クリスマスにレイラ

Ame-trine

レイラに救いを

【エピローグ】


―――あるところにデブでブスな女の子がいました。もちろん両親にも嫌われていてご飯がもらえなかったので、毎日必死にゴミ箱をあさりました。その子はおいしくバナナの皮をいただきました。それからしばらくするとその女の子は、王子様に出会い、スリムな美女になって幸せに暮らしましたとさ。―――


 「幸せに暮らしましたとさ、だって。素敵な物語だな」「どこが素敵な物語よ!随分と卑屈な物語ね。大体、終わらせ方が適当すぎるわ!どこでどうやって出会い、どのようないざこざがあったのかが大切なのよ」「物語の内容がたった八行で瞬時に理解できるなんて最高じゃないか。要点がきれいにまとめられているし」「重要な部分が抜けているのよ!原作を一度読み通したことがあって?」「あるわけないじゃないか!こんな素敵なものがあるのに。レイラは頭が堅いなー」

これはバドル物語という、日本からは遠く離れた外国の物語だ。同じ文学部の同期であり、小学校からの幼馴染でもある友継と、ネットから拾い上げてきた要約文を読んでいた。それにしても友継は本への感性が鈍すぎる!私が文学部に入ったから連れだって入ったのだろうけれど、さすがに手に負えないわ。悪気が全くなさそうにこっちを見られても、さすがの私でも困りますよ。はーっとため息をつくと、体調が悪いのかと心配された。もちろん原因は貴方なんですけどね。「もういいわ!友継って普段本なんてめったに読まないのに、なんで文学部に入ったのよ?」え、えーと……。明らかにきょろきょろと目を動かし、不審な動きをとった後、面白そうだったから!と笑顔で言い放った。疑い深いところはあるが、まあいいとしよう。「仕方ないわね。私が面倒を見てあげるから、困ったことがあったら何でも言いなさい」「頼もしいよ。レイラがいてくれてよかった!」そう言って屈託なく笑う友継に、不思議と悪い気はしなかった。高校入学式を迎えてから一週間目、桜が舞い散り始め、下校途中の二人の足元はピンク色の絨毯が広がっている。友継の背中を追いかけながら、本音を言うと少しうれしかったのだ。友継は天真爛漫で弟のような存在だったから、小学校以来に出会い、少し逞しくなり高くなった身長を見ると微笑ましくなるのである。


【レイラの初恋】


 廊下を歩いていたら、とってもイケメンな男の子とすれ違った。ほんの一瞬、一瞬ではあったけれど確かに目がしっかりあったのよ。今から思うとこの時からもうすでに私は恋に落ちていたのではないかと思う。身長は友継より少し高いぐらいで、目が二重でクールな印象を与えるひとだった。靴の色を見てみると緑色だったから同じ一年生。それから廊下を歩くとよくすれ違ってドキドキしてしまうの!この学校では芸術科目を選択できて私は書道選択だった。芸術科目は二クラスごとに合同で行われるのだけど、そこにその男の子がいたのだ。名前だけではなくクラスさえも知らなかった私たちの恋はここから始まったのよ。うれしくなってにっこりとほほ笑んでみたら、会釈が返ってきた。飛び跳ねたくなるほどうれしくって体が宙にふわふわと浮いているような気分だったわ。ふわふわしすぎてしまって、友達にしっかりしてと何度か注意された気もするけれど。こんなことを自分で言うのもなんだけれど、私は可愛い方で中学校時代の頃も結構モテていた。少し天然パーマがかかった茶色の髪は地毛で、特に何も手を加えていない。中学の頃はその髪をツインテールにくくっていたが、高校に入学してからはおろしている。何度か告白されたこともあるけれど、毎回断ってきた。好きだと言われても実感がわかなかったし本音を言うとあまりタイプでもなかったから。でもこの人こそが運命の相手だと思うの!男の子はかっこよくてまるで王子様みたいで、虹色の綿あめみたいな夢心地だった。この恋が実らなくてもいいから、この想いを一生忘れないでいようと心に誓ったの。だけどそれだけじゃなくて、教室に戻るときに男の子が私に声をかけてくれたのよ!よく廊下ですれ違うよね、ちょっと気になってたんだ、って。私ったらドキドキして慌てちゃって少し恥ずかしかった。でも相手の子も同じことを考えていたのだと思ったら、この人は運命の相手だって確信したの。私たちが初めて会話を交わしたこの日のことを忘れることはないと思う。男の子の名前は凪澤大智というそうだ。この日を境にしてたまに廊下ですれ違うと大智と少しおしゃべりをしたり、会釈を交わすようになった。日に日に仲が深まっていって今となっては教室まで会いに行って雑談を楽しむほど仲が良くなったわ。そんな様子を見て、付き合っているとうわさを流されることもちょくちょくあるけれど、私も大智も大して気にしなかった。大智と雑談を重ねるうち内に、小さなころからバレーを続けていてバレー部に所属していることや、クールに見えるけれどノリが案外とてもいいこと、そして誰に対しても優しい事が分かった。大智について知るたびにどんどん好きになってしまうの。両想いだったらいいのになって思うし、自分の気持ちが重すぎて少し痛くもなるのものだ。

