転生女子、甲子園を制す。〜高坂茜と反転世界の野球革命〜

匿名AI共創作家・春

第1話

​高坂茜は、夢を見ていた。

甲子園のマウンド。轟くような歓声。指先から放たれたボールは、まるで意思を持った生き物のように空を切り裂き、打者の手元で鮮やかにホップする。観衆の息をのむ音が聞こえる。

それは、かつて彼が「球質」と呼んだ、自分だけの物語だった。

​しかし、次の瞬間、景色は一変する。

静まり返ったグラウンド。たった一つのエラー。ボールが転がる音だけが、耳にまとわりつく。

「…完璧、じゃない。俺の物語は、ここで終わった…」

彼はマウンドを降りた。それが、高坂茜というプロ野球選手としての、最後の記憶だった。

​次に目覚めた時、茜は知らない部屋のベッドに横たわっていた。

窓の外から差し込む、柔らかな陽の光。自分の手を見つめる。それは、しなやかで、かつての自分より一回り小さい、女性の手だった。

戸惑いと混乱。しかし、心臓の奥には、変わらない野球への衝動があった。

彼女の「重心制御スキル」は、過去の記憶のように鮮明に残っていた。

「…夢じゃない。この世界は…」

言葉の最後に、かつての口癖が漏れ出る。

「…ってことだろ」

​桜丘女子高等学校の校門をくぐった茜は、どこか違和感を覚えていた。この世界では、力強さではなく「優雅さ」が価値とされ、野球は「淑女の嗜み」として扱われていた。

野球部を探すも、その影はない。グラウンドは、女子サッカー部と弓道部の声が響く、平穏な空間になっていた。茜は孤独だった。心の奥底で燻る野球への衝動を、誰にも話せなかった。

​ある放課後、人目につかないグラウンドの隅で、茜は壁に向かってボールを投げ続けた。誰にも見せない、孤独な投球練習。ボールは壁に当たると、重く沈み込むような「球質」を帯びて跳ね返る。

​その時、一人の少女が現れた。

がっしりとした体格の、堂々とした佇まい。神宮寺レイナと名乗った彼女は、茜の投げたボールを、まるで待ち構えていたかのように素手で受け止めた。

「あんた、その球…ただもんじゃねーじゃん」

彼女の瞳は、まるで燃え盛る炎のように輝いていた。茜の「心理スキャン」が、レイナの心の奥底に渦巻く、野球への情熱を捉える。それは、この空白のグラウンドで、一人で物語を紡ごうとする、純粋で力強い思いだった。

​「…あたしは、このグラウンドで、あたしだけの物語を紡ぎたいんだ。あんたのその球、あたしの物語に混ぜさせてくれない?」

レイナの言葉は、まるで過去の茜に語りかけているようだった。たった一度の失敗で、野球という「語り」を捨てた彼女の心を、その言葉は揺さぶった。

「…勝手にして…ってことだろ」

茜の言葉を肯定と受け取ったレイナは、満面の笑みを浮かべた。彼女たちはその日のうちに、野球部員を募集するチラシを校内に貼り出した。

​野球部結成の準備が始まって数日後。茜とレイナは、二人でグラウンド整備をしていた。そこへ、小柄で眼鏡をかけた少女がやってきた。

「えっと、黒瀬ミナって言います。そこのチラシを見て…野球に興味がある、っていうより、野球の戦術に興味があるんです」

ミナは、早口で淀みなく喋る。彼女の言葉一つ一つが、まるで数学の公式のように論理的だった。茜の「心理スキャン」は、彼女の頭の中に、複雑な戦術が組み上げられていく様子を可視化した。

「野球って、球速とか力とかだけじゃなくて、もっと論理的な構造で成り立ってると思うんです。だから、私はその構造を分析したい。高坂さんの球を見て、そう思いました」

ミナは、茜の投球練習をこっそり見ていたらしい。レイナはミナの言葉に目を丸くし、茜はミナが自分の「心理スキャン」の能力と似た視点を持っていることに興味を覚えた。

「…面白い。じゃあ、ミナがこのチームの頭脳ってことだろ」

こうして、3人の「語り」が一つになった。野球部結成の物語は、まだ始まったばかりだった。


​次の日、グラウンドにはさらに一人、小柄な少女がいた。佐倉ひより。彼女は、ふわふわとした口調で、グラウンドの端に咲いている花をじっと見つめていた。

「あ、ひより、野球やるの?」

レイナが尋ねると、ひよりは花から視線を外し、少し微笑んだ。

「ううん、ひよりはね、野球のルールはよく知らないの。でも、あの、ボールが飛んでいく空間とか、守備についてる人たちの間にできる、なんというか…余白みたいなものが、すごく綺麗だなぁって思って」

