タイムラインには光が流れる。
けれどナナだけが知っている。
その光の芯に、嫉妬と焦りがどろどろと燃えていることを。
第二章 断罪の快楽
タイムラインの波は、彼女を女神にする。
フォロワーは口々に「ナナが正しい」と唱え、称賛を繰り返す。
それが合図だった。
ナナは今日も「悪」を探す。
間違った言葉。軽率な発言。
ただの二十歳の子の自撮りでさえ、ひとさじの「無知」を見つければ十分だ。
「メイク、惜しいな😊✨」
柔らかい言葉を先に投げておいて、そこに続ける。
「でもさ、若さに甘えて努力しないのは、どうかな?」
さらに指は止まらない。
「眉の手入れもろくにしてないし、リップとアイカラーがケンカしてる。
そんなの、勉強しなくてもわかるよね。色彩センスないのかな?」
リプ欄がざわめく。
《確かに!》
《ナナちゃんの言う通り》
《努力しないで可愛いと思ってる子、多いよね》
たいして可愛くもないのに——。
ナナの内側の声は、知らず知らずのうちに群衆の声に重なっていく。
たった一言で、群衆は「悪」を嗅ぎ分けた。
ナナが指させば、それはたちまち「敵」になる。
拍手の音が鳴りやまない。
そして、波は形を変えた。
誰かがスクリーンショットを取って、赤枠で対象の顔をクローズアップし、下に「#努力しろ」と入れた画像を回し始める。
別のアカウントが、相手の過去の投稿を掘り返して並べたスレッドを貼る。
過去のぶれた写真、昔の無神経な言葉、友だちとのふざけ合い──それらがひとつずつ、注釈つきで晒される。
「スクショ来てるよ」「通報しよ」と書き込みが増え、タグ付けが飛ぶ。
無関係のユーザーたちが便乗して、似たような若い女の子のアカウントを次々に掘り当て、笑いものにする。
引用RTには悪意のあるGIFや嘲笑のミームが貼られ、元ポストの下には嘲りの山ができる。
やがて、謝罪の文が投稿される。
短く、震えたような言葉で。
「ごめんなさい。気をつけます」
だがスクリーンショットは消えない。誰かがそれをまとめて晒し、別のスレッドに貼る。
「ごめん」で終わる世界ではない。恒久的な証拠として、彼女の過去が保存されていく。
ナナはスクリーン越しにほほえむ。
彼女の中で何かが囁く。
——もっとだ。
——もっと断罪を。
——誰かを焼き尽くすたび、私は神に近づく。
数字が跳ねるとともに、興奮は現実味を帯びる。
「通報されたら消えるかな?」という囁きを、誰かが冗談に変える。
だがその冗談が、次第に現実の手続きを動かすことになるとは、その時点では誰も考えていない。
ナナは自分の手の中で、刃を磨いているような気分になる。
リツイートの数、引用の広がり、スクショの保存数——すべてが報酬だった。
フォロワーたちは「正義の行進」を口実にして、匿名の後ろ盾を得る。
その匿名性が、暴力を平易に、快楽に変えていく。
やがて別のアカウントが、ターゲットの居住地域を示唆するような古い投稿を引っ張り出す。
特定のカフェでの写真、近隣イベントのチェックイン、ぼんやり映った地名。誰かが「ここらへんに住んでるって」とリプライする。
そこまで来ると、群衆の熱は猟犬のように匂いを追い始める。
だがそれでも、ナナはただ画面の光の中で笑っているだけだ。手を汚すのは、フォロワーの仕事になる。
「わたしは神の子」——ナナは自分にそう言い聞かせる。
たとえ、それが誰かの未来を焼き尽くす炎であっても。
心臓が高鳴る。
数字が増える。
承認が降りそそぐ。
ナナの指先は震えていた。
興奮で。
快楽で。
それは、誰にも止められない傲慢だった。
第三章 小さな声
熱狂の波はしばらく続いた。
タイムラインは喝采と嘲笑でいっぱいになり、ナナの名を呼ぶ声で埋め尽くされていた。
数字は跳ね上がり、通知は絶え間なく数を増やしていく。
――私は神の子。
――正義を語る女神。
その酩酊のさなか、ひとつの通知がまぎれこんだ。
いいねでも引用でもない。たった一件のリプライ。
《あなたの言葉は、
誰かを救ったことがあるの?》
あまりに小さく、見落としそうな文字列だった。
アイコンは地味で、フォロワーもほとんどいない。
けれど、その言葉の重さは違った。
——このアカウント。見覚えがある
昔のナナに似た地味な顔が、印象に残っていた。
——確か《あの子》と二人で写っている写真があったはず。
ナナの脳裏にちらりと浮かぶ。
数週間前、群衆に焼かれた《あの子》。
アカウントはほとんど沈黙している。
今残って声を上げているのは、その……友人?
