第6話 知ってる顔



「お兄。何してるの?」




 月こそ何で保健室に――。

 いや、保健室だしどこか怪我したとか頼まれ事で来ただけかもしれん。

 そう考えるのが自然か。




「お前こそ、どこか怪我したのか?」

「別に。友達に頼まれて絆創膏取りきただけ。お兄こそ何してるの?」

「俺は、まぁ……色々だ」

「ふ~ん……あっそ。あ、そうだ」




 ん? 何で近付いてくる?

 何がしたいんだ、この妹は。

 てか、顔が近い。

 しかし、我が妹ながら端正な顔立ちだな。




「家のアイス、一緒に食べようね」

「は? あぁ、それくらいなら……」




 そんな報告を耳元で言う必要あるか?

 嫌われていたと思ったが、この世界でも仲は良好のようだ。

 兄妹仲が良くてよかった――。




「はぁ……はぁ……。え……?」




 桃が息を切らせて保健室の俺達を見る。

 顔を近付けている俺たちに、驚愕して固まっている。

 月は桃の存在に気付き、横目で見ながら退室していく。


 何しに来たんだ、アイツ?

 絆創膏取りに来たとか言って、何もせずに帰ってくし。

 桃はさっきの俺達のやり取りで硬直してるし。


 兎に角、桃にぬいぐるみ渡しとくか。

 念の為、桃の好感度もあまり上げないように努めた方が無難かな。




「はい。これ返すよ」

「え、これ……」

「直しておいたから、今度は取られないように気を付けてね。それじゃ――」

「え、あ……待ってっ!」




 桃に腕を掴まれる。


 マズイ。このままだと最初の告白展開で殺傷沙汰にまっしぐら。

 断らなければ、また痛い目に。

 でも、無下にするのも良心の呵責が……。




「な、何かな……?」


 バカなのか俺は!


「えっと、放課後3-Dの教室に来て……。お願い……」




 今度は屋上ではなく教室か。

 冷静に分析している場合ではないが、少し展開が変わったな。

 あとは楓の好感度を上げなければ死亡ルートは回避できる。


 ここから何も間違わなければ、だけど。




「わかった」

「え、えへへ……よかった。じゃ、よろしく!」




 相変わらず弾けた笑顔。

 可愛いな、アイツ。


 イベントも済んだし、教室に戻るか。
















「優さん、小説の話なんですけど」




 忘れてた。

 楓と話さずに過ごそうと考えてたけど、隣の席だった……。

 これは避ける事は出来ない。

 悲しませる訳にもいかないし、好感度を上げる訳にもいかない。

 どうしたもんか……。




「恋愛小説に優さんは、ご興味はありますか?」

「あ、あぁ……あるにはあるよ?」


 それを聞いて、楓は体を乗り出す。


「本当ですか! 私、憧れなんです。このように話させる御方とご一緒するのが」




 もう、聞き流しながら相槌を打つしかないかな……。

 スイッチ入ってるもん、楓。

 でも、本当に好きなんだな。


 その後は本の話を授業中、休憩時間も付き合いながら放課後へと傾く。


 












 すごい熱量だった。

 楓の話は尽く事が無かった。

 もうずっと喋りっぱなし。

 それでもう放課後だ。


 そろそろ行かないと。

 桃がまた待ってる。


 3年の教室へと、階段を上がって行く。

 夕暮れに既視感を覚えながら、3-Dの教室に桃が一人佇んでいる。




「来てくれた……」




 桃のボーイッシュな声に導かれて、教室へと入る。















 あの人にハンカチで添えられた頬を撫でる。

 黄昏に照らされながら、あの顔を思い出す。




「吉岡優さん……」




 弓道しか取り柄の無いウチに、優しくしてくれた人。

 心の黒い渦を、流してくれるあの慈愛の表情。

 好き、好き……大好き。

 あの人を思い浮かべるだけで、胸が締め付けられて酸欠になりそう。

 ウチを助けてくれた、王子様……。

 見向きもされないウチを、簡単な言葉で助けてくれた。


 顔がニヤける。

 あわよくばと、彼との妄想が頭の中で何度も繰り返される。

 でも、緊張しすぎてお話が出来なかった。


 はぁ……。何してんだろ、ウチ……。

 いやいや、今は切り替えよう!