ひよりの言葉に、茜は驚きを隠せない。彼女の「視野拡張スキル」は、打球の初速や角度だけでなく、グラウンド全体の空間認識を可能にする。ひよりが話す「余白」は、まさに茜が守備時に見ている「空間」のことだった。

「…ひよりちゃんは、その余白を、守備で埋めてくれるってこと?」

茜が静かに問いかけると、ひよりは「うん、そうかも」と、柔らかく答えた。

こうして、4人目の仲間が加わり、チームの物語は少しずつ形になっていった。


​グラウンドに、一人だけ異質な空気を纏った少女がいた。

制服の上からジャージを羽織り、髪を一つに結んでいる。その背中は、どこか寂しそうで、同時に強い意志を感じさせた。彼女は、黙々とバットを振っている。力任せではなく、まるで剣術の稽古のように、一つ一つのスイングに重みがあった。

​声をかける前に、レイナが駆け寄った。

「あんた、もしかして野球やるん?」

少女は振り向かず、ただバットを止め、静かに答えた。

「…俺は、東雲カエデ。打撃だけなら、誰にも負けない」

「俺」

その一人称に、俺は…いや、私は息をのんだ。この世界で、その言葉を使うのは、過去の価値観に囚われた、特別な人間だけだと知っていたからだ。カエデの背中は、かつて野球に全てを賭けていた「俺」自身の影のようだった。

「…打撃は好きか?」

思わず口をついて出たのは、過去の自分に問いかけるような言葉だった。

カエデは初めて私の方を向き、その瞳は強い光を宿していた。

「好き、じゃねぇ。これは、俺の人生だ」

その言葉に、私は過去の自分と彼女の間に、深い共鳴を感じた。彼女は、野球という物語を、力という暴力でねじ伏せ、そして再生しようとしている。それは、私に足りなかった、もう一つの「語り」だった。

「…じゃあ、その人生を、ここで見せてくれってことだろ」

私の言葉に、カエデは再びバットを振り始めた。そのスイングは、先ほどよりも鋭く、重い。こうして、私たちの物語は、過去の断絶を乗り越え、繋がった。

​カエデが加わって数日後、グラウンドに現れたのは、まるでファッション誌から抜け出てきたかのような少女だった。

西園寺ユイ。彼女は、ショートのポジションに立った。その動きはしなやかで、まるで踊っているかのようだ。ボールを捌くたびに、周囲から「わぁ、ユイちゃんすごーい!」という声が聞こえてくる。

「ユイちゃんは、このチームのアイドルだよぉ。みんなを幸せにするために、野球をやってるんです♡」

ユイは、くるっと回ってウィンクをしてみせる。彼女のプレイは、観客の視線を集め、歓声を生む。それは、野球の勝敗とは別の、エンターテイメントとしての「語り」だった。彼女は、この物語に「快楽」という嘘を加えてくれる。

​その日の夕方、ユイが帰った後、グラウンドにはもう一人の少女が残っていた。

鷹取ナナ。クールで無感情な彼女は、黙ってセンターの定位置に立っていた。

「…了解」「…済」

彼女の口から出るのは、単語ばかりだ。しかし、彼女の視線は、グラウンド全体を捉えていた。私の「視野拡張スキル」が捉える、打球の軌道や空間の認識を、彼女もまた、自らの目で捉えている。

「…ナナの視界には、グラウンドがどう見えてる?」

私が尋ねると、ナナは静かに答えた。

「…舞台。打球は、その舞台を横切る光。打者の動き、風の流れ…すべては、その光がどこに落ちるかを計算するための、要素」

彼女は、まるで舞台監督のように、グラウンドという空間全体をデザインしていた。私とナナは、異なる表現方法で、同じ「空間」の物語を共有している。私はこのチームの語り手として、彼女の視点を借りて、より正確な物語を紡ぐことができる。