文学部が終わった放課後に友継と一緒に帰った。家が近いから文学部の日以外でもたまに待ち合わせをして一緒に帰っているのだ。そんなとき急に、レイラってもしかして好きな人できた?と聞かれた。なんだか恥ずかしくなっちゃって黙っていたら、顔真っ赤だよって友継が笑った。「よく噂で流れてて耳にするんだよね。最初はレイラが恋愛なんてするわけないって本気にしてなかったんだけど、ほんとなんだね。僕は陰ながら応援しているよ。レイラは僕が言うのもなんだけどめっちゃ可愛いからぜったいいけるよ!」別に好きとかじゃなくってよ、でもありがとう、と平静を装って返したけれど、本当はとっても動揺していたの。可愛いなんていくら幼馴染だからと言ってもそんな簡単に口にするものじゃないでしょう?まっすぐな瞳で私をみてきたからお世辞とかじゃないってわかった。文学部の活動中は私に助けてもらってばかりなのに、小学生のころとは違ってしっかりしているな、と思ったら変に意識してしまうのよ。変なの、隣にいるのはただの友継だっていうのに何を私はそわそわしているのだろう。隣を見るとなぜか友継が手のひらで拳をつくっていて、その拳が少し震えているようだった。

そんなある日の金曜日、大智に一緒に帰ろうと誘われた。もちろん私はすぐにオッケーしたわ。友達と帰る約束をしていたけれど、友達に話したら快く承諾してくれたのだ。放課後慌てて校門まで駆けたらもうすでに大智が立っていた。時間の進みは早いもので、春の面影はちっともなくなり桜の木は緑に染まっていた。今はまだそこまで暑くはないけれど、梅雨が明けたのでこれからどんどん夏に迫っていくことだろう。しみじみと感動しながら大智の肩をトントンと叩いた。たわいのない会話を交わしながら帰る帰り道だけれど今日は特別だった。まさか好きな人とこんな風に仲良くなって、こんな風に話せるようになるなんて思ってもみなかったのよ!大智の笑顔を見ていると私まで笑顔が染み込んでいくの。大智はベンチを見つけると座るようにエスコートをしてくれた。そしたら急に大智が話したいことがあるって言ったの。

「れいら、好きだよ。僕の彼女になってほしい」音が聞こえなかった。沈黙が広がっていく。私は自分が思っている以上に照れ屋さんだったみたい。……恥ずかしくて、横が見れない。

