蠱毒の王

たをやめ

邂逅

彼女との出会いは唐突だった。

災害だったと言ってもいいだろう。


あれは大学3年生の夏休みのことだった。


夜中に起きて、昼間に惰眠を貪り、日が落ち切った頃にノロノロとベットから起きる。


自堕落な性格が原因で単位もギリギリ、就活も碌にしていなかった。


不意にえも言えぬ焦燥感に駆られ、じっとしていられずに煙草を咥えながら、道路をブラブラと歩く。


孤独に耐えられず、音楽を掛けるが、一曲を聴ききることをできず、すぐに別の曲に変える。


音楽は好きだった。

いや好きだったかと言われると微妙なとこだけど。

ヘッドフォンをつければ他人が気にならなかった。


ヘッドフォンをつけるときに耳のピアスに指が触れる。


自分が嫌だった。



それでもリストカットなどの自傷行為をするほどの勇気も強さもなく、それでも自分を傷つけたくて何か自分に嫌気が差すたびにピアスが増えた。




他人に馴染めず、表面だけを取り繕う自分を象徴するかのようで、それもまた嫌になる。


何に焦っているかもわからず、ただ過ぎていく時計の針を眺めては、また日にちが過ぎていくことにまた焦る。


そして疲れ、朝方泥に沈んだように眠り、夕方に起きる。それでも「人間失格」と割り切ることもできずまた同じ日々を続けていく。


その日もそんないつもの日々だと思っていた。


珍しく昼に目が覚めた。


昨日はご飯を食べる気力も湧かず、何も食べずにいたら気づかない間に寝てしまったいたらしい。


お腹が空きすぎて気持ちが悪い。


とりあえずレンジで作ったパスタをお腹に入れる。


朝に活動するなんて久しぶりだ。


本でも読もうと思い立ち、よく行っていたブックカフェに足を運ぶ。


日の当たる時間に外に出るのは久しぶりだ。


生温い風が吹き、太陽にジリジリと肌を灼かれる。


暑い。


少し歩いただけなのに汗が噴き出てくる。


夏の暑さに辟易としながら店に着いた。


こじんまりとした店だが人が少なくて好きな空間だった。


店に入るとゴリゴリとコーヒー豆を挽く音が聞こえる。


久しぶりにきたけれどやっぱり落ち着くところだ。


カフェのマスターにアイスコーヒーを頼む。


コーヒーを飲みながら本をめくる。


ふと前を向くと1人の少女と目が合った。


17、8歳くらいだろうか? 


透き通る程の白い肌で林檎のように紅い唇が極立つ。


血も凍るほどに美しいのに、受ける印象は漆黒。


パッチリとした綺麗で、そして暗い目をしていた。


僕の視線に気が付いたのか彼女は僕を見て微笑んだ。


僕は寒気を感じて慌てて本に視線を戻す。


彼女に微笑まれたら普通、男なら喜ぶべきだろう。


しかしなぜだろう、この首に刃物を当てられているかのような悪寒は。


コーヒーを飲み干す。


苦い。


フルーティーだなんてかっこいいことを言えたらいいのだけれど生憎そんなに舌は肥えていない。


だけどコーヒーの苦味で、少し落ち着くことができた。


よし、帰ろう。


帰って寝ればこの悪寒も治るだろう。


きっと風邪を引いたのだ。


そう思い、会計を済ませて家に帰る。


ゲームでもして忘れよう。



ゲームに熱中して気がつくと夜になってなっていた。



外はもう日が落ちている。


冷たい飲み物でも買おうと思い、財布と煙草を持って外に出る。


空を見ると蝙蝠が電線に止まっていた。



珍しい。

夏は虫が多いから蝙蝠が飛んでるのはよく見るが、止まってる蝙蝠なんて初めて見たかもしれない。


電線に止まって感電しないのか?