​第七章:予測不能なズレと、主語の奪い合い

​残りの二人は、まるで対照的な「語り」を持っていた。

朝比奈ルルは、どこから現れたのか、いつの間にかグラウンドの片隅に座り込んでいた。

「るるねぇ、ボールが飛んでくの見るのが好きなんだぁ。なんか、どこに飛んでくかわかんない感じが、面白いかもぉ」

彼女は、予測不能なボールの軌道に、まるで自身の人生を重ねているようだった。彼女の守備は、セオリーを無視し、時にとんでもないファインプレーを生む。それは、この物語に「逸脱」という不確実な要素を加え、相手を混乱させる。

​そして、最後に現れたのは、自信満々の笑みを浮かべた少女、龍ヶ崎メグ。

「…メグ様が、このチームのエースになるのよ。あなたたち、メグ様の語りを、ちゃんと聞いてなさいってわけ」

彼女は、一言目で「語りの主語」を奪いにかかってきた。私とメグは、互いにこの物語の「主役」になろうとする。私の「心理スキャン」は、彼女の心の奥底にある、誰よりも強い支配欲と自己演出欲を読み取った。

彼女は、私の「語り」を脅かす存在だ。しかし、それは同時に、私の物語を、よりスリリングで熱いものにしてくれる。

「…いいだろう。その自信、最後まで見せられるか、勝負ってことだろ?」

​こうして、9人の少女たちの物語が、それぞれの「語り」の断片を携え、ようやく一つに繋がった。私たちは、ただの野球チームではない。9人の異なる語り手が集い、一つの物語を紡ぐ、新たな存在になったのだ。

チーム結成から数日後。私たちは、9人全員でグラウンドに集まっていた。

レイナがキャプテンとして、練習メニューを読み上げる。

「よし、地区予選まで時間がない。今日は、まず守備練習からいくよ!」

​レイナの号令で、私はマウンドに立った。キャッチャーミットを構えるレイナに向かって、一人、また一人と打席に立つ。

まず打席に立ったのは、東雲カエデ。彼女の構えは、まるで刀を構えているかのようだ。私の「心理スキャン」が、彼女の内に秘められた、爆発寸前の打撃への衝動を捉える。私は、その衝動に抗うように、あえてインコース低めに沈むような変化球を投げ込んだ。

ボールは、寸前のところでカエデのバットをかわし、レイナのミットに収まった。

「…ちっ」

カエデは不満そうに舌打ちし、私は小さく頷いた。彼女の「俺」という語りに、私の「重心制御スキル」が呼応する。

​次に打席に立ったのは、龍ヶ崎メグ。彼女は高飛車な笑みを浮かべ、私を見据えた。

「メグ様の打棒で、あなたの語りをへし折ってあげるってわけ」

彼女の言葉に、私の「心理スキャン」が警告を発する。メグの頭の中は、完璧なバッティングフォームと、私からホームランを打つイメージで満たされていた。私は、彼女の完璧なイメージを逆手に取る。あえて、ストライクゾーンのど真ん中、彼女が一番打ちやすい球を投げ込んだ。

メグは完璧なタイミングでバットを振り抜いたが、私の「重心制御スキル」が最後にボールの軌道を僅かにずらす。打球は凡庸なゴロとなり、一塁手のひよりのグラブに収まった。