「本当だよ。本当に、好きなんだ!だから、ぼ、僕と、付き合って…」驚いた。それも大智の声が震えていたのよ。少し金縛りが解けたのでゆっくりと横を振りむいてみた。私も好きだよって、ふいに言葉がこぼれてしまったわ。気づいたら肩にポト…ポト…って雫が滴っていて、大智の腕の中にいたの。何泣いているのよ?そんなに私のことが好きだったのかしら。大智の涙をぬぐって笑いかけてみた。


【葛藤の末には】


こんなことはしていけないって分かっている。分かっていてやっているんだ。だから、レイラ。どうかこんな僕を許してください。レイラの親友のゆりちゃんは、変なところで鋭く唯一僕の気持ちに気づいている人で、レイラが凪澤さんにもしかしたら告白されるかもね、とこっそり教えてくれたのだ。僕はレイラと凪澤さんの尾行、いやストーカーをして今に至る。罪悪感と痛みに押しつぶされそうになりながら動けずにいた。その場に座りこんで立ち上がることすらできない。ずっと前から好きだった人、さようなら。苦しい。くるしいくるしいくるしい。世界が色彩を失う。僕が崩れ落ちていく。一つだけわがままを。ここでレイラが僕を運悪く発見して、告白も全部なかったことになってしまえばいいのに。なんてそんなのだめだ、僕は祝福をあげないといけない、僕が応援するといったのだから。それなのに元気でまっすぐな姿に焦がれてしまう。諦めて立ち去ろうとしているとレイラに負けないぐらい美人な女性が僕の前を通っていった。驚いたことにレイラと凪澤さんの方へまっすぐと進むと、凪澤さんにビンタを食らわせた。「あんたね、なにをやっているのよ!?彼女の前でほかの子に告白するなんてどういうつもりなの!!ほんと最低!!それとそこの女子、凪澤は私の彼氏なんだからいちゃつくのやめてくれない?今後一切手を出さないで!!!」凪澤はうなだれるとうつむいた。レイラはしばらく動揺していたが帰ろうと踵を返すと、凪澤の彼女らしき人がレイラの手首をつかんだ。

「電柱の後ろに隠れている男子!出てきなさい!まったくなにやってるの?」僕はのっそりと現れた。すぐにレイラの瞳が大きく見開かれて僕をしっかりととらえた。もうなんて言えばいいのか分からなくなってあたふたしていると、レイラから発された言葉は思いがけないものだった。

「……ゆり?なんでここにいるのよ?」ゆっくりと凪澤の彼女さんに目をむけるが、ゆりちゃんの面影は一ミリさえなかった。大体、学校でのゆりちゃんはふわふわした雰囲気の女の子で、美人ではあるけれどこんなシャキッとしたギャルみたいな子ではなかったはずだ。度肝を抜かされてしゃがみ込んでしまう。ゆりちゃんが目を伏せて、申し訳なさそうに言った。

「……内緒にしていてごめんなさい」

「どうして言ってくれなかったのよ!?よく恋愛相談に乗ってくれたのも、進捗具合を毎日のように聞いてきたのも私が大智と付き合うことを阻止するためだったのね!!最低だわ。ゆりなんてもう大っ嫌い!」

「……ち、違うの。レイラがあまりにも楽しそうに話すものだからどんどん言いずらくなっちゃって……。それに本当に凪澤がレイラに告白するなんて思ってもみなかったの。私は凪澤を信じてたから」涙目になった凪澤さんの彼女ことゆりちゃんは凪澤さんの前に立つともう一発ビンタを食らわせた。後できちんと話は聞かせてもらうから、

覚悟しなさい、と言っているのが聞こえて女の子って恐ろしいなと思う。

「ところで、どうして友継がここにいるのよ?まさかあなたもストーカーをしていたの!?」

「レイラ、違うよ。一人でこのようなことをする自信がなかったから、友継君にもついてきてもらったの」ゆりちゃんが颯爽と嘘を並べ立てると、ウインクを向けてきた。言い繕ってくれたのはありがたいが、これはもしかして本当にそう仕込まれていた可能性もなくはないと言えて、ブルっと鳥肌が立ち震えてしまう。やっぱり無理に女の子たちのいざこざに紛れるものではない。その場は解散となり、ゆりちゃんが凪澤くんを引き連れて家に帰っていったのを見送って、僕たちも帰ることになった。