「救った? もちろん救ってるよ」
ナナは指を走らせ、相手を「無知な加害者」と断じる。
笑顔の絵文字を散らし、正義の衣をまとわせて。
投稿はすぐに拡散され、群衆はまた喝采を返す。
だがナナの胸の奥には、ざらりとした感覚が残った。
棘のように、あの一行が刺さっている。
《あなたの言葉は、
誰かを救ったことがあるの?》
ナナはスマホを握り直し、目を細めた。
この声は小さい。潰せる。
けれど、どこか不気味に残る。
——そしてそれが、次の炎を呼ぶことになるのを、ナナはまだ知らなかった。
第四章 掌返し
そのリプライから数日も経たないうちに、タイムラインに一本の長文ポストが流れた。
書いたのは、あの小さな声の主。
前にナナが断罪した子の、たぶん友達。
《ナナさんに叩かれてから、彼女は大学に来なくなりました。
毎日泣いていて、今は鬱と対人恐怖で部屋から出られません。
どうして「正義」を語る人が、こんな地獄を作れるのですか?》
淡々とした文字。だが、その一行一行が鋭い証拠のように突き刺さる。
続けざまに、友達の過去ポストのスクショが貼られる。
笑って学食でピースしている写真。
「明日も授業がんばる!」と書かれた元気な言葉。
そして──ナナに叩かれた日の謝罪文。
そこから途切れるように消えた更新。
《 #ナナに潰された子》
そのタグが広まりはじめた。
最初は小さな波だった。
けれど、一度ついた疑念は拡散の炎に変わる。
《本当に正義なの?》
《人を救うどころか、壊してるじゃん》
《ただの嫉妬じゃない?》
リプ欄が、かつての喝采から嘲笑へと反転する。
ナナを守っていたフォロワーの一部が、今度は刃を突き立ててきた。
「努力しない子を叩いてた本人が、整形で必死に若さを保ってるじゃん」
「自撮りしか能がない」
「神の子? 笑わせるな」
便乗する声が次々と増える。
スクショ職人が、ナナの過去のポストを掘り返す。
昔の粗い写真、整形前と思われる顔の残骸。
「矛盾発言まとめ」と題されたスレッドが拡散され、引用RTは失笑と皮肉であふれる。
通知の数字は消えない。
でもそれは、もはや承認ではなかった。
怒りと嘲りの洪水。
「わたしは正しい!」
ナナは必死にポストする。
「誤解しないで。私は弱い人を守ってきたの!」
だが、その声に耳を傾ける者はもういない。
ただ群衆がせせら笑う音だけが、画面の奥から返ってくる。
ナナは気づいてしまった。
神に似せて作られたのは、
——彼女の傲慢だけだったのだ。
第五章 傲慢の神
深夜。
スマホの画面は青白く光り、ナナの顔を照らしていた。
通知の数字はもうほとんど灯らない。
たまに届くのは、罵倒と冷笑ばかり。
五桁だったフォロワー数は、いまは二桁。
TLに流れるのは他のインフルエンサーの高らかな声。
それに混じって。
《アンタまだいたの?》
《消えなよ》
《神の子(笑)》
冷たい言葉がポツポツと流れる。
荒れた指先が震えて、長い爪がタップするたびに小さな音を立てる。
それでもナナは、ポストをやめなかった。
「わたしは正しい」
「弱者を守ってきた」
「ナナは間違ってない」
文字を打ち込むたび、画面に吸い込まれるように消えていく。
リプは返ってこない。
いいねもつかない。
ただ真っ暗なタイムラインに、ナナの声だけが沈んでいった。
承認の雨はもう降らない。
それでもナナは、雨が降る幻を求めて空を仰ぐ。
瞳には加工アプリの中の、まだ若くて美しい自分が焼きついている。
だが現実の鏡には、疲れた女の顔が映るだけだった。
「……ナナは神の子。ナナは光」
乾いた唇が震え、呪文のように繰り返す。
その声は壁に反響し、空虚に溶ける。
やがて、指は止まった。
画面には、最後の一文が残る。
《——私は神の子なんかじゃない。
神に似せて作られたのは、
私の傲慢だけだった——》
《了》
七つの大罪①【傲/Pride】 神田或人 @kandaxalto
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