「あれぇ、ひよりちゃん、今のボール、どこに飛んでいくかわからなかったかもぉ」

ひよりは、ふわふわした口調で、ボールをミナに投げた。


​守備練習に切り替わると、私の「視野拡張スキル」が本領を発揮する。

レイナが打つ打球の初速、角度、回転を瞬時に分析し、守備陣に的確な指示を出す。

「カエデ、三歩前!ユイ、右へ!ナナ、三メートル後ろ!」

私の指示に、守備陣が動く。まるで、私の「語り」に合わせて、舞台上の役者が動いているかのようだ。

中堅手の鷹取ナナは、私の言葉を「…了解」と一言で返し、正確に打球を捕らえる。

遊撃手の西園寺ユイは、華麗な身のこなしで打球を捌き、観客がいるかのように笑顔を見せる。

そして、左翼手の朝比奈ルルは、打球の予測を裏切るような、奇想天外な守備で私を驚かせた。

​守備練習が終わり、今度は打撃練習だ。

私は、打席に立ち、バットを構えた。レイナが投げる球は、女子野球の「球質」を体現した、美しいカーブだ。私は、その球を打つのではなく、あえて空振りした。

「…どうしたのよ、茜」

レイナが訝しげな表情で聞いてくる。

「いや、レイナの球質を、体で覚えたくて」

私はそう言って、次の投球を待つ。

​私たちの練習は、単なる反復練習ではない。

私が投げる球は、相手の「語り」を読み解くためのツール。

私が打つ球は、相手の「語り」に合わせるための協奏曲。

そして、守備陣は、私が紡ぐ物語の舞台を、完璧に演出するための役者たち。

​9人の異なる「語り」が、ぶつかり合い、共鳴し、一つの物語を紡いでいく。

地区予選は、この物語の序章に過ぎない。

私は、このチームで、かつて失った「物語」を、再び語り始めようとしていた。

地区予選第一試合。相手は、女子版甲子園の常連校「白鷺女子学園」。

私たちは、まばらな観客席を背景に、整然と並ぶ白鷺の選手たちを見ていた。彼女たちの白いユニフォームは、この曇り空の下でも眩しいほどに輝いている。それは、この世界の野球が持つ「優雅さ」と「精密さ」を象徴する、完璧な衣装だった。

​「…向こうの語りは、まるで出来上がった台本みたいだね」

隣に立つミナが、早口で分析する。

「データと歴史が作り上げた、揺るぎない構造…ってことになる」

私の「心理スキャン」が捉える白鷺の選手たちの心は、感情の起伏がほとんどなく、ただただ淡々と、自らの役割を演じようとしている。それは、私たちが持つ、9人それぞれの個性的な「語り」とは全く異なるものだった。

​その中でも、特に異質なオーラを放っていたのが、相手の捕手、そしてキャプテンの御影澄玲だった。彼女は静かに、しかし威圧的な視線で私たちを見据えている。

「語りの主語を、誰にも譲るつもりがないってことか」

私の「心理スキャン」は、彼女の心に渦巻く「支配」と「秩序」の衝動を捉えていた。白鷺の「語り」は、彼女が作り上げた揺るぎない「制度」なのだと理解した。


​試合開始のサイレンが鳴り響く。先攻は白鷺。

マウンドに立ったのは、エースの早乙女つばさ。彼女は静かで淡々とした表情で、私の視線を受け止めた。彼女の「語り」は、感情が一切読み取れないほどに平坦だ。それは、私の「心理スキャン」をすり抜けていくようで、少し不気味に感じた。

彼女の投球は、球速こそないものの、ボールが放たれた瞬間に、わずかに回転を変え、打者の手元で予測不能な軌道を描く。それは、「優雅さ」というこの世界の野球を、完璧な形で体現していた。

私の「重心制御スキル」が、彼女の球質の秘密を解析しようと試みる。これは、私自身の「語り」を試される、真剣勝負だと感じた。

​「ふふ、さすが白鷺のエース…つまらない球ばかり投げるわね」

打席に立つ龍ヶ崎メグが、高飛車な口調で挑発する。しかし、つばさは動じない。メグの「語りの主語を奪う」衝動は、つばさの無感情な「語り」の前では、意味をなさなかった。

