第5話 タイムリープ



「はぁっ――! はぁっ――!」




 何で、俺は家のリビングに戻ってる……?

 俺は屋上で刺されたはず。


 それに――。




「限定される結婚市場で、女性が溢れ返り、行き場の無い情欲を通り魔のように発散する事例も増えています。続いては――」




 転生して初日に見たニュース。

 朧気だが内容は同じように思える。


 お腹にも傷は……無い。

 楓に包丁で刺された部分にも、穴も血痕もない。


 全く理解が追いつかない……。




「優~、ニヤついてないで学校行きなさいよ?」

「え……」




 朝と同じだ。


 同じ言葉、同じ表情。

 ここで俺は冗談を言ったはずだが、そんな余裕もない。


 もう、何が何だか――。




「おはよ、ママ」

「あら、るな。ご飯は?」

「うぅん、大丈夫」

「そんなこと言ってたら、ママみたいに大きくならないわよ?」




 あの時の会話。

 母さんと妹の月の、他愛もない朝の出来事。


 動きも声色も、何も違わない。

 俺はどうしてしまったんだ……?

 転生した世界で死んだら、元の世界に戻るとかあると思うけど。

 それが出来ない?

 いや、まだわからない。


 もしかしたら元の世界に戻っている可能性もある。

 さっきのニュースも、たまたま珍しい事例を流しただけかもしれない。


 きっとそうだ。




「母さん、いってきます……」

「はーい、いってらっしゃい」




 同じように月は玄関を出て学校に向かって行った。


 俺も玄関を出れば、見知った光景が広がってるはず。

 学校の友達、近所のおばちゃんが目に飛び込んでくるはずだ。

 可能性はゼロじゃない。




「ほら、優も学校遅刻するわよ?」

「う、うん……」




 覚束ない手で母さんの弁当を取り、玄関の扉を開ける。




「……同じだ」




 熱い女性からの視線、紅潮する頬、歩いているのは女の人ばかり。


 転生した後と何も変わらない……。

 俺はこの世界で、タイムリープを繰り返しているのか?

 だとしたら理由は? 俺の目的は? 何をすれば解放される?


 わからない、何もかもわからない。


 思索しながら視線を落とす。




「あの……」

「――っ」




 この声は、楓だ。

 顔を上げずとも、声色ですぐ理解できた。


 ダメだ、冷汗が止まらない。

 あんな結末を知れば、顔なんて上げられるわけがない。




「どうかしました? 優さん……」

「い、いや……なんでも……」

「あの、鞄……いつものように、お持ちします」




 あの時のように差し出されるてのひら


 もし、同じように紳士的な行動をすれば、あの時の二の舞になる。

 ただ、厚かましい行動はとりたくもないし、あまりしたくない。


 殺されない為にも、無難に答えるのが妥当だろう。




「お願いしていい?」

「は、はい……!」




 そんなに輝かせた目で見ないでくれ……。

 俺がこの世界で稀有な存在なのはわかるけど、少し優しく声掛けただけで態度変えないで……。

 俺あまり嫌な言葉吐けないんだよ……。

 取り敢えず、何がトリガーになるか分からないし慎重に話そう。

 学校に向かいながら聞いてみるか。




「楓、ちょっと聞いていい?」

「は、はい、何ですか?」

「変な夢だったり、デジャヴとか経験した事ある? 放課後に誰か殺したり」

「い、いえ、そんなものは見た事ないです。人を殺す夢なんて……」

「そ、そうだよね。変なこと聞いてゴメン、あはは……」




 直接的過ぎたかな、すごい怪しまれてるけど影響はないはず。

 楓が覚えてなくてよかった。

 そしたらまた殺されかねない……。


 兎に角、楓は今後攻略対象から除外せざる得ない。




「あの……」

「な、なに?」


 顔を覗き込むように楓が首を傾ける。


「今日の優さん、お優しいですね。今までと違う……」

「そ、そんなことないと思うけど……」


 誤魔化せ、あの惨劇を回避する為に当たり障りのない会話で。


「でも、渡す時に一言付け加えることありませんでしたし……」

「きょ、今日は機嫌がいいんだよ! 新刊が出たからね!」

「新刊? 何かお読みになるのですか?」

「小説とか漫画とか、色々だよ!」




 話し広げてどうすんだよ!

 これで私も読むんです、とか返されたら終わりだぞ。

 俺、そんなに本読まないし……。




「小説をお読みになるんですか! 私も、ミステリーや恋愛小説をよく読むんです! 優さんは何をお読みに?」




 ほらきた! やっぱりそうだ!

 何で口から出まかせが出てくるんだ、俺は……。

 まぁ、全く読まない訳じゃないし、趣味の話くらい――。


 いやいや、余計なこと言って好感度爆上げ死亡ルートが確定する未来が見える!

