2-2

 「それで、どうするのかしら。私たちは何をすればいいの?」

 翌日の朝。ロニアとラクアの招集に快く集まった二人のエルフが座っている。

 ロニアの対面に座る一人、身長が高いロニアよりも頭一つ大きい女──セルシーが柔和に微笑みながらグラスを取って冷たい紅茶を飲む。

 冬だというのに彼女は冷たいものしか飲まない。なんでも「体温が高すぎて熱いものを取る気にならない」そうで、べつに冷たくも感じないそうな。

 全てが白銀に染まるかのよう美貌に、男が好きになるような蠱惑的な体躯。それでいて手の指まで意識づけられた所作から、彼女がエルフの中でも高位な生まれと認識できる。

 「……ヴぁ」

 セルシーの横、ラクアの前に座った頭二つ小さいエルフの少女──ヒュルエスは逆に氷をがつがつかじりながらミルクティーを嗜んでいる。

 貧民の生まれながら魔術の才、戦闘技能を買われてエルフの貧民街から購入された特殊な経緯を持つ。当時の虐待からかヒュルエスは話すことができない。……という建前をよく使うが、ロニアとラクアは知っている。

 彼女は「エネルギーを使いたくないから話したくない」ため、日本語を覚えていないだけだ。

 ボブヘアーの黒い髪、低い身長は彼女が故郷の世界で海近くに住むシーエルフだと物語っている。喋らないとは言うがそれはそれ、長い付き合いからヒュルエスが喋らなくとも意志疎通は簡単にできる。

 二人とも、今の状況と今後の目標の理解はできている様子。セルシーとロニアを行ったり来たりと視線を交わして、今後の成り行きを見守っているヒュルエスも話自体は聞いている。

 「二人には私たちの護衛を頼みたいの。イツキやヨシミヤは頼りになるけど戦闘でもそうとは限らない。それに、推定トロール男が敵対関係者にいる以上あなた方の能力が必要になる」

 ロニアの頼みを横で聞いていたラクアも腕を組みつつ大仰に頷き、そして大仰過ぎる言葉を付け加えた。

 「それに相手は日本有数の暴力団。さらに中国総局もこちらを監視してくると来た。セルシーの能力なら数をサポートできるし、ヒュルエスならトロール男でも中国の戦闘艦でも破壊できる。四人集まればまぁ最強、そう言って差し支えないだろ」

 言い終えて、のどが渇いたかラクアがコーヒーをビールのような呷り口で一気に飲み干した。彼女の品位のない行動を曖昧に微笑んで見つめていたセルシーに、ロニアがもう一度頭を下げた。

 「お願いできないかしら。もちろんこれは貸しってことで、セルシーたちのも手伝うから」

 「ロニアに頭を下げられては、私から反対は言えませんね。ヒュルエスは?」

 「んーヴぁ」

 誠意を見せたロニアが頭を上げる。微笑んだまま紅茶を口につけるセルシーが、カップを置いてヒュルエスを見る。

 ヒュルエスはというと、手元にある茶菓子をかみ砕きながら首を縦に振る。肯定の動作にロニアとラクアはいったん、胸をなでおろした。

 「ありがとうな、二人とも。あたしも手伝うことがあったら言ってくれ」

 ラクアも異口同音に感謝を伝えると、セルシーの微笑みに少し険が混ざった。

 「あら。ならラクアにはこの前の出前の建て替え代、しっかり返して欲しいわね」

 「うぐぅ、それは手を貸す案件とは違うあれだろ……」

 ラクアがセルシーにしっかりと釘を刺されて呻く。ラクアのうめき顔がよっぽど面白かったのか、紅茶を吹き出しかけるほどヒュルエスが腹を抱えて笑い出した。

 「はははは、ひー……ゼぁ、あー」

 「そこまで嗤わなくていいだろ、全く……」

 三人のやり取りを見ながらロニアは息を吐いて、提案が上手くいったことに安堵していた。二人から状況からの離脱を諭されるとも考えていたから。

 セルシーとヒュルエスはいわば「戦闘員」。ヤクザの言葉を借りるならば「兵隊」と称することもできるが、彼らが末端の構成員をそう呼ぶのに対しクランは違う。

 戦闘職としてしっかりと訓練され、対個人戦ならば軍人にも負けない。それが求められる練度であり、規範。

 戦闘員たちは時に構成員であるラクアたちよりも権限が強くなる。いかに既知の仲とはいえ、日本や中国との接触を忌避されるかも、とは思ったのだ。

 現に今も、どちらかの諜報員が静かにロニアたちに視線を送っている。窓の外から漏れてくる周波数に、特徴的な集音器の駆動音があった。

 もちろん可能な限り会話が漏れないよう魔術で音を絞っているが、もし相手が最高性能の集音器を使用していたら?そこまでの保証はロニアにもできない。

 この案件、どこにどう転ぶかわからない。だが最終的にクランが有利になるよう立ち回ることこそ、ロニアに与えられた命題。

 だからこそロニアは、こちらの手の内を与えないよう魔術で音波による諜報を制限するよう努めていた。

 「お待たせいたしました。こちらサービスでございます」

 ロニアが黙考に耽っていた中、カウンターから出てきたマスターがにこやかに全員にコーヒーを置いた。ロニアが「ありがとう」と声を返すと、会釈してカウンターに帰っていく。