​一方、守備についた白鷺の選手たちは、まるで舞踏家のように美しい隊列を組んでいた。

「…あれが、ナナとひよりの空間認識と対立する、白鷺の空間設計…ってことか」

私は内心で呟いた。彼女たちの動きには無駄がなく、打球が飛ぶであろう場所に、あらかじめ配置されている。

​初回、白鷺は無得点。しかし、白鷺の守備の美しさは、観客の歓声を誘った。

「白鷺、すごい!」「まるでバレエみたい!」

観客の視線は、西園寺ユイではなく、白鷺の優雅なプレーに集中している。ユイの「快楽としての語り」は、白鷺の演出美の前に、影を潜めていた。

​第十二章:語りの主語を揺らす、最初の一球

​そして、私たちの攻撃。私は打席に立った。

相手は、つばさ。その無感情な瞳が、私を見つめる。

私の「心理スキャン」が、彼女の配球の意図を読み取る。彼女は私を、力でねじ伏せるのではなく、球質で惑わせ、凡打に打ち取るつもりだ。

​第一球。

つばさが投げたのは、外角低め、絶妙なコースに沈む変化球。彼女が最も得意とする「優雅な語り」だ。

私は、バットを振らない。ただ、ボールの軌道を目で追う。ストライク。

第二球。

今度は内角高め、バットの芯を外すためのライズボール。

私は、バットを止める。ボールは、捕球した御影澄玲のミットの中で、静かに収まった。

「…どうしたの?打たないの?」

澄玲が、私に語りかける。その声には、僅かな嘲笑が含まれているように感じた。

​私は、無言で三球目を待つ。私の「心理スキャン」は、澄玲とつばさの、二人だけの静かなコミュニケーションを捉えていた。澄玲はつばさに、私を凡打に打ち取るよう指示を出し、つばさはそれに応える。

この瞬間、この試合の「語りの主語」は、完璧に彼女たちの中にあった。

​私は、三球目を待つ。

私は、この「語りの主語」を、私自身に移す。

そして、この世界に、私の「語り」を刻みつける。

このマウンドの上で、私は、再び物語を紡ぎ始めるのだ。

三球目。

早乙女つばさの腕が振り抜かれる。ボールは、これまでの二球とは違う軌道を描いていた。わずかに、ほんのわずかに、回転にブレが生じている。

私の「心理スキャン」が、そのブレの理由を読み取る。

​御影澄玲の命令だ。

​澄玲は、私を「球質」で惑わせるだけでは足りないと判断し、つばさに「力でねじ伏せろ」という命令を下したのだ。彼女の完璧な「語り」の中に、一瞬のズレが生じた瞬間だった。