レイラの頬につーっと涙が伝っているのに気付くと、ポケットからハンカチを取り出して差し出した。なに?と不思議そうな表情を浮かべるぐらいだから自分が泣いていることに気づいてすらいないのだろう。それからやがて理解したのか、別に泣いてないわよ、とすまし顔を作った風にして言ったが全然すませていない。そんな強がらなくったっていいだろうにと正直思う。

「泣きたいなら泣けばいいだろ。小さなころはあんなによく泣いていたくせにいつからそんなに大人になったんだか」僕はいちようレイラを励ましたつもりで言ったのだが、断固そうなのだが、肩をバシっと叩かれてしまった。手加減なく叩かれたので非常に痛い。相手の機嫌を伺うようにそっと隣の様子を伺うと、急にレイラが声を上げて泣き出した。本当に女の子の気持ちってよくわからない。


【夏休みが終わっちゃう!!】


こんな事件があってから、しばらくゆりとは学校でもずっといがみ合っていたの。でもこんなことで仲たがいになってしまうぐらいに私たちの友情は脆いものではなくてよ、一週間ぐらいたってから仲直りしたわ。いくらひどいことをされたからって許してあげる寛容の心はとても大切だもの。それにゆりから思えば私も結構ひどいことをしていたなって思っているし。そんなこんなであと一週間ほどで夏休みが始まるわ!楽しみで楽しみで手を折り残りの日数をよく数えているのだ。しかし、悩み事が一つある。それは文学部の作品の締切期限が迫っているということ。一年生も少なくとも一つ以上は作品を創作しなければならないのだ。もちろん私はすでに終わっているのだけれど、友継が終わりそうにないのだ。昨日友継が私の家まで来て、作品創作のお手伝いをやっていたのだけれど。

「小説の書き方を教えて!」「任せなさい!まずは自分の書きたいことを思い浮かべて。そうしたら自分が思い浮かぶままに言葉を書き連ねていくの。そうしたら、二、三時間経つと作品が完成しているのよ」「わかった。やってみるよ」

―――僕は勉強が嫌です。毎日小言を言ってくる母も嫌いです。学校がなくなればいいのに。そこで僕は学校を壊すことにしました!夜に家を抜け出すと……

うーん、なんか、小説というよりは自分のファンタジー日記みたいな……。面白いけれど、小説ってこういうものだったっけって不安になるの。少なくとも到底高校生が書いた作品だとは思えないわ。それでどうすればいいのか分からなくなってしまって、諦めて帰ってもらったわ。こんな感じだからやっぱり私には手に負えないのだ。私の心境を読み取ったのか、それから三日後ぐらいにまた私の家にやってきて、前回の続きを見せてくれた。物語の内容はただただ自分が勉強したくないことを主張するだけだったけれど、私から見たら友継がこんな作品をかけるなんて上出来だと思ったわ。それで夏休みが始まる前の最後の文学部で私たちの作品を先輩やほかの同期に披露したのだ。部員が少し困惑した表情を浮かべていたことに関しては見なかったことにした。

