「夜が来ても大丈夫」

 僕らの時間は永遠に続くと思ってた。

 高校に入ってすぐ、一目惚れをして。一年の秋に文化祭の盛り上がった勢いに任せて告白。嬉しいことに彼女にも告白を受け入れてもらえて付き合えた。


 夕暮れに差し掛かった校舎裏で、恥ずかしそうに顔を赤らめながら頷いてくれた彼女があまりに愛おしくて抱きしめてしまった。

 それに最初は慌てて周りに人が居ないかを確認してた彼女だったけれど、誰もいないことに気付いて僕の背中に手を回してくれた。

 世界の全てが自分のものになったような心地がした。


 それから僕らは絵に描いたような幸せな日々を過ごした。

 彼女はいつまでも可愛くて、時には綺麗で。僕はそんな彼女にずっと恋をしていたし、その気持ちは次第に愛にも変わっていた。

 当たり前に、これから先もずっと一緒にいて、そして結婚するんだと思ってた。思っていたんだ。


 高校3年生の秋頃。もう少しで僕らも付き合って2年だというある日。

 いつものように2人で帰る放課後の道中、珍しく口数の少ない彼女が足を止めた。


「あのね」


 足を止めて、地面を見つめたまま、彼女は待っていた。

 僕が「どうしたの?」と彼女を見つめて立ち止まると、しばらく彼女は言い淀んで、そして口を開いた。


「別れて欲しいの」


 それは、まるで。頭を金属バットで殴られたような衝撃だった。

 それくらい、突然のことだった。


「なんで」


 戸惑い、すがるような思いで彼女に問いかける。

 彼女は慌てて「違うの」と頭を振った。


「ゆう君のことを嫌いになった訳じゃないの」


 けれど、すぐに悲しそうに目を伏せた。


「私のね、両親が」


 両手をギュッと握りしめたまま彼女は続けた。


「離婚することになって」


 それは、僕にとってもショックな事だったし、またしても頭がくらっと来るような感覚がした。


「引っ越すことになったんだ。お母さんのおじいちゃんの家に」


 そして目に涙を溜めて、震える声で言った。


「ゆう君のことは好きだよ、好きなの。なのに――」


 苦しそうに彼女は続ける。ごめん、ごめんね。と何度も謝る声が、僕の胸を締め付ける。

 僕はなんて言っていいか分からず、ただ彼女の手を取った。

 しかし、言葉は出てこない。

 まだ高校生で未成年で、人間として未熟な僕に、今の彼女になんて声をかけられるんだろう。どうすればいいんだろう。分からない。

 苦しい、けれど多分、彼女ももっと苦しい。


「僕も、彩の事が好きだよ」


 それだけしか言えなかった。ごめん、と心の中で何度も誤った。


「もし、僕がさ」


 そして、ようやく振り絞って彼女に言う。


「僕が大人になったら、彩を迎えに行く」


 確約のできない約束。けれどそう約束する事しか僕にはできなかった。


「だから待ってて、ってわけじゃないよ。もし、もし気持ちが離れたら僕のことは忘れて」

「忘れないよ!」


 彩はすぐに否定してくれた。その気持ちが僕は嬉しかった。


「ありがと」

「……待ってるよ」


 そして、彼女は嬉しそうにそう笑った。そして「ありがとう」と僕の手を強く握った。


 そして僕らは再び歩き出した。付き合いたての頃のように手を繋いだまま、ゆっくりと。

 2人の時間を噛み締めるように、時間をかけて歩いた。


 なんでもない話をした。未来の話をした。

 大人になったらどんな仕事をしたい? とか、犬と猫飼うならどっち? とか。

 それまでは話せなかった話をいっぱいした。


 そして、曲がり角が目に入る。

 僕らがいつも、別れる別れ道。


(あそこに着けばおしまいだ)


 いつもはまた明日、と笑顔で手を振って別れるけど、今日はそこが人生の分かれ道のように思える。

 明日も彼女には会えるはずなのに、そう思ってしまう。


 そして遂に分かれ道に来た。

 手を離した瞬間、彼女が僕に抱きついてきた。


「離れたくないよぉ」


 周りの目なんて気にせず、彼女はぼろぼろと涙を流した。

 僕の手は彼女の背中をゆっくりとさする。


「僕も」


 離れたくない。だから、だから


「毎日電話をしよう」


 僕はなるべく明るく彼女に伝える。


「僕のこといっぱい束縛していいよ、ヤキモチ妬いてもいい。それで安心するなら僕が彩から離れないようにどんなワガママでも聞くよ」


 優しく背中を撫でる。「まぁ、離れることなんてないけどね」と付け加えて。


「だから、僕が迎えに行くまで待ってて」


 そう、彼女を僕からも抱きしめた。

 彼女は身体を離して「ありがとう」と微笑んで、ゆっくりと離れた。


「大好きだよ! またね!」


 そして、いつもの分かれ道で手を振った。

 僕も手を振って「また」と笑いかける。

 きっと僕らなら大丈夫だ、と根拠もなく思った。


 彼女の後ろ姿の向こうにある夕日がとても綺麗なオレンジ色だったし、僕の手にはいつまでも彼女の温もりが残り続けて居たから。

 僕は彼女を忘れないように、強く手を握りしめて帰り道を歩く。


 夜がやって来ても、大丈夫。


-END-

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1分で読める物語【1分で読める創作小説2025】(1,000文字小説) セツナ @setuna30

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