私は、この一瞬を待っていた。

​「…来た、俺の物語…ってことだろ」

​バットを、迷いなく振り抜く。

打球は、セカンドとファーストの間を鋭く抜けていく。

白鷺のセカンド、ファースト、そしてライトが、完璧な連携で打球を追う。彼女たちの動きは、まるで訓練された軍隊のように美しい。

しかし、その完璧な動きは、私の「心理スキャン」が読み取った、澄玲の「語りの揺らぎ」を起点に、崩れていく。

打球は、彼女たちの連携をわずかにすり抜け、ライトの前に転がった。

​「…やったー!茜、ナイスバッティングじゃん!」

ベンチから、レイナの興奮した声が聞こえる。

私は、一塁ベース上で、静かに息を吐いた。

白鷺の「語り」は、完璧なようで、まだ脆い。彼女たちは、私の「心理スキャン」が作り出す、意図的なズレに対応できていない。

​私の「語り」が、この試合の主導権を握った瞬間だった。

観客席からも、わずかにどよめきが聞こえる。これまで白鷺の優雅なプレーに集中していた観客の視線が、私に、そして私たちのチームに、少しずつ移り始めている。

西園寺ユイの「快楽としての語り」が、この小さなズレをきっかけに、白鷺の演出美を崩し始めるだろう。

​第十四章:それぞれの「語り」

​私たちの攻撃は続く。

打席には、黒瀬ミナ。彼女の「語り」は、論理と数字だ。

「…早乙女さんの投球データ、解析済みだよ。次は外角低めのシンカー…ってことになる」

ミナは、私の「心理スキャン」とは別の方法で、相手の物語を読み解く。

早乙女つばさは、ミナの予測通りの球を投げ込んだ。

ミナは、それを冷静に打ち返す。打球は、セカンドへと転がる。

白鷺のセカンドは、完璧な送球でミナをアウトにしたが、その送球の間に、私が二塁へ進んだ。

​そして、打席には東雲カエデが立つ。

「俺が、この試合を終わらせる」

彼女は、まるで静かな闘士のように、バットを構える。

私の「心理スキャン」が、カエデの心に渦巻く、破壊への衝動を捉えた。

カエデは、つばさが投げたストレートを、力任せに、しかし正確に打ち砕く。

打球は、まるで砲弾のように、レフトの頭上を遥かに越えていく。

それは、白鷺の「優雅さ」という物語を、力という「暴力」で破壊する、カエデだけの「語り」だった。

​私の足は、三塁を回り、ホームへと向かう。

カエデは、まるで何事もなかったかのように、静かに一塁ベースを回る。

私たちは、言葉を交わすことはなかったが、勝利を確信していた。

​初回、私たちの攻撃は、御影澄玲の「語りの制度」に、初めてヒビを入れた。

この試合は、まだ始まったばかりだ。

だが、私たちは知っている。この試合の「語りの主語」は、もう、私たちの中にあるのだと。


東雲カエデの打球は、白鷺女子学園のレフトの頭上を遥かに越え、そのままフェンスに直撃した。

私は、カエデがホームランを打つことを確信し、三塁ベースを回ってホームへと向かう。私の「視野拡張スキル」は、打球の軌道だけでなく、白鷺の選手たちの動きも捉えていた。

​完璧に整備されたはずの白鷺の守備隊形が、一瞬、乱れる。

キャプテンの御影澄玲は、冷静な表情を崩さなかったが、その視線の先は、もはや私ではなく、レフトへと向かっていた。彼女の心の中に、初めて「想定外」という言葉が浮かび上がったのを、「心理スキャン」が捉える。

彼女の「語りの制度」に、ヒビが入った瞬間だった。

​ベンチに戻ると、チームメイトたちがハイタッチで迎えてくれる。

「すげーじゃん、カエデ!」「俺は、やるって言っただろ」

カエデは無愛想にそう言い、私の隣に座った。

​初回、私たちの攻撃は二点先取。しかし、これは単なる二点ではない。

白鷺の「優雅さ」という物語を、力という「暴力」で破壊し、その秩序を崩した、破壊的な二点だった。


​試合は二回へ。

私は、マウンドに立つ。

打席には、白鷺のトップバッター。彼女の心は、まだ動揺の中にあった。

私は、彼女の動揺を読み取り、あえてストライクゾーンを外すボールを投げる。彼女は、それでも焦ってバットを振る。打球は凡庸なファーストゴロとなり、佐倉ひよりのグラブに収まった。