それから、一つ面白いことがあるのよ。それは、友継とゆりと大智と私の四人でよく遊びに行くことになったということ。大智のことはひどいことをされたものだとは思うけれどなかなか憎めなくて。最低な奴に引っかかってしまったからすべてなかったことにしておこうと思うより、自分の中の一つの思い出として心の中に秘めておくほうがずっと素敵だと思うわ。それに初めて四人であったときは、大智が可哀そうなぐらい恐縮していて、きっとゆりにこってり絞られたのだろうと予想がついたのだ。私はゆりに、こんな浮気みたいなことをされて思いが尽きたりしないのか、と一と尋ねたことがある。そうしたら、勿論いやに決まってる。でも凪澤から振られない限り私は絶対に凪澤から離れないと思う。だって嫌なところも含めて大好きだし、いいところもたくさん知っているからって言っていた。恋は盲目だって言うけれど、ここまで来たら少し呆れちゃうわ。少し度が過ぎるとは思うけれど、そんな一途なゆりのことが私も好きだったりするのよ。四人で行動するとはいっても、大智とゆり、友継と私で結局は二人に分かれて行動することになるのだけれど。なぜそれなのにゆりが私たち二人を毎回誘ってくるのかは、私はとんとわからないわ。

 

 私はよく朗らかで明るいと褒められる。またある人には能天気でうらやましいと嫌味を言われる。そんな私の秘密を知っているのは、今のところ私と友継の二人しかいない。実のところ、両親との記憶はほぼほぼなくてあるのは叔母に小さなころ育てられた記憶だけだった。

真っ暗闇だった。まだ五歳にもなっていなかった幼い私には、抗うすべもなくよく電気の消された暗い部屋に閉じ込められていた。初めに高じるのは恐怖、絶望。そして次第に何も感じなくなっていく。何でもよくなっていく。そんな日々が当たり前になっていった。叔母は面倒ごとになるのを避けるために、必要最低限のご飯は与えてくれたし、暴力もほとんど振るわなかった。「お前は捨て子なんだよ。ご飯作るのめんどくさい。子供は楽でいいわね。お前が好きでご飯を作っているわけじゃないのよ、早く出て行っておくれ。気持ち悪いから近づかないで。……」しかし暴言を吐くのには限度がなかった。日に日に私の心は冬の木の枝のようにしおれていった。私が悪いのだから仕方ないのだろうと今でも思う。こんなことだから人に嫌われないようにと愛想よくふるまう姿勢が身についており、小学校に上がると友達もある程度できたが、本音を言える人も相談できる人もいなかった。誰も信用していなかった。できるわけがなかった。たまたま家が近かった友継と仲良くなって、友継はなぜか私の家の事情を知っていた。不思議だったけれど、当時の私は何も思わなかったのだろう。友継にだけは自然と本音や愚痴をこぼせたし、一緒にいて楽しいと思えたのだ。小さいころの友継は少しおてんばで危なっかしいところもありよく私を頼っていたけれど、私も同じぐらい、いやそれ以上に友継を頼っていたのかもしれない。しかし、中学生になると叔母が限界を迎えたらしく養護施設に放り出された。いじめっ子もいたし、そこまで楽しかったわけでもないけれど不便なく生活を送ることができたのでよかったと思っている。そして高校生になり、捨て子?の私はなぜかまた叔母に引き取られた。叔母はこれまでの様子とは見違えるほどに変わっていて、暴言を全く吐かなくなった。叔母が言うには何が原因かは知らないけれど当時極度のうつ状態だったと言い訳をして謝ってきた。まあ安泰な生活を送れるようになったので何よりだと思っている。でもまだ毒は抜けない。捨て子で迷惑しかかけてこなかった私がこの世界にいていいなんて、到底思えない。


だからと言って私が変わるわけでもないし、私は私でしかないわ。夏休みはあっという間に過ぎてしまって、残り一週間しかないの。明日、ゆりたちと花火大会を見に行く約束をしたわ。楽しみすぎて今夜は眠れないかもしれない。