煙草を咥えながらそんなことを考える。


まあ鳥とかも電線に止まってるのを見るから大丈夫なんだろうな。


葡萄ジュースを買って部屋に戻る。


子供の頃はワインを葡萄ジュースの進化系だと思っていたがいざワインを飲んで見るとそんなことはなかった。


渋いし、あまり美味しくは感じなかった。


とは言ってもボトルで買ったワインを捨てるのは勿体無いので気が向いた時に葡萄ジュースと混ぜて飲んでいる。


ワインに対する冒涜だと言われてもしょうがないことをしている自覚はあるが別に誰にも咎められることはない。


ワインと葡萄ジュースをミックスしたものを飲みながら電気を消した部屋でダラダラと動画を見る。



暗闇の中で目が覚める。


どうやらいつのまにか寝てしまっていたらしい。



スマホで時間を確認しようと反対を向くとナニカと目が合う。


「ーッ!?」


人は本当に驚くと声が出ないらしい。


ベットの中にはブックカフェで目が合った少女がいた。


思わず飛び起きる。


「なんで起きるの?」


彼女がそう言った。


「なんでって、そもそもどうやって部屋の中に?」


僕がそう言うと彼女はフフッと笑う。


「玄関の鍵掛けないと危ないよ?」


なるほど、確かに鍵はかけ忘れていた。


それでも目の前の少女が不法侵入であることは間違いない。


「とりあえず出て行ってくれませんか?」


そう僕が言うと彼女はあっかんべーと舌を出す。


「なら警察呼びます。」


そう言ってスマホに手を伸ばすと彼女は僕を押し倒して両腕を抑える。


腕を動かそうとするが動かない。


不健康な生活をしているといってもこんな少女に抑えられるほど力がなかったか?


178cmで、平均身長より一応高いんだぞ。


それがこんな少女に抑えられて動けないなんて。


必死に身体を動かそうともがく。


「必死にもがいて可愛い。でも無駄だから抵抗しないで。」


そう言って彼女は耳元で囁く。


チロチロと軟骨のピアスが舐められる音と感覚が伝わってくる。


「私ね、400年で初めて一目惚れしたの。」


そう彼女が囁く。


「世界に対する程よい絶望、破滅的な欲望を秘めた私と同じ暗い目をした貴方に。」



「そんなことないです。」



僕がそう言うと


「本当に?」


間髪入らずにそう彼女は言って僕を見つめる。


なんだか心の中を見透かされているようで思わず目を逸らす。


「いいんだよ、無理して人の世界で生きなくても、ねえ?」


彼女の言葉がスルリと頭に入ってくる。



「飽きてるんでしょ、この日常にさ。一言、たった一言私の眷属になるって言えばいいの。」


堪らなく魅力的な言葉。


確かにこの世界は退屈だった。


心はこの世界にあってないように虚ろだった。


「なるって言ったらどうなる?」


思わずそう質ねるたず


すると彼女は蠱惑的に微笑んで言った。


「面白きこともなき世を面白くってね。」


その一言で僕は心を決めた。


「眷属になるよ。」



僕がそういうと彼女は満面の笑みを浮かべた。


「アハッハハ。」


そう笑いながら彼女は口を開く。


大きく開けた口には二つの大きな犬歯が覗いていた。


彼女は禁断の果実だった。

触れてはいけない、食べてはいけない禁断の果実。

否、正しくは食べられてはいけなかった。


彼女の背中から翼が生える。

天使の羽ではなく蝙蝠のような飛膜。


彼女の目は捕食者の目だった。

カフェでの微笑みは獲物を見つけた捕食者の笑みだったのだろう。


「君は僕を食べるんだろう?」


そういうと彼女は優しく微笑み、僕の首にそのまま牙を突きつけた。


プツッという音がして彼女の牙が僕の首の皮膚を突き破る。


不思議と痛みはなかった。


寧ろ快感だと言ってもいい。


脳髄に甘い快感が走る。


しばらく僕の血を吸ったあと彼女は逆に何かを僕の身体に注入し出した。


身体が作り替えられていく。

僕はその美しい怪物に食べられた。


彼女が天使であろうが、悪魔であろうが、はたまた化け物であろうが僕には瑣末瑣末さまつなことだった。


彼女が僕の首筋から口を離して言った。


「君の初めての吸血だね、どうぞ。」


そうして今度は自分の首筋を差し出してきた。


抗いがたい衝動。


芳醇な香り。


彼女の首筋に牙を突き立てる。


甘美でまったりとした子供の頃に想像したワインの味がした。


「400年ものの血液だよ。美味しい?」


夢中で飲んでいると眠くなってきた。



「君にならなれるよ、蠱毒の王に。」


微睡の中でそう彼女は呟いた。


その日、僕は吸血鬼、白雪の眷属になった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

蠱毒の王 たをやめ @mioi1118

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画