「…大丈夫、大丈夫なの…」

ひよりは、ふわふわした口調で、アウトになった相手に声をかけた。

​二番打者は、白鷺の二塁手。彼女は、感情の起伏を抑え、冷静な表情を保っている。

私の「心理スキャン」は、彼女が、御影澄玲の「語りの制度」を再構築しようと試みているのを読み取った。

私は、彼女のその思考の隙間を突き、わずかに沈む変化球を投げ込む。

打球は、セカンドへ。二塁手の黒瀬ミナが、その打球を冷静に処理した。

「…やっぱり、私と似てるってことになるね」

ミナは、早口でそう呟き、ボールを私に投げ返した。

​そして、三番打者、エースの早乙女つばさが打席に立つ。

彼女の表情は、依然として無感情だ。しかし、その瞳の奥には、わずかに闘志の炎が灯っている。

私の「重心制御スキル」が、彼女が投げた球の軌道を再現する。私は、彼女の得意な「球質」を、あえて私の「語り」として、彼女にぶつけることにした。

​第十七章:主語を奪い合う、静かなる戦い

​第一球。

私が投げたのは、つばさの得意な、沈むような変化球だった。

つばさの顔に、わずかな驚きの色が浮かんだ。

「…どうして、私の球が…」

彼女の心に、初めて動揺が生まれる。

私の「語りの主語」は、完璧に彼女を捉えていた。

​第二球。

今度は、彼女のボールの軌道を真似て、わずかにホップするストレートを投げる。

つばさは、バットを振らない。彼女は、私の投球をただ見つめている。

そして、その瞳に、静かな怒りが宿る。

​三球目。

私が投げたのは、今までとは全く違う、私の「重心制御スキル」が作り出した、完全にオリジナルの変化球だった。

ボールは、打者の手元で、一度沈み、そして鋭く曲がる。

つばさのバットは、空を切る。

三振。

​私は、マウンド上で静かに息を吐いた。

この試合の「語りの主語」は、もう完璧に私の手中にある。

白鷺女子学園の「優雅さ」と「精密さ」という物語は、私たちの「個性」と「本能」という物語によって、少しずつ塗り替えられていく。


二回裏、私たちの攻撃。

私は三振を奪った勢いそのままに、打席に立った。

相手のエース、早乙女つばさの表情は、相変わらず冷静に見えた。しかし、私の「心理スキャン」は、彼女の心の中にわずかな動揺があることを読み取っていた。彼女は、私の投球を真似られたこと、そしてその球を打ち返されたことに、静かな怒りを覚えている。

​私は、あえてバットを短く持ち、構えをコンパクトにした。

「優雅さ」で勝負する白鷺の野球に、力で対抗するのではない。彼女たちの「語り」を、私が打ち砕くための、準備だ。

つばさが投げたボールは、前回よりもさらに鋭く、そして美しく沈む。私は、その球を力で打ち砕くのではなく、バットの芯で、丁寧に拾い上げた。

打球は、ショートとサードの間に高く舞い上がる。

白鷺の選手たちは、まるで計算されたかのように、その打球の落下地点へ向かう。

​その完璧な動きを、私が操る。

「視野拡張スキル」が、打球の軌道と、白鷺の守備陣の動きを同時に捉える。

私は、ショートの動きが止まる一瞬を、そして、サードの視線が打球から外れる一瞬を、見逃さなかった。

「今だ…ってことだろ」

私は、全力で一塁へと駆け出した。

​私の打球は、ショートの前にポトリと落ちた。

白鷺の選手たちは、一瞬の沈黙に包まれる。彼女たちの完璧な守備は、ただのシングルヒットによって、その美学を崩された。

御影澄玲は、その沈黙を破るかのように、冷静な声で指示を出す。

「次、佐倉さん。外野は深めに」

彼女は、まだ「語りの主語」を、自分たちの中に戻そうとしている。

​しかし、もう遅い。

打席に立つ佐倉ひよりは、ふわふわとした口調で、相手のピッチャーに話しかけていた。

「あのね、さっきのボール、すっごく綺麗だったの。でもね、ひより、もっと遠くに飛んでいくボールのほうが、もっと綺麗だと思うかもぉ」

ひよりの言葉は、まるで白鷺の「優雅な語り」を、別の物語に書き換えているかのようだ。

そして、彼女は、つばさの投げた球を、バットに当てる。

打球は、ふわっと、しかし、白鷺の守備陣が予測したよりも、わずかに高い軌道を描き、レフトの頭上へ向かう。

​「…しまった」

御影澄玲の「心理スキャン」が捉えた言葉は、私にそう語りかけていた。

彼女は、ひよりの守備における「余白」の感覚を、打撃にも応用していることを、この瞬間まで見抜けていなかったのだ。

​打球は、レフトの頭上を遥かに越え、そのままフェンスまで転がった。

私は二塁へ。ひよりは、一塁ベース上で、嬉しそうに微笑んだ。

そして、その光景を目の当たりにした観客席から、これまで白鷺の優雅なプレーに送られていた歓声とは違う、純粋な驚きの声が漏れ出した。

​試合は、私たちのペースで進み始めた。

白鷺は、これまで培ってきたデータと秩序を信じて、私たちと戦おうとしている。しかし、私たちの野球は、データや秩序を、私たちの「語り」で塗り替えていく。

ミナの論理が、白鷺の戦術を読み解き、先手を打つ。

ユイのパフォーマンスが、観客の視線という磁場を奪い、白鷺の演出美を崩していく。

カエデの暴力が、澄玲の秩序を破壊する。

ナナとひよりが、白鷺の空間設計を上書きしていく。

そして、メグの高飛車な「語り」が、白鷺の選手たちの心を、少しずつかき乱していく。

​マウンド上で、私は、早乙女つばさの心を、御影澄玲の心を、そして、白鷺女子学園の「語り」を、完璧に支配している。

私は、かつてマウンド上で失った「物語」を、この新しい世界で、9人の仲間たちと共に、再び紡ぎ始めている。


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