 「……」

 ──誰も飲まない。

 ロニアがポケットからコーヒーシュガーのような紙包みを取り出した。そしてそれを今届いたばかりのコーヒーに流し込む。──コーヒーの色が、青く変わった。

 「たく、どこも油断ならねぇなぁ」

 「どう思います?個人か、組織か」

 「聞き出してみればわかることよ」

 三人でうなずき合い、四人とも立ち上がる。コーヒーを口にすることなく荷物と伝票を持って立ち上がったロニアたちを、マスターが微笑んだままレジ前に立って出迎えた。

 好々爺然としたマスターの男の額に、突如としてロニアが拳銃を突き付ける。

 「誰の差し金かしら?暴力団?中国?それとも市ヶ谷?コーヒーに眠剤を入れたわね?あんな雑なやり方で、私たちが口をつけると思いかしら?」

 コーヒーの中に混入物が入っている場合を、常日頃想定して動いている。クランでは常識の行動を、目の前の男は見抜けなかった。サービスと銘打てば喜んで口にするとでも思ったのだろう。

 相手の罠を打破したロニアに、マスターは驚いた様子すら見せず舌打ちする。

 「……死ね。誰か教えるわけねぇだろ」

 「そう、行儀はいいのね」

 つまり、この男は裏にいる組織に忠誠を誓っている。それが分かれば十分だ。

 男の一言を最後に、ロニアが引き金を引き絞った。発砲音すら響かせず、マスターの額に小さな穴が空く。

 脈を計り死んだのを見届けたラクアが市ヶ谷──イツキとヨシミヤに連絡。セルシーがライフルを持ち、無手のヒュルエスと共に裏口を警戒、増援に注意を向ける。 

 その間にもロニアとラクアで手早くマスターの男の衣服をまさぐる。

 財布を見つけたロニアが一枚の紙を取り出した。万札だ、しかも新札。金で動くとなれば、組織は絞られた。

 ラクアが男の袖をまくる。特徴的な日本様式の入墨が出てきた。──現役ではないだろうが、元暴力団の構成員かそれに準ずる存在とみて間違いない。

 「裏の存在は暴力団ね。本物のマスターは死んでると思って間違いないわ」

 その言葉にセルシーがカウンター奥のキッチンに突入する。すぐに戻ってきたセルシーがかぶりを振った。

 「キッチンにいたわ。首がないけど」

 「おい、殺人の濡れ衣はまずいぜ」

 「イツキにそのことも説明しておいて」

 ロニアが一般人を殺すわけがない。だが事実として一人の男を殺しているわけだ、警察に追跡されると余計に面倒なことになる。

 捕まれば最終的にマスター殺しすら嫌疑をかけられる。この国の司法はやってなくても、他の罪で状況証拠がそろえば監獄行き確定だ。

 ロニアの思考が惑う中、突如として裏口の扉がノックされた。

 だが特徴的なノックに何かを察したヒュルエスが静かに扉を開ける。そこから会釈を彼女に交わして入ってきたのは、一人の黒服の男。

 礼儀正しい印象をロニアに授けたその男は、この前フーの後ろにいた偉丈夫。

 「ロニアさん、ここはおまかせください」

 彼の言葉と同時に、ロニアが今まで監視していた相手を知った。今回の監視相手は日本ではない、中国総局だ。少し考えれば推定可能だったかもしれないが、今は己の判断ミスを嘆く時ではない。

 「なるほどね。中国総局はこういうこともするってわけか」

 ロニアと違い、ラクアは拉致への関与を疑ったようだが。偉丈夫は柔和な笑顔のままかぶりを振って否定する。

 「勘違いされては困りますが、監視と今の一件は別ですよ。申し遅れました、私フーの配下で北京武警公安特課のリュウエンと申します」

 武警。中国国内における統治の最右翼だ。反乱が起きた際には武力による鎮圧を是とする、乱暴な武力組織。公安特課ということは日本でいう公安部と同じ権限を持つ存在だが、武装はもはや軍隊と同義。戦乱時には軍務につくことからもその特殊性がよくわかる。

 「どちらにせよ、今は貴方がたを警察に捕まえさせるわけにはいかないのですよ。早く裏口から脱出してください」

 「……恩に着るわ、それだけ言っておく」

 「お安い御用です」

 ロニアがラクアたちに視線を向けて、うなずく。今はこの男の言葉を信用するしかない。男の脇を抜け、速足で裏口から抜けでる。すぐ近くの路面に止めてあったバンにロニアたちが乗り込むと、音もなくバンが高速へと車輪を向けた。


 「まったく、難儀なことに巻き込まれましたね」


 その声にロニアは思わず頭を抱える。

 車内に毒を吐くフィートアップ──フーがにこやかな笑顔で座っていた。

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elf'en assassin 「Ronia」 ~troll drug~ 華や式人 @idkwir419202

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