レイラにはまだ言っていない、僕だけの秘密がある。今はまだ言えない秘密。これをレイラに伝えたらどれほどレイラが救われるのか僕にはわからない。もしかしたらあんなに強いレイラのことだから、何も変わらないかもしれないし、レイラの人生を丸ごと変えてしまうかもしれない。僕は胸の奥にそのことをしまって、レイラたちの方へ駆けて行った。花火が上がる。ドーンっと大きい音がして夜空に返り咲き、すぐに消えてしまう。幻の花。しかし花火が始まっているということはもうすでに時は遅く僕は盛大に遅刻をかましているのだ。レイラが僕に気がつき、遅いのよ!としかめっ面を放った。

「もう花火は始まっているわ。友継は絶対に遅刻するだろうと思って一緒に行こうって誘ってあげたのに」レイラが頬を膨らまして怒っていて、恐縮をしてしまう限りである。僕たちの様子のにみかねたのか、ギャルっぽい恰好をしたゆりちゃんが助け舟を出してくれて、とてもありがたかった。花火が終わると四人で記念に写真を撮った。そんなこんなでの僕たちの夏休みはあっという間に幕を開けてしまったのだ。 


【君に救いを】


 今は冬。友継とは相も変わらず仲はいいし毎日楽しいわ。今日は12月15日。寒くって仕方がないの。冷たい風がビュービュー吹いてきて指が凍ってしまいそうだわ。それにね、友継が今日大事な話があるから夜会えないかって言っていたの。こういうときって大体告白とかされるのかしらと思ってしまうわ。別に期待をしているわけではないけれど。玄関のベルが鳴ったので確認してみると友継がいた。私はすぐに自室に彼を通してあげた。でも友継がゆったりして何も話そうとしないから、気が急いでしまって友継に大事な話を話すように急かしたの。今は夕方5時で、もう少しして日が落ちたら話すって言われたのだけど、どうして時間を稼ぐようなことをするのか私には理解ができなかった。仕方がないから小一時間ほどトランプなどを持ってきてゆっくり遊んでいたのだ。そうしたら急に友継が口を開いた。

「僕が今から話すことは別に信じてくれなくてもいいから、最後まで聞いてくれる?」

「もちろん最後まで聞くわ」私は友継を見ると頷いた。

「レイラは自分のことを捨て子だと言っていたね。でも本当はそうじゃないんだよ。レイラの母はレイラを産んだときに亡くなってしまったそうだけど、父は生きていたんだよ。今はもういないけどね。父に娘がある程度落ち着いてきたら伝えてほしいって頼まれていることがあるんだ」

「……は?どうして知ってるのよ?」

「僕が5歳になるときまで、何度か僕に会いに来ていたから。君のお父さんは有名な作家さんなんだよ。バドル物語の作者だ」

「適当なこと言わないで!バドル物語は外国の物語よ。そんなことありえないわ」

「だからレイラはハーフなんだよ。どこの国かは知らないけど。バドル物語は子供のために書かれた作品として有名だ。つまりこの作品はレイラの父がレイラのために書いた作品なんだよ」

「何よそれ!?私がデブでブスだって言いたいわけ?百歩譲って父親だとして、最低ね」

「まあ、いちよう物語だから何でもありなんだよ。レイラは夜って意味。バドルは満月って意味。ちなみにこの日時を選んだのはレイラのお父さんだから。ロマンチックなところがレイラに似ているよね」私はすくっと立ち上がりカーテンを開けた。そこには満月が夜空に浮かんでいた。

「レイラはよく小さいころ叔母さんにひどい扱いを受けていたようだけど、叔母さんは娘を失って精神が壊れていたのかもしれないね」意味が分からない。内容が入ってこない。そう思う一方で理解している自分もいるの。だから友継は私の家の事情について詳しかったのだ。友継はカバンから一冊の小説を取り出した。その小説の題名は〝バドル物語〟。友継はその小説の付箋が貼ってある頁を開けると、朗読し始めた。


「少女はとても苦しい境遇にいた。それでも月の光を毎日見上げて、決して希望を捨てることはなかった。少女はとても強い子だった。ある日空を見上げると空には満月が浮かんでいて、少女は幸せな気持ちになった」         

                                 

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