 心苦しいが、ここは――。




「ゴメン! 用事思い出したから、鞄は机に置いてて!」

「え、あっ、優さん!」




 すまん、ここは一時撤退だ。

 これ以上はマズい気がする。

 本当は楓も好きだけど、殺されるルートは望んでない。


 さらばだ、楓。重すぎる愛は、俺には受け止めきれねえ。
















「さあ、これからどうするか……」




 校門で仁王立ちしながら考える。


 これも二度目とは、何とも奇妙だな。

 深く考えるのも疲れてきたな……。


 先ずは学校を探索――。




「うっ――」

「よう、優! 今日はあの女と一緒じゃないのかよ?」




 肩に衝撃が走り、チャラい男が隣に現れる。


 あぁ、コイツか。このやり取りも新鮮だよ。

 しかし、コイツの名前が何なのか未だに知らんのよな。

 待てよ、あの時教室を出た時にクラスの子が言ってたような……。


 う~ん……確か、アダムだったかな。

 なんともキラキラネームに相応しい風貌の名だ。


 コイツと仲良くする気は無いが、挨拶くらいは返しておくか。




「よっ、男。楓は後で来るから心配ないぞ」

「あははっ、お前置いてきたのかよ! ひでぇ」




 違うわ! お前と一緒にすな!

 命に係わる問題なんだよ、こっちは!

 どうすれば生き残れるかの瀬戸際なんだよ!


 いや、怒っても仕方ないか。

 コイツの話を早々に切り上げて――。




「そう言えばよ、一年の姉崎 あんず。今よ、体育館裏で絞めてるところなんだよ。ほら」




 男がおもむろに見せてきたスマホを覗き込む。

 そこには弓道部員が着る袴の女子を集団で蹴る、クズ共の写真だ。


 何やってんだよ……。




「クソッ……」

「お、おい! ……急に走りやがって」




 男の言葉を無視し、俺はその場を走り出していた。


 本当にっ、何なんだっ……。

 この世界はよっ!
















 俺が体育館裏に辿り着く頃には、あのクズ共はいなかった。

 残されていたのは、青みがかった黒髪の女の子だけ。

 綺麗なポニーテールは砂埃で髪の艶が失われている。


 これが人のやる事か……?

 こんなの、ただのリンチだろ……。


 俺は彼女を抱え、保健室に向かう。








 ベッドに彼女を寝かせ、自分のハンカチを水で濡らす。

 優しく顔や髪、腕を綺麗に拭いていく。


 これで綺麗になったかな。

 頬が少し腫れてるから、もう一回ハンカチ濡らしてくるか。


 洗い直す為に洗面台に向かう。


 なんであの子はボロボロになるまで……。

 あの集団の琴線に触れるようなことをしたのか。

 そうだとしてもやり過ぎだ……。


 先ずは聞いてみるのが先か。

 汚れも取れたし、戻ろう。




「あれ……?」




 保健室に戻ると、ベッドに女の子の姿が無い。

 辺りを見渡すと、彼女は窓際で震えながら立っていた。




「こ、来ないでっ……」




 歯を鳴らしながら怯えた黒い瞳が一直線に俺を捉えている。


 敵意が無い事を示したいが、どうすればいいかな。

 頬も腫れてきてるし、取り敢えず――。




「いやっ、いやぁ……来ないでっ」

「大丈夫、何もしないよ……」

「――っ!」




 俺はそっと彼女の頬に濡れたハンカチを添える。

 そこで震えは止まり、涙が一滴流れた。


 もう大丈夫、大丈夫だから。


 その場で彼女は嗚咽を漏らして号泣し、ベッドに腰掛けるように誘導する。




「すみません……。見っとも無いところを……」


 この子、意外と声カッコいいな。


「いいよ、気にしないで」

「……あの、吉岡優さんですよね?」

「俺のこと知ってるの?」

「はい。この学校、男子生徒の数はそこまで多くないので……」




 覚えられてもおかしくない。

 一先ず、名前を確認するか。




「キミは姉崎 杏ちゃん、だよね?」

「は、はい。何で名前を……?」

「その、杏ちゃんが殴られてる写真を見せられて……。それで来たんだ」

「それだけで……?」

「うん」

「そう、ですか……。あのっ、ウチ! 失礼しますっ! ありがとうございました!」




 杏は豊満な胸を揺らしながら保健室を飛び出し、頬を赤く染めて逃げていった。


 殴られてた原因、聞きそびれたな。

 何かマズいこと言ったかな?

 今後あの子がイジメに遭わなければいいけど。

 ここはさっさと退散して――。




「はぁ……はぁ……。何してんだ、お前」




 息を切らせた男子が中に入る。


 そう言えば忘れてた……。

 桃のイベントがあるんだった。

 今回は俺一人だし、受け渡しが楽になるように譲ってもらうか。




「今持ってるクマのぬいぐるみキーホルダーを渡してくれないか?」

「な、何で知ってんだよ……」

「俺が隠すから渡してくれ」

「……ほらよ」




 いざこざがあると思ったが、コイツ呆気なく渡してくれるな。

 ふぅ……取り敢えず静かになったな。

 面倒事にならなくてよかったし、取り敢えずクマちゃんを縫い直すか。


 裁縫道具を取り出し、前回と同様に直していく。


 桃であれば、狂気に駆られて俺を刺し殺す事はしないだろう。

 憶測でしか言ってないけど、何となく桃は大丈夫な気がする。


 そう言う間に、廊下から靴音が響いてくる。

 恐らく桃のものだ。


 でも、なんか急いでるように聞こえない――。




「お兄。何してるの?」




 入ってきたのは桃ではなく、妹のるなだった。


 何でだ……?

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