 先輩に頼まれたプリントを取りに行くだけ。

 吉岡さんのことは、後で考えよう。

 学校にいれば、いつでも会えるわけだし!


 両手を胸に引き寄せてガッツポーズをとる。

 楽観的に捉えながら3年生の教室の廊下。




「ん?」




 まだ誰か残ってる?

 なんか男女の声が聞こえて――。















「来てくれた……」

「放課後に呼んだ理由、聞いてもいいかな?」




 桃は斜め下に視線を移動させ、頬を赤に染める。


 やっぱり告白になるのかな?

 場所と展開が一度目とは違うし、あの時の二の舞にはならないと思うけど。

 でも、ここで受けるべきか……。




「あ、あの……アタシっ! 優のこと……」




 不穏な流れもないし、これは大丈夫か?

 よし、こい! 桃、頑張れ!

 俺はここで、念願の彼女を――。




「吉岡さんっ!」




 その声と共に扉が勢いよく開かれる。

 袴を着て弓を持った杏だ。


 これは、終わったか……?




「誰? アンタ……」




 ドスの利いた桃の声。

 今まで聞いた事が無い。


 そんな声出せんの?

 トーン下がり過ぎじゃない?

 しかも杏は何でここにいるの?

 そんなフラグ立ってないよね?




「ウチの吉岡さんにっ! 近付かないでくださいっ!」

「アンタのものじゃない。優は今からアタシのものになるの!」




 喧嘩しないでくれ……。

 杏は弓構えて恐いし、桃はそんな危険人物、挑発しないでくれ……。

 一番危険なのは杏だ。

 最初に彼女なんとかしないと――。




「ねぇ、優……。そんな事より、続き……」




 そう言いながらスカートをたくし上げる桃が近付いてくる。

 焦る俺を余所よそに、桃の黒下着が視界いっぱいに広がる。


 ちょ、ちょっと待ってくれ!?

 何で下着を見せながら来るんだ!?

 桃はどうかしてしまったのか……?




「はぁ……優♡ 保健室にいたあの人、誰だ?」




 は? あの人? 月のことか?




「あれは妹の――」

「妹が兄である優に、あんなに近寄る訳ないよな?」

「いやっ、だから――」




 誤解を解く傍ら、桃は下着を俺の顔に押し付ける。


 いい匂い……。

 い、いや、あの……。

 息できないんですけど!?

 窒息死するんですけど!?


 離れてくれませんか!




「吉岡さんにっ……触れるなっ!」




 うわっ!? やめろっ!

 矢をバンバン撃つんじゃない!

 どっから大量に出してんだ!


 流石にそんなに飛ばしたらっ――。

 死ぬ、って……?


 右目に何か、当たって……?




















 意識が飛ばされる最中、光に包まれる。

 視界に飛び込んだのは雨の降る中、女性が男性に縋りながら慟哭する映像。




『あぁ……死なないでっ。お願い……戻ってきてっ』

『……』

『誰でもいいから、助けてっ……』




 この映像は何だ?

 俺はこの二人の男女を俯瞰して見てる?

 あの二人は誰なんだ?


 顔が良く見えない。

 男が、鉄骨に潰されてる?

 あの女の人、どこかで――。


 視界がぼやけてきた?


 待て! 待ってくれ!











「はぁっ――!?」


「昨今、深刻化している人口減少と少子化問題。社会保障にも、多大な影響をもたらすという研究結果が明らかになりました。えぇ……続いての議題は――」




 ここは……?

 家のリビングという事は、また死んだのか……。

 今回の死因は恐らく、右目が奥まで刺さって――。

 いやそれより、さっきのは何だ……?


 あの男女の映像。

 どこかで――。




「起きた?」

「うわっ!?」




 え? 月? 何で?

 いつもなら、このあと起きて来るのに。

 今は俺の横に……。


 最初から変化し過ぎて何が何やら……。

 

 

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純粋劇薬爆弾 泰然 @ayahi0426

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